10. 修行イベント(魔法編)
冒険者に取って魔力は、性能的に格上と言っていい魔物と相対するために必要な重要な武器だ。
魔力が無ければ冒険者は到底魔物に太刀打ち出来ず、冒険者として成長する事は魔力の扱いに長けていくことイコールであると言っていい
前述の通り、冒険者には大きく分けて二種類のタイプが存在しており、それぞれのタイプで魔力の使いみちが異なっていた。
前衛タイプの冒険者は基本的に、この魔力を自身の身体能力の強化をするために使用している。
そして前衛タイプと対をなす後衛タイプの冒険者は、魔力を魔法を発動するために使用していた。
勇者のパーティーとして名を馳せている魔法使いフリーダや僧侶デリック、彼らは後衛タイプに属する冒険者である。
転移魔法を行使する克洋も、一応は後衛タイプに当てはまるだろう。
ちなみに魔法使い、僧侶の違いは厳密には存在しない。
これらの呼び名は自身や周囲の人間が勝手に使う物で有り、特に第三者機関が認定するような厳密な職業では無い。
一応、攻撃的な魔法を使う冒険者が魔法使い、防御や回復向けの魔法を使う冒険者が僧侶と呼ばれるのが一般的である。
決して大きい村とは言えないマカショフ村において、克洋と言う異邦人の存在は目立つものだった。
フリーダと言う知名人の紹介が有ることで、とりあえず村八分のような目に遭うことは無かったが、最初の頃は大半の村人から敬遠されていた物である。
村人たちから距離を取られている状況は、克洋に取っては好都合であった。
元々、現代社会と言う人間関係が疎遠になっている場所からやって来た克洋には、適当に距離を置いて付き合う方が気楽であったのだろう。
しかし村での生活が数ヶ月ほど経った事で、村人たちは克洋が危険な人間で無いと理解したらしい。
何時の間にか村人たちは道を歩いている克洋と挨拶を交わすようになり、克洋の存在はすっかり村に馴染んでしまった。
「ねぇねぇ、兄ちゃん! その剣、俺にも触らせてくれよ!!」
「兄ちゃんは魔法使いなんだろう? なんで剣なんか振るうんだよ?」
「フリーダ様の弟子なんだろー、何か魔法を使ってよー」
「こっちは刃物を持っているんだぞ! こっちに近づくな。 危ないだろう!!」
始めは遠くから克洋を恐る恐る伺っていた村の子供たちも、今ではすっかり懐いている様子だ。
どちらかと言えば舐められていると言う方が正しいかもしれないが、村の子どもたちに取って克洋は退屈な村に訪れた新たな刺激であるらしい。
居候先である家の裏で日課である刀の素振りをしている克洋は、何時の間にか集まってきた子どもたちに自分から離れるように注意する。
万が一にでも子供に刀が当たる事があったらばまずいと、克洋は気が気が出ない様子だ。
しかし子どもたちは抜身の刀を持っている克洋にも動じる様子は無く、甲高い声で囀りまわっていた。
克洋はフリーダの口利きで村に住まわせて貰い、毎日フリーダのもとに通いつめている。
そんな克洋の事を村の住人対は自然に、偉大なる魔法使いであるフリーダに弟子入りした若者だと認識していた。
恐らく村の子供たちは、大人たちから克洋がフリーダと同じ魔法使いであると教えられたのだろう。
子供たちは目を輝かせながら、克洋に魔法を使って見せろ言うのだ。最近の克洋はほぼ毎日、子供たちにせがまれて辟易している所であった。
「ああ、五月蝿い! 一回だけ、一回だけ凄いのを見せてやる! 見てろよ…」
「…うわっ、兄ちゃんが消えた!!」
「あっちに居るよ、すげー! もう一回、もう一回やってよ!!」
「ははは、今日はこれくらいで勘弁しろって…」
結局村の子どもたちの圧力に負けた克洋はある日、自身が唯一自慢出来る転移魔法を披露してしまう。
子供たちは目の前で一瞬の内に消えて、何時の間にか背後で跳んでいた克洋の姿に目を輝かせていた。
褒められて悪い気はしないのか、克洋はご機嫌な様子で子供たちを宥めるのだった。
そして次の日から克洋が村の子供たちに転移魔法以外の魔法をせがまれてしまい、残弾が零になった克洋が困り果てるのだった。
何時も通りフリーダの住居に訪れた克洋は、村から運んできた食料品を降ろして一息付いた所で有ることに気付いた。
何時もなら克洋を出迎えるあの着物の少女の姿が、今日に限っては見当たらないのだ。
「あれ、那由多は居ないんですか?」
「ああ、あの子なら出かけているぞ。 ニ、三日程度で戻るらしいが…」
「よしっ! 今日は模擬戦は無しか、やりぃぃっ!!」
フリーダの家に居候している那由多が、姿を消したのは初めてでは無い。
どうやら彼女は因縁深いあの魔族の少年を見つけるために、独自の伝手で探りを入れているらしい。
その活動の一環でフリーダの家を留守する事が偶に有り、今回も何らかの用事があって出かけているのだろう。
那由多が居ないと言うことは、あの危険極まりない真剣による模擬戦を行わなくていい事になる。
克洋は台風か何かで学校が休校した事に喜ぶ学生のように、降って湧いた自由を喜んだ。
「ふむ…、では今日は私がお前の面倒を見てやろう 喜べ、私が直々に魔法を教えてやろう。」
「えっ…、フリーダさんの魔法の指導?」
"冒険者ユーリ"の原作においてフリーダが初登場するのは、ユーリが冒険者学校に所属して二年目を迎えた時になる。
彼女は魔法の講師として、冒険者学校に招かれる事になった。
