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螺旋迷宮 標的はひとり  作者: 葉月
1/13

調査開始

2014・9・3から改訂作業を進めています。

少しでも読みやすくなっていれば嬉しいです。

【 序章 】


 それは、夕暮れ時を少しだけ過ぎた時刻。夕闇が迫る下町の裏路地を、小さな影が歩いていた。影の正体は年若い少女。それも街灯一つない、薄暗い夜道を歩くには相応しくない、まだ一五、六才の女学生だった。少女はまるで自分の影に怯える様に、明かりを避け、びくびくと歩いている。

 その訳を、少女の姿を目にした者ならばすぐに理解するだろう。彼女の顔色は青を通り越して真っ白。少女らしく短く切り揃えられた髪は乱れ、全身泥にまみれていた。手足はおろか頬や額にも蚯蚓腫れの様な擦り傷ができて、赤い血が滲んでいる。

 いたいけな姿は、その身に何が起こったかを如実に表していた。

「気の毒に」心ある者ならばそう言って同情するだろうか。

「命だけでも助かって良かった」そう言って慰めるだろうか。

 だが今、此処に居るのは少女1人。優しい声を掛けてもらう事もなく、暖かい手を差し伸べてもらう事も無い。少女はただ怯えながら、ただひたすらに歩き続けるしかなかった。今のそれは彼女にとって、或いは救いだったんかもしれないが。

 今、彼女が求めているのは見知らぬ他人の同情でも慰めでもない。彼女が求めるのは自分を暖かく抱き締めてくれる筈の家族だけだったのだから。


 昭和一三年 まだ冬の明けきらぬ時期。その頃、東京の街は深い暗闇で覆われていた。昨年の初冬から、突如として十代の少女ばかりを狙う猟奇事件が頻発していたのだ。標的となった少女達には、年齢、性別以外の共通点はみられない。それゆえ帝都に住む十代の少女達は、こぞって外出を控え、災厄がいつなんどき己の身に降りかかるか分からない、そんな不安と恐怖に怯えていた。

 最初の犠牲者が出てから数カ月。

 警察の必死の捜査を嘲うかの様に犠牲者は増え続け、既に五人の少女がその毒牙に掛かっていた。犯人逮捕はおろか、僅かな手がかりさえ掴めない。警察にとっても、市民にとっても、手詰まりの日々が無情に過ぎる。

 丁度そんな頃だった。一人の少女が、とある探偵事務所の扉を叩こうとしていたのは。


【 螺旋迷宮 】


「兄さん……」

 薄暗い寝室に弱々しい声が響く。

「……どうして」

 少年は夢を見ていた。酷く悲しい儚い夢を。

「……あ……」

 やがて、自分だけがずっと抱えている、凍えるような寒さの中で少年は目を覚ました。まだあどけなさの残る顔が青ざめ、少しだけ日焼けした肌に冷や汗が浮いている。見開いた瞳は何を映しているのか、呆然と前だけを見つめていた。

「またか」

 この呟きも又、いつもの事。

「馬鹿だな、俺は」

 胸が苦しい、目頭が熱い、鼻の奥がツンと痛い。

「ただの夢なのに」

 無意識の中で触れた先、頬が冷たく濡れていた。

「こんな……」

 これは悲しみの涙か、苦しみの汗か。もしも、こんなところを兄が見たら、弱虫だと笑うだろうか。それとも慰めてくれるだろうか。

「聖さん。起きていらっしゃいますか」

 暫し暗い想いに囚われていた聖は、寝室の扉をノックする乾いた音と、途惑いながらも自分を呼ぶ声を聞いてはっと我に返った。

「美桜か……」

 ああ、そうだ。今、此処にいるのは自分一人ではない。こんな情けない姿を、心配性の声の主に見せるわけにはいかない。笠原聖かさはらひじりは意識して深く息を吸い、そして吐き出す。それを何度も繰り返し無理矢理に気持ちを落ち着けると、平静を装いながら返事をした。

