11. 狂科学者
ルリスの離脱と言う事実にショックを受ける克洋に追い打ちを掛けるかのように、アルフォンスとララは新たな話題を切り出した。
それは先日、彼らが命がけで討伐を果たしたあのキマイラの話であった。
「えっ、あの洞窟が崩壊した!?」
「ああ、冒険者組合が派遣した連中が辿り着いた時には、もう入り口が塞がれていたらしい」
克洋たちが遭遇したキマイラとの一件は、当然のように冒険者組合の耳に入っていた。
証拠としてキマイラの死骸の一部を提出した事も有り、キマイラの存在を信じた冒険者組合はただちに行動を開始した。
しかし残念ながら冒険者組合は、キマイラに関する詳しい情報を手に入れられなかった。
冒険者組合が組織した調査チームは克洋たちから報告があった洞窟へと向かい、そこで完全に崩壊した洞窟の跡と対面することになったのだ。
洞窟は入り口から完全に塞がっており、洞窟に入ろうと思うならば凄まじい労力と時間が必要であろう。
そもそも洞窟は入り口だけで無く中まで全部崩壊しているようで、残されたキマイラの死骸も瓦礫で押し潰されているに違い無い。
「じゃあキ…、あの化物の死骸は回収できなかったんですね…」
「ああ、残ったのは俺達が運んだあの一部だけだ。 あれが無ければ俺たちは法螺吹きなってたかもな…」
克洋が見た所、あの洞窟は数日程度で崩壊するような軟な作りはしていなかった。
そして調査が入る直前でそれが崩壊するなど、偶然と片付けるには出来過ぎている。
キマイラについて触れてほしくない何者かが、証拠隠滅のために人為的に洞窟を崩壊させた事は明白であろう。
"冒険者ユーリ"の原作を知っている克洋には、今回の証拠隠滅を企てた容疑者に心当たりがあった。
その人物はキマイラの生みの親であり、原作中で悪い意味で大活躍した狂科学者である。
原作でその狂科学者は実験と評して冒険者相手にキマイラをけしかけ、キマイラの性能試験を行っていた。
今回の一件もその性能試験の一貫であり、あの狂科学者が関わっている事は確実であろう。
もしかしたら狂科学者があの洞窟の近くに潜んでおり、上手く行けばあの危険人物を捕獲出来たかもしれない。
仮にこの時点で狂科学者を確保できれば、これから彼奴が行うであろう様々な事件を防ぐことが出来たのだ。
キマイラとの戦闘に夢中になってその事に気付かなかった克洋は、今更ながら狂科学者を取り逃がした事を後悔していた。
そこは克洋たちが居る街とはそう遠くない場所に位置する屋敷であった。
人目を避けるように作られたその屋敷は、ろくに手入れがされていないのか蔦がそこら中に絡まっており幽霊屋敷のような様相である。
そして幽霊屋敷なのは外目だけで無く、その中も酷い有様である。
屋敷内のあちこちには瓶詰めにされた魔物の部位や剥製になった魔物がそこら中に鎮座しており、下手なお化け屋敷より余程恐ろしい場所となっていた。
そんな屋敷内にある薄暗い部屋の中で、一人の女性が机の上で水晶球のような物を眺めている。
恐らく三十台前後の妙齢な女性は、小綺麗な格好をすれば人目を引く美人となれる良い素材を持っていた。
しかし女性は折角の素材を台無しにするかのような酷い格好であった。
ろくに手入れをしていないのか髪もボサボサであり、衣服も皺や汚れが目立ち、同じ服を何日も着回しているようである。
化粧も全くしておらず、睡眠不足なのか目の下にはっきりと隈が出来ていた。
「まさか試験体12号が倒されるなんてねー。 あれは中々の自信作だったのに…」
女性が見つめる水晶球、そこには克洋たちとキマイラの戦いが映しだされていた。
あのキマイラの居た洞窟内には彼女が施した特殊な魔法術式により、まるで監視カメラのように洞窟内の状態を記録していたのだ。
残念ながら記録されているのは映像だけ音は無いが、情報としてはこれで十分であろう。
あの洞窟は女性が作り出した実験室であり、女性はそこでキマイラの性能テストを行っていた。
