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「冒険者ユーリ」の世界にやって来ました  作者: yamaki
第零章 原作開始前編
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20. 年越し


 あっと言う間に季節は巡っていき、何時の間にか道中で見かける森の木々から緑が消えてしまっていた。

 克洋の衣服も防寒対策を施した温かな物になっており、道を歩く克洋の吐息は白い物になっている。

 世間ではすっかり冬真っ盛りとなっており、この気温では日課の素振りをするのも一苦労である。

 那由多が怖くてサボりはしなかったが、冬場の素振りは手がかじかんでキツい物と言う物では無かった。

 それは素振りを終えて寒空の下から戻ってきた克洋に、温かなお茶を出した雑貨屋の女将に思わず惚れそうになった程であった。

 フリーダの家への道のりも日に日に厳しくなっており、克洋は寒さに震えながら通い慣れた道を歩きづけていた。

 マカショフ村の住人の話によると、幸運にもこの辺りは雪が振らない地域で有るらしい。

 少なくともかつてテレビで見た雪国の光景のように、克洋が大雪に困らされる事は無いようである。


「あっ、カツヒロさん!!」

「おう、ティルか」


 フリーダの住処に辿り着いた克洋を出迎えたのは、すっかり色艶が良くなったティルであった。

 フリーダの食事よって骨と皮だけしか無かった体も、まだ細身ながらも普通の体つきとなっている。

 髪や肌も清潔にしており、衣服もマカショフ村で手に入れた真新しい物だ。

 声さえ満足に出すことが出来無かった少女は、克洋の名を呼びながら一目散にこちらに近づいてくる。

 まだ克洋の名前など一部の発音が上手く出来ないようだが、二ヶ月前とは雲泥の差であった。

 今のティルの姿からはあの遺跡での監禁生活での記憶は見る影も無く、何処にでも居る普通の子供にしか見えなかった。

 ティルを救出してから最初の一ヶ月間のフリーダの奮闘振りは、それだけで一本のドラマが出来るほどの壮絶さであった。

 医療の知識も持っているフリーダは最初、ティルの状態を診察して愕然としたと言う。

 この少女は生きているが不思議なくらい、劣悪な状態になっていたらしい。

 あのひどい環境でティルが生き延びられた原因は、彼女の内に秘めた魔力にあったらしい。

 ティルの持つ膨大な魔力が、ギリギリの所で少女を生かし続けていたのだ。

 ティルは内に秘めた魔力によって劣悪な環境に押し込めれることになり、そしてその魔力によって命を繋いできたのだ。

 これを皮肉と言わず何と言うだろう。

 そしてティルはフリーダの適切な治療と、フリーダお手製の栄養食のお陰で徐々に回復していった。

 フリーダの尽力によって今ではご覧の通り、普通に生活できるほどにティルは回復したのである。







 原作においてティルと言う少女は、何処か陰のある人物として描かれていた。

 原作でのティルは村が魔物に滅ぼされるまであの劣悪な環境で一人ぼっちで過ごし、ろくな目に合っていないとは言え故郷と言える唯一の場所を失ってしまう。

 そして一人ぼっちになた彼女は運悪く野盗に拾われてしまい、まともな冒険者たちに拾われるまで散々な目にあったのだ。

 不幸を凝縮したような人生を送ったティルは、暗い影を背負った悲しいヒロインであった。

 翻って克洋に笑顔を振りまくティルは、そんな陰は微塵も感じられなかった。

 此処に来た頃はまるで感情の抜け落ちた人形のように全く表情を変えなかった少女が、今では驚くべき変わりようである。

 一早くティルをあの冷たい遺跡から救い出し、まともな環境に移した事が良い影響を与えたようだ。


「私ね、昨日、魔力を感じれるようになったの!!」

「ほー、凄いじゃないかー」


 ティルに取って克洋は、初めて自分を外を連れ出してくれた人間でもある。

 その事もあってかティルは非常に克洋に懐いた。

 それはまるでインプリンティングをした小鳥のように、ティルは無邪気に克洋に付きまとっていた。

 体が回復してきた事も有り、ティルはフリーダから魔力の手ほどきを受け始めたらしい。

 ティルはマカショフ村から運んできた荷持を下ろす克洋に向かって、フリーダから習った内容について話を始めていた。

 魔法を使うための第一歩、自分の中に有る魔力の流れを感じるための訓練は以前に克洋も行っていた。

 しかしその時に克洋は、加減を知らない天才魔法使いのお陰で死ぬような目にあった物である。

 見た所、ティルはかつての克洋のような目にはあっていないようだ。

 どうやら自分という実験台のお陰で、あの天才も手加減という奴を覚えたらしい。

 克洋はフリーダの訓練という苦い記憶を思い出しながら、努めて笑顔でティルの話に耳を傾けた。







 季節は冬を迎え、克洋が居候するマカショフ村では少し前から冬越の準備を行っていた。

 一年中食料が手に入る現実世界と違い、ファンタジー世界において冬場の食料供給は皆無である。

 そのため一般的にこの世界の住人は、本格的な冬に入る前に冬越のための食料の備蓄を行うのが常である。

 そして冬の到来は一年の終わりが近づいてきた事でもあり、後一週間程で古い年は終わりを迎える所まで来ていた。

 新年、原作においてユーリの村に魔族の少年ザンが襲来した日がいよいよやって来たのだ。


