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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第一章 冒険者学校一年目編
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10. 別離


 胴を斜めに両断たれた人造の魔物、その三つの瞳から既に光は消えており息絶えている事が見て取れた。

 キマイラを倒した事を確認した克洋は、即座に展開していた魔法を解除する。

 すぐに克洋の刀から風の刃が解き放たれ、ボロボロとなった刀身が姿を見せた。

 どうやら神の書によって極限まで増幅された魔法に、安物の刀が耐え切れなかったらしい。

 一年近く苦楽を共にしてきた愛刀であるが、残念ながらこれはもう使い物のならないだろう。

 しかし克洋には愛刀の死を気にしている余裕は無く、魔力枯渇の影響で倒れそうになっている所を歯を食いしばって耐えていた。

 そして克洋は懐に手を伸ばし、そこから取り出した小瓶の蓋を開けて中に入っていた緑色の液体を一気に飲み干す。


「うっ、まずっ…」


 その液体は何とも言えない味をしていた、言うなれば見た目通り青汁を何倍かに凝縮させたかのような苦さであろうか。

 それは克洋に味覚に多大なダメージを与えると共に、神の書の使用によって枯渇仕掛けていた克洋の魔力に微かな力を与えた。

 克洋の取り出した液体、これは言うなればゲームなどお約束の魔力回復アイテムであった。

 ただしゲームと違ってこの薬では魔力を僅かに回復する効果しか無く、どちらかと言えば魔力枯渇による意識不明を防ぐために気付け薬に近い物であろうか。

 克洋は神の書の使用直後に倒れる危険性を回避するため、冒険者として活動した事によって得た金銭をでこの薬を購入していたのだ。

 ちなみにこの世界において僅かな効果であっても魔力を回復する薬は高価であり、この小瓶一つで克洋が此処数ヶ月感で貯めた金銭の大半を消費してしまった。


「はぁはぁ、これで何とか意識は…」

「やったじゃ無いか、克洋くん!!」

「すげーよ、お前! 流石はフリーダ様の弟子だな!!

