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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第零章 原作開始前編
22/97

21. 新年


 開幕はドラゴンの嘶きであった。

 村中に響き渡るドラゴンの叫びは、新年の前祝いとして少なくない酒を飲んでいた村人の酔いさえも一瞬で覚ましてしまう。

 異変に気づいた村人たちは次々に家から出て、何事から起きたから確かめるために辺りを見渡した。

 そして村人たちは、自分たちの村に襲いかかる絶望を目撃してしまう。

 雲一つない月下の光に照らされた巨大な魔物が、その大きな翼を羽ばたかせながらこちらに近づいているのだ。

 それも一匹や二匹では無い、数十匹もの魔物が群れが月夜の空を舞っていた。


「ド、ドラゴン!?」

「なんでこんな辺鄙なら村に…」

「は、早く逃げないと…」


 ドラゴン、それはこの世界において最強と評される魔物である。

 その顎は人間など容易く噛み砕き、その爪は村人たちの粗末な家など簡単に切り裂き、そのブレスは辺り一面を一瞬で焦土と変える。

 平和な村の住人に取って、ドラゴンなどと言う強大な魔物を見る事すら初めてであろ。

 そんな恐怖の象徴たる魔物が有ろうことか、翼を羽ばたかせながら群れを成して此方に近づいてくるのだ。

 新年の浮かれ気分が一瞬で消失した村人たちの間には、恐怖と絶望が生まれていた。


「…狼狽えるぁぁぁぁぁっ!!」

「神父様!?」

「神父様だ!!」


 狂乱に陥りそうになっていた村人の耳に、村中に響き渡るほどの大きな声が飛び込む。

 村の重鎮とも言える神父様の声に正気を取り戻した村人たちは、藁にも縋る気持ちで神父の方に注目する。

 神父の姿は何時もの簡素な衣服では無く、現役時代に使用していた防具を身にまとっている。

 村人たちは見覚えのない神父の姿に度肝を抜かれながら、村のまとめ役である神父の言葉に耳を傾けた。


「村人たちは村の広場に避難するんだ。 足の弱い人間は男たちが手を貸してやれ!!」

「避難!? でもあのドラゴンは…」

「そちらは冒険者の方々にお願いする。 村人たちは冒険者様の邪魔にならないように避難するんだ」

「そうだ、今村には冒険者様が居るんだ!!」

「大丈夫かよ、あの兄ちゃん、頼りなさそうな感じだったけど…」


 冒険者ユーリの世界において冒険者と言う存在は、魔物退治のエキスパートとして認識されている。

 村人たちは今デリックの家に冒険者たちが訪れている事を思い出し、それぞれ安堵の表情を浮かべた。

 ドラゴンが並の冒険者では返り討ちに遭うほどの強敵である事を知らない無知な村人は、冒険者が入れば何とかしてくれると無邪気に考えたようだ。

 デリックの呼びかけによって落ち着きを取り戻した村人たちは、予め定められた避難所へと移動を始める。

 村には足の不自由な老人も居るため、ドラゴンが辿り着くまでに村人の避難が完了するかは微妙な所である。


「…本当に来てしまったか」


 徐々にこちらに近づいてくるドラゴンの群れを前にしたデリックの表情は険しい物であった。

 克洋の話が正しければ敵はドラゴンだけでは無い、あの魔物たちを率いる魔族も居る筈であった。

 正直に言ってデリックは、この村にザンと言う魔族の少年が現れる可能性は低いと考えていた。

 克洋の話を信じなかった訳では無い、話を信じた上でデリックは万全の対策を行ったからだ。

 デリックは万が一に備えて、かつての仲間であるフリーダやあの腕利きの剣士である那由多を村に招き寄せた。

 フリーダ一行はこそこそと潜むような真似はせず、堂々とこの村を訪れていた。

 仮にこの村を狙っている者が居たならば、密かに村の様子を監視していただろう。

 そしてフリーダや那由多という大きな戦力が、村に加わった事に気付いた筈なのだ。

 フリーダや那由多という戦力を招き寄せる事で、デリックは襲撃者が村を襲う事を躊躇うと考えていた。

 相手も馬鹿では無い、わざわざ戦力が上がった状態の村に襲撃をすることは無いだろう。

 しかし実際には襲撃が起きた。

 フリーダや那由多という戦力が整えられた村に対して、わざわざ襲撃を掛ける敵の目的が理解出来無かった。

 デリックは利害を無視した行動に気持ち悪い感覚を覚えながら、迫り来るドラゴンの方に向かって駈け出した。











 まずはドラゴンのブレス攻撃によって、戦いの序幕は切って落とされた。

 村を睥睨する位置まで辿り着いたドラゴンたちは、翼を羽ばたかせてその場でホバリングを行う。

 そしてその巨大な口を村の方へと向け、眼下の村に向けて口から炎のブレスを吐き出したのである。

 ドラゴンのブレス攻撃は強力であり、こんな辺鄙な村など一瞬で火の海に出来るであろう。

 原作ではこのドラゴンブレスの一斉放射で村の半分が焼け落ち、逃げ遅れた半数近くの村人たちがその生命を落とした。

 しかし事前に襲撃を予測していた今回の戦いにおいて、ドラゴンのブレス攻撃によって村が焼きつくされる事が無かった。


「私が居る限り、村には指一本触れさせん!

