0. 入学
冒険者、強大な力を持つ魔物に対抗するため、特殊な戦闘技術を身に付けた国公認の戦闘集団である。
冒険者と言う名称は一昔前までは、単に魔物との戦いを生業にする者達を称する物でしか無かった。
しかし100年ほど前から冒険者と言う職業は登録制となり、国に認められなければ冒険者と名乗れ無くなった。
冒険者になるためには幾つかの手段が存在するが、大半の者たちは冒険者学校を卒業すると言うステップを踏んでで冒険者となった。
冒険者学校、才能ある子どもたちに冒険者としてのイロハを叩き込むための施設である。
冒険者学校で二年もの厳しい鍛錬を乗り越えて卒業した者には、栄えある冒険者としての地位が与えられた。
勿論、鍛錬に付いてこれずに落ちこぼれた場合は、容赦なく冒険者学校を追い出されることは言うまでもない。
魔物と人類の外敵に対抗できる冒険者という存在は、国に取っては貴重な人材であり大事にされていた。
その証拠とも言える存在が、この巨大な冒険者学校に有るだろう。
国が総力を上げて作り上げた冒険者学校は、冒険者を育成するために必要な施設を全て備えた巨大な建物となっている。
冒険者の卵である若人たちを受け入れる寮施設も備えており、まさに至れり尽くせりの場所であたった。
当然のように冒険者を志す若者たちは、一切の金銭を冒険者学校に渡す必要無い。
国は無償で冒険者となるための場所を提供しているのである。
当然、国が善意だけで冒険者学校などという金食い虫を存続させている訳では無い。
国は冒険者という人材を一人でも多く欲しており、これも一種の囲い込みの戦略と言えるだろう。
「此処が冒険者学校、すっげー大きいー」
「これが本当に学校なの、お城か何かじゃ…」
「カ、カツヒロさん!? 私にはやっぱり無理ですぅぅぅ…」
そして今年の冒険者学校の入学シーズンを迎え、冒険者を志す若者たちが次々に冒険者学校に姿を見せていた。
どの若者たちも意気揚々と言う様子で、次々に冒険者学校の門をくぐり抜けていく。
しかしその中に冒険者学校の門の前で足を止め、まさに唖然と言った表情でその巨大な建物を見上げている奇妙な少年少女たちの姿があった。
一人は金色の短髪を立たせた街の悪戯坊主と言う形容がぴったりな少年、一人は赤い髪を両サイドで縛った気の強そうな少女、一人は金髪をショートでまとめているおっとりとした印象を与える少女である。
この少年少女たちは過程こそ異なるが、共に外の世界に余り縁のない人生を送っていた。
はっきり言えば田舎者である彼らに取って、この冒険者学校の建物は今まで見たことのないスケールの建物なのだろう。
「皆様、こんな所で立っていたら周りの迷惑になります。
まずは建物の中に入りましょう」
「あ、ああ…。 御免御免」
「ユーリ、那由多に怒られちゃったじゃ無い!!」
「アンナもだろ!! お前だってバカみたいな顔をしていたじゃ無いか!!」
「ユーリにアンナ、お願いだから喧嘩しないで…」
固まっている少年少女たちに対して、彼らの仲間らしいもう一人の少女が声を掛けた。
その少女は東の国の民族衣装である着物を着ており、長い黒髪を後ろでまとめたその姿は衣装と相まって何処ぞのお嬢様のような印象を与えた。
着物の少女、那由多の呼びかけに冒険者学校の姿から気が逸れた物の、今度は金髪の少年とツインテイールの少女の間で口喧嘩が始まってしまった。
古くからの幼馴染同士である彼ら、ユーリとアンナは周囲の目も気にすること無く大声で言い合う。
二人を止めるためにもう一人の少女、ティルが仲裁に入るが喧嘩は収まる気配を見せない。
冒険者を目指すために冒険者学校を訪れたこの世界の主人公であるユーリとその仲間たち、その記念すべき第一歩は前途に不安を感じさせる物であった。
あのザンの襲撃から数ヶ月の月日が流れ、ユーリたちは当初の予定通り冒険者学校を訪れていた。
しかし冒険者ユーリの原作を知るものが居たならば、現時点で既に原作から乖離した状況になっている事に気付く事だろう。
この世界の主人公であり伝説の勇者の息子であるユーリ、彼が今年冒険者学校に訪れのは問題無い。
問題はユーリと共に居る、三人の少女たちの姿にあった。
まずはティル、原作において彼女が冒険者学校に入学するのはいまから一年ほど後になる。
原作だとこの時点ではティルはまだあの村の遺跡の中に監禁されており、此処に彼女が居ることは原作的には有り得ないのである。
次にアンナ、そもそも原作で彼女は冒険者学校に足を踏み入れることは無い。