 あんな切り札を持ってるなんて…」


 薬によってどうにか意識を保つことが出来た克洋の元に、パーティーのメンバーであるララとアルフォンスが近寄ってくる。

 どうやらアルフォンスはキマイラとの戦いで足を痛めていたらしく、ララに肩を借りながら移動をしていた。

 あの状態でアルフォンスは顔色一つ変えずに、克洋にチャンスを作るためにキマイラへ特攻したとは恐れ入る。

 この数ヶ月間、パーティーの一員として同じ釜の飯を食った仲間たちを守れたことに、克洋は満面の笑みを浮かべながらララやアルフォンスと喜びを分かちう。

 原作においてララを残して全滅する筈だったパーティーの運命は、克洋と言うイレギュラーの存在によって書き換えられることになったのだ。


「何故あいつが…」


 しかしその時の克洋は、パーティー内で芽生えた不和の予兆を気付けなかった。

 ララとアルフォンスが笑顔を浮かべる中で、一人だけ険しい表情を浮かべる一人の女の姿を…。

 冒険者として日々努力してきた筈の自分が役に立たず、冒険者学校すら卒業していない克洋がキマイラを見事に討伐して見せた。

 その事実は冒険者としての彼女の誇りを粉々に砕く物であり、克洋を見つめるルリスの瞳には怒りと嫉妬の感情が渦巻いていた。











 キマイラとの壮絶な戦いは幕を閉じた。

 アルフォンスやルリスの死亡と言う原作の悲劇を回避する事に成功した克洋、しかしその代償としてパーティーの半数が行動不能と言う酷い有様となっていた。

 用意していた薬の力で意識を失う事は免れた物の、克洋には最早得意の転移魔法(テレポート)を発動する魔力すら残されていなかった。

 魔力切れの影響で克洋の体に疲労がどっと降りかかり、まるで三日ほど徹夜をしたかのような最悪な気分を味わっていた。

 そして満身創痍のアルフォンスもまた、緊張が途切れた事で蓄積したダメージが一気に襲い掛かって来たらしい。

 己の獲物である斧を杖のように付きながら体を支えているアルフォンス、最早自力で立つことすら出来なくないようだ。

 特に右足に受けた傷が酷く、その傷口から漏れた血がアルフォンスのズボンを真赤に染めていた。

 先ほどまでキマイラに勝利した事を無邪気に喜んでいたアルフォンスの姿は既に無く、血の気の引いたその表情には死相すら見えた。

 愛する人の異変に気付いたララは涙目になりながら治癒魔法を施したが、彼女が使える初級レベルの治癒魔法では焼け石に水でしか無かった。

 アルフォンスの様態悪くなる一方で、一刻も早く医者に元に運ばなければ命の危機すら有るだろう。


「早くダーリンを治療しないと、一刻も早く街に戻るわよ!!

