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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第一章 冒険者学校一年目編
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13. ローラ


 原作の展開を考えるならば、ローラがこの場所に訪れた理由はユーリにある筈だった。

 "冒険者ユーリ"の作中においてローラは、勇者ヨハンのパーティーであった父ルーベルトの情報からユーリがヨハンの息子である事を知っていた。

 そして勇者ヨハンの息子であるユーリに興味を持ったローラは、密かにユーリに接触するようになった。

 原作でユーリは彼女から手ほどきを受けて、魔力の制御方法や魔力による肉体強化を習得するのである。

 翻って今のユーリは原作のようにローラと親密な関係に無っていないらしく、訓練場に余り親しくない同級生が登場した事にただ驚いている様子だった。

 同じ冒険者学校の生徒と言う事もあり、ユーリや那由多は授業などでローラと何度か顔を合わせてはいた。

 しかしユーリと那由多はローラと別段交友を深めておらず、少なくとも休日の訓練場で顔を合わせる仲では絶対無い。

 一体、ローラはどのような目的でこのような場所を訪れたのか。


「…那由多、だったな。 一つ聞きたい事がある、お前はどうして近接戦闘の授業に出ない」

「あ、それは俺も聞きたかった、何で那由多は授業に出ないんだよ?」


 どうやらローラは原作の展開から外れ、ユーリで無く那由多に会いに来たらしい。

 ローラは那由多に対して開口一番、冒険者学校における近接戦闘の授業に出ない理由を尋ねて来た。

 ローラの言う通り那由多はどういう訳か、一年目は全員必修である筈の近接戦闘の授業に参加したことが皆無であった。

 座学や魔法実技の授業には必ず出席している那由多であるが、ユーリの知る限り彼女を近接戦闘の授業で見かけた事が無いのだ。

 ユーリ自身も那由多が近接戦闘の授業に出ないことが気になっていたため、ローラと同じ問いを投げかける。


「必要無いからですよ。 私は既に自分の剣を収めていますので…。

 この学園の一年目の授業は基礎的な内容ですので、既に基礎が不要な人間には授業が免除されるのです」

「えぇぇ、だから那由多は授業に出てないのかよ。 ずりー」


 ローラの質問に対する那由多の回答は明確であった。

 既に一流の剣士と言える那由多に取って近接戦闘のイロハを学ぶ受業など不要であり、必要ない受業に出ていないだけと言い放つ。

 那由多の言う通り、冒険者学校では条件を満たせば一部の授業が免除される場合がある。

 一年目の基礎的な授業な不要な者は、今の那由多のように事前に申請をすれば授業が免除されるのだ。


「それは貴方様も同じでは無いのですか? ルーベルト様のご令嬢なのですか、基礎など既に収めている筈です」

「…私はまだ未熟だ」


 そして那由多の見立てでは、ローラもまた基礎などはとうの昔に卒業している筈だった。

 那由多から見れば、わざわざ不要な授業を受けているローラの方が酔狂な行いである。

 実際、近接戦闘の授業においてローラの技量は他の生徒たちと隔絶していた。

 ローラとまともに戦えるものはアーダンと言う生徒しか居らず、そのアーダンもローラに勝った事は数えるほどでしか無い。

 ユーリも何度かローラと剣を交えた事があったが、食い下がるの精々で一度も勝ち星を上げたことは皆無だった。


「…それで、私に何か用が有るのでしょうか? まさかそれを聞くだけのために、此処まで足を運んだとは思いませんが…」

「…手合わせをしよう。 私はあなたに興味がある」

「あら、伝説の戦士様の娘に興味を持たれるとは…」


 強者は強者を知る。

 どうやらローラは那由多の立ち振る舞いからその実力を察したらしく、わざわざ腕試しに此処まで来たらしい。

 伝説の戦士の一人娘であるローラは、偉大な父の名を汚さぬように日々を過ごしていた。

 少しでも父に近づくためにローラは貪欲に力を求めており、そんな彼女が那由多と言う同年代の強者に興味を示さない筈が無かった。

 ローラは那由多に勝負を挑みながら、携えていた模造刀を抜き放つ。

