5. 襲撃
冒険者としての活動を通してレベルアップを図る事は、克洋がこのパーティーに潜り込んだ理由の一つに当たる。
しかしそれはあくまで副次的な目的であり、克洋の最終目的はこのパーティーの全滅を防ぐことであった。
原作においてララのパーティーはこの時期に全滅しており、絶望に叩き落とされたララは復讐者となることを決意する。
そして冒険者学校を卒業して冒険者として活動を始めていたユーリたちは、復讐という狂気に犯されたララと出会うのだ。
「今度のクエストは魔の森の調査よ。 何でも此処最近、魔の森に入った人間が次々に行方不明になっているの」
「魔物でも出たのか?」
克洋が初めてララたちと出会った酒場で、ララが取ってきた今日のクエストの内容が語られていた。
ララの話に耳を傾けていた克洋は、今回のクエストの内容にある予感を覚えていた。
自然と顔を引き締めた克洋は、何時も以上にララのクエストの説明を注意して聞いた。
「あそこの森の魔物なら駆け出しでも問題無いだろう? 何でわざわざ俺たちがそんな真似を…」
「その駈け出しまで調査から帰ってこないのよ…。 それで今度は私達に話が回ってきた訳…」
この地域を拠点しているララたちは、基本事項として周辺の魔物の出現情報について知悉していた。
今回調査依頼が来ている魔の森は、アルフォンスが知る限り雑魚と言っていい魔物しか出没しない筈なのである。
仮にも中堅クラスに属する自分たちのパーティーが受ける任務では無いと、アルフォンスはクエストの内容に訝しむ。
アルフォンスの疑問に対して、ララがすかさず自分たちに依頼が来た理由を説明する。
どうやら既にララたちのパーティーに先んじて、他の冒険者たちが既に調査に出向いているらしい。
しかしその冒険者達は音信不通となり、不審に思ったこの地域の冒険者組合が追加の調査をララたちに依頼したのである。
「他の地域から魔物がやって来たか? 駈け出しとは言え冒険者を倒したとなると、それなりのレベルの魔物だな…」
「それを含めて調査をするのよ、今日の仕事の内容は解ったかしら?」
「ははは、中々面白そうだな! 大物なら俺が倒してやるぜ!!」
アルフォンスがやる気を見せているのとは対照的に、克洋の顔色は明らかに悪くなっていた。
一見普通のクエストに見えて何処か怪しい雰囲気が漂うこの調査、恐らくこれが原作でこのパーティーを襲った悲劇の切っ掛けに違いない。
克洋は原作でこの中堅レベルの冒険者達が全滅してしまう渦中に、これから自分で飛び込まなければならないのだ。
いよいよ本来の目的を達成する時が来た克洋は、武者震いと言い張りたい足の震えに襲われていた。
克洋たちが拠点としている街から一時間ほど歩いた所に、今回の調査対象となっている魔の森の入口があった。
このある種の雰囲気のある不気味な森は、魔物が頻繁に出没することもあって近隣住民から魔の森と呼ばれていた。
人里から離れており、魔物も出没する森には人の気配は殆ど感じられなかった。
聞く所によると普段からこの森に近づく者は余り居らず、薬師などが薬草を手に入れるため、もしくは狩り人が獲物を狙って足を踏み入れるのが精々らしい。
アルフォンスを先頭にララ、克洋、最後尾にルリスを配置した冒険者パーティーが、慎重な足取りで森の中に入っていた。
この森の中には、駆け出しとは言え冒険者たちを倒した存在が居る筈なのだ。
警戒をしすぎるということは無いだろう。
「ちぃ、相変わらず不気味な森だぜ…」
「本当ねぇ、ダーリン。 私、怖い…」
「はっはっは、安心するんだ、ハニー。 君には俺が付いているぜ!!」
「ダーリン!」
「ハニー!!」
仕事で何回かこの森に入ったことがあるアルフォンスであるが、来るものを拒絶するような不気味な雰囲気をかもしだすこの森は好きではないらしい。
それは恋人であるララも同じ無く、二人のカップルは仲良く顔を顰めながら森の中を歩いて行く。
恐らく本人たちは純粋に互いを励まし合っているだけのつもりなのだろうが、見ている方からすればバカップルのやり取りを見せ付けられているような物だった。
相変わらずバカップルのやり取りに慣れない克洋は、胸焼けのような感覚を覚えていた。
ふと隣を見ると、そこのは克洋と同じような微妙な表情をしたルリスの姿があった。
克洋より以前からこのパーティーに所属しているルリスは、克洋よりずっと前からこの光景を見せつけられて居たのだろう。
もしかしたらルリスが普段から怒りっぽいのは、このやり取りを見せられ続けてストレスが溜まっていた事に有るかもしれない。
克洋はルリスの内心を勝手に想像しながら、ララたちの後を付いて森の中を慎重な足取りで進んでいった。
克洋たちが森の半ばまで辿り浮いた所でそれは起きた。
一瞬の出来事であった、音も無く克洋たちに近づいたそいつは瞬く間にルリスの体を捉えたのだ。
植物の蔓のような物が一瞬の内にルリスの体を絡め取り、彼女は何の抵抗をする間も無く身動きを封じられてしまう。