「ああ、起きている。何だい美桜」

 思った以上に冷静な声が出せたことに聖は安堵する。

「おはようございます」

「おはよう」

 開かれた扉から見慣れた藍の着物が見えた。遠慮がちに小さく声を掛けて、そっと寝室へ入ってきたのは、聖の秘書である井原美桜いはらみおだ。

「すみません、起こしてしまって。そろそろお約束の方がいらっしゃいますので」

「もうそんな時間か」

「はい」

 ああ、そういえば。今日は珍しく朝から仕事が入っているのだ。壁の時計に目をやれば、依頼人が来るまでの猶予は後三十分もない。

「大丈夫ですか? ご気分が優れないのであれば、予約を変更する事も出来ますが?」

「いや大丈夫だ」

 化粧けのない、清楚で色白な優しい美桜の顔が心配そうに歪んでいるのを見て、咄嗟に瞳に浮かんだ涙を拭う。完全には吹っ切れはしない。夢の残像はまだ聖を傷つける。だが、今は平気な振りをしよう。

「心配させて悪かった」

 役職を越えて自分の身を案じてくれる優しい美桜。聖は彼女を不安にさせた事を心から詫びた。

「珈琲を頼む。いつもの砂糖とミルクをたっぷり入れたやつを」

 聖は無理矢理とびきりの笑みを浮かべ、精神安定剤代わりに毎朝欠かさず飲むお気に入りの珈琲を頼む。

「はい」

 そんないつも通りの言葉に安心したのか、美桜もやっと普段と同じ笑顔を見せた。


「さむっ」

 雪が降っていないのが奇跡的に思える程に、寒い冬の午後。だが、日当たりの良すぎる、しかも美桜の心遣いの行き届いた事務所は聖の寝室とは別世界のように暖かいはずだ。だが今の聖にそんな温かさを感じる事は出来ない。『心が凍えているからじゃないの?』そんな戯言を言ったのはいったい誰だっただろう。

「感じたいとは思ってるんだけどな」

 自分ではどうしようもないんだ。申し訳なさをそんな言い訳で隠して、聖は応接室に足をすすめた。

「こちらへどうぞ」

 部屋では丁度、美桜が笑顔で依頼人を迎えている所だった。今日の依頼人は十代の少女。

 年には似合わない、暖かそうで豪奢なコートに身を包んでいる。側についている青年が、着古されたジャケット一枚だけを着ているのとは正に対照的。不似合いの二人を御座なりに見やりながら、聖は殊更ゆっくりと自分の定位置である探偵事務所所長の席へと着いた。

 笠原探偵事務所。ここは半年前から聖の仕事場になった場所。

 元々は、聖の兄である笠原義文かさはらよしふみの事務所だったのだが、義文は一年前、何の前触れもなくこの場から失踪してしまったのだ。その後、兄の失踪の手掛かりを得る為に、そして兄の意思を継ぐ為に、聖は兄と同じ探偵になる道を選んだ。高い競争率を勝ち抜き入ったばかりの高校を周囲の反対を押し切って中退してまで。


    ★


「お待たせしました」

 短く切りそろえた茶色い髪が、未だに引かない冷や汗で額に張り付いている。煩わしさに少し眉を顰めながら、自分の黒い瞳が濡れていない事だけを確認する。

「……」

 そんな聖を見つめるのは事務所の所員二人。一人は勿論、井原美桜。もう一人は紫条忠しじょうただし

 二人は元々、義文と共に事務所を切り盛りしていた義文の友人だが、義文の失踪後も変わらず聖に力を貸してくれる、彼にとってはかけがえの無い、頼りになる仲間達。仲間の視線と依頼人の視線。そのどちらもを受け止めて、聖は目の前のソファに座る依頼人達に飛び切りの笑顔をみせた。

「ようこそ、笠原探偵事務所へ」

 瞳の隅に紫条がそっと頷く姿が映る。

 この事務所へとやって来るのは皆、まだまだ知名度の低い探偵に縋りつかなければならない程の悩みを抱えた人間達。そんな人達に対して、少しでも不安と緊張を解す為に必ず初めは笑いかける。それが世間知らずだった聖が、紫条に叩き込まれた最初の処世術だった。