 ルリス、ダーリンを運ぶのを手伝って…」

「あ、ああ…」


 大柄なアルフォンスを小柄なララ一人で運べる筈も無く、彼女はルリスと協力して愛する人を運ぼうとする。

 主に前衛タイプであるルリスの活躍によってアルフォンスを担ぎ上げる事に成功した彼女たちは、そのまま薄暗い洞窟からの脱出に成功を果たした。

 そして克洋たちは行きの倍の時間が掛けて、漸く街へと戻ることに成功したのだ。

 街に戻った克洋たちは真っ先に医療機関にアルフォンスを運び入れ、パーティーはそこで解散となった。

 本来であれば街に戻ってすぐに依頼の完了報告などの手続きを行う必要があったが、その辺りの雑務は全てララが引き受けると言うのだ。

 アルフォンス程では無いが克洋も今にも倒れそうな有様だったので、ララが気を使ってくれたのだろう。

 その好意に甘えた克洋はララたちと別れ、ふらふらの足取りで宿へと向かう。

 克洋は帰り道の途中から記憶が抜け落ちており、気が付いた時には此処数ヶ月の寝床である宿の一室に戻っている有様であった。

 そのためベッドの上に倒れこんだ克洋はすぐに意識を失い、泥のように眠りに着いた。











 キマイラとの遭遇戦から数日ほど経過した。

 此処数日はキマイラ戦の疲れを癒やすために宿に引きこもっていた事も有り、克洋の体はすっかり元気を取り戻していた。

 克洋はキマイラ戦では掠り傷程度しか負っておらず、枯渇していた魔力が回復すれば問題無いのだ。

 体の調子が戻った事で克洋は周りに目が向けられるようになり、他のパーティーたちの様子が気になり始めていた。

 特に医療施設に運び込まれたアルフォンスの事が心配であった。

 克洋がアルフォンスが運び込まれた医療施設に行こうか悩んでいた所、タイミングを図ったかのように知らせが舞い込んで来た。

 宿の従業員からの言伝を受けた克洋は着替えを行い、足早と宿を飛び出す。

 そして克洋は宿の近くにある、冒険者と溜まり場となっている酒場へと向かった。


「よう、克洋。 顔色が良くなったじゃねぇか!!」

「アルフォンス、退院できたんだな! …怪我は大丈夫なのか?」

「問題ないぜ、この程度掠り傷だよ」


 酒場に入ってきた克洋に気付いた男が大きく手を振りながら克洋を呼びかける、そこには席に座る大柄な男の姿があった。

 数日ぶりにあったアルフォンスは、何時ものように男臭い笑みを克洋に見せた。

 その顔は生気で満ち溢れており、キマイラ戦後に死人のような顔をしながら街の医療施設に運び込まれたアルフォンスはもう居ないらしい。

 しかしアルフォンスの右足に巻かれている包帯が、キマイラが与えた傷が未だに癒えていない事を物語っていた。

 克洋の視線に気付いたアルフォンスは、乱暴に包帯に巻かれた足を撫でながら克洋に問題ないことをアピールする。


「駄目でしょう、傷口が開いちゃうわよ! 本当はまだ動かない方がいいのに…」

「ははは、このくらい大丈夫だって…、痛っ!?」

「ほら、ちゃんと安静にしないから…」


 アルフォンスの横に座る小柄な女性、彼の恋人であるララが愛する人の無謀な行為を諌める。

 恋人の忠告を流すアルフォンスであったが、その行為を無下にした天罰が下ったらしく傷の痛みに悶絶してしまう。

 やはり数日程度では傷は完治には程遠いのだろう。

 克洋はアルフォンスとララの漫才のようなやり取りに爆笑しながら、バカップルに向かい合うように酒場の席に着いた。

 そこで克洋は、普段なら必ず居るであろう人物が居ないことに気付く。


「そういえばルリスはまだ来ていないのか? 珍しいな…」

「「…」」


 克洋はこれからこのパーティーに関する重要な話があると聞いて、急いで酒場に駆けつけたのだ。

 そしてこの場に四人パーティーの内、アルフォンスとララと克洋の三人だけしか居らず、残り一人のメンバーであるルリスの姿が無かった。

 几帳面な性格であるルリスはパーティーが集まる時には、必ず一番に集合場所に来ている筈だった。

 目覚まし時計という文明の利器が無い影響で、よく寝坊をしてしまう克洋はルリスに弛んでいると説教された物である。

 ルリスの名が出た途端、ララとアルフォンスの顔色が曇った。

 実は今日彼らが克洋を酒場に呼び出した理由は三つあり、その内の一つがルリスについての話であった。


「克洋、ルリスはもう居ないのよ。 彼女、故郷に戻るんだって…」

「故郷で修行をするんだとさ、もっと強い冒険者になるためにな…」

「えっ、嘘っ!? 何で…」


 何とルリスは克洋に別れを告げることも無く、故郷に帰ってしまったらしい。

 少なくとも自分は仲間と思っていた人物との突然の別れを受け、克洋は声を裏返らせながら驚きの反応を見せた。

 聞く所によるとルリスは昔からの仲間であるアルフォンスたちに何の相談も無く、唐突に別れを切り出したらしい。

 勿論、アルフォンスたちは詳しい事情を聞き出そうと試みたが、ルリスは冒険者として鍛え直すためと繰り返すだけだったそうだ。

 当然のようにアルフォンスたちはルリスを思い留めようとしたが、彼女は耳を貸すことなくそのまま街を去ってしまった。

 今日彼らはこの事を伝えるために、克洋を酒場に呼んだのである。


「何でだよ、何であいつがこのパーティーから…」


 折角キマイラを倒してララたちのパーティーの崩壊を救ったのに、何故ルリスがパーティーを離脱してしまったのだ。

 自分の苦労を無に返すようなルリスの行動が理解できず、克洋は呆然とした表情を浮かべていた。

 そんな克洋の様子を見て、アルフォンスとララは互いにアイコンタクトをしながら何らかの確認を行う。

 魔力パスと繋いで居る彼らは互いの感情をある程度読むことが可能であり、このような場面で言葉を交わさずに意思の疎通が可能なのだ。

 ルリスとの付き合いが長いアルフォンスたちは、実は彼女がパーティーを離脱した理由に何となく気付いていた。

 そして彼らはその理由を、決して克洋に話さない事を示し合わせたのだ。

 アルフォンスたちはルリスがパーティーを離脱した理由が克洋にあると見ており、その事実を今回の功労者である少年に告げるのは酷だと判断したらしい。

 こうして克洋は冒険者仲間であったルリスとの思わぬ別れを経験してしまう。

 そして克洋とルリスが予想外の再会を果たす未来が有る頃を、今の克洋が知る由も無かった。



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