「デリックの奴には連絡と取った。 私達は明日、奴の村へと向かう」

「何も無ければユーリ様と新年を祝う、何かあれば…。 ふふふふ、腕が成りますね…」

「頼む、来てくれよ!? 此処でお前が来なかったら俺はこいつに何をされるか…」


 ティルなどの実績も有り、克洋の齎した情報は一応信用に足る物として扱われていた。

 そして克洋の予告した新年に行われると言うザンの襲撃、それに備えるためにフリーダたちはユーリの村を訪れることを決めていた。

 名目上は古い知人であるデリックに誘われて、ユーリの村で年を越すと言う粗筋である。

 もし克洋の予言が外れて新年にザンが現れなければ、非常に微妙な空気の中で新年を祝うことになるだろう。

 特に因縁のザンとの対決がいよいよ出来ると言う事もあり、気合の入れ方が半端でない那由多の反応が怖い。

 冒険者ユーリの原作通りに事が運ぶならば、ザンの襲来は確定的である。

 しかし那由多の話から推測する限り、この世界に居るザンは克洋と同じように現実世界から来た誰かの精神が憑依している可能性が高い。

 もし克洋の予想が正しければザンは原作の展開を知悉している事になり、馬鹿正直に原作の展開をなぞらない可能性も考えられる。

 ザンの襲来が本当に起こるか心配で夜も眠れる日々が続いている克洋は、心から新年のザンの登場を望んでいた。


「ああ、そういえばティルはどうするんですか? 置いてくわけにもいかないですよね?」

「…この子も連れて行く。 マカショフ村に預けることも考えたが、良からぬ輩がこの子を狙う可能性も有るからな…。

 手元に置いておいた方が安全だ」


 原作を知る人間に取って、ティルは非常に重要な存在である。

 もしかしたら原作を知る誰かがティルを狙って来る可能性も考えられる。

 ただでさえこれまでフリーダの前に現れた現実世界出身の連中は、克洋以外はまともにコミュニケーションすら取れない者ばかりだった。

 フリーダが警戒するのも無理が無く、この扱いも仕方ない事だろう。

 下手に目を離して何かあったら困るため、フリーダはユーリの村にティルを連れて行く事を決断する。

 話題になったことでフリーダの視線は自然とティルに向けられ、そこには話の内容が理解出来ずに不思議そうな顔をしている少女の姿があった。











 フリーダの家を離れ、ユーリの村を訪れた克洋たちは新年まで穏やかな日々を過ごしていた。

 やはりこの村はティルが居たあの村に比べて暖かい雰囲気が有り、克洋は自宅に居るかのように寛ぐ事が出来た。

 特にティルに取っては、この村に来た意味は大きかったろう。

 その境遇故、ティルは他者との接触を拒んでいた。

 彼女はまだあの村の生活が忘れられないらしく、見知らぬ人間、特に大人が近づくだけで非常に怯えるのである。

 マカショフ村でティルの衣服などを調達した時も、泣きそうになるティルをなだめるのに苦労した物である。

 しかし流石は主人公と言った所か、ユーリはすぐにティルと打ち解けることが出来た。

 ユーリとアンナとティルと那由多、同年代である少年少女たちはすっかり仲良くなったようだ。

 原作では敵味方に別れる少年少女が共に居るこの光景は、既にこの世界が"冒険者ユーリ"の原作から外れつつ有ることへの証左である。


「ほら、こうやるのよ…」

「こう…、かな?」

「違う違う、こうやるんだよ!!」

「中々難しいですね…」


 今もティルや那由多はユーリたちと共に、年越しの準便に勤しんでいた。

 村で新年の時に使うを飾りを作るのは子供たちの仕事であり、彼女たちもその飾り作りの手伝いをしているのだ。

 飾り作りなど初めてであるティルや那由多は、辿々しい手付きで歪な飾りを作ってしまう。

 それを見かねたアンナやユーリが、初心者のために優しく手ほどきをしてくれているようだ。

 ユーリたちと行動を共にする那由多は、一見したら極普通の少女にしか見えなかった。

 しかし那由多の裏の事情を知る克洋は、彼女が時折見せる冷徹な顔に気付いていた。

 那由多は待っているのだ、自らが獲物をと定めた獲物が現れるのを…。


「いよいよ明日ですね…」

「さーて、鬼が出るか蛇が出るか…」


 瞬く前に時が過ぎ、いよいよ旧年が終わりを迎える日がやって来た。

 克洋の顔には緊張がにじみ出ており、知らず知らずの内に懐にしまったある物に手を伸ばしていた。

 これは万が一のために持ち込んだ云わば切り札で有り、出来ればこれを使わずに終わりたい物である。

 一方のフリーダは全く緊張する様子を見せず、不敵な笑みをこぼしながらデリックが入れたハーブティーで喉を潤していた。

 勇者のパーティーの一員として名を馳せた大魔法使いに取って、この程度の修羅場はどうという事も無いのだろう。

 それはデリックの方も同じらしく、人の良い笑みを浮かべた神父様は客達に自慢のハーブティーを振舞っていた。

 年越しの夜という事も有り、普段は既に布団に入っている筈の子どもたちも今日だけは夜更かしを許されていた。

 ユーリたちは眠気と戦いながら、子供同士でカード遊びに興じているようである。

 何も知らない子どもたちは、ただ無邪気に遊戯に打ち込んでいた。

 そして年が開けて、冒険者ユーリの物語が幕を開ける瞬間がやって来た。



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