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Buon!? Male!? Natale!!

作者: 葉月挧

12月24日から25日にかけて、クリスマスという一大イベントが行われる。海外ではキリストの誕生を祝うこの行事が、何故か知らないが日本では恋人たちの愛を確かめ合う行事として知れ渡っている。


そんなクリスマスが今年もやってくる・・・クリスマスイブの12月24日まであと一週間だ。意識したくもないのにテレビを見ていても、学校にいても、クリスマスのワードを聞くし、街中はクリスマスムード一色だし、クリスマス間近は僕のような非リア充は憂鬱な気分になっているはずだ。


「なぁ、おかしくないか?」


僕は眼前の悪友に対して、日本のクリスマスという行事への不満を口にした。


「たしかに、お前の言う通りだ。日本のクリスマスは間違ってる。だからと言って俺たちに出来ることがないのは分かるだろう?それもすべてモテないお前が悪いんだ。お前がモテてさえいればそんなこと考えることもなかったはずだ」


「モテないのは僕も総司もかわらないだろ!」


眼前にいる悪友、彼の名前こそ総司。あまり仲良くはないが、自然といつも話をしている。今も学校の昼休みの最中だが、自然と総司と一緒にお弁当を食べている。何故だろう。こんなに性格が悪く、人に対して嫌味を言うような奴なのに。


「ははっ・・・笑わせるぜ!お前彼女出来たことあるのか?」


眼前の身長180cmほどの大男は高笑いをする。なんだってそんなことを訊く・・・。そりゃ僕は彼女いない歴=年齢だけどさ・・・。


「ない・・・けど・・・。べっ・・・別にそんなの関係ないだろ!」


「バカか!!モテる、モテないは彼女がいたことあるかどうかで決まるんだよ!俺は中学ん時に1か月もいたからな!」


「1か月ごときがなんだよ!そんなのいたと言えるのか!?」


僕は左手に持っていた弁当箱と右手に持っていた箸を置いて、総司に対して反抗する。お互いの声が大きいせいか、教室のみんなが僕たちの言い争いに注目している気がする。


「あ?うっせえなぁ。いたといないんじゃ天と地ほどの差があるんだよ!」


総司が立ち上がって握りこぶしを作る。呼応するように僕も立ち上がる。分からず屋はケンカで成敗だ。まぁ僕の一方的な蹂躙になるんだろうけど。


「拳で僕の言葉が正しいって教えてあげるよ」


「口だけは達者だなぁ。だがその威勢がどれだけ持つかな?」


今にも僕が殴りかかろうとしたその時だった。


「そこまで!総司も敬助も低レベルな争いはやめなさい!」


僕がせっかく総司を蹂躙するって時に割って入ってきたのは女の子だった。僕と総司の間に入り、握りこぶしを解くように促してきた。


ヒートアップした頭は段々と冷静さを取り戻し、我に返る。だが総司の方はまだヒートアップしているようだった。


「薫!なんで止めやがるんだ!今から敬助のニヤケ面をボコボコにしてやるって時なのに」


僕ってそんなにニヤケ面なのか・・・?


「アンタ達のモテないエピソードなんてどうでもいいの。高校三年間の貴重な昼休みの時間にアンタ達のどうでもいい話を聞かされるなんて最悪だわ!」


女の子もとい、薫は毅然とした態度で総司に向かって言葉を言い放つ。性別なんて関係なしに、眼前の大男に相対している。


その度胸と、ショートカットの黒髪、女子の割に大きな身長、ぺったんこな胸、薫という男でも女でもいそうな名前からか、薫はもしかして男ではないのか・・・?と男子たちの間では噂になっている。


薫の言葉が総司の心に響いたみたいで、総司も冷静さを取り戻した。僕と総司は椅子に座り、またお弁当をかきこみ始める。


「でも敬助の日本のクリスマスが間違っているってのは、あたしもわかるなぁ」


火消しをしにきただけだと思った薫が、まさかの会話に参戦。しかも僕に賛同してくれた。


「えー、わたしは素敵だと思うよ、日本のクリスマスも」


薫の後ろからひょっこりと現れて僕たちの会話に入ってきたのは、クラスの男子から絶大な人気を誇る伊織ちゃんだ。おっとりとしたお嬢様のような雰囲気を漂わせていて、背が低いのにおっぱいの自己主張が激しい。栗色のふわふわな長い髪も、伊織ちゃんの性格と似あっていてベリーグッド。猫のヘアピンもチャーミングだ。カナヅチだったり、天然娘だったりとウイークポイントも萌え要素みたいでむしろかわいさを助長させている。クラスの男子からは「童貞殺し」と陰で呼ばれていたりする。おそらくクラスの女子たちはこのことを知らないはず。


「さいですか、ならば僕と熱い聖夜を過ごしてみるのは如何でしょうか?」


僕は伊織ちゃんから目線を離さずじーっと見つめ、キメ顔でそう口にすると、伊織ちゃんの顔がみるみると紅潮していくのが分かった。まんざら嫌ではない?


「さて敬助、殴られる準備は出来てるかしら?」


薫が意味深な言葉を口にした瞬間、頬にピリッと電流が走る。


「痛ったぁぁああああああ!!!!」


思わず叫び声をあげてしまう。薫が僕の頬をビンタしたのだ。一瞬のことで避けることも出来なかった。うぅ・・・痛い。なんでさ・・・酷いじゃないか!


「敬助は自分の発言を理解できてないな」


僕がまだ薫のビンタの痛みに悶絶している渦中に総司が訳の分からないことを言う。僕はその総司の言葉の意味を考えたが、これと言った答えが出てこず、首を傾げた。


「敬助に分かりやすく説明するとだな。今お前は伊織に対してこう言ったんだ」


総司の野郎・・・馴れ馴れしく伊織ちゃんを呼び捨てで・・・許せん。


「「あなたは僕レベルのブサイクがお似合いなのでクリスマスセ○クスしましょう」お前はこんな酷いことを伊織に言ったんだぞ。さっさと土を下にして座れよ」


「いろいろと酷すぎやしませんかぁぁあああああ!?」


何という酷い改変。洋画の日本語訳と字幕のズレ以上にぶっ飛んだズレ方をしてやがる。


「さすがにそこまで酷くはなかったけど・・・っていうか総司こそ女の子もいるのによくその単語をサラリと言えたわね・・・」


おお、薫が助け舟を出してくれた。さあ二対一だ。覚悟しろ総司。


「けど、敬助は土を下にして座るべきだとあたしも思う」


まさかの薫の裏切り・・・僕は二対一の少数派だったか・・・。ていうか土下座ってそういう意味じゃないだろ!下座の人がなんとかなんとかって意味だろ!


「いや、まぁ・・・土下座はいいですから」


伊織ちゃんは体をモジモジ、顔を最高潮に紅潮させながら答えた。総司が伊織ちゃんの前でセッ○スとか言うから伊織ちゃんゆでだこみたいになってるじゃないか。


「よかったな、敬助。伊織は寛大な心の持ち主だから許してくれたぞ。場合が場合だったら逮捕されてる可能性もあるからな」


なんかめっちゃ大ごとになってたけど・・・僕そんなに悪いこと言ったのかな・・・?言葉には注意しなくては・・・口は災いの元なんて言うしね。


「それに・・・敬助くんにそう言ってもらえて嬉しかったから・・・」


「ん?伊織ちゃん何か言った?」


「えっ!?ううん、なんにも言ってないよ?」


おかしいな、誰かが甘美な声で囁いた気がしたんだけど・・・近くにいるのは伊織ちゃんと合唱なら万年バスの総司と男女(おとこおんな)の薫だから甘美な声なら伊織ちゃんにしか出せないだろうけど・・・。まぁいいか。


「話を戻そう、総司はこう言ったよね「だからと言って俺たちに出来ることがないのは分かるだろう?」果たして本当にそうかな?そこで僕の提案なんだけど・・・カップル狩りin聖夜(クリスマス)っていうものを計画していてね・・・」