残念ながら克洋の予想と異なり、キマイラの生みの親は洞窟の周辺を彷徨くような愚は犯さなかったらしい。
女性の見た所、キマイラを倒したパーティーに目を引く人物は居なかった。
何処にでも居る中堅程度の実力を持つ冒険者たちであり、キマイラの性能テストには手頃の相手であったろう。
転移魔法と言う一部の人間しか使えない上級魔法を行使し、キマイラの強靭な皮膚を貫ける非常に強力な風の魔法を見せたあの奇妙な冒険者を除いて…。
「この冒険者、前に見たあの奇妙な冒険者と似てる気がするわね…」
彼女が試験体12号と称するキマイラを倒した克洋、その戦いぶりを見た女性はそこから以前に見た奇妙な冒険者の事を思い出していた。
その奇妙な冒険者は立ち振舞こそ素人同然であったが、その素人らしさとは不釣り合いな強力な攻撃魔法を行使して見せた。
暗闇と言う地の利を活かしてキマイラはどうにかそれを撃破できたが、運が悪ければこちらが倒されていただろう。
加えてその奇妙な冒険者は実験体12号と相まみえた時、愕然とした表情をしながら"キマイラ"と呟いている事実を女は唇の動きから読み取っていた。
"キマイラ"、それは彼女が研究している人造の魔物とコードネームで有り、その名称を知る者は彼女以外に居ない筈なのだ。
しかしあの奇妙な冒険者は何故か試験体12号の姿を見て、彼女しか知らないコードネームを呟いたのだ。
そして畳み掛けるようにその奇妙な冒険者はキマイラによって倒された直後、身体中に光が溢れ出てきて次の瞬間にその死体が消えてしまった。
奇妙な冒険者について詳しく調べるため遺体を回収しようとした女は、流石にその光景には驚きを表した物である。
転移魔法や強力な風の魔法を使う姿から、あの時の奇妙な冒険者と同じ匂いを感じた女は克洋に興味を持ったらしい。
女はまるで実験動物を見るかのように、冷徹な視線を水晶に移された克洋に寄越している。
「全く、想定外の事ばかりで嫌になっちゃう。
折角の実験場を潰さなければならないし、踏んだり蹴ったりだよ…」
克洋の予想通り、証拠隠滅のために洞窟を潰したのはこの女であった。
あの洞窟にはキマイラの戦闘映像を残すための魔法術式などが残っており、あの場所を冒険者組合に探られるのは色々と困るのだ。
あの実験場として仕立てあげた洞窟は彼女が苦労して作り出した場所であり、あそこを潰すのは苦渋の選択だったのだろう。
女はボサボサ頭を掻きむしりながら、悔しさを露わにしていた。
「まあいいか、魔物をベースにしたキマイラの製造はもう十分かな。
ふふふ、話の解るスポンサーも見つかったことだし、予定より早いけど次の段階に入るとしましょう…」
原作を知る克洋はこの女、キマイラの生みの親である狂科学者の目的を知っていた。
その目的のために彼女はどんな犠牲を厭わず、原作では何人もの犠牲者が出ただろうか。
最強、その二文字に到達するためにキマイラの研究を続ける女は、まるで童女のような無邪気な笑みを浮かべていた。
ルリスの離脱、キマイラの一件、二つの重大ニュースを聞かされた克洋に精神的に大きく動揺していた。
そこで更に追い打ちを掛けるかのように、アルフォンスたちから止めの一撃が加えられた。
「えっ、パーティーを解散!? どうして…」
「ごめんね、私達は暫くダーリンの療養のために冒険者を休業する事になったのよ…」
ルリスが離脱した事で残った三人で冒険者パーティーを続けると考えていた克洋は、パーティー解散宣言に驚きの声をあげる。
突然のパーティ解散、その理由にはキマイラ戦で受けたアルフォンスの怪我にあった。
どうやらアルフォンスの怪我は思ったより重いものらしく、怪我が完治するまで冒険者を休業せざるを得ないようだ。
そして愛する人の面倒を見るためにララも冒険者も休業することになり、パーティーには克洋だけが残される事になる。
最早それはパーティーとしての形をなしておらず、事実上アルフォンスたちパーティーは解散したと言っていいだろう。
