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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第零章 原作開始前編
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23. 選択


 後の展開を考えるならば、此処で克洋が助ける人物はユーリ以外には有り得ない。

 世界を救う英雄となる勇者の息子と、原作においても此処で死ぬ運命に有る村の少女の命を天秤に掛けているのだ。

 それは当然の選択であろう。

 それに原作的にも此処でアンナを見捨てるのは、ある意味で正解と言えなくもない。

 原作においてユーリは目の前で幼馴染の少女が殺さる瞬間を目撃した衝撃によって、彼の中に眠る勇者と魔王の血の最初の覚醒が行われるのだ。

 アンナを見捨てると言う事は原作を再現する事であり、その後の展開を考えるならば決して悪い事では無い。

 覚悟を決めた克洋は万が一の事を稽えて、腕に抱えていたティルをドラゴンのブレスの射線上から外れるように放り出す。

 地面に投げ出されるのだ、ティルはそれなりに痛い思いをするだろう。

 後でティルに詫びなければならないと考えながら、身軽になった克洋は転移魔法(テレポート)を発動してその場から消えた。


「うぉぉぉぉぉっ!!」

「兄ちゃん!?」


 そして克洋が次に姿を見せたのは、ユーリの側でもアンナの側でも無かった。

 有ろうことか克洋は、よりにもよってドラゴンの頭上へと跳んできたのだ。

 ユーリとアンナ、両方を救うためにはドラゴンを倒すしか無い。

 克洋は二者択一の選択を景気よく放り出し、第三の無謀な選択を選んだのだ。






 冒険者ユーリの世界に来た当初の頃であれば、克洋はノータイムでアンナを見捨ててユーリを助ける選択をしていただろう。

 しかし曲がりなりにもこの世界で半年近く過ごしてきた克洋には、最早そのような選択を取ることが出来無かった。

 那由多、フリーダ、ユーリ、アンナ、ティル、彼ら彼女らが生きた人間である。

 克洋と同じように喜び、悲しみ、笑い、泣く、そんな当たり前の事を克洋は最初の頃は理解していなかった。

 やはり克洋の中にある冒険者ユーリと言う作品の影響は大きかったのだろう、どうしてもユーリたちが架空のキャラクターであると言う認識を拭うことが出来無かったのだ。

 しかし今は違う、克洋に取って少なく無い交流を深めてしまったユーリやアンナは、原作云々関係なしに見捨てることが出来ない人間になっていた。

 漫画の世界だと言う色眼鏡を使い続けて、ティルの時のような後悔をしたくない。

 恐怖を押し殺しながら、ユーリとアンナを両方救うために克洋はドラゴンへと立ち向かう。


「グァァッ!!」

「来いよっ、トカゲ野郎! 今からお前に神の力を見せてやるぜ!!」


 敵意を持って飛び込んできた克洋の存在に気付いたドラゴンが、ブレスを吐く寸前になっていた顎を上空へと向ける。

 まずは克洋を先に始末する気になったらしく、ドラゴンは克洋に向けてブレスを発射しようしていた。

 これならば少なくともこのブレスで、地上に居るユーリたちには被害が及ばないだろう。

 はっきり言って今の克洋の実力でドラゴンに挑むのは無謀以外の何者でもなかった。

 この半年の間、那由多やフリーダに指導で身に付けた克洋の戦闘技術では、到底ドラゴンに太刀打ち出来ないのである。