やっと本題を話すことができた。この本題を話す前の導入でケンカ沙汰になったり、僕が土下座をさせられる一歩手前になったりしたから、この本題にたどり着くまでに時間がかかってしまった。さっき薫が言っていたように高校三年間の昼休みは有限だ。出来る限り回り道はしたくないんだけど・・・総司の発言が逐一鼻につく。総司は悪口界のホームラン王だよ。


僕のカップル狩り計画を聞いた三人は、各々違った反応をみせた。


まずは総司、僕のその計画を聞いて、目の色が変わった。口元をニンマリとさせた。アホみたいな顔をしていた。いや・・・アホみたいな顔はいつものことだ。ともかく面白い計画だ、と考えているのが見るからにわかる。


続いては、薫だ。彼女は・・・薫は彼女と言っていいのだろうか?だって男の可能性も十分に考えられるじゃないか。だって僕は薫の性器を見たことないし、もしかしたら男性器がぶら下がっているかもしれないじゃないか。確認してないんだから男か女かわからない・・・けど見た目や性格は男寄りだろう。むしろ男だったら彼女という方が失礼なんじゃないか?となると彼はといった方がいいか。彼は呆れてものも言えないというような顔をしていた。僕の天才的な計画を聞いてもこんな反応をする人がいたのか。


最後に伊織ちゃん。彼女は「暴力はダメだよー」という反応をしていたが、こればかしはしょうがない。ジハードになるだろうから、多少の暴力には目をつむってほしい。これも悪を成敗するだけなんだ。その先にある未来を考えれば少しばかりの暴力はしょうがない。


「伊織、あたし達はこのバカ2人から離れましょ。じゃなきゃバカが伝染(うつ)るわ!」


「「バカは1人だろ!どこをみて言ってるんだ!!」」


僕と総司は揃ってお互いを指差し合いながら吠えた。総司のくせして僕をバカだと言うのか!


パックのコーヒー牛乳をストローで吸い、喉を潤し、頭をクールに保つ。僕はいつも頭に血が上っている総司と違って大人だからね。コーヒー牛乳さえあれば平静を保つことができる。


「それで、カップル狩りin聖夜の話なんだけどさ。僕としては駅前で片っ端からカップルをボコボコにしていくっていう正統派でいきたいんだけど。もちろん僕は女の子に暴力を振るうことはできないから男限定でね」


僕の計画を総司に伝える。カップルの男だけを僕がボコボコに蹂躙すれば、きっと女の子は強い僕の方について来てくれるはずだ。そのあとのことを考えると今から楽しみだ。僕にボコられた負け犬男たちで創られた死屍累々のクリスマスツリーと女の子に囲まれる僕。想像しただけでもニヤニヤしちゃうよね。


「たしかに俺もクリスマスにイチャつくカップルは気に食わねえからボコボコにしたいことは山々なんだが、暴力は警察沙汰になりかねん。警察が介入するということは学校にもある程度の支障が出る。停学は間違いないだろう。最悪退学も考えられる」


「なるほど、たしかに警察沙汰はマズいね」


「それに、1人ずつボッコボコにしても埒があかねえ。だから手っ取り早く、多人数に出来る方がいいだろう」


総司に相談してよかった。僕1人だったらこんなにいろいろと想像できないからね。総司は勉強に関してはからっきしできないけど、こういうずる賢さを持っている。総司の性格の悪さは僕が保証しよう。


「じゃあ具体的に何をすればいいんだろ?」


僕は眼前の総司に対して意見を訊きながらも、腕を組みながら具体的に何をすればいいか自分でも考えてみる。ダメだ・・・僕はボコボコにすることだけを今日まで考えていたから、それ以外のことが思い浮かばない。


「って言われてもだなぁ・・・まぁ小さい嫌がらせとかじゃねえのか?警察沙汰にはならないレベルの」


「嫌がらせ、ねぇ・・・あんまり地味なことは僕、嫌いなんだけど・・・」


「って言われてもなぁ・・・」


総司は右手で頭をポリポリと掻きながら困惑した顔を見せる。


「まぁいいや、僕の頭の中で計算をしたけど「地味な嫌がらせはしたくない」より「クリスマスにカップルを茶化したい」の方が勝ったから。だからこの方向で話し合おうか」


「マジでやるつもりなんだな・・・」


総司は呆れた顔をしていた。僕は一貫して大真面目にこの話をしていたのに。


「じゃあ今から・・・」


じゃあ今からカップル狩りin聖夜の詳細についての話し合いを始めます。と言おうと瞬間だった。キーンコーンカーンコーンと昼休みの終わりを告げる鐘が教室中に鳴り響いた。


「ちっ、これからって時に・・・総司!詳細な話し合いは放課後にしようか!」


「なんでお前みたいなバカのために貴重な放課後を使わなければいけないんだろうな」


総司だってバカじゃないか・・・いや、総司こそバカじゃないか!まぁいい、残り2時間真面目に授業を受けて放課後綿密に嫌がらせの内容を考えてやろうじゃないか・・・。


ロッカーから5時間目に使う教科書とノートを取り出し、席に着く。僕は窓際最後尾という最高のポジションを獲得している。夏は日差しが当たってクソ暑いが、冬は日差しのおかげで心地よい。


今日の5時間目は数学か・・・。僕は数学という教科がこの世で一番大っ嫌いだ。うーん・・・数学の担当先生は優しいし、寝ても問題ない。心地よい温度のなかで食後の昼寝としようか。


そうして僕は机に突っ伏して、寝る態勢へと入った。




窓の外をみると既に太陽が山の方へと沈んでいく最中だ。空がきれいなオレンジ色をしている。・・・気づいたら6時間目すら終わっていた。午後の授業全て寝ていたとか・・・恐ろしい。


「ふぅあ~」


だらしない声を漏らしながら大きく伸びをする。これは夜しっかり眠れるかわからないほどに寝てしまったなぁ。


壁側2列目の1番前の席に座っていた総司が身支度を終え、僕のところまでやってきた。


「それで、結局やるのかよ?詳細な話し合いとやらを」


そうだった。総司に詳細な話し合いを放課後やるよと伝えていたんだった。


「うん、やろうか。どこがいいかな?」


さすがに放課後学校に残るのはなにか嫌だし、場所をかえて、なにか食べながら話がしたいね。と思い総司にどこがいいか訊いてみた。


「ジャクバとかだろ」


ジャクバとはジャックバーガーの略称でハンバーガーを主に扱っているファストフード店のことだ。最寄りでは駅のすぐ近くにあり、夕方は学校帰りの高校生でお店は溢れかえるほど人気のあるファストフード店だ。


「総司にしては無難な答えだなぁ。総司のことだから金○蔵とかニ○チとか、そういうお店をチョイスすると思ったんだけど」


「あとは花○舞とかか・・・ってアホか!そんなとこ行くわけねえだろ!ジャクバでいいだろ?」


「ジャックバーガーに行くんですか?」


総司のジャクバという言葉を聞いて反応したのは近くにいた伊織ちゃんだった。


「いや、まだ行くと決まったわけじゃないんだが。ジャクバがどうかしたのか?」


総司が伊織ちゃんと会話を始めやがった。アイツ、伊織ちゃんに対して馴れ馴れしすぎやしないか?何故か名前を呼び捨てで呼んでるし!一度絞殺したあと射殺して殴殺して刺殺した方がいいな。それぐらいしないとこの罪は償えないぞ。


「はい、冬季限定のスイーツがあって、行きたいなぁ、って思ってたんですよー」


「女の子って限定ものとかスイーツとか大好きだよね」


総司と伊織ちゃんの間に入り、伊織ちゃんに話しかける。僕も負けてられない。ということで会話に参戦だ。


「はい、スイーツは女の子のエネルギーですからっ」


彼女はそう言い切り、僕に対してニコッと微笑んだ。思わずドキッとしてしまった。


伊織ちゃんの言動は凄く女の子っぽくてかわいい。男女(おとこおんな)と揶揄される薫にはこのセリフは言えないな。言ったら吐き気を催す。


「じゃあ一緒に行くか?ジャクバに」


「はい、わたしもついていきますね」


おっと、気づいたら伊織ちゃんも同行することになったぞ・・・。これはなんというか・・・言うならば青天の霹靂。このファインプレーは総司に賞賛の拍手を送ってやらんこともない。


