14. ガールズトーク
そこは石作りで出来た簡素な部屋であった。
部屋の壁際にはベッドが三台並べられ、各ベッドの脇には小さな衣装ケースが設置されている。
ベッドとは反対の壁際には一人用の机と椅子が三組並べられ、机の上にはこの世界では貴重な紙と筆記用具が置かれていた。
ベッドとベッドの間に設置されている小さな窓から見える外は真っ暗であり、壁に固定された器具の中で輝く魔法の光によって室内が照らされている。
室内の三組のベッドの上にはそれぞれ簡素な寝間着を着た少女が腰掛けており、彼女たちは顔を付き合わせて何やら話をしているようだった。
「もう、ユーリの奴! 明日は私たちと一緒に街に行く約束だったのに!!
那由多と特訓するから行けないなんて、よく言えた物ね…」
「アンナ、少し落ち着いて…」
冒険者学校内にある生徒用に割り当てられた学生寮、その一室で一人の少女が枕を相手に鬱憤を晴らしていた。
赤髪の少女、アンナは幼馴染の少年ユーリが明日の約束をキャンセルした事に怒り心頭らしい。
今のユーリには残念ながら幼馴染の少女に構っている暇は無く、来るべき対抗試合に向けた準備で大忙しがった。
那由多とローラに触発されたらしい主人公の少年は、休日を返上して特訓に励むつもりなのだ。
アンナの憤りを収めようと彼女のルームメイトである金髪の少女、ティルが力ない声で声を掛ける。
しかし余程幼馴染の所業に腹を立てているのか、アンナの怒りが収まる様子は無かった。
「ふーん、ユーリは相変わらず那由多と仲が良いわねー。 アンナ、うかうかしていると大事な幼馴染を取られちゃうわよ」
「ば、馬鹿!? 私はあんな奴…」
「ははは、アンナ解りやすいー」
しかしアンナの怒りはもう一人のルームメイトである青髪の少女、イルゼのからかいの言葉によって霧散してしまう。
自分とユーリの関係を揶揄するルームメイトに、アンナは顔を赤らめながら抗議の声を上げた。
普段から口喧嘩が耐えないユーリとアンナの村の幼馴染コンビであるが、この少女がユーリに好意を抱いているのは端から見て丸わかりである。
本人は上手く隠しているつもりであるらしいが、このような軽口一つで反応していたら隠しようが無い。
イルゼは解りやすいアンナの反応が壺に入ったのか、悪戯に成功したとばかりに嫌らしい笑みを浮かべていた。
ユーリたちと同じ年に冒険者学校に入学したイルゼは、アンナとティルと学生寮で同室となり共同生活を行っている。
イルゼはその社交的な性格からすぐに、アンナやティルと打ち解けていた。
そしてその生真面目な性格故にアンナは、友人をからかう悪癖があるイルゼの被害者になる事が多かった。
「でも本当の話、ユーリは結構女子たちに人気有るわよ。 ちょっと子供っぽいけど魔力量は規格外だし、後衛系の実技の成績もトップクラスだからね。
後衛型の魔法使いとして大成しそうだからって、目ざとい女子立ちがチェックしているらしいわ」
「なっ!? 本当なの、それ!? ユーリがそんな…」
イルゼの言う通りユーリは冒険者学校の同期たちの中では、一際目立っている注目株であった。
同期中二番目の多大な魔力を保持し、魔法を操るセンスも悪くない。
十代前半と言う年頃の者たちが集まる冒険者学校において、色恋沙汰は決して無縁では無い。
冒険者学校に入学して半年が過ぎた現時点で、誰々に告白したやら失恋したやらの話は嫌でも聞こえてきた。
同世代の中では小さめの身長や子供っぽい性格を敬遠して、ユーリをそういう対象とし見ている者は殆ど居なかった。
しかしユーリの成長ぶりを見て考えを変えた現金な者が出始めており、何時の間にかユーリは女子たちの人気者となっていたのだ。
今はユーリの周りにはアンナや那由多が居るため具体的な行動を起こす物は居ないようだが、イルザが言うように何時何処ぞの女子が動き出すかは解った物では無かった。
アンナは幼馴染が周りからそこまで評価されている事に対して、心底驚いている様子である。
彼女に取ってのユーリは、小さい村の中を駆け回っていた何処にでも居る腕白少年と言うイメージが強いのだろう。
「あいつは馬鹿でお調子者で、少し前までは私が居なければ何も出来ない奴だったのに…」
「アンナ…」
冒険者学校に来る前までは、アンナとユーリはただの村の子供だったのだ。
しかし今ではユーリは冒険者学校の有望株として女子に騒がれる程の存在になっており、自分は平凡な冒険者学校の一生徒でしか無かった。
アンナの村にあの魔族が訪れた日から全てが変わった。
ユーリが勇者ヨハンの息子と言うとんでもない事実が明かされ、住み慣れた村を離れて冒険者学校に入学する事になる。
この居心地がいい村で幼馴染の少年とずっと一緒に居ると思っていたアンナにとって、それは青天の霹靂と言うべき出来事だった。
両親やデリックを説き伏せてどうにか一緒の冒険者学校に行くことが出来たが、幼馴染の少年は自分から離れていく一方である。
伝説の冒険者である勇者ヨハンの息子は、まるで水を得た魚のように冒険者としての資質をどんどんと伸ばしている。
