出会い。
僕は彼女が好きだ。
彼女と呼んだが別に付き合ってるわけではない。恐らく彼女には僕の名前も知ってもらえてないだろう。当然だ。そんな話に発展する事なく会話は終わってしまったのだ。
彼女とはとある駅前で出会った。そこは普段降りる機会の無い駅で、前日サークルの先輩に安い楽器屋の情報を聞いていなかったら、恐らく今後も降りる事は無かったと思う。
彼女は駅前ロータリーの花壇に腰掛けて、ぼんやりと駅の方を眺めていた。
人通りが激しく、大勢の人混みに紛れながらも、彼女の存在は強くはっきりとしていた。思わず立ち止まって見惚れてしまったほどだ。綺麗で可愛いだけじゃない。彼女の放つ存在感は一瞬で僕を射止めてしまった。なぜ他の誰もが彼女を意識しないのだろうか。
僕はきっと、自称になってしまうが軽い男ではないと思う。いや、決してない。今までナンパみたいな事はしたこともないし、学校でも女の子と気軽に話せるようなスキルは持ち合わせていない。小学生の時に好きになった女の子には、結局想いを伝えられないまま、中学生になって疎遠になってしまった。その後の片思いも、稀に成就はすれど短命に終わっている。大抵の場合の振られ文句は「楽しくない」であった。
だけどこの時ばかりは違った。すっかり内気になった僕も、思わず声をかけずにはいられなかった。この出会いは絶対に逃がしたくないと思ったのだ。錆びついていた僕の中の何かしらの回路が、正常な思考を阻害するほどの全力稼働を見せた。
「こんにちは」
僕自身が信じられない。こんなに積極的に動けるなんて。そしてすぐに彼女にどう思われるのかが不安になった。挽回したい。普段の僕はこんなに軽い男ではないのだと。まぁそんな言葉に説得力は皆無なんだけど。
彼女は恐ろしく冷たい目つきで僕を睨んだ。ナンパ男に対する嫌悪だろうか。悲しいほどにその気持ちは理解出来た。だけど不思議とその時の僕は負けなかった。何しろ回路がおかしくなっていたのだ。
彼女の返答は想像通り拒絶一点張りで、結局のところロクに会話も出来ずに僕は退散したのだった。それでも彼女の凛とした、まるで金属のような綺麗な声を聞けたのは僥倖だったし、本当に些細だけど関わりを持てた事は嬉しかった。
僕は彼女がどうしようもなく好きになってしまっていた。あの落ち着いた物腰も、端整な顔立ちも、それでいて冷淡な表情も素っ気ない態度も。何もかもが僕の心に深く刻まれてしまった。
もしも人生が運命的に決まっているのなら、僕が今まで行ってきた無数の選択は、全て彼女と出会うためにあったのかもしれないと本気で思っている。あの日あの場所に足を運んだ僕を、持てる全てで誉めてやりたい。
彼女とお近づきになりたい。特別な関係になりたい。彼女ともっともっと一緒にいたい。そのためならどんな事でもしよう。ありったけの情熱を注いでやろう。
だから彼女が最後に放った、恐らくは彼女が切り札にしていた決定的な一言も、僕にとっては全く関係の無いどうだっていい事実の一つなのだ。
彼女は最後にこう言った。
「私、幽霊だから」