「行くんなら薫にもついてきてもらった方がいいな。伊織1人だと、俺が目を離した隙に敬助がどんな間違いを犯すかわからないから」


「あら、元からそのつもりですけど。敬助だけじゃなくて総司もあわせてアンタ達2人に伊織は任せられませんから」


いつの間にか僕たちの輪に加わっていた薫が僕と総司2人を睨みつけながらそう言った。そりゃ僕たち2人は野に放たれた2匹の野獣同然。伊織ちゃんという子猫ちゃんと2人っきりになったら正気でいられるとは思えない。


「なんだか、詳細な話し合いをするつもりだったけど・・・僕と総司だけだったらゲスい話になると思うけど・・・女の子がいるんじゃ、変な話は出来ないね。総司、詳細な話し合いはまた後日にしようよ。あるいは今日の寝る前にLINEで打ち合わせするとか」


「は?なんで寝る前までお前と会話しなきゃいけないんだよ!お前は俺の彼女かよ!おはようからおやすみまでかよ!?」


「それじゃLINEじゃなくてLIONね・・・」


「「薫・・・それは寒い」」


思わず僕と総司がハモる。


「うっさいわね!アンタ達!」


何故か一発ずつビンタされた。変なことを言ったのは自分じゃないか・・・。


「ま、まぁみんな落ち着いて、薫もすぐ手を出しちゃダメだよ」


伊織ちゃんが仲裁してくれた。さすが伊織ちゃん、やさしい。


「そいじゃ、ちょいと脱線したけどジャクバ行こうぜ」


「うん、そうだね」


そうして僕たちは街へと繰り出す。しかも女の子を連れてだ。青春してるって感じがするね。


学校から一番近い駅までは徒歩10分くらいの距離だ。駅の周りには大きな商店街があったり、いくつかの外食チェーン店があったりと、人を呼べるお店がたくさんあり、割といつも混雑している。さらに今は街がクリスマス仕様になっている。デコレーションされていたり、イルミネーションがあったり、はたまた駅近くの広場には大きなツリーがあったりと、そういうのを目当にして来るカップルなんかも多くいる。


この季節にはイチャついたカップルと多くエンカウントするからあんまり駅前には来たくないけど、今日は別だ。なんせ僕たちにも女の子がいるからね。ていうか、もともと総司は僕と2人で駅前まで来ようとしていたのか。度胸があるというか。総司はデコレーションされた街をみてクリスマスが近いということを思い出して憂鬱になったりしないのかな。


大通りに入り道を歩くこと数分、あと少しでジャクバに着くという時に突然薫が足を止めた。足を止めて歩道の脇の方、なにかの店先のものをみているようだ。


「どうしたんだ薫?」


総司の問いかけにも反応がない。いきなり足を止めて、他人の声も聞こえなくなるほどに薫の心を奪うものってなんだろう。メリケンサックとかかな。とうとうビンタじゃ満足できなくなってグーで殴りたくなっちゃったとか?いやいやいやいや、メリケンサックは危険すぎる。ていうか店先の商品にメリケンサックを置くお店ってなんだよ!じゃあ薫はなにをみているんだろう。


「かっ・・・かわいい・・・」


薫がボソッと呟く。川相?バント職人かな?


薫がみている先にあるものは、ゲームセンターの店先にあるUFOキャッチャーのガラスの中だ。中に何があるんだろう。僕は一度目を擦り、ピントをUFOキャッチャーの中に合わせて、中にある景品を見る。


そこには熊のぬいぐるみがいくつも入っていた。大きさは20cmほどかな。あんまり大きくなくて鞄とかにもつけられそうな感じの大きさだ。ピンク色のリボンを首に巻いている。実に女の子らしいぬいぐるみだ。


「欲しいの、薫?」


薫に問いかけると、おそるおそる首を縦に振った。そうか・・・薫も女の子なんだなぁ。こういうものが欲しいのか。今まで男女なんて言ってたけどこれからは考えを改めないとね。


「じゃあちょっと、頑張っちゃおうかな」


ポケットから財布を取り出し、100円玉を取り出して、筐体(ちょきんばこ)に100円玉を入れる。簡単なアーム式のUFOキャッチャーだ。まずは正面からみてX方向(よこ)にアームを動かして、止める。次はZ方向(おく)にアームを動かし、止める。そしてY軸をマイナス方向に動かす。というかアームを下ろす。見事にタグに引っかかってくれた。景品ゲットだ。


ゲットした景品を手に取り、薫に渡す。


「はい、欲しかったんでしょ?」


「・・・ありがとう。あっお金・・・」


「お金?要らないよ。だって100円だよ?僕からのちょっと早いクリスマスプレゼントってことで」


「・・・そっか。ありがと、大事にする」


「そう言ってくれると僕も嬉しいよ。あとこれからは僕をビンタしないでね」


「・・・うん、3日はしないって約束する」


「って3日だけかよ!?」


ま、まぁ3日間はビンタできなくなったし・・・いいか。それにしても男女(おとこおんな)なんて揶揄されてる薫にこんな女の子らしいところがあったなんてね。世紀の大発見だ。


「UFOキャッチャー得意なんだな。意外な特技だ」


「まぁね」


総司に対してドヤ顔でカッコつけて返事をする。まぁ割と簡単なタイプだから一発で獲れたけど・・・美少女フィギュアみたいなやつは野口さんが数枚消えるほど使わないと獲れないなぁ。


「いいなぁ薫・・・わたしも欲しかったなぁ・・・」


「なんか言ったか、伊織?」


「え?別に何も言ってないよ」


「そうか、それならいいんだけど」


なにか伊織ちゃんと総司がまた会話している。もしかして総司も・・・伊織ちゃんのことが・・・好きなのか?クラスのアイドルだぞ。それと野蛮な総司。美女と野獣じゃないか。抜け駆けは許さないぞ。


「じゃあ気を取り直して目的地へ、レッツゴーといこうぜ」


総司の掛け声のもと、僕たちは再び歩き出した。熊のぬいぐるみを手に入れてウキウキの薫と何故かしゅんとしている伊織ちゃんの姿が相対的で目立つ。


思わず僕は伊織ちゃんの隣に行って、話しかけてみることにした。


「ちょっと元気なさそうに見えるけど大丈夫?」


僕の言葉を聞き、彼女は少し体をピクッとさせ、驚いたようにみえた。


「へえっ!?い、いや。大丈夫ですよ?」


なんだろう・・・さっきはちょっとしゅんとしていたのに、大丈夫そうかな。あまり深追いしない方がいいか。女の子には女の子の秘密があるのだろうし。秘密の領域に無理に踏み込もうとすると嫌われちゃうかもしれない。


「それはそうと、敬助くんっ・・・。敬助くんって根は優しいんだから、あんまり乱暴なこととかしちゃダメだよ?」


根は優しい・・・か。あんまり言われたことがないからピンと来ない。乱暴なことというとさっき教室で話していたあの計画のことかな。


「善処するよ。けど今回ばかしはしょうがないんだ」


にっくきカップルどもを成敗する。クリスマスだからってハメはずしてハメハメするんじゃないぞ。そういうバカップルどもに目に物見せてやるからな。


「ほどほどにね」


彼女は終始笑顔で僕と会話をしてくれた。さっきまでのしゅんとした姿は何処へ行ったんだろう?いや、僕の見間違いだったか?


