12. 依頼
物語の主人公の案内を受けて、克洋と那由多はユーリの育て親である神父の住まいまで辿り着く。
そして克洋と那由多は、神父と対面を果たした。
神父は黒い神父服を着た細身の男で、神父に相応しい温和な印象を与える顔をしていた。
神父の割に鍛えられた体をしている事を除けば、一見してただの人の良い中年にしか見えない神父である。
しかし克洋はこの人物の正体を知っていた。
僧侶デリック、かつてユーリの父である勇者ヨハンの仲間である。
ヨハンとの冒険の途中で負った怪我が原因で、冒険者を引退したデリックは勇者のパーティーとしての名声を捨てて一神父である道を選んだ。
そしてデリックはこの小さな村で隠遁生活を送っているのだ。
「ユーリ、お客様の案内、ご苦労でした。
これからお客様と大事な話をするから、お前とアンナの家にでも行っていなさい」
「えぇぇ、でも…」
「ユーリ!!」
「はい…」
「ほら、行くわよ、ユーリ」
ユーリはいきなり村に現れた克洋や那由多の事が気になるのか、この場から離れる事に不満そうであった。
しかし育て親であるデリックの言葉に逆らえないのか、渋々と言った様子で幼馴染の少女アンナに手を引かれながら部屋から出て行く。
ユーリが居なくなった所で、デリックは表情を引き締めた。
既にデリックから先ほどまでの温和な雰囲気は消えさており、そこにはかつての勇者のパーティーの一員であった元冒険者が居た。
デリックの変化に対して克洋はその迫力に飲まれたのか怯えたようは表情を見せ、那由多は面白いものでも見たかのように笑みを深めた。
「あなた方の話はフリーダから聞いているよ。 さて、細かい話は抜きにして本題に入ろう、君たちにはユーリが見た謎の男について調査を依頼する。
これは正式な手続きを踏んだ冒険者に対する依頼だ」
「話は既に聞いています。 とは言っても、何処から探せばいいのか…」
ユーリが目撃した謎の人物の調査、それが克洋と那由多がこの村に訪れた目的であった。
フリーダ経由でデリックは既に冒険者ユーリという物語の知識を持っており、次の新年にザンと言う名の魔族がこの村に現れる可能性がある事を知っていた。
正直、デリックとしては克洋の話は半信半疑であった。
此処が創作物の世界などと言う世迷い言を信じるほうが難しいので、その感想も仕方無いだろう。
しかし彼にとっては親友とも言える勇者ヨハンからユーリを預かっているデリックとしては、例えそれが怪しい情報とは言えユーリが狙われるという情報は聞き捨てならい物であった。
そのためデリックはフリーダと連絡を密に取るようになり、魔族の襲撃に密かに備えていた。
そして今回の一件、ユーリの目撃談から相手が魔族である可能性は低いが、このまま放置するわけにもいかない。
そこでデリックはフリーダと相談して、事情を知悉している克洋たちをこの村に招いたのである。
既にフリーダから今回の仕事の内容を聞いていた克洋と那由多は、早速デリックと仕事の話を始める。
克洋に課せられたミッションは、山でユーリが目撃した魔物と行動を共にする謎の男の調査である。
「やっぱりまずは、ユーリがその男を見たって言う場所に行くんじゃ無いか?」
「まあそれが妥当な流れですね…」
「しかしユーリを連れて行く訳には…」
現場百遍と言う言葉があるように、事件現場に解決の糸口が残っている可能性は高い。
この場合の現場は当然のように、ユーリが魔物を引き連れた男を見た場所であろう。
しかし現場は目印に乏しい山の中であり、ユーリから聞いた情報だけでその場所に辿り着く事は難しい。
本当ならユーリ本人に現場に連れて行って貰えば手っ取り早いだろうが、ユーリを危険から遠ざけない神父としては難色を示さざるを得なかった。
「…神父様! 俺があの男が居た所まで案内するよ!!」
「ユーリ、聞いていたのか!?」