 目の前の相手に呼応するように那由多もまた、笑みを零しながら模造刀を正眼に構えた。

 二人の対決を予期したユーリは空気を読み、二人の邪魔にならないように無言で部屋の片隅に移動する。

 ユーリは二人の対決に興味津々と行った様子で、目を輝かせながら両者の対峙を見守っていた。

 互いに相手を睨み合う二人の少女、彼女たちは一瞬の間を置いて図ったかのように同時に動いた。










 若くして既に魔力による肉体強化をほぼ完璧に習得している那由多とローラ、ばりばりの近接型同士の対決は高速の世界で行われた。

 ユーリは二人の動きを辛うじてしか追うことが出来ず、完全に理解することは出来無かった。

 勝敗は歴然であった。

 片方が手に持った獲物を吹き飛ばされ、もう片方は相手の喉元に模造刀を突き付ける。

 前者がローラ、後者が那由多であり、この勝負は那由多の勝利で幕を閉じる。


「なっ…」

「…」


 原作の描写から見ても、那由多とローラの剣の才能は互角と言えるだろう。

 しかし幾ら才能が互角でも、この時点での両者の戦闘能力の差は歴然だった。

 既に幾度の死線をくぐり抜けている那由多、一度も実戦に立ったことの無いローラ。

 その圧倒的な経験値の差を考えれば、勝敗は戦う前から決まっていたような物である。

 裏の世界で人斬りとして名を馳せている那由多であるが、彼女は別に殺人鬼と言うわけでは無い。

 どちらかと言えばこの少女は戦闘狂と言う面が強く、強い相手を真剣のやり取りをするのが好きなだけなのだ。

 長い年月を掛けて磨き上げきた剣を振るう相手を自らの剣で切る、那由多にとって最高に幸せな瞬間であった。

 そんな彼女に取ってローラという才能の塊を相手にするのは、中々心が踊るものであろう。

 目の前に居る少女はまだ未熟であり、決して自分に勝つことは出来ない。

 しかし幾らかの経験さえ積めばこの才能の塊はすぐに自分に追いつき、最高に楽しい斬り合いを出来る相手になるだろう。

 克洋の原作知識とやらで那由多は自分がローラとライバル関係になり、ローラに執着すると言う話は聞いてきた。

 剣を交えた事で解った、確かにこの少女であれば自分が執着してもおかしくない。


「…はぁ」

「くっ!?」


 しかしローラと言う遊び相手を目の前にした那由多には高揚は無く、むしろ冷めている様子であった。

 今のローラとの戦いは、対人に特化した自分の剣の優位性を確認する物でもあった。

 那由多がローラに圧勝できた理由の一つ、それは自分が人間相手の斬り合いに慣れていたからだ。

 ローラの剣は鋭く、類まれ無い才を丹精込めて磨き上げきた事が一目で理解出来る物であった。

 しかし彼女は偉大な冒険者である戦士ルーベルトの一人娘で有り、その剣も冒険者が使う対魔物用のそれである。

 対人間用に剣を振ってきた那由多から見れば、ローラの対魔物用の剣には付け入る隙が幾つかあった。

 確かに自分が克洋の語る原作通りにザンに付いていたら、冒険者たち相手に猛威を振るった事だろう。

 所詮、自分の剣は人間用の物でしか無い。

 ローラとの戦いの最中にザンの言葉を思い出してしまった那由多は、すっかり興醒めしたらしくローラとの戦いを楽しい気持ちが何処かへと失せていた。

 那由多が微かに漏らした溜息、ローラはそれを簡単に敗れた自分に対する失望であると捉えた。

 同年代の者に負ける経験は初めてであるローラに取って、那由多の反応は屈辱でしか無かった。

 ローラは怒りの余り歯を強く食い縛り、まるで親の敵でも見るかのように那由多を睨みつける。






 那由多に完膚なきまでに敗れたローラであるが、その心はまだ折れていなかった。

 即座にローラは床に落ちた自らの模造刀を拾いあげ、那由多に向かって構え直す。

 先ほどの攻防でローラは屈辱的な事に体に全くダメージを受けておらず、剣士の命と言える剣のみを弾き飛ばされていた。

 そのため今のローラには、まだまだ那由多に挑みかかるだけの力が残っている。

 ローラの目には那由多に対する敵愾心が見て取れ、今にも那由多に襲いかかりそうな雰囲気を醸し出していた。


「まだだ、もう一度…」

「無駄ですよ、今のローラ様では私には勝てません…」

「そんな事はやってみなければ解らん!!」