会話をしながら歩いていると、もうジャックバーガーの店の前まで来ていた。茶色と青と白の三色を基調とした外装。先頭の総司が手動のドアを開けて順々に中に入っていく。内装はウッディな感じになっている。


「いらっしゃいませ」


ニコニコとした店員さんが僕たちの来店を歓迎した。他のハンバーガーショップと同様に、店頭で注文してから商品を受け取って、テーブルで座って食べるというオーソドックスなかたちだ。


既にかなりのお客さんが来店しているようだ。賑やかな若い人たちの声がステレオで聞こえてくる。


「んじゃあ各々注文しようか」




全員が注文を終えて、商品を受け取り4人用のテーブル席へ座る。僕はここでも窓際の席に座って隣には総司、対面には伊織ちゃん、斜めに薫が座るという陣形になった。


「今食べたら夕ご飯食べれなくなっちゃいそうですね」


「そうだねー」


一応伊織ちゃんの発言を肯定しておく。否定して嫌な気分にさせるのも良くないだろうし。


伊織ちゃんはそう言うけど僕は育ち盛りの高校生だ。夕方にハンバーガーを二、三個ほど食べてもまったく夕飯への支障は出ない。しっかりご飯食べてるから、身長もあと10cmは伸びてほしいんだけどね・・・165cmしかないし・・・。その点総司に”唯一”ジェラシーを感じるのは身長だよね。ムダに180cmもありやがる。


「ところでみんなは、なにを注文したの?僕は、イカフライバーガーにフライドポテトとコーラだけど」


みんなに対して訊いてみる。単純にみんなが注文したものが気になったし、話題にもなる。あと伊織ちゃんが言っていた冬季限定メニューと言うのがどんなものか知りたかったからだ。


「ブラックジャックバーガーにチキンナゲットとコーラだ」


まずは隣の総司が僕の言葉に反応した。


ブラックジャックというと何か怪しいものが入ってそうな気がするが、ジャックバーガーでは人気商品の一つで、看板商品でしてお店と同じ名前のオーソドックスなジャックバーガーに黒胡椒や黒胡麻などを使ってアレンジしたものがブラックジャックバーガーなのだ。


「あたしはパンケーキとカフェモカ」


続いて薫が紹介してくれた。今日の薫は凄く女の子っぽいなぁ。今まで薫や伊織ちゃんと一緒に遊びに行くなんてことなかったし、いろいろな発見がある。やっぱり女の子と一緒にどこかへ行くというのはいいね。


「じゃあ最後にわたしですね。わたしはこの冬季限定の雪見バーガー、それと宇治抹茶シェイク・・・あと」


「へえーそれが冬季限定商品なんだね」


「そうなんです。甘いバンズに生クリーム、白玉、あんこなんかをサンドしたデザート系のハンバーガーなんです」


「へえー」


それって、クリームぜんざいをバンズで挟んだだけじゃん・・・。


「宇治抹茶シェイクの後に何か言いかけなかったか?」


そういえば僕が話を切っちゃった所為で伊織ちゃんの話が途中になっていたっけ。総司のくせに気が利くじゃん。


「あっ・・・そうなんです。せっかく4人いるので盛り上がればいいなと思ってこれ注文しちゃいました」


そう言って伊織ちゃんは、テーブルの端にあった箱を手に取り僕たちに見せつけた。


「シュークリーム・・・だよな。普通の」


「はい、見た目は普通のシュークリームだけど、4つの中に1つだけカスタードじゃなくてマスタードが入ったロシアンシュークリームです」


彼女は笑顔で言い切った。恐ろしい子・・・。伊織ちゃんの話を聞いて、場が凍り付いた。そうだ・・・この子、天然キャラだった。しかし自分も食べる可能性があるのにわざわざ注文する辺り、大物の風格がある。


というか・・・カスタードとマスタードって一文字違いで色も同じような黄色だけど味は正反対だね・・・。それもよりによってシュークリームにマスタードを入れやがって・・・僕はロシアン系の商品を生み出したやつを絶対に許さない!


「だから、お好きなのを1つとってください」


そう言い、彼女はテーブルの真ん中にシュークリームが4つ入った箱を置いた。


誰も・・・手を伸ばそうとしない。ちょっとばかしの静寂の時間が訪れる。横をみても総司が、斜めをみても薫が、顔面蒼白になって、きょろきょろしている。もちろん僕も同じような顔をしているだろう。血の気が引いていく感じがした。


「えっと、みんな・・・シュークリーム嫌いでしたか・・・?」


そういう問題じゃないだろ!シュークリームなら誰だって好きさ。けどこの中に1つシュークリームの皮を被った爆弾があるんだから。誰しもそれだけは食べたくないんだ!


「ごっごめんなさい・・・わたし、みんながシュークリーム嫌いなの知らなくて・・・」


彼女は涙目になりながらそう言った。違うんだ!シュークリームは・・・。


「嫌いじゃないよ!シュークリーム!!」


僕は勢いに任せて、一番手前にあったシュークリームを掴み。口の中に放り込む。そして咀嚼する。うん・・・普通のシューク


「ヴォエオイ!!」


吐かないように両手で口を押えて、ゆっくり咀嚼する。


「どうした敬助、シュークリーム食ったぐらいで吐くんじゃねーぞ?嫌いじゃないんだろシュークリーム」


勢いに任せてとったシュークリームがまさかの爆弾。くっそおお・・・こんなことだったら嫌いと言い通せばよかった・・・。


「敬助くん、当たりですか!?」


「当たりってか、ハズレだよね・・・」


ようやく喋れるほどまで口の中が回復した。口直しにコーラを一気に飲み干す。


「敬助のバカが見事にマスタード入りを引いてくれたから安心して食べれるな。んじゃ、いただきまーす」


総司も自分の手前にあるシュークリームを手に取り、それを一口で食べた。


「・・・グヴォオアシィウ!!?」


総司が瞬時に両手で口を押えた。今にも口に含んだものを吐き出しそうな勢いだ。変な演技はやめてほしいよね。マスタード入りは1つしかないんだから。そう思いながら総司の顔をよーくみると、涙目になっていた。あれ・・・もしかして演技じゃなくて、本当にマスタード入りを引いた?でも伊織ちゃんは1つしか入ってないって言ってたし・・・。


「伊織・・・どういうことだ・・・マスタードを引いたぞ・・・」


総司が荒い息の中で伊織に訊いた。


「・・・わたしもわかりません。店員さんが間違えて2つ入れてしまったんですかね・・・?」


「あたしは怖いから、一度割ってから食べるわ・・・」


そう言うと薫は箱の中に入ったシュークリームを1つ手に取り半分に割って中身を確認した。どうやら安全そうだったようでパクッと口の中に入れて満足そうな顔をしていた。


「ま、まぁこのくらいのサプライズがあった方が・・・盛り上がるよな・・・グッジョブ店員・・・」


総司は涙目で顔を青くしながら、強がってそんなことを言っていた。意地でも女の子の前ではカッコつけようとしてるようだが、平気なフリしてるのバレバレだぞ。僕でさえ気づいたんだから、勘の鋭い女の子は確実に気付いているんじゃないかな。


「そういえば、お2人さんはクリスマスどうするの?」


前の席に座る女の子2人に軽い気持ちで質問した。べ・・・別に彼氏の有無を探ってるわけじゃねーし!


「そうですね、薫と一緒に過ごそうかなと思ってます。ね、薫」


「あたし達もなんやかんや彼氏いないからねー」


別に探るつもりで訊いたわけじゃないのに。あっさりと薫が言っちゃったよ!・・・伊織ちゃんも彼氏いないんだなー。我がクラスのアイドルだし、他校に彼氏がいたとしてもおかしくはないほどかわいい。まあいない方がチャンスありそうで嬉しいけど。


「きっと恋人と過ごすクリスマスって素敵なんだろうなぁ・・・」


伊織ちゃんが遠い目をしながらそんなことを口にしていた。メルヘンチックそうな伊織ちゃんのことだから、白馬に乗った王子様とかを想像してるんだろうか。


その後は他愛のない会話が続いた。もうそろそろ冬休みだねーとか、来年は受験or就職だねーとかそんな他愛のない会話。けど僕はこの雰囲気、好きだなぁ。高校3年間というあっという間の時間の中で友達とワイワイやれるって、他人から見たらなにが面白いの?と思われることでも騒げる感じ。僕は今青春の真っただ中にいる。そんな感じがして。




