14. テイマー
哨戒のゴブリンを片付けた克洋たちは、ゴブリンの足跡を頼りに山の奥へと進む。
そして先ほど哨戒のゴブリンが居た場所から数キロほど歩いた所で、彼らは目的の場所へと辿り着く。
そこは言うなれば森の中の広場であった。
木々で覆われた森の中でそこだけはスペースが出来ており、複数のゴブリンたちが集まるには最適の場所であろう。
克洋たちはゴブリンに気づかれないように、木々の影に身を潜めながら森の広場に集まるゴブリンたちの姿を伺った。
「あ、あれだよ! 俺が見たのは…」
「人間? しかしあれは…」
ゴブリンたちは丁度食事の時間らしく、森の中で捉えたらしい小動物で腹ごしらえをしていた。
知能が余り高くない最下級の魔物であるゴブリンには料理という概念は無く、彼らは捉えた小動物にそのまま齧り付いている。
そしてその中心にはゴブリンとは明らかに異なる姿があった、恐らくあれがユーリが目撃した者なのだろう。
その者は小柄なゴブリンと比べて二回りは大きく、肌の色もゴブリンたちと違って肌色であった。
しかし特徴だけ捉えればどう見ても人間にしか見えないその者を、克洋たちは即座に人間であると断定する事が出来無かった。
何故ならその人間は姿形こそ人の物であるのだが、その行動はどう見ても野蛮なゴブリンそのものだったのだ。
その人間らしき者は他のゴブリンたちと同じように、生のまま小動物を貪っているでは無いか。
その姿には知性の光は欠片も無く、下手に人間らしき姿をした者がそのような野蛮な行為をしている姿は、見るものに大きな嫌悪感を覚えさせた。
「うーん、あの格好は、どう見ても現代人っぽいんだけどな…」
「お兄様もあれと同じような服を着ていましたからね。 でもあの姿は…」
「まるで魔物だよな…、人間が魔物と同じ行動を取るか…。 ん、待てよ…」
ゴブリンと共に食事をしている人間らしき者は、このファンタジー世界に不釣合いなTシャツを身にまとっていた。
もう何日も着続けているのかシャツは既にボロボロになっているが、少なくともこの世界に無いアルファベッドが書かれた服を着ている時点で克洋のお仲間である事は間違い無いだろう。
ユーリに聞こえないように克洋と那由多は小声で、あのゴブリンもどきの来訪者の事について話し合っていた。
明らかに人間らしき存在が、魔物と同じ行動を取っている。
その光景を目の当たりにした克洋は、記憶の奥底から何かが掘り起こされていく。
「…あっ、もしかして同化か? テイマーが使役している魔物に精神が汚染されて気が狂う奴」
「同化…、そういえば前に聞いた事が…。 確かに、あれは同化の可能性が高いですね」
「お兄様、説明を要求します」
「そうだぜ、同化って何なんだよ!!」
そして克洋はあの来訪者がゴブリンもどきになった原因、同化と呼ばれる現象について思い出した。
同化、それは"冒険者ユーリ"の原作において、一度だけ触れられた話題である。
このエピソードは原作的には大きな話の間に挿入される数話完結の短編物であり、それ以降に同化と言う言葉が原作中に現れる事は無かったため、克洋は今の今まで同化の存在を忘れていたようだ。
克洋の言葉が耳に入ったらしいデリックは、あのゴブリンもどきが同化を起こしていると言う意見に頷く物があったようだ。
かつて勇者のパーティーとして共に冒険していた人物である、旅先で同化という現象を知ったのだろう。
勝手に納得してしまった克洋とデリックに対して、那由多とユーリは不満そうな顔を見せる。
克洋は事情の知らない二人に対して、自分の知る同化という現象についての説明を始めた。
冒険者ユーリの世界において、魔物は人類の外敵として忌み嫌われていた。
しかし害でしか無い魔物たちを使役し、人類ために役立てる者たちが存在したのだ。
テイマー、それが魔物を使役する者達の名前である。
テイマーたちは一種の魔法を使って魔物の精神を操作して、自分に従わせることで魔物を使役する。
確か原作での説明によると、この魔法は魔族のそれを参考に考案されたらしい。
魔族は魔物を従える力を持っており、人類は魔族によって統率された魔物たちに苦しめられた過去があった。
しかし人間たちはただではやれれず、魔族との戦いの中で魔族が魔物を従えるメカニズムを部分的に解析できたのだ。
魔物は魔族が放つ魔力に従う性質が有るらしく、テイマーはこの仕組みを魔法によって擬似的に再現することで魔物を従えることが出来た。
「けどこの精神を操る魔法って言うのが曲者なんだ。 魔物の精神に触れるって事は、自分の精神を魔物に近づける事と同じ意味を持つ。そのため下手をすれば、逆に魔物の精神に汚染されてしまう可能性があるんだ。
これが同化、魔物精神と同化してしまう未熟なテイマーが起き易い現象だよ」
「じゃあ、あの人はゴブリンに精神をやられて…」
「ゴブリンその物になったんだろうな…、一体なんでまたそんなアホな事を…」
あのゴブリンもどきとなった来訪者の姿は、原作に出てきた使役している魔物と同化して狂ってしまったテイマーの姿と重なった。
