12. 授業風景
冒険者学校、冒険者の国であるブレッシンが運営する冒険者を育成するための施設である。
此処には国内・国外問わずに冒険者としての才能が秘められた子供たちが集められ、二年掛かりで冒険者として必要な知識・技術を学んでいく。
冒険者学校では現実世界の学校のように、入学時の年齢に関する規定は定められていない。
基本的に冒険者学校に入学してくるのはは十歳~十五歳程度の子供たちが殆どだが、噂によると四十過ぎの中年が入学してきた事も有るらしい。
幸運なことにユーリたちの代ではそのような例外は居ないらしく、十代前半の若者たちが冒険者を志して学び舎に集っていた。
冒険者学校のカリキュラムは対魔物用の戦闘訓練ばかりでは無く、冒険者としての必要な知識を身に着ける座学も行っている。
どうやら今は、攻撃魔法に関する授業を行っているようだ。
「ではティルさん、基本的な攻撃魔法として挙げられる魔法系統を二種類をあげてください」
「はい、えーっと…、波動系と射出系です」
「正解です。 ではアンナさん、波動系と射出系の魔法の特徴を説明してください」
冒険者学校内の一室、規則正しく机と椅子が並べられた部屋の中に冒険者学校の生徒たちが集まっている。
生徒たちは正面に居る講師から魔法に関する授業を受けており、その風景は現実世界の学校と何ら変わりない物だった。
彼らは一様に冒険者学校で支給される学生服、ブレッシンの国章である三つ首の龍が胸に刻まれた衣服を身に着けていた。
この学生服や彼らが勉学で使用してるこの世界では貴重な筆記用具は、冒険者学校に入学する際に全て無償で提供された物である。
それだけブレッシンと言う国は冒険者と言う存在に期待をしており、冒険者の育成に力を入れている事を示していた。
「射出系の攻撃魔法は初級クラスの弾、中級クラスの爆裂球、上級クラスの爆裂砲になります。
魔法によって生み出した弾丸を直線上に射出する魔法で、効果範囲が狭い代わりに射程が長いのが特徴です。
波動系の攻撃魔法は初級クラスの波、中級クラスの裂波、上級クラスの爆裂波になります。
魔法によって生み出した衝撃波を周囲に放つ魔法で、効果範囲は広い代わりに射程が短いのが特徴です。
「はい、以前に教えた通りの説明です、よく復習していますね…。 では、今日は魔法の属性付与について学びましょう。
大抵の冒険者はこの攻撃魔法を行使する際、属性を付与することで威力を上げています。
例えば弾に火の属性を付与する事で、火炎弾と…」
教室の中にはこの世界の主人公であるユーリの姿も有り、余り座学が好きで無いのか退屈そうな顔を見せていた。
漠然と講師の話を聞きながら、ユーリの脳裏にはかつての克洋の姿が思い返されている。
ユーリの初めて冒険、あの裏山でのゴブリンモドキの捜索時に克洋はユーリの目の前で射出系と波動系の魔法を実際に使って見せた。
克洋の憧れを抱いているユーリに取って、あの時の勇姿は今も胸に刻み込まれている。
冒険者学校に入学して半年ほど立ったが、カリキュラムの関係でユーリは未だに攻撃魔法を習得出来ていなかった。
これまで魔法の実技で行ってきた事は精々、基礎的な魔力の制御術や照明魔法などの危険性が無い魔法の修得ばかりである。
このような座学では無く早く克洋のように実際に攻撃魔法を使ってみたいユーリは、フラストレーションを溜めながら講師の話を聞き流すのだった。
退屈な座学の授業が終わり、ユーリは一仕事終えたとばかりに体を大きく伸ばして筋肉を解す。
昔からじっとしている事が苦手で四六時中村の中を駆け回っていたユーリに取って、椅子に座って長時間講師の話を聞くだけの授業は苦行でしか無かった。
最初の頃は座学と言う時間に慣れずに眠気に負けてしまい、レジィにこっそり起こして貰う事が殆どだった。
半年も経ったことでいい加減慣れては来た物の、相変わらずユーリは座学の授業は苦手意識を持っていた。