 魔力要塞(フォートレス)!!」


 障壁魔法、文字通り魔力によって生成された障壁を作り出す魔法である。

 レベルが上がるごとに障壁の効果範囲は広がっていき、上級レベルの障壁魔法はまさに城壁と化す。

 デリックの力ある言葉と共に障壁魔法が発動し、ドラゴンのブレス攻撃から村を守るように村を覆う光の壁が生まれた。

 勇者のパーティーの一人、僧侶のデリックが生み出した護りの光は強力のドラゴンのブレスを全てシャットアウトしたのである。

 幾らデリックが勇者のパーティーとは言え、人間一人の力では村全域に障壁魔法を張ることなど不可能である。

 不可能を可能にした種、それはフリーダが村の周囲に設置した細工である。

 それには複雑な文字や文様が刻み込まれたおり、デリックの障壁魔法に呼応するかのようにそれは光を放っていた。

 よく見れば光を放っている場所は他にも有り、村の外縁部の何箇所かでは光が溢れていた。

 何もフリーダたちは、ユーリの村でのんびりするために新年から一週間前に村を訪れた訳では無い。

 彼女たちはドラゴンの襲撃に備えるために、村の周囲に術者の魔法を強化するための魔法陣の設置を行っていたのだ。

 魔法のエキスパートであるフリーダに取って、術者をサポートする術式も守備範囲だ。

 この村に来てからフリーダは労働力として克洋をこき使いながら、コツコツと準備を行っていたのである。

 ちなみに事情を知っている筈の那由多は完全に子供の振りをしてユーリたちと遊んでおり、一切この設置作業を手伝うことは無かった。






 フリーダの術式によって強化されたデリックの障壁魔法は、見事にドラゴンたちのブレスを弾き飛ばした。

 しかし幾ら元勇者のパーティーとは言え、人間にこの規模の障壁を貼り続ける事は難しい。

 原作では規模こそ違う物の、デリックは生き残った村人たちを守るために障壁魔法を展開した。

 しかし守っているだけでは状況は好転する訳も無く、やがて力尽きてしまい半死半生のダメージを負ってしまった。

 この時のデリックの敗因は、この村にデリック以外の戦闘要員が居なかった事に有るだろう。

 翻って今回の場合、このユーリの村にはデリック以外の戦闘要員が存在した。

 デリックが障壁魔法を発動する寸前、ドラゴンたちを討伐するために村の外に出ていた二人の美しき女戦士の姿がそこにあった。


「ちぃ、聞いていたより数が多いな。 戦力を増やして来たと言う事か…」

「「ギャァァァっ」」


 ローブにマント姿と言う魔法使い然とした衣装を来た妙齢の女性、フリーダは愛用の杖をドラゴンたちに向けてかざす。

 そしてその杖からデリックの障壁に阻まれたドラゴンたちに向けて、巨大な火球が幾つも放たれていく。

 フリーダの無詠唱で放たれた炎の魔法、それは硬いドラゴンの皮膚さえも焼きつくす。

 障壁に気を取られてフリーダの魔法に気付くのが遅れたドラゴンたちは、魔法の炎の熱にもだえ苦しみ。

 火達磨になったドラゴンたちは、苦痛にあえぎながら悶える。

 からくもフリーダの魔法から逃れたドラゴンの内の一体が、敵意を露わにしながら外敵である魔法使いに向かって襲いかかる。

 顎を開きながら迫り来るドラゴンの巨体を前に、フリーダは一歩も動くことは無かった。

 恐怖に足が竦んだのでは無い、避ける必要が無いと判断したのだ。


「グギャァァァッ!?」

「あらあら、修行の成果が出たようですね…。 これならば…」


 一閃、まさにそう表現するしか無い一振りでフリーダに向かって来ていたドラゴンの首が絶たれる。

 それを成したのは刀を携えた着物姿の少女、那由多であった。

 那由多はドラゴンの首を断ち切れた事に対して、それを成した己の刀に目をやりながら満足気な笑みを浮かべていた。

 半年前、自分の刀はこのドラゴンに通じなかったが、今は斬ることが出来る。那由多はこの半年で行っていた対ザン用の修行の成果に、ご満悦の様子だ。

 

