4. 休息
今更であるが"冒険者ユーリ"の世界情勢について説明しよう。
現在、この世界には三つの国家が存在した。
"冒険者ユーリ"の世界の広さは地球と同程度と考えて良く、それにも関わらず世界に僅か三国しか存在しないのだ。
この事実を些か奇妙だと思う者が居るかもしれないが、これにはこの世界特有の事情が存在した。
此処では魔族の襲来と言う災厄が定期的に行われており、人類サイドは毎回壊滅寸前にまで追い込まれていた。
魔族と言う共通の敵を前にして、人間同士が小国に別れて小競り合いをしているのは無駄でしか無い。
そのためこの世界の人類国家は自然にまとまっていき、今の三国と言う巨大な括りになったのである。
世界を統べる三国の一つ、ユーリの故郷であり今の冒険者制度を生み出した国はブレッシンと呼ばれていた。
ブレッシンは冒険者と言う個の力を重視して、冒険者の育成に尽力していた。
冒険者の能力は珠玉混合で有り、オーク退治で精一杯な物も居れば魔王討伐に乗り出すほどの力を持った者も居た。
一方、ブレッシンと同じ大陸に存在しているもう一つの大国、ホルンはブレッシンと異なる道を歩んでいた。
こちらは現実世界と同じような思考により、国が保有する戦力は軍隊という形で直接管理していた。
軍隊と言うシステムは冒険者のように突出した人材が出ることは殆ど無かったが、一定レベルの戦力を均一に作り出すことが出来ていた。
そして二大国家がある大陸から東の彼方に、東の国と呼ばれている一国があった。
此処は那由多の故郷である島国であり、明らかに過去の日本をイメージしたと思われた国である。
この国はどちらかと言えばブレッシンに近く、冒険者と言う明確な制度が無いもの一定レベル以上の武人が多数存在していた。
有事となれば武人たちは王の呼びかけの応えて、一生懸命戦うであろう。
この三国が管理する領域が人類サイドの生活圏で有り、克洋はブレッシン国内にあるヴァルニルと言う名の都市で冒険者として活動を行っていた。
休息を取る事は冒険者として活動する上で重要である。
魔物との戦いと言う緊張状態を繰り返せば人は簡単に消耗していき、本来のポテンシャルを発揮できなくなってしまう。
命と隣り合わせであろう冒険者にとって体調管理は必須事項であり、定期的に休息を取ることは冒険者としての義務と言っていい。
オーク退治を終えた克洋たちのパーティーは、酒場で食事を取りながら英気を養っていた。
テーブルの上には今回の仕事の報酬を使う事で、何時もより上等な食事や酒が並んでいた。
「はい、ダーリン。 あーん」
「ははは、ハニー! 君が運んでくれる料理は格別だなー」
「いいわ、ダーリンの食べっぷり、惚れ惚れしちゃうわぁぁっ」
ララとアルフォンスのバカップル達は、何時も以上に派手にいちゃついていた。
見る方が恥ずかしくなるくらい、目の前の男女は衆目の前で堂々と愛を確かめている。
四人パーティーの内に二人が自分たちの世界に入ったことで、必然的に残った二人が残されてしまう。
しかし残された二人、克洋とルリスの仲はお世辞にも良いとは言えない。
そのため二人は会話をすること無く、黙々とテーブルの上に乗った料理を口に入れていた。
「…克洋、お前はどうして冒険者になった?」
「えっ、俺ですか…。 俺はまあ成り行きと言うか、必要だったからと言うか…」
「ふんっ、必要だからと言う理由で冒険者になれるとはな。 流石にフリーダの弟子は違うな…」
気まずい沈黙の中、先に口を開いたのはルリスだった。
ルリスは食事の手を止めて何を思ったのか、克洋に対して冒険者になった理由を尋ねたのだ
ルリスの問いに対して克洋は、曖昧な返答しか出来無かった。
克洋は自分から冒険者になったのでは無く、例のゴブリンモドキの一件の時にフリーダが勝手に冒険者の資格を取ってきたのだ。
しかし知らない間に冒険者になっていると言う訳にもいかず、克洋は言葉を濁すしか無かった。
克洋の応えはルリスの癇に障る物だったらしく、見る見る彼女の顔が不機嫌になっていった。
ルリスに取って冒険者と言う職業は特別な存在であり、強い覚悟も無しに冒険者になったらしい克洋が気に食わないのだろう。
「それならルリスさんの方は、どうして冒険者になったんですか?」
「私か…、ふんっ、お前にだけ話すのは不公平だしな…」