何故なら彼女はザン襲撃時に死亡しており、原作だとこの時点で彼女は故人なのだ。
極め付きは那由多、原作で彼女のザンの手下になっておりユーリと敵対関係になる。
当然のように彼女が此処の冒険者学校に入学する事は無く、ユーリと仲良くしている今の状況は原作的に有り得ないだろう。
「なっ、那由多!?」
「何でティルが此処に…」
今のユーリたちの姿を見て動揺している者が居たのならば、それは原作を知っている人間である可能性が非常に高い。
全ての事情を把握してる那由多は密かに、冒険者学校に入りに来た者達の中でユーリたちに反応を示す者が居ないか目を光らせていた。
そして彼女は目ざとく、本来なら此処に居るはずの無い自分やティルの姿に反応を見せた者を発見するのだった。
冒険者学校に入学したユーリはすぐに、顔見知りであるアンナたちと離れ離れになった。
学校に隣接して設置された学生寮に入ることになったのだが、寮は当然のように男女別に分かれていたのだ。
住み慣れた村を離れて、親しい幼馴染たちと別れたユーリの内心は不安で満ち溢れていた。
男のプライドと言う奴でこちらを心配するアンナとの別れ際に一人になってせいせいすると嘯いた物の、やはり見知らぬ場所で一人になるのは恐ろしかったらしい。
原作であればこの時のユーリは故郷を焼かれた上、アンナと死別した直後という追い詰められた状況で冒険者学校に入学していたので、そのような些細な事を感じる余裕は無かったのだろう。
この不安は言うなれば、原作より恵まれた環境にあるが故に生まれた物なのだった。
しかしユーリの不安は、割り当てられた寮の部屋に入った途端に解消された。
「レジィ、お前色々知っているなー」
「ははは、このくらい当然だろう!!」
案内された寮の部屋は相部屋となっており、そこにはユーリより一足先に寮に入っていた少年が居た。
少年はユーリより一回り大きく、ひょろ長という形容詞が似合う細身の体型だった。
自らをレジィと名乗った少年は、同室となる仲間を歓迎するために笑みを浮かべながら手を差し出した。
原作においてユーリの終生の友となる少年、レジィとの出会いはユーリの孤独をすぐに吹き飛ばしたのだ。
お調子者で話し上手であるレジィはすぐにユーリと打ち解け、少年たちは僅かな時間で交友を深めた。
原作においてもレジィの存在は、ユーリの良い影響を与えた。
彼との出会いが無ければ故郷と幼馴染を失ったユーリが明るさを取り戻すことは無く、ユーリの冒険者学校での生活は暗い物になっていただろう。
村に同年代の子供はアンナしか居らず、同世代の男友達が居なかったユーリはレジィと友達になれた事を心の底から喜んだ。
今年度の冒険者学校の入学者が揃い、早速冒険者となるための授業が開始されていた。
ユーリは同室であるレジィと共に記念すべき最初となる授業を受けるために、指定された教室へと訪れていた。
教室には今年度に入学してきた新入生が勢揃いしており、皆最初の授業に浮き足立っているようである。
ホール状となっている教室の中心で、講師らしき人物が新入生たちの注目を集めていた。
ローブを纏った典型的な後衛タイプらしい格好をした初老の女講師は、何やら台の上に置かれた水晶のような物を弄っている。
「なあなあ、授業って何をやるんだろう」
「俺の調べた情報によると、最初は魔力の測定をやるらしいぜ。
やっぱり冒険者にとって、魔力が一番重要だからな…」
レジィの情報通り、冒険者学校において新入生が一番最初にやらされる事は魔力の測定であった。
魔力の測定とは文字通り、その人物が持っている魔力の多寡を調べる物である。
何度も触れている通り冒険者たちは、魔力を有効活用する事によって危険な魔物に立ち向かうことが出来た。
魔力の量と言う物は人によって個人差が有り、多い者も居れば少ない者も居る。
魔力量の多寡は冒険者としてのスタイルを決める指針の一つになる事が多く、それ故に冒険者学校に入学した新入生たちはまず魔力量の測定をやらされる。
例えば冒険者には大きく前衛タイプと後衛タイプに分けられるが、一般的に魔力が少ない者が前衛タイプ、多いものが後衛タイプが向いていると言われていた。
勿論例外も数多く存在するが、基本的にこの魔力測定の結果によって前衛・後衛のどちらよりの冒険者を目指すか決める者が多かった。
「中々の魔力量ですね、レジィ一年生」
「よーし、どんな物だっ!!」
魔力量の測定は女講師の側に置かれた、水晶のような装置を使って行われた。