「もう18時だ。この時期になるとこの時間でも真っ暗だねー」


僕は窓の外の世界を見ながら現在の時刻を口にする。夏ならこの時間でも青空なのに冬だと一面真っ暗だ。


「そうだな、じゃあそろそろお開きにするか?」


総司が僕たちに訊くと、みんな頷いて身支度を始めた。


店の外に出ると、めっちゃ寒い。震えるほど寒い。伊織ちゃんを見ると、ピンク色の毛糸のマフラーをしていた。薫は水色のマフラーだ。総司ですらネックウォーマーをつけていた。みんな防寒具をちゃんと持ってるんだなぁ。僕はネックウォーマーとかマフラーみたいな首辺りを守る防寒着どころか、手袋すら持ってないよ!ネックウォーマー買うくらいなら、食べ物かゲーム買うし、手袋はどっか行っちゃうし。


「俺は電車で帰るけどお前らは?」


「あたしも電車だよ」


「僕は徒歩だよ。家すぐ近くだし」


「わたしも徒歩です」


「じゃあ、敬助。アンタは伊織を家まで送ってあげなさい!」


薫に命令された。まあ別にいいけど・・・。ていうかむしろ2人っきりで歩いていいんですか?家まで送るってことは伊織ちゃんの家の場所も知れるし、僕にはうま味しかないけど。


「そうだな、暗いから女の子1人で帰るのは危ないだろ。敬助にこの大役が務まるかはわからないが」


「失敬な!僕が暴漢に負けるほど弱いって言いたいのか?」


「ちげえよ。お前が襲わないか心配なんだよ」


あっ・・・そっちか。それは僕も自信がないかな・・・。


「それじゃあ、よろしくお願いしますね、敬助くん」


「お願いされました。じゃあ行こうか」


「はい!」


伊織ちゃんは元気よく返事をしてニコッといい笑顔を僕に返した。


「じゃあね!総司!薫!」


既に遠くに見える2人のシルエットに対して手を振って別れを告げて、伊織ちゃんの家に歩きはじめる。女の子と2人で歩くなんて人生初めてかも。緊張する・・・。心拍数が上がってるのが、心臓を触れなくてもわかる。そうだ・・・なにか会話をしないと。


「今日は・・・楽しかった?」


「はい!あんまり男の人と一緒にどこかへ行くなんてことなかったから新鮮で楽しかったです!」


「それはよかった。僕も楽しかったよ。今日はいろいろあったけどね」


今日だけで薫に2回もビンタされてるし、その薫は熊のぬいぐるみを欲しがる女の子の一面をみせるし、総司と2人でマスタード入りシュークリームを食べたし、現在進行で伊織ちゃんと2人だけで歩いているし、今日はいろいろなことがあった。


「そうだね・・・。今日みたいな日が、毎日続けばいいのに」


彼女はそんな言葉を空へと投げかけた。彼女の小さな口からは、白い息が出ていた。既に暗くなった空。駅前周辺はクリスマス仕様にイルミネーションが施されていて綺麗だ。まるでドラマの中に入り込んでしまったような、そんな感じがする。


「あっ、そうだ」


彼女はなにかを思いついたのかそんな言葉を口にした。


「さっき薫にクリスマスプレゼントをあげてたよね。わたしもなにか欲しいなー」


ゲームセンターの店先にあったUFOキャッチャーの景品。熊のぬいぐるみをちょっと早いクリスマスプレゼントなんて言って薫に渡したっけ。


「だから、あそこのお店に行きませんか?2人でなにかを買って渡し合うっていうのはどう?」


彼女が指差した先にあったのはピンク色の外装をしたおしゃれな雑貨屋さんだ。普段の僕なら立ち寄らないようなお店。


「うん、僕はいいよ。けど伊織ちゃんは時間的に大丈夫なの?門限とかない?」


僕としては断る理由がない。だから何の躊躇もなく二つ返事をする。それどころか伊織ちゃんの方が心配だ。子供が男だったら放任してても問題ないけど、女の子はマズいと思う。伊織ちゃんは家柄もよさそうだし、門限とかありそうだなと思って訊いてみた。


「はい!大丈夫ですよー」


そんな彼女の鶴の一声で、僕たちはおしゃれな雑貨屋さんに入った。ここもクリスマス仕様にいろいろ装飾が施されている。まず1人だったら確実にこういうお店は敬遠するね。友達に誘われてもいやいや入るようなお店。


「それじゃあ、別行動で。わたしに似合いそうなものを、なんでもいいから選んでくださいね。わたしも敬助くんにいいなぁと思ったものを選ぶから」


「う、うん。わかったよ」


これ・・・今、僕は凄いことをしているんじゃないのか・・・。こんなところをクラスの男子に見つかったら・・・絞首刑じゃすまないような気がするんだけど。絞首刑のあとさらに電気イスに座らされて、動けないのに無理やり毒を飲まされるぐらいの罪なような気がしてきた。


伊織ちゃんに似合いそうなものを選んで・・・なんて言われても困った。伊織ちゃんはなにが似合うだろうか・・・。というかまずは、女の子がもらって嬉しいものだよな。


とりあえずいろいろみてみようか。おっなんだこれ、砂時計が3つくっついてる。左から3分、5分、7分で砂がすべておちるようになっているのか。最近じゃスマホにタイマーがついていたりして砂時計が活躍する機会が奪われてしまいがちだが、単純に部屋に砂時計が置いてあったらかっこいいと思われるかもしれない・・・。だけど、冷静に考えてみるとクリスマスプレゼントとして男が女に贈るものとしてはふさわしくないかな。


調理器具もいっぱいあるなぁ。変わったデザインのピーラーとか、どこでも買えそうな雪平鍋とか。最新のハイテク料理マシーンなんかもあったりする・・・便利そうだけどお値段が高いなぁ。けど、伊織ちゃんって料理するのかなぁ?そこが問題だよね。まぁこれもクリスマスプレゼントにはふさわしくないかな。


アロマキャンドルなんてどうかな。お洒落だし、リラクゼーション効果もありそうだし、クリスマスっていう雰囲気的にもいいかもしれない。候補に入れよう。


フォトフレームとか便箋が無難でいいのかなぁ。うーんわからない。日常的に使うようなもので無難なものを選んでちょっとだけ喜ばれるべきか、彼女の好きな分野を当てて、大喜びされるべきか。どっちがいいか。前者なら喜ばれる確率は高いが喜びの度合いは低い。後者はその逆で、喜ばれるかどうかはその物次第だが、当たった場合は大喜びしてくれる。


あっ・・・これなんてかわいいじゃん。猫のぬいぐるみ。さっき薫にあげた熊のぬいぐるみぐらいの大きさで、これも薫にあげたのと同じように鞄につけられそうだ。猫種は耳が折れてるからスコティッシュフォールドかな。


伊織ちゃんと言えば髪に、猫のヘアピンをしてるし、猫が好きなんじゃないかな、と僕は踏んでいる。値段も500円で手ごろな価格だし・・・うん、これでいいだろう。


お会計を済ませて、お店を出ると、既に伊織ちゃんが待っていた。


「ごめん、遅くなっちゃって」


会釈をして、寒空の中1人で待ってもらったことを詫びる。


「いえ、わたしが言いだしたことだから。それより買ってくれましたか?」


「うん、買ったよ。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」


そう言い、僕は紙の包みを伊織ちゃんに渡す。


「ありがとうございます!開けてもいい?」


彼女はとびきりの笑顔で喜んだ。僕の買った商品をまだ見てすらいないのに。500円のクリスマスプレゼントを買って渡しただけでかわいい笑顔を向けて喜んでくれる。その笑顔だけで僕は500円以上の得をした気がする。


「うん、どうぞ」


僕が答えると、それを聞いた彼女はていねいに包みを開いていく。気に入ってくれるかなぁ。


「わぁ・・・猫さんだー。かわいいですっ。ありがとうございます!!」


ホッと胸をなでおろす。どうやら一応気に入ってくれたみたいだ。


「猫のヘアピンをしてるから猫が好きなのかなって思ってそれを選んだんだけど、どうだったかな?」


「はいっ。敬助くんの言ったとおりです。わたし猫大好きなんです!今度はわたしの番ですね」


今度は僕が伊織ちゃんから紙包みを渡してもらう。なにを買ってくれたんだろう。紙包みのなかに手を突っ込む。ふわふわしているものだ。


紙包みから出てきたのは、もこもこの毛糸の手袋だ。紺色がベースカラーの落ち着いた雰囲気のあるメンズ用の手袋だ。


僕が去年まで使っていた手袋があったはずなんだけど、行方不明になっちゃって、新しいのを買いに行こうとしたけど、結局行く機会がないまま冬のシーズンが過ぎて今年は手袋買わなくていいかな・・・なんて思ってたところだったから、手袋欲しかったんだよねぇ。