ユーリの内に秘められた膨大な魔力、魔族の王から引き継いだ力をコントロールする術を教えるためにフリーダは冒険者学校にやって来たのだ。
かつての仲間であり密かに恋していた男性、勇者ヨハンの一人息子の魔法を指導する。
克洋からこの話を聞いたフリーダは、何やら変なやる気らしき物を出したらしい。
しかしフリーダは自分の研究を優先するため、弟子という物を取った事が無かった。
変にプライドの高いフリーダはユーリに指導する時に失敗しないために、克洋という実験台を使って魔法講師となるための練習をする気になったのである。
そのため那由多との剣の修行ほどの頻度では無いが、克洋は偶にフリーダから魔法の手ほどきを受けることがあった。
勇者のパーティーである伝説の魔法使いからの指導、魔法を志す人間に取っては望外の幸せであろう。
フリーダの有り難い申し出に対して、克洋は台風が脇に逸れて休校が取りやめになった学生のような絶望の表情を浮かべた。
優れた選手が優れた指導者になるとは限らない、これはスポーツなどの世界でよくある話しだ。
天才と呼ばれる人種が一度で覚えられる事を、凡人は百度試しても覚えられない。
そして天才は凡人が自分と同じように出来ない訳を理解出来ないのである。
原作において冒険者学校の講師として招かれたフリーダは、決して良い講師とは呼べない存在だった。
天才ゆえに凡才の力量を理解出来ず、天才の尺度で行われる過激な魔法の指導は犠牲者を多数出した。
残念な事に原作で詳しい描写はされていなかったが、フリーダの魔法授業を受けた生徒の半数近くが病院送りにされた程である。
そして克洋はフリーダが全く指導者に向かないことを、初めて魔法の指導を受けた時から身を持って知っていた。
「…おい、いきなり跳ぶな。 一体どういうつもりだ?」
「それはこっちの台詞だ!! 何で体に魔力を通すだけの好意で、オート回避が発動するんだよ!!」
この世界に置ける魔法とは術者の体内にある魔力を使って世界に干渉し、物理法則から外れた現象を起こす技能である。
魔法を使うための第一歩、それは体の中に眠る魔力の操作を行えるようになる事だ。
この世界の人間には容量の多寡はある物の、必ず体の中に魔力が宿っていた。
しかし魔法に関わる事が無ければ、人間は己の魔力に一生気付く事は無い。
人間が魔力の存在に気付くためには、何らかの切っ掛けが必要なのである。
その切っ掛けを作り出す最もポピュラーな方法は、他の人間から自分の体に魔力を流して貰うことになる。
外部から流された魔力によって内に眠っている魔力が活性化し、自分の魔力の存在に気付くことが出来るのだ。
現実世界からの来訪者である自分の中にこの世界の住人と同じように魔力が有るか心配であったが、フリーダの見立てで並程度の魔力が有ることは既に判明している。
そのため克洋は基本通り、フリーダに魔力を流し込んで貰うことで自分の魔力を目覚めさせようと試みたのだ。
その結果が克洋の転移魔法の発動である。
死の危険に対してオートで転移が発動する能力が発動したと言うことは、あのままフリーダに魔力を注ぎ込まれていた自分は死んでいたという事になる。
「これはあれじゃ無いですか。 あのままお兄様の小さな器にフリーダ様の強大な魔力が注ぎ込まれたら、お兄様はその魔力に拒否反応を示して壊れていたのでは? 水風船に水を入れすぎて、破裂してしまうような…」
「おかしいな、ちゃんと手加減したんだけどな…」
人外と言えるユーリ程では無いにしろ、フリーダは最高峰の魔法使いらしく魔力量は人並みずれて高い。
流石にフリーダもある程度は加減して魔力を注ぎ込もうとしたらしいが、克洋ではその手加減した魔力でも危険すぎたらしい。
最高峰の魔法使いであるフリーダは、一時が万事この調子なのである。
天才のスケールに付いてけずに、原作で何人の冒険者を目指す若者たちが倒れていったか解った物では無い。
克洋がフリーダからの指導中に発動したオート回避の回数が現時点で数十回にも昇る事実が、フリーダの指導の過激さを物語っているであろう。
人に自分の持つ何かを教えようとする時、まずは自分がそれを覚えた時のやり方を再現しようとする事が多いだろう。
自分がこの方法で覚えられたのだから、他の人も同じやり方で大丈夫に違いない。
この考えは決して常識外れな発想では無い筈だ、教える側と教えられる側で大きな差が無ければ。
「ほら、逃げてばかりでどうする!!」
「巫山戯るな! 見ただけの魔法を再現出来るかぁぁぁっ!!」
「いや、この程度の魔法なら一回見れば十分だろう」
今日の克洋に課せられた魔法の指導の内容は、極めてシンプルな物であった。
フリーダが自分に向けて放ってくる魔法を再現し、フリーダの魔法を相殺する事である。
この世界において最高峰の魔法使いであるフリーダは天才中の天才である。
彼女に取って魔法の勉強とは、その魔法の発動の瞬間を間近で見ることで完了するのだ。
フリーダは一度見るだけでその魔法の全てを理解し、再現することが可能になった。
しかし残念ながら今フリーダの指導を受けている克洋は、才能の欠片も無い凡人と言っていい。
この凡夫の青年が一度見た魔法を、フリーダのように即座に再現できる筈も無い。
克洋は涙目になりながら、フリーダの放つ魔法を避け続けるしか出来なかった。
フリーダは真顔で、克洋が今の自分が放った魔法を再現出来ないことを心底不思議がるのだった。