「私が所長代理の笠原聖です」

 紫条の後押しを受け聖が挨拶をする。その姿に依頼人達は驚いた様に顔を見合わせた。

「何か疑問がありますか?」

 呆気にとられたその表情は、事務所の面々にとってはもう既に見慣れた光景。聖も側で控えている紫条も美桜もただ苦笑するしかない。

「すみません。あの、貴方が本当に?」

 二人のうち、人の良さそうな青年が、しどろもどろに言葉を捜す。

「予想以上に若いから不安ですか?」

 それに助け舟を出す様に、聖は笑みを浮かべたまま言葉を掛けた。

「……ええ」

 青年と少女は顔を見合わせたまま同時に頷いた。

「つい、探偵小説に出てくる様な方を想像してしまいまして」

「ははっ」

 探偵が貴方のような子供とは。決まり悪げに、しかし思いの外素直にそう言った青年。その瞬間、耐え切れず声を上げて笑ったのは紫条だ。

「……気にしないで下さい」

「でも、あの」

 紫条の隠そうともしない笑いに、青年がますます焦っているのが分かる。

「良いんです」

 少しだけ聖の口調が低められた。依頼人の言葉にではなく、紫条の態度に面白くないものを感じる。だが、これは聖が所長代理の地位についてから、何度も何度も繰り返された光景だ。今更、気にしても仕方が無い。

「本当に大丈夫です。慣れていますから」

「すみません」

「ごめんなさい」

 いたたまれなくなったのか。青年と隣に座る少女が、頭を下げてほぼ同時に詫びの言葉を口にした。

「本当に」

 綺麗な顔立ちの少女だった。そしてきっと、自分でも其れを知っているのだろう。所作の端々に見受けられる自信に溢れた態度がそれを物語っていた。そんな少女に心から謝罪され、機嫌を損ねる男はいない。勿論、聖も例外ではない。

「気にしないで下さい」

 言葉と共に浮かべた笑みは、営業用以上の意味を持って少女へと贈られた。

「そんな事よりも、御用件をうかがいたいですね。天津凛あまつりんさん」

「まあっ」

 聖の言葉に、凛の大きな瞳が更に大きくまん丸に開かれる。

「何故、私の名前を?」

 驚きに身を起こした拍子に、凛の綺麗に切り揃えられたおかっぱの髪が肩口で揺れた。

「他人に素性を知れれたくないと言うのであれば、身嗜みには気をつけたほうが良い」

「身嗜み?」

「そう、貴女は迂闊すぎますよ。探偵相手なら尚の事です」

「どういう事ですか?」

 不躾な言葉の数々に気を悪くしたのか、凛は眉を寄せ声を潜めた。だが聖はそんな態度は気にしないとばかりに淀みなく続ける。

「まずその制服。それは斉城学園のものですよね。良家のご息女のみが入学出来るという」

 海軍の軍服に影響を受けたといわれる、大きな襟の付いた上着と白いスカーフ。それに襞つきのスカートという組み合わせは、知らぬ者のほうが少ない、有名高等女学校の制服だ。