 克洋のへっぽこ剣術では逆に刀が折れるのが目に見えているし、克洋の使う初級レベルの魔法ではドラゴンの皮膚を決して貫くことは出来ない。

 ドラゴンに打ち勝つためには、ドラゴンの硬い防御力を打ち破る手段が必要なのである。

 もし克洋が特典でもう少し攻撃的な能力を手に入れていた、その能力を使って華麗にドラゴンを倒すことが出来ただろう。

 しかし克洋の能力は逃げに特化した転移魔法(テレポート)と、この世界でのコミュニケーションを行うためのサポート的な能力しか無い。

 それ故に克洋はこれを持ってきたのだ、克洋が初めて出会った同類が持ち込んだこの伝説のアイテムを…。


「俺の全魔力をくれてやる! 風よっ!」


 強大なドラゴンを目の前にした克洋は、ヤケクソ気味に叫びながら懐に手を伸ばした。

 今こそ切り札を見せ時であろう。

 それは薄い緑色をした奇妙な本であった。

 神の書、冒険者ユーリの世界において神が使用したという伝説のアイテムである。

 その書物には世界を構成する四属性が一つ、風の理が記させており、持ち主に風を統べる力を与えるという。

 かつて克洋が初めて対面した名も知らぬ同類は、この伝説のアイテムを使ってフリーダ相手に盛大に暴れてみせた。

 そして最終的に髪の書の所有者が死亡した後、神の書は戦利品としてフリーダが回収していたのである。

 しかし神の書は伝説のアイテムらしく持ち主を選び、フリーダでさえも神の書を読むことは出来無かった。

 フリーダが読むことすら出来なかったアイテムを、何故今克洋如きが使っているのだろうか。

 それは古より伝えられる、神の書のとある性質に理由があった。










 神の書、かつて神が使用していたと言う伝説の武具の一つである。

 先日、フリーダに襲いかかった克洋と同じ現実世界からの来訪者、勇人が所持していた伝説のアイテムはしっかり回収されていた。

 フリーダの目の前に置かれた薄い緑色の本は、その仰々しい名前に相応しい魔力を発してた。

 伝説によると神の武具は使い手を選び、資格無きものが手を触れたならば天罰が下ると伝えられている。

 神の書の威容はその伝説が真実であると暗に語っており、人類最高峰の魔法使いであるフリーダでさえ迂闊に手が出せない物であった。

 魔力を持った魔道書の中には、定められた人間にしか読むことが出来ないようにプロテクトが掛けられている物があった。

 予め魔道書に読み手として登録されていない者が読んだ場合、魔道書に込められた魔法によってその者を排除に掛かるのである。

 恐らく神の書にもこれと同じようなプロテクトが組み込まれているのだろう。

 凡百の魔道書であれば力尽くでプロテクトを破くことも出来るが、今回の相手は伝説に名を残す神の武具であった。

 それに込められた力は強大で有り、フリーダは本に触れるだけでも魔力で自身の手をガードする必要があった。

 何の備えもなしに神の書に登録されていない人間が触れたら、その者の腕はどうなるか解った物ではない。

 持つだけでも一苦労なのに、それを開こう物ならばどれだけの災厄が訪れるかなど想像すらしたくない。

 魔法の研究を進めているフリーダに取って、神の書という伝説のアイテムは喉から手が出るほど欲しい研究資料である。

 しかし目の前に有りながら手を出すことが出来ないもどかしさに、まるでお預けを言い付けられた犬のような目で神の書を姿を眺めていた。


「やはりこれは既に次の所有者が決まったと言う事だ、失策だったな…」


 神が残したと言う伝説のアイテム、神の剣、神の弓、神の斧、そして神の書。