ルリスは冒険者として仕事に強い誇りを持っており、それ故に冒険者らしからぬ行動をする克洋に対して何時も苦言を呈していた。
克洋はルリスの冒険者に対して拘わる理由が気になり、先ほどのお返しとばかりに動揺の質問をルリスに返した。
克洋の問いかけに一瞬虚を突かれたような顔をしたルリスは、不敵な笑みを浮かべながら自身の過去について語りだした。
「私はホルンの出身でな…、冒険者学校に入るまではずっとホルンで生活をしていた」
「えっ、ホルンの人間がブレッシンで冒険者をやっているんですか?」
「お前だって東の国の出身だろう?」
「ああ、そうでしたね…。 それでホルンの人間が、わざわざブレッシンで冒険者に何か…?」
「よくある話さ、私の家族はブレッシンの冒険者に救われたんだよ」
前述のとおりホルンには冒険者と言う職業は存在せず、基本的に国軍が魔物の討伐などの仕事を行っていた。
しかし国同士の取り決めによって、面倒な手続きを踏まえればブレッシンの冒険者がホルンで活動することは許されていた。
国が管理する軍と言う組織はその巨体さ故に小回りが効かず、どうしても個々人が活動を行っている冒険者のような素早い行動が難しい。
そのためにホルンの人間がブレッシンの冒険者に対して、緊急を要する魔物の討伐を依頼するなどの事は偶に有ることだった。
恐らくルリスが救われたと言う冒険者も、その口だったのだろう。
ルリスは今でも鮮明に思い返すことが出来た。
彼女の住まう村に迫る魔物たちを、まるで舞踏をしているかのような華麗な剣捌きで討伐した女冒険者の勇姿を…。
「私は冒険者に憧れた。両親を説き伏せて此処の冒険者学校に入り、冒険者としての第一歩を踏み出した。
そして無事に冒険者学校を卒業して、冒険者となったんだ…」
「へー…」
ブレッシンの冒険者学校は、才能が有るのならばそれが他国の人間でも学校に受け入れる事があった。
しかし冒険者と言う戦力はブレッシンの貴重な財産であり、他国の者を冒険者学校に入れると言う事はそのノウハウを公開するに等しい事態である。
普通であればそのような馬鹿げた事を国がするわけが無いのだが、この世界には魔族の襲来という特有の事情が存在していた。
一定間隔で魔族は確実に人間の世界を襲い、戦力が足りなければ容赦無く人類は滅ぼされてしまうだろう。
国の体面より魔族に備えた戦力の増強は必須であり、そのためにブレッシンは情報漏洩のリスクに目を瞑って短期的に戦力を増強する道を選んだのだ。
世界を第一に考えるブレッシンの思想によって、ホルン出身であるルリスは冒険者を目指すことが出来た。
そして彼女は現在、冒険者として活動を行えているのである。
「冒険者になった後も色々と苦労したがな…。
どのパーティーも女の前衛は役に立たないと門前払い、ララたちに出会うまでソロで冒険者をやるしか無かった」
「ああ、女性は後衛タイプの冒険者になるのが殆どですからね…」
冒険者になった理由についての回答は、先程までの話で十分の筈だった。
しかしルリスは口を閉じることは無く、そのまま冒険者としての苦労話を初めてしまう。
よくよくルリスのテーブルを見てみれば、彼女の手元にあった酒が入ったジョッキが空になっている。
何時の間にか酒が進んだらしいルリスは顔を赤らめながら、すっかり饒舌になっていた。
冒険者が前衛と後衛に別れるという話は前にも触れたが、一般的に女性の冒険者は後衛タイプになることが多かった。
やはり男と女の差は大きく、前衛という体を張る仕事は男の方が向いているのだ。
確かに那由多のような例外も中には居るが、それはあくまで例外であり基本的に女性は魔物と直接戦うことになる前衛は向かないのは事実である。
ルリスはそんな常識に逆らって前衛タイプの冒険者を目指し、見事に冒険者をと卒業して見せた。
女と言うハンデを越えて前衛タイプの冒険者になるには並大抵の苦労では無かった筈だ。
彼女がわざわざ前衛タイプと言う茨の道を選んだ背景には、幼いころに見たあの冒険者の姿があったのだろう。
そしてルリスは冒険者としての自分に強い誇りを持つようになり、彼女が憧れたあの冒険者のように生きる事を自らに誓ったのだ。
しかし冒険者として活動を初めたルリスの前に、思わぬ障害が待ち構えていた。
「…くそっ、あの能なし共め! 女だから、ホルン出身だからと言って私を見下して!
