6. キマイラ
アルフォンスの巨体が優に潜り抜けられるほどの大きな入り口を抜けて、ララたちはキマイラを追って洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟を進んでいく内に入り口から入ってくる光が遠のき、ララたちの周囲が闇に染まっていく。
そしてほぼ直線の通路を潜り抜けて、ララたちは洞窟の奥の広間らしき場所に辿り着いた。
最早此処まで入り口から光が入って来ず、ほぼ暗闇に覆われている広間の全長を見て取ることは出来ない。
しかし一つだけ解ることがある、この洞窟が人為的に作られた物である事だ。
幾らファンタジー世界とは言え、直線の通路を抜けて奥に広間が有るようなあからさまな洞窟が自然に出来る筈もない。
この人為的な洞窟はあの奇妙な魔物が掘ったのだろうか、ララたちは奇妙な洞窟の存在に困惑しながら一足先に洞窟に入ったであろうキマイラを警戒していた。
「ララ、明かりを頼む」
「…私達の場所を掴まれるわよ」
「それでもいい、こう暗いんじゃ何も出来ない」
今、此処で明かりを付けるということは、あの魔物に自分たちの位置を知らせる事になる。
しかし相手の位置や周囲の状況が解らなければ何の手を打つことも出来ないため、アルフォンスはリスクを承知でララに明かりを要求した。
恋人の意見に従い、ララは明かりを灯す初級魔法を発動しようとする。
明かりが付いた途端、キマイラがこちらに襲い掛かってくる可能性が高いため、アルフォンスと克洋はララを囲うように位置取りながら獲物を持って構えた。
しかしララが行動を起こすために、キマイラが既に動いていた。
「グラァァァッ!!」
「ひっ!? こっちに来た!?」
それは久方ぶりの感覚であった。
自分の周囲の世界が遠のく感覚、今は暗闇の中に居るので余り視界に変化は無いが確かに克洋の体は移動していた。
即死攻撃に対するオート回避、これが発動したと言うことは克洋は先ほど死にかけたと言うことになる。
そしてこの状況で、克洋を殺しうる存在はただ一体の魔物しか存在しない。
克洋は悲鳴に近い声で、周囲に居る仲間たちにキマイラの襲撃を告げる。
「大丈夫か、克洋!」
「はい、何とか…」
「どういう事、あいつは暗闇の中で私達の動きが解るの!?」
「兎に角、明かりを…、照明魔法」
暗闇の中、正確に克洋を狙ってきたキマイラの存在にララたちは恐怖する。
兎に角、明かりが無ければ何も出来ないと、ララは慌てて先ほど発動仕掛けた照明を灯す初級魔法を発動する。
ララが魔法によって光を灯し、暗闇に覆われていた洞窟内の広場を照らした。
そして魔法の明かりは、洞窟内の暗闇に潜んでいたキマイラの姿をはっきりと映し出す。
「なっ!?」
「うそっ!!」
「きもっ!」
克洋はキマイラの姿に度肝を抜かれてしまう、そのキマイラの姿には中堅の冒険者であるララたちも二の句を告げない様子だった。
何故ならばキマイラの額部分に、先ほどは無かった第三の目が浮かび上がっていたのだ。
キマイラの額に備えられた第三の目は、通常の位置にある目とは異なる形状をしていた。
第三の目は瞳孔が非常に大きく作られており、微かな光をも感知する発達した網膜を備えたそれであれば暗闇でも十分な視界を確保できるだろう。
照明魔法の光を前にキマイラは顔を顰めながら第三の目を閉じ、替わりに両の目を開いてこちらを見据えた。
照明魔法の眩しい光は、あの暗闇に適した第三の目には眩しすぎるのだろう。
「くそっ、あれはオウルマンの目だ! あれなら暗闇で視界が利く、わざわざ俺たちを此処におびき寄せる訳だ!!」
「暗闇では一方的に不利なようね、なら明かりがあった方がまだマシね。 照明魔法」
「お、俺も…、照明魔法」
アルフォンスは一目でキマイラが持つ、あの第三の目の正体に気付いた。
オウルマン、フクロウをそのまま人型にしたような見た目のモンスターである。