「ごめんなさい、神父様。 私も神父様とその人達の話が気になって…」
神父としてはユーリの安全を考慮して、今回の件はあの少年をこれ以上関わらせる気は無かったのだろう。
しかし神父の心積りは、突如、窓の外から顔を出したユーリの登場によって打ち砕かれる。
どうやらこの少年は神父の言い付けを破り、こっそり窓の下で克洋たちの話を聞いていたのだ。
そして好奇心に負けたらしいアンナもまた、ユーリと共に聞き耳を立てていたようだ。
降って湧いた冒険の機会に、ユーリの瞳は綺羅綺羅と輝いていた。
その姿を見て神父は、最早この件からユーリを外す事は不可能であると悟る。
ユーリの極めて明るい表情とは対照的に、デリックは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
結局、謎の男の探索時にはユーリに道案内をして貰うことになった。
重要人物であるユーリを危険に晒してしまう場合もあるが、此処でユーリを外したらこの少年は意地を張って一人で山の中に向かってしまうかもしれない。
それなばらユーリを連れて行った方が、まだ安全だとデリックは考えたのだろう。
神父と克洋たちの会話を盗み聞きしていたユーリは、克洋が冒険者である事を知ってしまう。
冒険者と言う存在に憧れていたユーリは、目を輝かせながら克洋に纏わりついた。
「すげー、兄ちゃん! 本当に冒険者なのかよ!!」
「ははは、まあな…」
「こら、あんまり克洋さんを困らせないの!!」
克洋がユーリに見せた銀色のカード、これは克洋が冒険者である事を証明する物であった。
冒険者の依頼という形で調査を行うために、克洋はわざわざ冒険者としての資格を手にれてきたのだ。
この世界において冒険者になるための方法は何種類か存在する。
一つは原作のユーリのように冒険者学校を卒業するパターンで、これは最もポピュラーな手段と言っていいだろう。
しかし冒険者学校を卒業していない克洋は、このパターンで冒険者になることは出来ない。
一つは国から一定の功績が認められて、冒険者として推薦させるパターン。
当然のようにこの世界で何の功績を上げていない克洋が、このパターンで冒険者になれる訳も無い。
そしてもう一つ、冒険者足る能力を持った人間に授けられるパターンだ。
克洋はこのパータンで、冒険者としての資格を手に入れたのである。
上級魔法にあたる転移魔法を自由自在に使う克洋の能力は、この世界の基準に当てはめたら十分に異常な能力なのだ。
そして能力に加えて克洋にはフリーダという伝説の人物を味方につけており、彼女の推薦と転移魔法が合わさったことで克洋は意図も容易く冒険者としての資格を手に入れたのである。
「すげーな、冒険者か…」
はっきり言って克洋は棚ぼたで冒険者としての資格を手に入れたと言っていい。
少なくとも自分がユーリに憧れに満ちた目で見られる資格は無い事を理解している克洋は、苦笑いを浮かべるしか無かった。
克洋の心境を知る筈もないユーリは、物語の世界の住人でしか無かった冒険者との出会いに胸を踊らせていた。
その様は後に世界を救う主人公とはとても言えない、何処にでも居る普通の少年の姿であった。
デリックの紹介で克洋たちは、村にある一般家庭の家で一晩泊めて貰うことになった。
那由多の克洋に対する呼び方から、二人が兄妹と誤解した村人は二人部屋を用意してくれたようだ。
ベッドの上に腰掛けた克洋は、そのまま体を大の字に倒して人心地付く。
下手にデリックの家に止まればユーリから一日中質問攻めにあったのは明白なので、デリックの配慮に克洋は感謝していた。
そうでなくとも克洋は今の今まで、ユーリから冒険者の話をせがまれていたのだ。
当然、冒険者の経験がゼロである克洋には答えられる筈も無い。
克洋がユーリの相手に難儀するのは当然の事であった。