「ありがとう!僕ちょうど今手袋無くて困ってたところだったから、すっごく嬉しいよ!」


「はい!どういたしまして。学校とかで手袋がなくて寒そうにしてたから、手袋がいいかなーって思ったんです」


「伊織ちゃん、グッジョブ!」


そう言いながら伊織ちゃんに対して親指を立てる(サムズアップ)動作をする。そうすると彼女は「ふふっ」と声を出して微笑む。


ポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。19時少し前だ。


「そろそろ帰ろうか」


「はい!そうですね」


目的地を伊織ちゃんの家にして、僕たちは歩き始めた。僕の隣にはクラスのアイドル伊織ちゃん。同じ歩幅で、同じペースで僕たちは歩く。彼女の横顔はニコニコしていて嬉しそうなのが伝わってくる。僕も嬉しい気持ちでいっぱいだ。


今日のような感じでいつも一緒に入れたらいいのになぁ・・・いつも僕の隣で笑っていてほしい。


こんな感情が恋なのかなぁ・・・。




伊織ちゃんを家まで送り、そのあと1人で僕は自宅へと向かった。今日も凄く冷えるはずなのに、心もホットだし、プレゼントの手袋もあって寒さなんてまったく感じなかった。


その後は夕食を摂り、お風呂に入り、歯を磨き、あれやこれをやったりして布団のなかに入った。そうだ・・・総司に連絡でもしてみようかな。今は23時だし、アイツならまだ起きているだろう。総司は彼女みたいなことはやめてくれなんて言っていたけど。


『起きてる?』


総司へとメッセージを送った。まずは起きているのか確認だ。


少しばかし待つと、総司から返信が来た。


『起きてるけど!!』 『お前あれほど寝る前に送るなって言ったじゃねえか!!』 『ホントに彼氏彼女みたいな感じになっちゃってるじゃねえかよ!!』


総司は文章を3つに分けて送ってきた。どの文章にも最後にエクスクラメーションマークが2つ打ってある。そこまで嫌うことかなぁ。


『まあまあ』 『落ち着けよ』


今度は僕が文章を2つに分けて総司に送る。


『それで俺は今からお前となにをすりゃいいんだ?』


『放課後出来なかった話し合いを今からしようよ』


『結局おやすみまでお前に付き合わされるのな・・・』


その深夜の会議は3時間ほど続いた。




そして12月24日がやってきた。普段だったらこの日は僕にとっては1年で最悪の日と言っても過言ではない。けど、今日は違う。


なにせ、クリスマスにイチャつくカップルを狩る。クリスマスはイチャつくための日じゃないってことを体でわからせてやる。


大丈夫、この日のためにいろいろ考えてきたんだから。とりあえず、マズいと思ったら大通りに出てしまえと言うのが総司の意見だ。何故かと言うと、ただでさえ人通りの多い大通りだが、クリスマスにはさらにたくさんの人が大通りを通行しているだろう、と考えている。つまりカップルや警察に追われるようなことが起きたら、すぐさま大通りに向かって隠れてしまうという作戦だ。これは常に念頭に置いておけと総司から言われている。「なにしろ一番大事なのは自分自身だ。お前もこんなことで停学や退学になったら嫌だろ?」という総司の言葉もあった。


極力リアルファイトは避けて、気づかれないように嫌がらせしようというのが、話し合いで総司が出した案だ。


広場にはあらかじめ落とし穴も掘った。人目につかないように昨日の深夜にこっそりと掘った。もしかしたらもうすでに落ちてる人がいるかもね。


「マジで来てやったぞ。感謝して飯一回くらいおごってほしい気持ちだがな」


総司が集合場所へやって来た。集合時間ちょうどに来た。


現在は夜の19時。もう陽はとっくに落ちたというのに、今日はなんだか一面明るい気がする。それもそうだろう、街中がライトアップされているから明るいのだ。これは僕たちにとってはアゲインストだ。あらかじめ想定していたこととはいえ、ちょっと明るすぎて隠密行動できるか怪しいな。


僕の今日のファッションは黒いダウンジャケットに黒のジーパンと上下に黒で闇夜に紛れる、というコンセプトで着てきたのに・・・これだけ明るいと僕の考えた闇夜に紛れるという作戦は失敗だったかもしれない。


総司は肌色のトレンチコートに青いジーパンという普通の服装だった。だが違和感が1つだけあった。


「なんだそのメガネ」


眼前にいる彼を見上げながらポッとそんな言葉が口から出た。いつもメガネなんてかけてないのに黒縁メガネをかけている。


「いや、伊達だけど」


「お前が目悪いなんて聞いたことないから伊達ってことは予想つくけど、僕はそういうことを訊きたいわけじゃなくて、なんでメガネなんかしてるんだ?ってことを訊いたんだよ!」


「まぁ、変装?」


僕と同じように総司もファッションを考えてきたのか。僕は上下黒で闇夜に紛れるという作戦。そして総司はメガネで別人気取り作戦ってところだろうか。


「んじゃあまぁ昨日の時点でいろいろ用意もしたけど、なにからやる?」


カップルがおそらく一番来るであろう場所を考えると、僕と総司はすぐさまあの場所を思い浮かべた。それこそ今日の僕たちの狩場である広場だ。


この広場は駅から近い、ベンチなんかがあってイチャイチャするにはいい感じの環境、そしてこの広場には大きなクリスマスツリーがある。このツリー目当てで多くのカップルが訪れる。おそらく今日この街で一番カップルが集まるのはここだろう。


そういうことを前もって考えていたから、あらかじめこの広場に穴を掘ったり、ベンチにガムをつけたり、ヘビのおもちゃをあちらこちらに放置したり、井伏鱒二の山椒魚の朗読が延々と流れるラジカセを置いたりした。


なにをすればテンションが下がるのか。なにをすれば雰囲気をぶち壊すことができるのか、いろいろ考えた結果だ。


「まずは歌おうか」


僕の言葉を聞いた総司はなんとも言わずに頷いた。歌う曲はもう決めてある。リハーサルもやったし、大丈夫なはず。


広場の真ん中に移動して、喉の調子を整える。もうプライドなんて捨てた。


恋人たちがクリスマス独特の雰囲気を楽しんでいる最中に僕たちは大きく口を開き腹から声を絞り出して僕たちは昨日考えたクリスマススペシャルメドレーを歌う!


「「38度の!とけちゃいそうな日!♪」」


まずは軽いジャブから、いや38度はめちゃくちゃ暑い。ジャブじゃなくていきなりノックアウトさせる気で歌う。


「アー真夏は暑いー!!」


「ラップ海岸ブルースカイ!!」


次はカラオケの定番曲、僕が高音を歌って、総司が低音を歌う。タオルを回しながら。


「「夏!だぜ!夏!だぜ!夏!なん!だぜ!!」」


最後に思いっきり夏をアピール。季節外れのサマーソングでクリスマスの雰囲気をぶち壊すというちょっとした嫌がらせだ。


「ふぅ・・・なんとかやりきったが、これ効果あるのか?」


「少なくとも僕がクリスマスに彼女とツリーを見に来て、その雰囲気を楽しんでる時にサマーソングを大熱唱されたら嫌だけどね」


「安心しろ。お前にそんな機会はない」


くっ・・・いちいち一言多いんだよ。総司ってこんな口の悪い性格で社会に出ていけるのか?上司とかにもこういう態度をとったら速攻クビにされるんじゃないのかな。


「何へこんでんだよ。本気で言った訳じゃねえよ。お前にもあるだろ、そのうち」


「へこんでないよ!なに勝手に僕が傷ついたなんて思ってるんだよ!!」


本心じゃないにしてもそういう発言は控えてほしいね。僕もいちいち反応しなきゃいけないから。バカの相手をするのは疲れるね。


「それより次やろうぜ」


「そうだね。じゃあ次は季節外れの節分で」


そう言って僕は、総司に枡を渡す。枡の中には豆がてんこ盛りに入っている。


「いくぜ…」


総司はニヒルに笑い、そう口にした。


「「鬼は外!福は内!」」


大きな声でお決まりの言葉を言いつつ、枡の中に入った豆を手に取り、思い切り地面に叩きつける。


パァアアン!!パァアアン!!