それはフクロウと同じようにそのモンスターは非常に夜目が利き、どういう訳からあのモンスターはその目を備えているようなのだ。
あの目を備えている限り、暗闇の中では一方的にキマイラに蹂躙される可能性が高い。
そしてあの目の存在があるからこそ、キマイラはわざわざララたちをこの場所におびき寄せたのだろう。
まんまと狩場に足を踏みれていた事は失策であるが、種が割れてしまえば対処は簡単である。
ララと克洋は洞窟内を二度と暗闇の状態にしないため、次々に照明魔法を発動させていく。
照明魔法で作られた光を放つ魔法球は一定時間存在し続けるために、洞窟内に設置しておけば暫くはこの広間が暗闇に染まることは無いだろう。
続々と明かりが灯された洞窟内に、キマイラの姿はしっかりと浮かび上がっていた。
よくよく見れば先程まで尻尾に捕えられていたルリスの姿も無い、この洞窟内の何処に居るんだろうか。
ルリスの所在を心配するパーティーメンバーを尻目に、キマイラは凄まじい咆哮を上げながらララたちに跳びかかった。
突進してくるキマイラを前に、アルフォンスは愛する女性の盾になるかのように果敢に前進する。
恐らく手近な獲物から倒そうとしたらしく、キマイラは自分から死に来た馬鹿な獲物に向けてその鋭い爪を振り下ろした。
キマイラの爪を防ぐために、パーティーの壁役であるアルフォンスは手に持った斧を前方に掲げてそれを受け止めようとした。
その恵まれた体格に加えて、近接系の冒険者としての技能を持つアルフォンスのパワーは並大抵の物では無い。
その力は中級モンスターと比較しても何ら遜色は無く、アルフォンスは己の最大の武器を持ってあの謎の魔物と真っ向から立ち向かう選択をしたのだ。
「ぐぁぁぁっ!!」
「ダーリン!! このっ、大地爆裂球」
アルフォンスの斧とキマイラの爪が交差し、まるで自動車事故が起きたかのような衝突音が洞窟内に響き渡る。
そして次の瞬間、キマイラに力負けしてしまったアルフォンスはその場から吹き飛ばされてしまう。
洞窟の壁に叩きつけられた苦悶の声を上げるアルフォンス、吹き飛ばされた衝撃で斧を取り落とした戦士は無防備な状態を晒してしまう。
そんな弱った獲物を前に、キマイラはすぐさま追撃を掛けようと動き出す。
しかし愛する人を守るため、ララがキマイラの進路を塞ぐように中級の攻撃魔法を放った。
大地爆裂球、ララの腕から放たれた岩の砲弾はキマイラに向けて一直線に向かっていく。
上手く当たればキマイラと言えども、岩の下敷きとなってしまいただではすまないだろう。
しかしララの攻撃魔法に気付いたキマイラは俊敏な動作で方向転換を行い、難なくララの魔法を避けてしまう。
「ぐるっ!?」
「ちぃっ、外したわ…」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、悪いな…。
なんだ、あの化物は…!? あの動きにあのパワー、上級レベルのモンスターと変わらないぜ…」
ララが時間稼ぎをしている間に、克洋は倒れたアルフォンスの元に向かって手を貸していた。
アルフォンスの体は見た所怪我は無いようだった、先ほどのキマイラの爪はどうにか斧で防ぎきったのだろう。
魔力によって身体能力を強化していた事も有り、壁に叩きつけられた衝撃はアルフォンスに対したダメージを与えていなかった。
克洋の手を借りて立ち上がったアルフォンスの動きには不備は感じられず、まだまだ十分に戦う力が残されているだろう。
しかし先ほどの一合でアルフォンスは、精神的に大きなダメージを受けることになった。
先ほどのやり取りでアルフォンスは、キマイラの性能を理解してしまった。
あれは普段アルフォンスたちが相手にしているオークたちのような、中級レベルのモンスターとは格が違う存在であった。
予想もしていなかった格上との遭遇を前に、アルフォンスは背中に冷たい物を感じるのだった。