「あー、やっと終わった…。 冒険者なんだから、戦い方だけ教えてくれればいいのに…」
「ははは、これも冒険者になるための試練だぜ。
さて、次の授業は…、うげっ、近接戦闘の訓練か。 面倒だな…」
「近接戦闘か…」
「うん、何か嫌そうだな…。 お前、近接戦闘の授業が好きだったろう?」
ルームメイトで有り友人であるレジィから次の授業の内容を聞いたユーリは、何故か表情を曇らせた。
レジィはユーリの反応に違和感を抱いた、何故なら次の授業はこの少年が大好きな実技の授業だからだ。
近接戦闘の訓練は実技形式で行われ、最近は専ら生徒同士の模擬戦を繰り返し行っていた。
模造刀を使用しているとは言え下手をすれば大怪我をする危険性も有り、近接戦闘の授業を嫌う物も中には多い。
しかしレジィが知る限り、この少年が怪我を恐れるような肝っ玉の弱い人間で有る。
レジィはユーリが暗い顔を見せる理由が解らず、困惑した表情を浮かべる。
「ははーん、お前、近接型の連中に勝てない事を気にしているのか?」
「うっ…」
レジィの脳裏に一つの可能性が思い浮かび、それをぶつけた事でユーリが表情を曇らせている原因が判明した。
この友人は近接戦闘の授業で、他の同級生に負ける事が嫌なのだ。
確かにこの少年は此処に入学する以前から剣について学んでいたらしく、レジィから見てもそれなりの腕を持っていた。
しかし残念ながらユーリは、この近接戦闘の授業で一部の生徒相手に連戦連敗を繰り返していた。
その理由は近接戦闘を専門とする前衛型冒険者の必須技能、魔力による肉体強化の有無である。
前衛型の冒険者を志している者たちの中には幼い頃からの訓練によって、既に魔力による肉体強化を習得している者が居た。
そしてユーリは魔力による肉体強化を習得しておらず、その差は歴然であった。
「おいおい、俺たちは後衛型だぜ。 専門の連中に勝てるわけ無いだろう」
「俺は別に後衛型じゃ…」
「お前の馬鹿でかい魔力は絶対後衛型向けだって…。
少しは剣が使えるようだけど、肉体強化が出来ない俺達では連中にに歯が断たないのは解っているだろう?」
基本的に冒険者は前衛型と後衛型で住み分けされており、近接戦闘で後衛型が前衛型に勝てないのは道理であった。
そもそも前衛型と後衛型では、魔力の運用方法が異なるのだ。
前衛型は魔力を内側に回して自身の肉体を強化することに使い、後衛型は魔力を外に回して世界に干渉する事で発動出来る魔法に使う。
この二つの魔力の運用方法は全く異なる物であり、両方を極める事は不可能に近い。
冒険者学校のカリキュラムは一年目に基礎的な技術を学び、二年目に専門的な戦闘技法を身に着けるようになっている。
一年目のカリキュラムでは近接戦闘の授業は必修であり、後衛型志望の冒険者も最低限の近接戦闘の技法を学ぶために前衛型志望の連中と一緒に授業を受けなければならない。
しかし二年目からは後衛型の人間は近接戦闘の授業を受ける必要が無くなり、後衛型の冒険者としての技法を学んでいくのだ。
レジィの見る限りではこのユーリという少年は、自分と同じ後衛向けの人材であった。
ティルと言う魔力お化けには劣る物の、規格外の魔力を持つこの少年は魔法の実技において好成績を見せている。
後衛型の人間が近接型の人間相手に近接戦闘で張り合うのは無駄でしか無く、レジィは善意からユーリに無駄な努力を辞めるように諌めた。
「…俺は諦めないぞ! 今日こそはあいつらに勝ってやるさ!!」
「はいはい、精々頑張るんだな…」
残念ながらユーリはレジィの忠告に耳を貸す様子は無く、逆に発奮したのか次の近接戦闘の授業に対してやる気を見せてしまう。
熱血しているユーリを見て色々と諦めたらしいレジィは、呆れた顔を見せながら力なくユーリを応援した。
そしてユーリは何時も以上に気合を入れて近接戦闘の授業に挑み、前回と同じように近接型の人間に敗れ去るのだった。
"冒険者ユーリ"の世界での一週間は現実世界と同じ七日間になっており、冒険者学校では週一で休養日が当てられていた。