この水晶は他者の魔力量を調べるために特別に作られた魔法装置で有り、レジィ曰く物凄く高価な品物であるらしい。
測定方法は簡単であった。
水晶部分に手を触れて魔力を流すだけで、あの装置が自動的にその魔力の持ち主の潜在的な魔力を測るのだ。
その測定結果は水晶から投影される波のような映像で判別され、波が大きければ大きいほどその人物は多大な魔力を秘めている事が解った。
新入生が順番に女講師に呼ばれていき、次々に魔力を測定していった。
レジィもつい先程測定を行い、これまで見た中ではトップクラスの大きさの波が投影される。
新入生たちはレジィの魔力の多さに口々に驚きの声を漏らし、それに気分を良くしたレジィは大袈裟にガッツポーズをして見せていた。
原作においてこの魔力測定のイベントは、ユーリに取って最初の試練であった。
前述の通り魔力を測定するためには、水晶に自分の魔力を通さなければならない。
つまり自らの魔力を認識し、コントロール出来る者で無ければ魔力の測定を行う事が出来ないのだ。
実は原作ではこの時のユーリは、魔力の使い方を全く知らない素人とほぼ変わらない状態であった。
原作でユーリは新年のザンによる襲撃時に目の前で幼馴染が殺され、そのショックから秘めていた力を開放してしまう。
その反動で数ヶ月眠りについた後、目覚めたユーリはデリックから全ての真実を聞かされて冒険者学校へ入学することになる。
ユーリはザンが村に現れるまではただの村の少年でしか無く、魔力のコントロールの方法など知る筈も無かい。
そして新年から数ヶ月眠っていたユーリが目覚めた時には、既に冒険者学校初年度が始まる直前であった。
そのため原作のユーリは魔力のイロハを全く知らないまま、冒険者学校に入学したのである。
原作の魔力測定において、魔力の使い方を知らないユーリは散々な目にあった。
普通、冒険者学校に入学してくる者達は、事前に魔力の基礎的な使い方くらいは覚えてくる。
全く魔力の使い方を知らない素人が入学してくる事は皆無であり、測定装置を起動できないユーリは入学早々に劣等生のレッテルを貼られてしまうのだ。
最もこの後一晩で魔力の使い方を覚えた天才ユーリ少年が、自分を馬鹿にしたクラスメイトを見返すと言う少年漫画らしい展開が原作で繰り広げられるのだが…。
兎に角、原作を知る者に取っては此処はユーリの失敗イベントが発生する筈であった。
「次、ユーリ」
「よしっ、行くぞ!」
講師に名前を呼ばれたユーリは勢い良く前に出て、水晶の前に立ち止まる。
水晶の前で目を瞑ったユーリは、意識を集中させて体の中に潜む自分の力を感じようとする。
次の瞬間、ユーリの魔力を感知した水晶が光り出し、先ほどのレジィが出した物と比べて十倍は大きい波を投影したのだ。
「なっ、なんだ!? そのすげー魔力は」
「すげー!?」
「嘘だろう、あんなのって…」
「ば、馬鹿な…、この時点でユーリが魔力を扱える?
那由多やティルが居ることと言い、一体何が…」
ユーリの出した規格外の波の大きさ、それはユーリの人並み外れた魔力量を証明していた。
レジィを含む新入生たちは桁外れのユーリの魔力量に息を呑む、そして新入生の中には別の事で驚きを見せている者もあった。
原作ではこの時点で魔力を使えない筈のユーリが、見事に魔力を使って見せたのだ。
恐らく克洋と同じ現実世界からやって来た者たちに取って、今の光景は原作との乖離を見せつける物だろう。
原作と違い、新年の戦いにおいてユーリはその秘めたる力を開放する事が無く、それ故に冒険者学校の入学まで眠ることは無かった。
そのため冒険者学校が始まるまでの数ヶ月間、実はユーリはフリーダから魔法を師事していたのだ。
前述の通り冒険者学校に入学する前に魔力の使い方を習ってくことは基本であり、時間に余裕があったユーリがそれをしない理由が無い。
克洋を犠牲にしてフリーダが身に付けたまともな魔法の指導を受けたユーリは、測定装置を難なくクリアして見せたのだ。
「次、ティル」
「は、はい!!」
ユーリが見せた桁違いな魔力量で新入生たちがざわついている中、魔力検査は淡々と続けられていた。
皆は口々にユーリの魔力量について話し合い、ユーリの存在に一目を置きつつあった。
そしてユーリの天下は僅かな時間で終わりを迎える。
この世界において人類最高の魔力を秘めた少女、ティルの規格外の魔力量に新入生たちは先程以上に度肝を抜かれることになるからだ。
こうしてユーリたちの冒険者学校での生活が幕を開けるのだった。
11/26 第一章 0.~11.の改行方式を変更、以降は随時対応予定。