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思い出の場所。

 彼氏を紹介するわ。そして、あなたに一つお願いをする。

 そうしたら私にはもう未練は無い。

 ちゃんと成仏出来る気がする。


 あの人は、私を本当に好きでいてくれたのか、知りたいの。



 軽薄ナンパ男に諦めてもらう為、そして私自身ちゃんと成仏する為に、私がお願いした事。

 飽きもせず毎日のようにここに通い、私に話しかけてくるナンパ男は、私を救いたいと言ってくれた。どうやら私と交際をしたいし、助けたいし、だけど成仏して欲しくないみたいだ。そんな支離滅裂な話が通るのかしら。分からないけど、あの男については考えるだけ無駄な気がする。疲れるだけだわ。

 それにしても……と、駅の改札の方を見る。

 まさかあの人と本当に会えるなんて思ってもみなかった。

 いや、ずっと会いたいと思っていたし、だからこそこの場所で待ち続けていた訳だけど。

 不意に願いが叶うと動揺するものね。しかも何故か隣に居たナンパ男が話し掛けられるという意味の分からない事が起こったんだもの。誰だって平常では居られないわ。

 更に言うと、この場所で、という事実が尚更私を動揺させた。

 ここは、あの日待ち合わせていた場所だったからだ。

 私はここに来られなかった。

 私の全てが終わってしまった日。どうしようもない心残り。だから私は、ここでひたすらあの人を待ったのだ。

 だけどあの人は、あの日からもずっと生活が続いている。

 この場所はあの人にとってどんな意味を持つのだろう。改めて赴くような理由が、あの人にあるだろうか。

 そんな漠然とした不安は常にあった。

 二度と来ないかもしれない。

 その可能性だって充分にある。


 ……だけど、あの人は現れた。


 あの人が、ここに来た理由。

 ずっと居座り続けたこの街の様子を見ていて、そうか、と思い当たる節があった。

 水族館の取り壊しの日だったんだ。

 もしかして、それを見に来たのかな。



 当時、私はあの人とこの街にある水族館に遊びに来ていて、そこで交際を申し込まれた。正直、驚いた。

 味気なくつまらない毎日を淡々と過ごしていた私は、さぞ退屈な女に映っているだろうと思っていたからだ。まさか好意を持ってもらえているなんて予想もしていなかった。その驚きはあっという間に嬉しいという感情に変わり、私はあっさりと交際を受け入れたのだ。

「……」

 今思えばあの告白が、あの人がちゃんと気持ちを伝えてくれた最後だったかもしれない。

 あの人は硬派なのか口下手なのか、愛情表現が乏しいというか、あんまり甘い言葉を言ってくれなかった。

 私は軽薄な男は嫌いだけど、彼氏は別だ。軽々しいお世辞なんか言われたくないが、それでも可愛いと思われたいし、やっぱり直接言って欲しい。そんな女の子らしい願望を私だって持ってる。だけど日を重ねる毎に、そんな言葉を貰う事は少なくなっていった。