 これらの神の武具には各々の武具が持つ強大な能力や神器と言う規格外の存在に関する逸話に加えて、所有権に関するある伝承が残されていた。

 曰く、神の武具は持ち主を選び、より強き持ち主に従うとある。

 これをそのままの意味で考えるならば、神の武具の所有権は固定で無く、ある条件下において移るのだ。

 今回の例に当てはめれば、以前の持ち主であった勇人はフリーダたちに敗れ去った。

 伝承をそのまま信じるならば神の書の所有権はフリーダに移る筈だが、どういう訳か彼女は神の書に認められた様子が無い。

 フリーダは勇人との戦いの記憶を蘇らせて、勇人が死んだ後に最初に神の書に触れた人間を思い出していた。

 それは那由多が腕ごと断った神の書を最初に回収した人間であり、戦いが終わった後に地面に落ちていた神の書を拾い上げてフリーダの家まで運んだ者であった。

 一瞬の黙考の後、フリーダは外で那由多とチャンバラをしている克洋を呼び付けた。






 フリーダに呼び出された修行を克洋は中断して、那由多と共に彼女の研究室に訪れていた。

 現れた克洋に対してフリーダは早速、ある実験を試みさせた。


「…それが何か解るか?」

「え、ええ…、あいつが持っていた神の書ですよね。

 フリーダさんが研究に使うからって、持って行った奴では…」

「…少しそれに触ってみろ」

「はい…」


 克洋の目の前には以前に出会った、あの狂人が持っていた伝説のアイテムが置かれていた。

 フリーダは神の書のプロテクトについて何の説明する事無く、克洋に神の書を触れるように命じる。

 それが神の書を読むに値しない人物であれば、神の書を手に持った時点で天罰が下る。

 しかしあの戦闘の直後、那由多によって腕ごと奪い去った神の書を回収したのは克洋であった。

 何故克洋はあの時、この神の書を手に持つことが出来たのだろうか。


「これでいいですか?」

「やはりな…」


 そして今もまた、フリーダの指示通りに克洋は平然と神の書を開いて見せたでは無いか。

 その姿を見たフリーダは、自身の推測が正しかった事を知る。






 フリーダたちと勇人の戦いを実際に見た者が居たならば、ろくに戦いに参加していなかった克洋を強者とは呼ばないだろう。

 しかし勇人が死んだ直後に神の書に触れた最初の人物、それは転移魔法(テレポート)で勇人の腕ごと神の書を回収していた克洋であった。

 あの戦いで克洋は神の書を回収する際に、那由多が切り落とした勇人の腕ごとそれを掴んでいた。

 そして血が滴る右腕を気持ち悪がった克洋は、すぐに勇人の腕ごと神の書をその場に放り投げていたのだ。

 この時、克洋が勇人の腕越しでは無く直に神の書を持っていたら、その時点ではまだ勇人に所有権があった神の書が天罰を下して克洋の腕が吹き飛んでいた可能性が高い。

 しかし幸運にも克洋は、勇人が死ぬまで神の書を時間に触れることは無かった。

 そして勇人が死んだ後、神の書を放り投げた場所を知る克洋が一番最初にそれを拾い上げたのである。

 どうやら神の書のより強き者と言う条件は、単に前の所有者が死んだ後に一番最初に触った人物を指すらしい。

 そのため克洋は知らず知らずの内に、神の書の次の所有者としての条件を満たしてしまった。


「いやだぁぁぁぁっ!? これって完全に、殺してでも奪い取るの被害者になるパターンじゃんかぁぁぁっ!!

 狙われる、俺が神の書を持っていると知られたら、絶対命を狙われますよぉぉぉ!!」

「ガタガタ喚くな、それでも男か?