「こんな怪我、本当は治癒魔法でぱぱっと治したいんだがな…」
「駄目よ、治癒魔法に頼り過ぎるのは良くないわ。 それにあれは高いし…」
この世界には治癒魔法という技術が有り、上級レベルの治癒魔法ならばアルフォンスの怪我もすぐに治せる筈だった。
しかし治癒魔法にはデメリットも存在しており、そのために彼らは自然治癒による回復を選んだようだ。
治癒魔法のデメリットの一つ、それは自然治癒能力の低下にあるだろう。
魔法による治癒促進に慣れてしまうと人間が本来備わっている自然な治癒力が減少する傾向に有るらしく、余り治癒魔法に頼り過ぎると体に悪影響を及ぼす可能性があるのだ。
しかし余程常習的に治癒魔法に掛かっていなければ自然治癒力の低下は起こらないため、どちらかと言えばもう一つのデメリットがアルフォンスたちが治癒魔法に頼らない本命の理由であろう。
その理由とは世知がない事に、金銭的な理由であった。
上級レベルの治癒魔法を使える術者は限られており、その貴重な術者に治療を頼むのにはそれなりの報酬が必要になる。
それは中堅レベルの冒険者には非常に厳しい価格であり、それ故にアルフォンスたちは経済的に優しい自然治癒による回復を選んだのだ。
「解った、そういう事情なら仕方ないか…。 短い間だったけど楽しかったよ」
「例えパーティーを解散しても俺たちは仲間だ、何かあったらすぐに声を掛けろよ!」
「短い間だったけど、あなたと一緒にパーティーを組めて楽しかったわ、克洋」
克洋はララとアルフォンスを相手にそれぞれ硬い握手を交わしながら、別れを挨拶を交わした。
パーティーの仲間たちが無事である事の喜びと、その仲間たちとの別れに悲しみを胸に溢れてきた克洋は思わず涙ぐんでしまう。
こうして克洋はアルフォンスたちのパーティーを離れることになった。
当初の目的であったパーティー壊滅の危機を回避出来たので、結果として克洋は目的を達せられたと言えるだろう。
アルフォンスたちと別れた克洋は街の市場を散策しながら、今後の予定と考えていた。
ララに訪れる悲劇を回避すると言う目的を達した事で、克洋は目的の無い宙ぶらりんな状態になってしまったのだ。
一応予定としては原作的にザンが襲来するイベント、冒険者学校一年目の集大成と言える野外授業が行われるタイミングで冒険者学校に行くことは決まっていた。
しかしまだユーリが入学してから半年しか経っておらず、ザンの襲来まで半年弱の猶予があった。
今の段階で冒険者学校に向かっても、ユーリたちの楽しい学校生活を邪魔することにしかなら無いだろう。
暫くはソロで冒険者でもしていようかと思案していた克洋の耳に、市場の奥の方で行われている騒ぎの音が入って来た。
克洋は興味本位でその騒ぎの中心を覗き込み、そこで言い争いをしている店主らしい中年の男と客らしい少女の姿を目撃する。
「えぇぇ、僕はちゃんとお金を払ったのに…」
「こんな古い金が使える訳無いだろう! ふざけているのか、嬢ちゃん!!」
市場の一角にある路上市場の一スペースで果物を売っている店主の男は、既に齧っ跡が見える果物を手に持った少女に青筋を浮かべながら怒鳴りつける。
それに対して少女はオロオロとしながら、店主に対して力ない抗議の声を上げていた。
十代前半程度の少女はこの辺りの人種とは異なる浅黒い肌をしており、髪をゆるい三つ編みでまとめていた。
現実世界での高校のブレザー服に似た服を来ている少女は、店主の剣幕に怯えて涙目になっている。
「なっ、あれは…、メリア!?」
その少女の姿に見覚えのあった克洋は、思わずその少女の名を口に出してしまう。
それは"冒険者ユーリ"に登場するキャラクターであり、メインキャラクターとまで言えない物の物語に深く関わる重要な役割を持つ少女であった。
一難去ってまた一難、一仕事を終えた克洋は原作キャラクターと言う新たな悩みの種と思わぬ遭遇を果たすのだった。




