調査 参
「あー、参った」
閑静な住宅街に聖の呟きが響く。
「今日も無駄骨かぁ」
二人目以降の被害者達は、紫条のどんな真摯な説得にも耳を貸さず、決して聖に会おうとはしなかった。被害者たちの心情は分かるが、これでは捜査は進まない。
だから、会いに来てくれないのなら自分から出向くとばかりに、聖は根気強く一人一人の自宅を回っていた。だが、今のところ成果は全く現れてはいない。初日の不手際を反省し、あれ以来、凛は調査に同行させていない。
男一人での被害者宅の訪問。
その所為もあるのだろうか、どんなに聖が頼んでも、家族から門前払いを喰らうだけで、被害者の少女達との面談は只の一度も叶わずにいる。
凛以外の、警察に届けの出ている被害者は五人。
一人は先日会った、気丈な少女。三人は休養という名目で別宅に避難している。最後の一人は事件の後、いくらもしない内に自殺したという。
「酷いな」
呟きは、進展の無い調査に対するものではない。
頑なな少女達の態度、冷たい家族の対応、その全てが事件が被害者に残した爪痕を如実に表している様で、聖の心を苛立たせた。
聖とて進展のない調査に、ただ手をこまねいている訳ではない。被害者宅をまわるのと平行して、聖は深川、浅草、下谷、京橋、麻布、牛込、本郷、四谷等の貧民街にも足を運んでいた。其処では職にあぶれた男、連れ合いを亡くした女、両親のいない子供、そして隠れて生活しなければいけない訳ありの人間が、雨露をしのぐだけの薄汚れた木賃宿や、頭がつかえそうな程に天井の低い貸部屋に数多く住んでいる。
其処は真偽は兎も角、ありとあらゆる情報が手に入る場所でもある。しかし、其処でもやはり手がかりはつかめなかった。
「こんな時」
こんな時、義文や関口ならば口先三寸で警察に資料提供を求めただろうか。警察も苦い顔をしつつも、その申し出を受けただろうか。
しかし、今の聖にそれは出来ない。
「意地を張ってる場合じゃないか」
『あの子に頼む気は無いか?』
紫条の言葉が耳に甦る。
「関口糖子か」
今、此処で聖が関口に助けを求めれば、あの日凛が救われた様に、被害者達も救われるのだろうか。
「役には立つ。それは確かだ」
紫条の云うように、能力だけを利用すればいい。全てを仕事と割り切って協力要請をすればいい。関口は何だかんだと文句を言いつつも、聖の頼みを断りはしないだろう。
「だが俺は」
問題は聖の中だけにある。
結局、聖は今の関口を直視したくないのだ。関口が見る影も無い程に変わってしまっているのなら、まだ耐えられた。だが、変わっていない部分がある事が、更に聖を苦しめる。
聖は未だ、あの頃の関口に囚われているのだ。
「俺はどうすればいいんだ」
凛の依頼。
被害者の救済。
そして自身の確執。
三つ巴の事柄のどれを優先するべきか。呟きに答えられる者は此処にはいない。
「畜生っ」
明確な答えが出せないまま、聖は無意識に関口の店へと足を進めていた。