恐らくあの来訪者は、この世界に来た時に貰える能力でテイマーとしての技術を手に入れたのだろう。
そしてゴブリンを使役したはいいが、あっさり同化を起こしてゴブリンもどきになってしまった。
わざわざこの世界に来て魔物に成り果ててしまった自分の同類の姿に、克洋は呆れて二の句が告げなかった。
"冒険者ユーリ"の世界だけ見れば、テイマーと言う魔物を従える存在はさして重要な物では無い。
しかし現実世界に溢れかえる様々な架空のファンタジー作品において、テイマーのような魔物を従える者の存在は重要視される場合が多かった。
どうやら健児という男は何かの影響を受けて、魔物を従えるテイマーと言う存在に興味を持ったらしい。
そして健児は"冒険者ユーリ"の世界に訪れる際に、わざわざ特典としてテイマーとしての能力を手に入れたのである。
健児はテイマーの能力を持ち、意気揚々と冒険者ユーリの世界に訪れた。
そして健児は早々に異世界の壁にぶち当たってしまう。
「"くっそぉぉぉっ!! 何で日本語が通じないんだよぉぉぉっ!!"」
残念なことに健児はかつての勇人と同じ失敗をしてしまった。
冒険者ユーリの世界が未知の言語であることに気付かず、言語に関するサポート無しで異世界に来てしまったのだ。
当然のように健児はかつての勇人と同様に、見知らぬ異国で一人ぼっちという孤独な状況になった。
しかし勇人と違い、健児には救いがあった。
健児にはこの異世界で頼れる存在を生み出す力があったのだ。
「"はぁ…、意思疎通が出来るのは魔物だけかよ…"」
「ゴブゴブ」
「"おう、ご苦労。 これで今日の飯は確保だな…"」
テイマーとはある種の魔法によって魔物の精神に触れて、魔物を従わせる能力である。
テイマーと魔物には精神的な繋がりが出来ており、テイマーはそのパスを通して魔物との意思疎通を行うことが出来た。
言語の壁によって人とのコミュニケーションが絶望的になった健児は、必然的にコミュニケーションが可能である魔物を頼るようになった。
健児はお試しで使役したゴブリンが採取してくる果物や小動物を糧にして、どうにか生活を行っていた。
勿論、この時の健児は小動物を生で食べることは無く、ゴブリンたちに命じて血抜きなどを行わせた上で焼いて食う程度の工夫は凝らしていた。
ゴブリンとともに暮らす生活は劣悪であったが、魔物とは言え共に居る存在は健児に勇気を与えた。
もし健児の側にゴブリンたちが居なければ、孤独による絶望から勇人のようになっていたかもしれない。
「"早く原作が開始しないかな…。 上手く行けば、あのドラゴンたちも仲間に出来るかも…"」
テイマーの戦力と言う物は、使役している魔物の質とイコールと言っていいだろう。
健児としてもゴブリンという最下級の魔物では無く、もっと強い魔物を使役したかった。
しかし人とのコミュニケーションが閉ざされた健児は行動範囲が狭まれてしまい、強い魔物の元に辿り着く事が出来無かった。
今のところ健児が使役できたのは、健児が生活している山に住み着くゴブリンなどの魔物だけであった。
健児にとっての希望は二つ、一つは今健児が住み着いている山は、原作主人公であるユーリが住まう村の近くに有ることだ。
健児はこの世界に訪れる際に、主人公との接触を考慮してわざわざユーリが住まう村の近くに降ろして貰うようにお願いしていた。
もう一つはその村に何れ、竜を引き連れた魔族の少年ザンが現れることである。
健児は原作開始時にザンの連れて来た竜を分捕って、その力で原作に介入していこうと考えているらしい。
言葉が通じなくても、ユーリをザンの魔の手から助けることが出来ればきっと未知は開ける。
上手く行けばユーリと一緒に冒険者学校に行けるかもと期待しながら、健児はゴブリンと共に山での生活を続けていた。
「"うーん、とりあえず今は質より量かな。"
"もっと人出が欲しいしから、もう二、三体くらいゴブリンを増やすかな…"」
未来に希望を抱きつつ、目先の生活環境を整えることを優先した健児は自分の手足となるゴブリンたちの数を増やしていった。
確かにゴブリンという労働力を増やすことによって、健児の山での生活は徐々に豊かになっていった。
健児はゴブリンたちが建てた粗末ながらも雨露を凌げる小屋を寝床にし、ゴブリンたちが集めた食料を取り、その他日常の雑務も全てゴブリンたちに行わせていた。
現代日本という最高の住環境を知っている健児は、知らず知らずの内により良い生活環境を求めてしまったのだ。
しかしゴブリンの数を増やすという事は、それだけ自身の精神をゴブリンたちに晒すことになる。
健児も同化の危険性は重々承知していたが、ゴブリン程度なら大丈夫、来訪者である自分なら大丈夫だと考えてしまったのだろう。
この根拠なき自信が、健児の命取りになってしまった。
健児は際限なく使役するゴブリンの数を増やしていき、そして気が付いた時には健児の精神はゴブリンその物になってしまう。
ゴブリンその者となった健児には、今の自分の状況を嘆く事すら出来無かった