地面に叩きつけられた豆がまるで、銃声のような、乾いた大きな音をたてる。そう、これは炒った大豆なんかじゃない。かんしゃく玉だ。駄菓子屋なんかでも安価で購入できる玩具なのだが、その音はなかなか迫力のある音が出る。ドラマの撮影なんかじゃ、このかんしゃく玉を実際に銃声として使うなんてこともあるらしい。


どこからか「きゃあ!」というようなやたらと高い声の悲鳴も聞こえてきた。おそらくはかんしゃく玉の音にビックリした女性が上げた悲鳴だろう。


数分ほど、「鬼は外!福は内!」の掛け声とともにかんしゃく玉を撒くと、枡の中が空っぽになった。これで季節外れの節分は終わりだ。


「いや~節分はいいねぇ。海外の文化もいいけど。みんなに日本の伝統を大切にしてもらいたいよね~」


僕は揶揄の気持ちを込めてそう言う。キリストを祝うクリスマスもいいけど、節分だってちゃんとしようよ?なんでハロウィンであれだけ騒いで、クリスマスはイチャイチャ記念日みたいになってるのに、節分には何もしないの?


そもそも2015年のクリスマスというのは海外では聖年と言われている。ローマ法王が2015年を特別聖年と布告した。バチカンにあるサンピエトロ大聖堂も聖年にしか開くことを許されない聖年の扉があるが、この前ローマ法王の手によって開けられた。


そんな2015年のクリスマスだけど、日本人はもちろんそんなことを知らないだろう。それどころか日本人は確実に現ローマ法王の名前を知らないはず。そんなやつらが、クリスマスを、イチャイチャ過ごしているのは納得いかない。これでは聖年ではなく性年じゃないか!


「それじゃあそろそろラストといこうか」


「それもそうだ。長居してると警察なんかに怪しまれる」


今度は目立たないところからこっそりと狙う。草むらに隠れて狙撃手となる。今度は僕と総司は離れて、単独で作戦を決行する。


そう、ラストは水鉄砲でカップルを撃退する。もちろん僕が水鉄砲を撃ったということを相手に悟られてはいけない。かなり慎重にやらなければいけない。


うつ伏せで水鉄砲を構えて、獲物が通るのを待つ。少しでも動いたら草の音でバレてしまう。息を押し殺して、無と自分を同化させる・・・。


さすがに女の子はかわいそうだから、男を狙っている。さあ来い、僕の獲物。


早速カップルが歩いてきた。よし、自分の存在を気づかれないように・・・。トリガーに手を掛けて、トリガーを思いきり引く。とりあえず、足を狙ってみよう。


「うおっ!?冷たっ!」


「どうしたの~いきなり~?」


「なんかいきなり水が俺の足にかかったんだよ!どうなってんだ?」


カップルたちがそんな会話をしている。男は一度水のかかったところを手で触り、その後辺りをきょろきょろ見回し始めた。


「訳わかんねー」


「ねぇ早くいきましょ」


「お、おう」


男は女に促され、考えるのをやめて歩き始めた。首をかしげながらその場から立ち去った。


ふぅ・・・気づかれなかった。しかしこれはスリルがあるなぁ。スナイパーってこんな気持ちなんだ。よし次いこうか。


うつ伏せで息を殺して、次の獲物を待つ。すると、またカップルがやって来た。男の割には身長が低いな、僕より小さいんじゃないか?身体つきも華奢だし、女みたいな男だ。なんでそんなやつに彼女がいて僕に彼女が出来ないんだ!


隣の女の子もふわふわしてそうな長髪でかわいいし、気に食わないから次の獲物はこいつだ!


照準を合わせる。大丈夫、さっきも成功したんだし、今度だって成功する。それにどうせ男はクリスマスでウキウキしちゃってるからある程度のことは気にしないんじゃないか?どうせツリーを見終わった後はお家に帰るかホテルに行って、あんなことやこんなことをしてるんだろ!


今度は思い切って顔を狙ってみる。トリガーに手を掛け、引く。マズルから勢いよく、水が一直線に飛び出し、見事顔に命中した。


男は一瞬何が起きたのかわからないような顔をして、水が掛かった場所を手で触り確認してから、ようやく自分の顔に水が勢いよく飛んできたということに気づいたようだ。さっきの男同様に辺りをきょろきょろ見回す。そしてその男は僕が潜む草むらに近づいてくる。やべっ、バレたか!?


見つかるまではとにかく、自分の存在を消すことだけを考えるんだ。僕はこの世界には存在しない。僕は無そのものなんだ・・・。


だが、無情にも見つかってしまう。辺りは夜だというのに、華奢な男もとい薫の目がぎらぎらと燃えているのが分かる。ってなんで薫がいるんだよ!?


「あら、敬助さんじゃないですか・・・こんなところで会うとは偶然ですね」


なんだか言葉がよそよそしい。しかも一言一句、ドスの利いた声で話しかけてくる。薫はうつ伏せの僕を上から睥睨している。


「かっかっ・・・薫!?なんで薫がこんなところに!?」


「べつにあたしがどこにいてなにをしようと、あなたには関係のない話でしょ?」


「そ・・・それはそうですね・・・」


「それはそうと・・・覚悟、できてるよね?」


怖い・・・ただひたすら怖い。なんでこんなことになってるんだ・・・クリスマスにカップルを嫌がらせして、楽しむという僕の計画だったのに・・・なんで僕が追い詰められているんだ・・・。


「覚悟と仰せられても・・・」


「人と話すときの体勢ってそれでいいの?」


うつ伏せの僕に対し、そう問いかける薫。怖すぎて体が固まってるだけなんだけど・・・。


「起立!!」


薫は大声で怒鳴るように言葉を発した。


その言葉にすぐさま体が動いて、速攻で立った。薫の声に立たされたといってもいい。


「気を付け!!」


その言葉で体のあらゆるところを伸ばす。背筋や手の指先をピンッと。僕の本能がそうしなければいけない、と体全体に言っている気がする。


「歯食いしばれ!!」


「痛ッタァァアアア!!」


思いっきりビンタされた。うぅ・・・頬がひりひりする・・・歴代でも1位の痛さだ・・・。手加減なんて言葉は薫の辞書にはないようだ。ていうか、歯食いしばれってどこのライガーさんだよ・・・。




「ごめんなさい!」


眼前の薫に対し、深々と頭を下げて、誠心誠意の謝罪をする。


「もういいわ。あたしも一発ビンタしてスッキリしたし」


僕の眼前には、ちょっと機嫌を取り戻した薫とその薫の隣には「あはは・・・」と苦笑いをしている伊織ちゃんがいる。そうか、確かこの2人はクリスマスを一緒に過ごすなんて言ってたっけ。でもまさか広場に来るとは・・・。


伊織ちゃんと薫が2人横並びで歩いていたのが、カップルにみえてしまった。薫が男っぽい所為で・・・。


「しっかし、あんた達本当にクリスマスにいろいろやってたのね」


「だってカップル許せないもん!説明すると長くなるけど僕はクリスマスにイチャつくカップルめっちゃ嫌いだよ!」


キリスト教徒でもない。日本発祥の行事でもないのにクリスマスは騒いで、節分なんかはなにも騒がない。まだイチャつかないならいいけどなんでイチャつくんだよ!


そういうの諸々合わせてクリスマスが嫌いなんだよ!