立っていることすら出来なくなったルリスは、驚愕の声をあげながらその場に倒れこんでしまった。
「なっ、これは!!」
「ルリス!!」
他のパーティーが異変に気が付いた時には、既にルリスの体は地面に引き摺られながら森の奥に移動している所だった。
ルリスの体は木々の陰に隠れてしまい、克洋が目視出来ない所まで連れて行かれてしまう。
残念ながら克洋の転移魔法は、転移先を把握出来なければ使用できない。
こう木々が生い茂っていたら木々の間に引き摺られているルリスの姿が何処に居るか解らず、転移魔法の転移先を定められないのだ。
そのため克洋たちは慌ててルリスを追って、森の奥へと走るしか無かった。
「あ、あれは…、何だ?」
「見たこととの無い魔物だわ、新種かしら…」
ルリスを追って森の木々を潜り抜けていった克洋たちは、森の中にある広場のような場所へと辿り着いた。
そして広場の中心にルリスとルリスを攫った下手人の姿があったのだ、それは奇妙な魔物であった。
見た目は四足のライオンのような魔物である、しかし体の各所に明らかにおかしなパーツが存在したのだ。
まずは皮膚、本来なら四足の動物らしく毛皮で覆われている所であるが、その魔物の皮膚はどういう訳かドラゴンのような鱗で覆われているのだ。
前足の爪は鷲などの猛禽類のように鋭く尖っており、口から生える牙もサーベルタイガーのように口からはみ出るほどのサイズだ。
何よりおかしいのはその尻尾だった。
その魔物の尾は植物の蔓のような見た目をしており、しかもそれは魔物の尻から十本近く伸びている。
そしてその魔物の尾の内、数本を使ってルリスの体を拘束していた。
手足や体だけで無く口までも封じられたルリスは、叫び声一つ上げる自由が無かった。
残りの尾はこちらを威嚇するかのように揺らめいており、どうやらあの尾は魔物の意思によって自由に動かせるらしい。
「グルルルッ‥」
魔物は唸り声を上げながらこちらを威嚇して、すぐに後ろを向いて再び移動を初めてしまう。
魔物は俊敏な動きで、あっという間に森の奥に消えていった。
今まで見たことも聞いたこともない奇妙な魔物の登場に混乱していたララたちは、慌てて魔物を追うために森の奥へと進む。
ララたちと共に魔物を負う克洋は、これからの展開について頭を巡らしていた。
克洋は原作知識によって、あの魔物の正体を予想することが出来ていた。
キマイラ、それがあの奇妙な魔物の名前である。
キマイラは自然に生まれた魔物ではない、人間が幾つかの魔物の特徴を取り入れて作成した人造の魔物であった。
原作によればララはとあるクエスト中にキマイラに襲われて、最愛の人間を失ってしまう。
そしてあのキマイラの正体を探るために活動を開始して、ユーリと共にキマイラを製造した人間の正体を追い求めると言う展開が繰り広げられるのだ。
現在ルリスを攫っているキマイラの姿は、克洋が初めて見る物だった。
しかしあのように複数の魔物の特徴を混ぜあわせたような奇妙な魔物は、どう考えてもキマイラ以外に居ない筈である。
あの魔物が現れたと言うことは、何もしなければこのパーティーはララを残して全滅してしまう。
そして一人残されたララは最愛の人の仇を取るために復讐の道を選び、今の幸せそうな姿が嘘かのような痛々しい姿となるのだ。
この悲劇を止めるために克洋はララたちのパーティーに加入したのであり、此処で失敗することは出来ないだろう。
密かに克洋が覚悟を決めている内に、キマイラとの追いかけっこは終わりを迎えた。
キマイラは森の奥にある洞窟に入っていたのだ、当然のようにルリスをあの触手上の尻尾で抱えたままの状態でだ。
「…あいつ、俺たちを誘導するかのように何回か足を止めたよな。 これは罠か?」
「けどルリスを放っておけないわ。 罠だろうと何だろうとも、あの魔物の後を追わなきゃ!!」
恐らくキマイラが本気を出せば、簡単にララたちを引き離すことは出来ただろう。
しかしキマイラはどういう訳かララたちが追いつくのを待つかのように足を止めて、そして再び移動を開始するという奇妙な行動を何度も繰り返したのだ。
明らかにキマイラはルリスを餌として、ララたちを何処かに誘導しようとしていた。
そして恐らくキマイラが連れて行きたかった場所は、あの洞窟に違いないのだ。
あの洞窟の中に何が有るか解らないが、恐らくララたちに有利に働く物は何も無いだろう。
しかし此処でキマイラを追って洞窟に入らなければ、ララたちはルリスを見捨てることになってしまう。
仲間を見捨てることが出来ないと、ララとアルフォンスは罠を承知で洞窟に足を踏み入れることを決意する。
恐らく克洋が存在しない原作においても彼女たちは今と同じ選択をしたのだろう。
そしてこのパーティーは、ララを残して全滅してしまったのだ。
このままララたちのパーティーはあのキマイラに全滅してしまうのだろうか、それとも克洋がこのパーティーの救世主になれるのだろうか。
その答えはすぐに判明するだろう、克洋たちのキマイラの戦いによって…。