「おいおい、大丈夫かよ…」


 再びローラは那由多に勝負を挑もうとするが、那由多の答えは素気無い物であった。

 既に勝敗は決した、これ以上戦う必要がないと言う那由多の言葉にローラは激高する。

 あの様子ではローラは那由多の言葉を無視して、問答無用で斬りかかりそうである。

 二人のやり取りを見物していたユーリは、怪しい雲行を前に二人を止めようと腰を浮かそうとしていた。


「…その子の言う通りだ、ローラ」

「!? お父様…」

「あらあら、学長様の登場ですか…」


 しかしユーリの介入が行われる前に、訓練場に現れた新たな人物がローラの暴走を諌めた。

 その人物は白髪の目立つ髪をオールバックでまとめた中年の男性であった。

 恐らく三十代半ばである男の体は若々しく、現役の冒険者たちと遜色ない鍛えられた肉体をしていた。

 那由多やユーリはこの男の姿に見覚えがあった。

 この男は彼女たちが冒険者学校に入学した日、冒険者学校の代表として生徒たちに挨拶をしたこの学園に間違いない。

 戦士ルーベルト、かつて勇者ヨハンのパーティーであった彼は今、冒険者学校の学長として後進の育成に励んでいた。

 そしてローラの父親でもある男は、強い口調で暴走仕掛けていた娘を制止する。


「悪いな、この子の我儘に付きあわせて…」

「いえいえ、私はそれなりに楽しめましたよ」

「ローラ、本当は解っているのだろう? 今のお前ではこの子には勝てないって事は…」

「くっ……。 那由多、ならば今度の対抗試合でお前と決着を付ける!!」

「遠慮いたします。 一年目の近接戦闘の授業が免除されている私は、対抗試合に参加する必要が有りませんので…」

「なっ!?」


 流石に父親の言葉には逆らえないのか、ローラは悔しそうな表情を浮かべながら剣の構えを外す。

 しかし那由多に対する敵愾心が収まった訳では無いローラは、那由多に対抗試合での決着を付けることを宣言する。

 対抗試合、近接戦闘の授業の一環として年に一回行われる行事だ。

 これは生徒たちはトーナメント方式で試合を行い、学年で一番の使い手を決めるお祭り騒ぎであった。

 ローラはこの対抗試合の場で那由多に勝つと意気込むが、那由多の答えはまたしても素気無い物であった。

 この対抗試合は近接戦闘の授業の一貫であり、基本的にこの授業の参加者は全員参加である。

 しかしこの授業を免除されている那由多は参加する必要が無く、彼女はこれに出るつもりは無いらしい。


「ははは、そこを何とか頼むよ。 この子も負けたままでは収まりが付かないだろうし…」

「では一つ条件が有ります。 私が対抗試合で優勝したら、ルーベルト様と一手死合うて貰えますか?

 勿論、模造刀などと言うおもちゃで無く、真剣での斬り合いを所望いたします」

「なっ!? お父様が貴様などに…」

「いいだろう…、君が優勝したら俺は君の相手になろう」

「お父様!?」


 学年でトップの実力を持つローラを相手に圧勝できる那由多にとって、この対抗試合に参加するメリットは存在しなかった。

 そのため那由多はこれに参加するメリットを作るためにルーベルト相手にある提案を持ちかける。

 戦士ルーベルト、勇者ヨハンのパーティーの一員であったフリーダやデリックと並ぶ伝説の存在。

 そしてフリーダやデリックと違い、近接型の冒険者であるルーベルトと斬り合いは戦闘狂である那由多に取っては垂涎の物である。

 そんな那由多のとんでもない提案に、ルーベルトはあっさりと頷いてしまう。

 実の父親の予想だにしない行動に、ローラは唖然とした表情を浮かべていた。


「言質は取りましたよ、ルーベルト様。 では、戦える日を楽しみにしております」

「…お前がお父様と戦うことは決して無い! 絶対に私がお前を倒す!!」

「すげー、何だか面白くなってきたな!!」


 あれよあれと言う前に話がまとまり、こうして那由多の対抗試合の参加が決定する。

 ルーベルトとの戦いを心待ちする那由多、それを止めようと躍起になっているローラ、そして二人のやり取りに発奮したらしいユーリ。

 激戦の予感がする対抗試合の開催は、一ヶ月後にまで迫っていた。




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