 ドラゴンと言う魔物は、並の冒険者では歯がたたないほどの強敵である。

 しかし今回はドラゴンたちは相手が悪かった、何故なら相手は並を遥かに上回る冒険者の一団だったからだ。

 この調子であれば村に現れたドラゴンたちは、そう遠くない内に彼女たちに駆逐されることは間違いないだろう。

 相手がドラゴンたちだけであれば…。






 相手はドラゴンである、一定以上の実力がある者で無ければ逆にドラゴンたちに返り討ちにあってしまうだろう。

 そのため一定以上の実力の無い克洋は、前線に出ること無く外の村人たちと共に避難を行っていた。

 名目上は村人たちの護衛役となった克洋は、自身の転移魔法(テレポート)を使って避難活動のサポートに一役を買っていた。

 克洋の転移魔法(テレポート)は足の悪い老人などを運ぶ用途に置いては非常に重宝され、克洋の力で村人たちの避難は予想以上にスムーズに進んでいた。

 季節は真冬の深夜、殆どの村人たちは村はずれの広場に集まって各々寒さに震えていた。

 季節柄、外に居るには厳しいだろうが相手はドラゴンである。

 フリーダたちがドラゴンたちを片付けるまで、この場に居て貰うしか無いだろう。

 とりあえず村人の避難は完了したため、克洋はようやく人心地を付くことが出来た。

 今の状況に怯えてこちらにしがみついているティルの頭を撫でながら、克洋は安堵の溜息を漏らす。


「大変だよ、兄ちゃん! まだ此処に来ていない人が居る」

「トム爺様よ、あのお爺ちゃん、耳が遠いからきっと避難の指示が聞こえなかったんだわ」

「うげっ!?」


 一息つく暇も無く、克洋はあらたなる危機が舞い込んできてしまう。

 ユーリとアンナと言う村の幼馴染コンビに村人たちの避難状況を確認して貰った所、残念な事に逃げ遅れた村人の存在が居る事が判明したのだ。

 見た所、ドラゴンが現れた方角から派手な火花や破壊音が聞こえてきており、既に戦いは始まっているようである。

 この状況で村の中に戻れば、あの戦いに巻き込まれる危険性も有るだろう。


「俺がトム爺様を連れてくれるよ!!」

「ちょっと、ユーリ!!」


 流石主人公と言った所で、正義感溢れるユーリ少年は躊躇いも無く逃げ遅れた住人を迎えに行こうとする。

 幼馴染の呼びかけにも耳を貸さず、ユーリは避難所である広場から出ていこうとしてしまう。

 これを見て慌てたのは克洋である、彼はフリーダから密かにユーリの護衛役を任されていたからだ。

 護衛役と言っても、克洋に期待されている事は転移能力による逃走のみである。

 万が一の事があった場合は他の村人たちは見捨てでも、ユーリとティルを連れて逃げるように克洋は指示されていた。のだ

 克洋は慌ててユーリの前に飛び出し、暴走する主人公の体を捕まえた。


「おい、待て! 無茶するなよ…」

「離してくれよ、早くトム爺さんの所に行かないと…」

「解った解った、俺が代わりに行ってやるから…」

「兄ちゃんはトム爺さんの家を知らないだろう」

「そ、それは…」


 トム爺さんなどという人名すら初めて聞く克洋が、その人物の住居を知る筈も無い。

 そのトム爺さんとやらを助けに行くためには、誰かに案内して貰う必要が有るだろう。

 しかしその案内役を今回の件の最重要人物である、このユーリ少年に任せる必要も無い。

 自分の手から逃れようとするユーリに四苦八苦しながら、克洋は他の村人たちに助けをこうように視線を向ける。

 しかし村人たちは克洋の無言の要求に応える事なく、申し訳無さそうな顔をしながら視線を逸らした。

 この事に対して村人たちを白状と断じるのは酷であろう。

 この平和な村人たちに取って経験の有る魔物と言えば、たまに山から降りてくるゴブリン程度しか無いのだ。

 そんな村人たちがいきなり魔物の中で最高峰と言われるドラゴンと対面してしまった、怯えるなと言う方が無茶であろう。

 どうやらこの場でトム爺さんの家まで案内してくれそうな勇気ある人間は、勇者の息子であるユーリしか居ないようである。

 損得だけを考えるならば、トム爺さんとやらを見捨てるのも一つの手であろう。

 しかし心情的に見捨てる選択を取る事には抵抗が有り、未だに手の中で暴れるユーリもその判断に納得しないだろう。

 最悪、自分の転移魔法(テレポート)を使えば、ユーリを連れて逃げることくらいは出来るだろう。

 そのように自分を納得させた克洋は、トム爺さんの救出に向かうことを決意した。




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