「周りみんなカップルばっかなのに、よく大きな声で言えるわね・・・」


おっと、周りなんて見えてなかったけど。どうせ僕の本音だし、聞いてもらった方がありがたい。


「それはそうと、薫はどうして僕に気づいたの?」


単純な疑問を投げかける。一回目の人は気づかずにそのまま立ち去ったけど。まあ一回目の人は足で、薫に対しては顔だったのがいけなかったのかな。


「予備知識があったからよ。あんた達がクリスマスに変なことやるっていうのを知ってたから、もしかしてって思ったの」


そういうことか。それなら教室で話すんじゃなくてこっそり総司と密会を開いた方がよかったな・・・。じゃなきゃこんな痛い思いをせずにすんだのに・・・。いや薫のことだから予備知識がなくても気づくかもしれない。なんか薫って勘良さそうだし。


「あと広場に入ってくるとき山椒魚が流れてるラジカセが置いてあったけどあれもアンタ達でしょ?」


「そうだよ。クリスマスの雰囲気をぶち壊せればいいなと思って設置したんだ」


「ちょうど「ああ寒いほどひとりぼっちだ!」のところだったの。そのセリフ、敬助が言ってるような気がしちゃって・・・」


そういえば山椒魚にはそんなセリフがあったね・・・。適当に選んだだけなのに、そんな想像されてたなんて・・・。


「けどこれで最後にしようと思ってたんだ。ちょうど最後に薫が来てくれてオチがついたよ」


「最後の人に選ばれてしまうなんてあたしも運がないわね・・・」


そんな他愛のない会話をしていた僕たちの輪の中に猛然とダッシュしている人がこちらに向かってくる。いったい何なんだ・・・?


「きゃっ!?」


そいつは顔も知らないひげ面の男だった。伊織ちゃんとぶつかって何も言わずに通り過ぎていった。ひどい野郎だ。こっちは止まってて、向こうは全力で走ってきてるんだからお前の方が確実に悪いだろ!と言いたかったがダッシュで走り去ったからもう遅いか。


「・・・わたしのバッグ・・・盗られた・・・」


「なんだって!?」


その言葉を聞いた瞬間、もう僕は走っていた。そうか、ひったくりのためにあんな勢いよく走っていたのか・・・よりにもよって伊織ちゃんのバッグを盗りやがって・・・絶対に捕まえてやる!!


とは言っても・・・距離がある。もう向こうの男も僕が追っているのにとっくに気づいている。だから男も全力で逃げている。あとは僕とあの男の運動神経と持久力と根気の勝負か・・・。


距離にすると10mくらいだろうか。その辺りに男の背中が見える。男の服装は上下にボロボロのウインドブレーカーを着ていて、動きやすそうだが、クリスマスの夜には浮いている。


男はどういう考えで逃げているのか・・・適当に逃げているのか?このまま追っても本当に持久力と根気の勝負になってしまう。何とかしてあの男を出し抜かなければいけない。


今主導権を握っているのは間違いなくボロボロウインドブレーカ男だ。獲物をゲットして10mリードしているから。その距離が一向に埋まらない。ひったくりなんてやるくらいだから体力にはそれなりに自信があるのか?


「すいません!その人ひったくりなんです!!捕まえてください!!」


僕は腹の奥底から声を出して周りの人に協力を懇願する。走りながら大声を出すのはかなり体力を消耗する。


数人の人が僕の声に反応してひったくり男を追い始めたが、男は人波を上手くかわして逃げていく。


これじゃ埒があかない。どうすればひったくり男より前に出ることができる・・・。走りながらも考える。逃げる場合どこに逃げれば正解なのか。そんな話をした気がする・・・。そうだ・・・総司との打ち合わせの時に「もし追われるようなら人の多い大通りに逃げてしまえ」なんて言ってたっけ。


これは賭けだ。もし読み間違えたら今追いかけている人たちに頼るしかない。ここからなら大通りの南側入り口が近い・・・だから僕は南側入り口まで先回りして男が来るのを待つ。せっかくクリスマスだって言うのに男を待たなきゃいけないなんて・・・まあいい、僕は悪知恵の働く総司の意見を信じる!




「待っていたよ!ひったくり男!!」


ボロボロのウインドブレーカーを着て、似合わないピンク色の手提げバッグを持った男が息を切らして、大通りの南側入り口に入って来た。何人もの追っ手を全員撒いてきたのか。


「僕は!お前を!絶対に!許さない!!」


男がいるところに全力で走る。男にはもう走って逃げる気力が残ってないようだ。その場から動こうとしない。


僕の渾身の右腕で男のみぞおちに一撃ぶち込む。男は一度くの字型になって、倒れ込んだ。


「ごめん、僕・・・力の加減がわからなかったから思いっきり殴っちゃった。だって好きな子の悲しい顔なんてみたくなかったから。いつも笑顔をみていたいから。伊織ちゃんから笑顔を奪うお前を許せなかったから!!だから悪く思わないでね。悪いのはお前なんだから」


倒れ込んで、うめき声をあげているひったくり男に対してそう言う。バッグを取り返して、伊織ちゃんが待つ広場に向かう。


僕が頼んで一緒に追っかけてくれた人がちょうど来てくれた。あとのことはその人たちにお願いして僕はすぐに伊織ちゃんのもとへ向かおう。


イルミネーションが輝く街を横目に、小走りで広場へと向かう。カップルは楽しそうに今日という日を楽しんでいるようだ。僕がやっていたこともあのひったくり男と変わらないんだな・・・と後悔する。


男だったら、好きな女の子が悲しんでいる姿なんて見たくない。




「敬助くん!」


「はい、なんとか取り返してきたよ」


伊織ちゃんは大きなツリーの前で僕を待っていた。僕が帰ってきたこと、そしてバッグが帰ってきたことに気づくと、彼女の顔が晴れやかな表情に変わったのが分かった。


「ほんっとにありがとう!わたしの不注意で・・・」


「いいじゃん。バッグはここに帰って来たんだし」


「バッグも大事だけど・・・敬助くんに貰ったクリスマスプレゼントがついてるから」


そう言われてバッグを見ると、確かに数日前に僕がプレゼントした猫のぬいぐるみがバッグにぶら下がっていた。


「本当は自分の部屋でちゃんと飾っておきたかったんだけど・・・クリスマスに敬助くんとデートしてる気分になれればいいと思って今日だけつけてたの」


彼女が何を言っているかわからない・・・けど何か凄いことを言っている気がする。


「ねぇ・・・敬助くん。顔に何かついてるよ。とってあげるから目瞑って?」


せっかく二人っきりでツリーの前にいていいシチュエーションなのに、顔になにかついてるとかかっこ悪いなぁ僕。


目を瞑って彼女がその何かをとってくれるのを待つ。いったい何がついているんだろう。彼女の吐息がすぐ近くに聞こえる気がする。それもそうだ、僕の顔についている何かをとるために顔を僕の体に近づけているんだ。


口に柔らかくて暖かいものが接触する。なんだ・・・おそるおそる目を開ける。伊織ちゃんの小さくてかわいい顔がすぐ近くにあり、僕の唇と彼女の唇がくっついていた。え・・・?


クリスマスという特別な日にツリーの前で好きな女の子とキス。そんな夢のような妄想。それが今現実のものになっている。


「目瞑って、って言ったのにー。まぁいいです。敬助くん、大好き!」


聖夜にクリスマスツリーの下で抱き合う二人。そんな当事者は今、こんなことを思っています。



まんざら、クリスマスも捨てたもんじゃないな、と。

お初にお目にかかります。燎旋と言います。


初めに、この物語で敬助や総司がやった行為はあくまでフィクションの世界で許されることなんで、まあいないとは思いますが決して現実でやってはいけません。


ところで後書きってあんまり書くことないですよね?後書き20000文字以内なんて書いてありますけど20000文字も後書き書く人いるんですかね・・・?

この物語の本編だって25000文字届かないレベルですよ。


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以上です!ありがとうございました。

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[良い点] とても初々しい青春ラブコメディでした。 クリスマスという浮き足だった街を舞台に、おバカ男子高校生の二人が暗躍する……という、王道なストーリーですが、丁寧に描写してあることで、ワクワク感とニ…
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