 それが次第に私を不安にさせ、心配にさせていった。



 ある日、水族館が閉館になる事を知った。

 あの人が私を好きだと言ってくれた、思い出の場所だ。なかなか好意を伝えてくれないからこそ、あの告白は鮮明に覚えているし、私にとって何よりも大切な記憶となっていた。

 その水族館が無くなってしまう。

 それは何故か、思い出も失ってしまうような恐怖に感じた。そんな事ないのに、何もかも無かった事になりそうな気がしたのだ。

 だから私達は、閉館の日にまた行こうと約束した。

 そして私は計画していた。あの人が告白をしてくれたあの場所で、今度は私から好意を精一杯伝えようと。あの人の本当の気持ちをちゃんと確認しようと。

 それくらいその日のデートには大切な意味があったのに。

「……何してんだろ、私は」

 私は交通事故に遭った。

 どういう状況だったとか誰が悪かったかなんて話は覚えてない。気付いたら病院で、ベッドに横たわってる私を私が見下ろしてる状態だった。幽霊になっていたのだ。

 自由に動ける事を知って、すぐに待ち合わせの場所に向かった。だけど約束の時間からだいぶ過ぎてしまっていて、当然と言えば当然だけど、深夜の駅前には誰も居なかった。

 あの人はどうしただろう。すっぽかした私に愛想が尽きて、怒って帰ってしまったかな。

 悲しい。謝る事も出来ない。

 そこでふと思った。あの人に私のこの状況を伝える手段はあるのだろうか。共通の友人も居ないし、私が死んでしまった事を知らないままなんじゃないだろうか。

 ある日突然音信不通になった女……。そんな感じになってるかもしれない。それは困る。あの人の中で嫌な女になったまま、終わってしまうじゃないか。

「会いに行こうとは、しなかったの?」

 ナンパ男にそう聞かれた時、実は少し嘘をついた。

 本当は恐かったのだ。だから行けなかった。

 もう私の事なんて忘れているかもしれない。

 あの人の隣に別の女性が居るかもしれない。

 そう思うと、恐くて会いに行けなかった。

 それが、私がここで待ち続ける本当の理由なのかもしれない。

 私から会いに行けないから、この約束の場所に、あの人の方から来てくれるのを期待して、待っている。

 そんな卑怯な理由なのだ。私は臆病だから。

 ……あの人がここに来た理由を知りたい。

 水族館の取り壊しが理由?

 それはつまり、私の事を覚えているという事?

 私をどう思っていたの? 今はどう思っているの?

 聞きたい。でも聞けない。だって私は幽霊だから。

 ここに居るのに、見てもらえない。

 何故か、よく分からない軽薄ナンパ男には認識された。

 だからお願いした。

 私の代わりに聞いて欲しい。

 あの人に、本当の気持ちをーーー。


「……………………あら?」


 ふと気付く。そういえば、あのナンパ男はどうしたのかしら。

 あの人に再会した日から一度も来ていない気がする。

 あれほど私に執着していたのに、私の状況に面倒臭くなって逃げたのかしら。

 まぁ来ない事に全然問題は無いんだけど、お願いをした途端に顔を見せなくなるというのは、少々勝手が過ぎるわね。

 荷が重いと感じたのなら、せいぜい一言断ってから居なくなればいいのに。

 それとも何か、来れない事情でも……。

「……」

 まさか、事故に遭ったりなんかしてないわよね。

 いやいや、その展開は流石に笑えないわ。でも自分がそうであった以上、絶対無いとは言い切れない。

 不本意にも交流を持ってしまった手前、その身を案じてしまう。

 今日は久しぶりに天気が良い。天気が良いと気分も良くなる。こんな日くらい、ナンパ男のくだらない雑談に付き合ってあげてもいい。

 だから後味の悪い去り方だけはしないで欲しい。

 自分の事を棚に上げて、そんならしくない事を考えていた時。

「やぁ。久しぶり」

 あっさりと現れた。相変わらず馴れ馴れしい笑顔で。

 変に心配してた分、なんだかいつもよりイラッとした。

 どうしてこの男は、現れるタイミングすら癇に障るのだろう。

「前にも言ったけど、当然の様に隣に座らないでくれる? 私が待ってるのはあなたじゃないのよ」

「でも僕は君に会いに来たんだ」

 相変わらず話が通じないわ。この精神力には脱帽せざるを得ない。

「2、3日ここに来れなかったから不安だった。居なくなってるんじゃないかって。でも良かった、居てくれて」

「別にあなたの為に居るわけじゃないわ」

「それにしても君はやっぱり綺麗で素敵だ。数日離れて改めて思った。いまだに僕は少し緊張するよ」

 淀みなく流暢に褒めてくるナンパ男。今までの言動から、お世辞では無く本心であろう事はなんとなく分かる。綺麗のハードルが低いんだろうな。そう評価される事に悪い気はしないけど、特にときめいたりしない。

 あの人から欲しかった言葉を、この男からこうも簡単に貰ってしまうのは複雑だ。

「ところでさ」

 不意にナンパ男が立ち上がり、掴めないと分かっている手を差し伸べて、満面の笑顔でこう言った。

「一緒にカラオケに行かない?」



「……………」

 なるほど、考えたわね。

 幽霊と会話が出来るなら、食事は無理でもカラオケなら出来るか。

 うっかり、一瞬の気の迷いで付いて来てしまった。

 天気が良かったせいね。あの人に会えた事で一つの達成感を得てしまったのも要因かもしれない。

 同じ毎日にちょっと飽きていたのもあるかしら。

 男は端末を操作して、曲を色々調べている。

 そういえばこの男、音楽サークルに入っているとか以前言っていたかしら。何か歌に自信があるとか?

 死んでしまってからそんな娯楽とは皆無だったから、まぁたまにはこんな日があってもいいか。

 そんな風に思ってしまっていた。

 すると、その時。

 私達が居る部屋のドアが開いて、誰かが入って来た。

 その姿を見て、息を飲む。

 頭がカァっと熱くなり、汗が一気に噴き出すのを感じた。

 その人は部屋を見渡して、けれど私と目が合う事は無いまま、呟く様に言ったのだ。


「ここに、居るのか……? 彼女が」


 私の、彼氏だった。

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