私の方があんな連中より、ずっと冒険者として相応しいんだ!!」
「あ、あの…、ルリスさん!!」
「お前もだ、克洋! 確かに私は決闘でお前に負けた、しかしお前は冒険者としてまだまだ半人前だ!!
これからも私はびしびしと鍛えて、お前を立派な冒険者に…」
話している内に過去の屈辱が蘇ってきたルリスは、克洋相手に管を巻き始めてしまう。
その口からはアルコール特有の匂いが漏れており、彼女が既に素面でない事を示していた。
冒険者として活動を初めた物の、女の前衛タイプと言うハンデによって何処のパーティーにも入れずにソロ活動を強いられた。
それは彼女のプライドを酷く傷つけ、屈辱の日々を過ごすことになった。
酒の力によって過去の鬱憤がフラッシュバックしたらしいルリスは、まるで呪詛のように愚痴をこぼしていく。
やがてルリスの矛先は克洋に向かい始めてしまう、克洋は彼女が酔いつぶれるまでその愚痴に付き合わされることになった。
「むにゃぁ…」
「あらあら、すっかり酔い潰れちゃって…。 克洋くんとの酒が余程楽しかったのかしらねー」
「ははは、お前も大変だったな、克洋!」
「解ってたなら止めてくださいよ…」
克洋に管を巻きながら酒を飲みつ出ていたルリスは、テーブルの上にうつ伏せになって眠っていた。
溜まっていた物をすっかり出せたのか、眠るルリスの表情は険が取れた穏やかな物になっている。
酒の力を借りたとは言え一時間近く克洋に対して愚痴を言い続けたのだ、よくもまあこれだけ溜め込んでいた物である。
テーブルに体を預けるルリスの寝姿は彼女を酷く若く見せていた、否、実際に彼女はまだ精々克洋と同年代程度の若さなのだろう。
その刺々しい態度もあってルリスを年上の人間として扱っていた克洋は、意外な物を見るかのように目の前の同年代の女性の寝姿を眺めていた。
ルリスが酔いつぶれた頃を見計らってこちらに近づいてきたララとアルフォンスに対して、克洋はくたびれた様子を見せながら文句を言う。
「この酔っぱらいは俺が運んでおく、お前ももう宿に戻って寝とけ」
「えーっと、じゃあ俺はこれで失礼します…」
「ダーリン、ルリスを運ぶのはいいけど、彼女に悪戯なんかしちゃ駄目だからね」
「はっはっはっ、俺がそんな真似をする筈無いだろう?」
「本当に本当?」
「俺と君の愛の絆の前に、嘘なんて着けないさ!」
ララとアルフォンスの言葉に甘えて、克洋はルリスを彼らに任せて酒場を後にする。
酒場を出ようとする克洋の背後で、バカップルは相変わらずのやり取りをしていた。
思わぬところでルリスの意外な一面を垣間見た克洋は、改めてこの世界の現実に直面することになった。
原作では名前すら出てこないルリス、彼女は悩みを抱えながら懸命に冒険者として生きている普通の人間であった。
この世界には彼女のような普通な人間で溢れており、克洋が元居た現実世界と同じように生活を営んでいるのだ
成り行きで冒険者となった克洋であるが、あそこまで冒険者に強い拘りを持っているルリスの前で情けない真似は出来ない。
今まで以上に冒険者として頑張らなければと、克洋は酒場から宿に戻る道すがらに気合を入れなおすのだった。