週に一回の貴重な休みの日の過ごし方は、生徒たちよって様々であった。
冒険者学校の近くにある街に繰り出す者、実家に帰る者、一日中寝て過ごす者、生徒たちは思い思いの余暇を過ごしている。
生徒たちの中には勤勉なことに、学校内の施設を借りて自主練に励む者も居るようだ。
学校側に許可を取れば休養日に施設を借りることは可能であり、思う存分訓練を行うことが出来た。
冒険者学校内の一角に存在する室内訓練場、主に近接戦闘などの授業で使用されるこの場所は一種の道場のような雰囲気を持っていた。
石作りで出来た部屋の各所には訓練中出来た傷がそこら中に有り、過去に此処の生徒たちが此処で汗を流していた過去が見て取れる。
休養日と言う事もあり、普段は常に数十名の生徒が居る訓練場には二人の人間しか居なかった。
一人は金髪の少年、一人は着物を着た黒髪の少女、訓練場からは二人の息使いと模造刀を交える音しか聞こえない。
「中々上達しましたね、ユーリ様。 もうお兄様では手も足も出ないでしょう」
「うーん、けど克洋兄ちゃんを倒せるイメージはまだ無いかな…、正直負けないとは思うけど…」
「ああ、あれは避けるのだけは上手いですかね…」
ユーリと那由多は休日を利用して、訓練場で剣の稽古を行っていた。
冒険者学校に入学する準備をするためにユーリがフリーダの元に身を寄せてから、那由多はユーリの剣の師匠役となっていた。
フリーダの所に居た頃はこれに克洋も加わり、那由多から扱かれた物である。
此処に入学してから克洋は居なくなった物の、ユーリは未だに那由多相手に剣の特訓を続けていた。
ただし稽古と行っても、那由多はユーリ相手に彼女の刀を使用した対人間用の技法を教えている訳では無い。
ユーリの使うそれは一般的な冒険者が使用する対魔物用の技法であり、あくまで彼女はユーリの模擬戦の相手役になっているだけであった。
「段々剣の使い方は解ってきたんだけどなー。
くそっ、俺も近接型の連中みたいに肉体強化が出来ればなー、なんで上手く出来ないんだろう」
那由多に訓練に付き合ってもらい、剣が上達している事は自分でも理解できていた。
しかしそれでも近接戦闘の授業で、ユーリは近接型志望の同級生相手に勝つことが出来ない。
純粋な剣の腕であればあの連中より自分の方が確実に上回っているが、魔力による肉体強化はユーリの小手先の技術を簡単に跳ね除けてしまうのだ。
あの連中のように魔力による肉体強化が出来ればと言う思いがユーリの胸の内を過ぎり、ユーリは悔しそうな表情を浮かべていた。
ユーリの苦悩を前にした那由多は、克洋から聞いていた原作の展開とやらを思い出していた。
克洋の話によると原作でもユーリは、魔力による肉体強化が出来ない事を苦悩していたらしい。
しかし原作でのユーリは主人公らしく、とあるイベントを経て見事に魔力による肉体強化を習得して見せる。
そのイベントには"冒険者ユーリ"のメインキャラクターが深く関わっていた。
「…ちょっといいか」
「あら、お客様ですか?」
「うんっ、お前は…、ローラ? 何だ、お前も自主練か?」
そして克洋の言う原作をなぞるように、ユーリと那由多が居る訓練場にそのメインキャラクターが姿を表したのだ。
それは艶やかな茶髪を後ろに結わえている、大人びた風貌をした少女だった。
小柄なユーリより頭一つ大きい少女は、人よっては威圧感を受けるであろう切れ長の鋭いを目をユーリたちに向ける。
ローラ、ユーリの父である勇者ヨハンのパーティーが一人、戦士ルーベルトの一人娘。
そして克洋が言う原作において、那由多のライバル関係となり幾度も死闘を繰り広げる事になる剣士。
那由多は相変わらずお嬢様然とした笑みを浮かべながら、克洋の言う自分の未来のライバルと初めて言葉を交わした。
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