 とりあえず神の書の効果を見たい、さっさと使ってみせろ」


 フリーダから神の書の所有者になった事を告げられた時、克洋の中に生まれた感情は恐怖であった。

 克洋は伝説のアイテムに選ばれた事への喜びより、伝説のアイテムを持つことへのリスクを考えてしまったのだ。

 神の書と言うアイテムは文字通り、神話級の伝説のアイテムである。

 その道の人間であれば喉から手が出るほど欲しい物であり、中には力づくで克洋からそれを奪おうとする者が居るかもしれない。

 某レトロゲームでは無いが今の克洋の立場は、殺してでも奪い取るの選択肢が出る危ないポジションに居るのだ。

 恥も外聞もなく怯える克洋にフリーダは全く同情することなく、自分の興味を優先するために神の書の使用を克洋に命じる。

 先の戦いでは戦闘中であったことも有り、神の書の能力を十分に観察できなかった。

 そのため現在の所有者となった克洋に、神の書を使わせようと言うのだ。


「くそっ、解りましたよ。 とりあえずこれを持って魔法を使えばいいんですよね」

「そいつの属性は風だ、風の魔法を使うんだぞ」


 フリーダの様子に今は何を言っても効かない事を察した克洋は、諦めてフリーダの指示に従う。

 フリーダの家の前の空き地に移動した克洋は、危険の無いように誰も居ない空間に向かって構えを取った。


「行きますよ…。 風刃弾(ウインドショット)!!」


 神の書を手に持った克洋は、最近覚えたばかりの属性付与をした初級弾丸魔法を唱える。

 風刃弾(ウインドショット)、魔力の弾丸を飛ばす魔法に風属性を付与したそれは、本来の克洋の技量であれば豆鉄砲に毛が生えた程度の威力しか出ない筈であった。

 しかし今克洋が手に持っている物は神の書、この世界において伝説とされている武具である。

 魔法を発動する際に淡く光り輝いた神の書は、克洋の魔法に力を与えた。

 その結果、克洋の放った風刃弾は明らかに初級の域を超えた物になっており、巨大な風の砲弾が勢い良く克洋の手から飛ばされていったでは無いか。

 神の書、風の理を記していると言うこのアイテムの効果は簡単な物であった。

 術者の使う風属性の魔法の威力を何倍・何十倍にも上げる増幅器としての役割を果たす。

 その威力は強力であり、克洋のしょぼい風魔法でさえフリーダの目を見張る威力へと上がっていたのだ。


「ほぅ、克洋如きの魔法が此処まで増幅されるか。 流石は噂に聞く神の書だな…。

 おい、もう一回魔法を…、克洋!?」

「完全に意識を失っていますよ、この症状は…」

「これは魔力切れだな。 あれだけの威力の魔法を使ったんだ、その代償はこれか…」


 神の書は使用時に術者へ多量の魔力を要求した。

 以前にこれを使っていた勇人はユーリと同じ魔人化が可能となる体となっており、恐らく常人と比べものにならない魔力を持っていたのだろう。

 そのため勇人は神の書の燃費の悪さを意に介さず、この伝説のアイテムを使用することが出来た。

 一方、並の魔力しか持たない克洋にとって神の書の負担は非常に重い物であった。

 神の書を試した克洋は僅か一回の使用で魔力を使い果たして、その場で気絶する羽目になってしまった。

 魔力の必要以上の消耗は死につながる。

 克洋に取っては自分のありったけの魔力を要求する神の書は、伝説のアイテムと言うよりは自分の身を削る呪われたアイテムに近い存在であった。

 加えて神の書を頻繁に使うと言う事は、自分が伝説の武具を持っていると周囲にアピールすることにもなってしまう。

 神の書の所有権を狙う者に襲われるリスクを避けたい克洋が、そのような自殺行為をする筈も無い。

 そのため克洋はこれ以降、二度と神の書を使う事は無かったのである。

 ドラゴンと相対するこの瞬間までは…。











風刃波ウィンドウェーブ!!」

「グォォォッ!!」


 神の書を取り出した克洋が眼下のドラゴン目掛けて風の魔法を放ち、同時にドラゴンが頭上の克洋に向けて炎のブレスを放った。

 通常であれば克洋の初級レベルの魔法など、あえなくブレスに飲み込まれてしまったであろう。

 しかし今の克洋には神の書があった、リスクは非常に高いものその力は本物である。

 神の書は伝説の名に恥じない効果を発揮し、初級程度の威力しか無い克洋の魔法を上級レベルにまで上げてみせたのだ。

 それは矮小な人間が生み出したとはとても思えないほど巨大な風の渦であった。

 克洋から巨大な暴風はいとも容易くドラゴンのブレスを飲み込み、威力を落とすこと無くドラゴンの元へと到達した。

 そしてその風の渦はドラゴンの巨体を飲み込んでしまい、暴風の中に吹き荒れる風の刃がドラゴンの厚い皮膚を切り裂いていった。


「ァァァァッ!?」

「くっ…」


 身体中を切り裂かれたドラゴンの断末魔を聞きながら、神の書に身体中の魔力を持って行かれた克洋の意識が徐々に遠のいていく。

 地面への墜落を避けるため、克洋は最後の力を振り絞って転移魔法(テレポート)を発動する。

 先程まで自分が立っていた地面にまで跳んできた克洋は、そのまま崩れ落ちている。

 最後の転移魔法(テレポート)の行使によって、克洋の魔力は完全にガス欠になったらしい。

 冷たい地面の感触を感じながら、克洋の意識は闇に消えていった。



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