それに対して何の変哲の無い村の少女は、必死に努力はしているが同期の中では平均を下回る成績しか出せなかった。
イルゼの話から自分とユーリの差を改めて実感したアンナは、思わず涙が出そうになる所を必死に耐えていた。
そんなアンナのつらそうな表情に、ティルもまた悲しげに目を細めた。
何時の間にか寮室内に暗い雰囲気が漂い、室内に居る少女たちの表情は何処か陰っていた。
そんな嫌な空気を吹き飛ばすかのように、イルゼは意識して笑みを浮かべながら新たな話題を提供する。
「…ちなみに男子連中の一番人気はあなたよ、ティル! おめでとー!!」
「えっ、私!? 嘘…」
「本当よ、ユーリくんを上回る歴代最高クラスの魔力の持ち主。
そして最近急成長したその胸にも注目が集まっているわ…」
「きゃっ!? 胸の話は止めてよ…、急に大きくなって困っているんだから…」
色恋沙汰に浮かれるのは女子ばかりでは無く、男子勢の中にも色気づいた連中は少なくなかった。
そんな性に目覚めた少年たちに取って、ティルと言う少女は大変魅力的であった。
ユーリを上回る魔力量と行った冒険者としての才能も有るが、彼女が男子に注目されている一番の理由は同世代と比較して二回りは大きいその豊満な胸である。
その境遇から少し前まで骨と皮だけの状態であったティルは発育が悪く、身長なども小柄なユーリより低い。
冒険者学校に入学した当時は実際の年齢より幼く見られ、下手すれば年齢一桁と見られる場合もあった。
しかし冒険者学校に入学してからティルは、今までの遅れを取り戻すかのように急成長を果たしていた。
同世代の中では小柄の部類に入るだろうが、ユーリと同程度の身長に成長した今のティルを誰も年齢一桁とは思わないだろう。
特に胸のサイズは他の女子たちが心底羨むほど巨大となり、男子たちが自分の胸ばかり注目して困るほどになっていた。
実はティルは"冒険者ユーリ"の原作において巨乳キャラとして真っ先に挙げられる人物であり、ある意味でこれは原作通りの成長であった。
此処に克洋が居たのならば、原作のティルと同じ見た目になったと身も蓋もない感想を抱いていただろう。
「ダメダメ、恥ずかしがっちゃ…。
その胸さえあれば、どんな男もイチコロなんだから」
「どんな男もイチコロ…、じゃあカツヒロさんも…」
そして体の成長に合わせて、ティルの心も徐々に成長していった。
冒険者学校で同世代と共同生活を送ることにより、ティルは恋愛感情と言う物を理解するようになったのだ。
それまで漠然と好ましいと思っていた相手への感情が具体的な恋と言う形となり、ティルはすっかり恋する乙女へ変貌していた。
ティルの恋の相手、それは彼女をあの暗く狭い世界から救ってくれた人物である。
ティルはあの牢獄の中で自分を抱き上げてくれた男、克洋のことをけっして忘れないだろう。
克洋に恋をしているティルにとって、自分の胸を性的な目で覗き見てくる男たちは眼中に無かった。
こんな胸など要らないとすら思っていたティルであったが、克洋がこれを気に入ってくれるなら話は別だ。
ティルはイルゼの話を真に受けたのか、克洋のことを思い浮かべながら何となしに自分の胸を見つめていた。
「相変わらずお熱ねー、男どもがこの姿を見たらどう思うか…。
確か那由多のお兄さんなのよね、ティルの王子様は?」
「そうよ、那由多と同じ東の国出身で今は冒険者をやっているわ」
那由多から"お兄様"呼ばわりされている克洋は、周囲から那由多の兄という事で定着していた。
当然であるが克洋と那由多が兄妹で有る筈も無い。
しかし兄妹関係と思われた方が都合が良いと考えた那由多が明確に否定しなかっために、未だにこの誤解は解けていない。
余り顔立ちは似ていないが克洋と那由多であるが両者は黒目黒髪と言う共通項が有り、これは東の国出身の人種の特徴でもあった。
そのため克洋と那由多は東の国出身の兄妹と言えば、殆どの人間はその話を信じるのである。
「あ、そういえばその克洋って冒険者の話を前に耳にしたわよ」
「えっ、克洋さんの話!? 一体どんな話なんですか?」
「何でもその克洋って冒険者が新種の魔物を撃退したらしいわ。
その一件で名を上げたらしく結構評判よ、フリーダ様の一番弟子ってね」
「へー、あの人、やっぱり凄い人だったんだー」
「カツヒロさん…」
既にティルから克洋の名前を聞いていたイルゼは、何処から調達してきた話題の自分に関する噂をルームメイトたちに披露する。
どうやら先のキマイラの件は、冒険者界隈においてそれなりに広まっているらしい。
ティルやユーリほど克洋に心酔していないアンナであるが、少なくとも克洋が腕利きの冒険者であるとは認識していた。
イルゼの話は彼女が持つ克洋像と当てはまる物だったため、久々に聞いた克洋の活躍にアンナは関心の声をあげた。
そしてティルに取っても、久々に聞く想い人の活躍は格別な物だったらしい。
うっとりした表情で克洋の名を呟く少女は、まさに恋する少女と行った感じだ。
明日は週に一回の休養日と言う事もあり、少女たちの夜噺はまだまだ終わる気配は無かった。