「疲れたー、漸く開放されたよ…」
「お兄さまは何もしていなのでは? ユーリ様の相手は殆ど私がしていましたよ」
頼りない克洋の代わりに那由多は、自分がこれまでの旅の話をユーリに語ってくれたのだ。
一応、克洋を立てたたのか、克洋と共に旅した時の話として語ったそれは、ユーリの好奇心を十分に満足させるものであった。
まあ人斬りの少女の旅路なので、本当はもっと血腥いストーリがー隠されているに違いないが…。
ほぼ同い年と言うことも有り、ユーリはすっかり那由多と打ち解けたようである。
齧り付くように那由多の話を聞くユーリ、克洋たちを困らせてはいけないと割って入るアンナ。
端から見たら同年代の少年少女の他愛もないやり取りであった。
「ユーリ様ね…、早々お前が名前呼びするとは、やっぱり原作主人公って所か…」
「今のところは村の子供でしか有りませんがね…、しかし匂いで分かります。 あれは才能の塊ですよ…」
冒険者ユーリの原作を知っているユーリは、那由多と言う少女のある癖を知っていた。
彼女は自分が認めた者しか名前を呼ばないようにしているようで、彼女がユーリの名前を読んでいるという事は一目であの少年を気に入ったのだろう。
強者は強者を知るという奴か、那由多はユーリの内に秘められた勇者としての才能を嗅ぎつけたようだ。
ちなみに那由多と出会った暫く経った克洋であるが、未だに名前を呼ばれていない所からしてどのような扱いを受けているかは読み取れるだろう。
同じ部屋で一夜を共にする事になった克洋は、まだこちらに心を許していないらしい那由多に怯えながら夜を明かした。
そして次の日、克洋たちはいよいよ謎の男の捜索に向かうことになった。
克洋は山上りに必要な荷持を背負い、腰に刀を帯びて準備を整える。
他の面々も既に準備は負えており、彼らは村人総出の見送りを受けて山へ出発しようとしていた。
狭い村の中である、克洋たちの来訪の話はすぐに村中に行き渡ったらしい。
ただし村人たちの殆どは興味本位で、克洋という冒険者の姿を拝みきたようだ。
昨日、村を訪れた克洋と那由多の姿を多数の村人が目撃していた。
そして平凡な村の中をキョロキョロと見回していた克洋の姿は、村人たちに悪い意味で覚えらていたらしい。
「変な奴が村の中を見回していると思ったら、あの人達は冒険者だったのか…」
「神父様も酔狂な方だな…、わざわざ冒険者なんかを呼んで…」
「お兄様、昨日のことを言われていますよ」
「悪かったな、怪しまれる行動を取って…」
確かに村人には克洋の行動は奇異に捉えられたかもしれないが、克洋に取ってこの村は原作に出てきた特別な村なのである。
村の中に足を踏み入れた克洋は、原作に描かれていた村が風景がそのまま有ることに感動を覚えていた。
そしてまるで観光でもするかのように、克洋は首を忙しく左右に動かしながら村の中を歩いてしまったのだ。
「やっぱり危ないわよ。 冒険者さんたちに任せて、あなたは村に残っていた方が…」
「大丈夫だって! 心配しすぎなんだよ、アンナは…」
克洋たちの案内役を勝手でたこの世界の主人公、今にも走り出しそうなほどやる気に満ち溢れていた。
村の幼馴染である少女の忠告にも耳に貸さず、ユーリの心は既に今日の冒険に対する期待に満ちていた。
「ユーリ、お前は決して私から離れるんじゃ無いぞ」
「えっ、神父様も付いてくるのかよ!?」
「ははは、お前を一人にしては冒険者様たちに迷惑がかかるからな…」
今回の散策には、ユーリの育て親であるデリックも付いてくる事になっていた。
流石に大事なユーリを、合ったばかりの克洋たちに預ける気にはなれなかったのだろう。
こうしてユーリの案内の元、克洋たちは村の近くに山へと足を踏み入れた。
棚ぼたで冒険者となった克洋の、記念すべき初依頼が幕を開けたのだ。