「それに貴女の指に光る指輪」

「指輪?」

「見覚えがあります」

「……」

「私はそれを、天津家の血筋に代々伝わる物だと認識しています。違いますか?」

「……」

「そうだとしたら、貴女の正体は一つです」

 その指輪を持つ者は、聖の知る限り日本で只一人。男爵天津家の一人娘・天津凛だけである。

「……その通りです。隠すつもりはありませんでしたが」

 すみません。そう謝る凛に、聖は気にしていないと云う様に首を振る。

「私の名前は天津凛。そしてこちらは如月克哉きさらぎかつや。天津家の書生です」

 凛の言葉を受けて、彼女に付き添っていた青年が無言で会釈をした。言われてみれば男の様子は大人しく人当たりの良い、まさに天津家の理想の書生といった風情だ。

「探偵さんに、ご依頼したい事があります」

「お伺いしましょう」

「今、この街を脅かしている暴徒を、探偵さんの手で捕まえていただきたいんです。お願いできますか」

 上目遣いで縋るように見つめる瞳を見ただけで、普通の男なら一も二も無く凛の願いを聞くだろう。しかし、聖は違う。

「ほう」

 その依頼内容は彼にとって、俄かには頷けないものだった。

「暴徒。それは連続少女暴行魔の事と考えてよろしいのでしょうか?」

「今のこの街に、彼以上の暴徒がいるとでも?」

 凛は聡明な瞳で聖を真っ直ぐ見つめ言い切った。

「確かに。しかし何故貴女が依頼を?。それは警察に任せておけばいい事ではないですか」

「お嬢様は、」

「確かにっ」

 如月が口を挿もうとするのを、聖が言葉を被せて止める。

「連続少女暴行魔に対して、貴女は身の危険を感じていらっしゃるのかもしれない。だが、犯人探しなどしなくとも、貴女なら身を守る手段などいくらでも考えられる筈だ。例えば、今のように常に彼に傍に居てもらうとか。探偵を使い、暴徒を見つけるなど、いくら金が余っているとはいえ、天津家が身銭を切ってやる事では無いのではありませんか? お嬢様の暇潰しだとしても、あまり行儀のよろしい趣味とは思えませんね」

 少し意地の悪い表現を選び語りながら、聖は視線を横に流した。視線の先に居るのは、助手である紫条忠。

 長身痩躯の端正な顔立ちの男。年齢は二十代後半だが、軽く癖のかかった柔らかい髪と、意外に人なつっこい笑顔が、彼を年よりも若々しく見せていた。紫条は助手とはいえ、聖よりも年長で探偵としての経験も長く、その洞察力、行動力は義文でさえ一目置いていた。今は影になり日向になり、常に聖を助けてくれている優秀な男だ。

もし依頼人に対する聖の態度が、度を越して失礼に当たる時は紫条が止めてくれる。

「……」

 紫条は聖の視線に気付くと、了解を示す様に少しだけ口元を緩め頷いた。紫条に止められないのであれば、遠慮は要らない。

「それとも、何か理由がある?」

 聖は真っ直ぐに凛と視線を合わせ、質問を続けた。

「理由があるとすれば、それは何ですか?」

「答えなければ、依頼は受けてもらえませんか?」

「ええ。その通りです」

 聖は畳み込む様に言葉を投げ掛ける。

「私は暇潰しの玩具になるのも、何も知らずに道具になるのも、御免ですからね」

「そうですか」

「ええ」

「……父の」

 暫しの沈黙。

「父の命令なんです」

 聖の言葉に何を思ったのか、凛がポツリと言葉を洩らした。

「御父上。天津男爵ですか」

「はい」

「それは…」

「ですから勿論、お金なら父が…」

 聖の無言をどう解釈したのか。突然、理由ではなく報酬の話をする凛を聖が遮る。

「いや、ならば尚の事」

 実を言えば、美しく聡明で、尚且つ財閥の御令嬢である凛を目の前にして、聖は半年前に初めての依頼人を迎えた時以上に緊張していた。

「俺は依頼内容は依頼人から直接聞く事にしている。そして俺の考える依頼人は金を払う人間だ」

 だが聖の男としての自尊心も、探偵としての自尊心も動揺を表に出すのを良しとはしない。それを隠す為に、ついはったりの一つもかましたくなる。

「あんたは依頼人じゃない。俺を雇いたいのなら、此処に父親を連れてくるんだなっ」

「!!」

 聖の怒声は必要以上にきつめに部屋に響いた。凛が驚いた様に目を見開いている。

「まあっ」

 しかし怯えて泣き出すか、それとも屈辱に怒りだすかと思った彼女は、大方の予想に反して次の瞬間、大声で笑い出していた。

「なんて素敵」

 その笑い声は本当に楽しそうで、聖も側で見守っていた紫条も言葉を挟む事も出来ない。

「分かりました。依頼料は必ず私がお支払します。理由もお話します。ですから私の依頼を受けて下さい」

「お嬢様っ」

 意外な言葉に驚き制止しようとした如月を、凛は完全に無視した。

「それでも駄目ですか?」

「それは」

 笑いと共に何かを吹っ切ったような凛の態度。それに今度は聖が押されていく。

「先に1つ質問させて下さい」

「何ですか?」

「貴女は、見ず知らずの少女達の為に、自分の金を使うんですか?」

「いけませんか?」

「……もう一つ。さっきも言いましたが、探偵などではなくて警察に任せようとは思いませんか?」

「思いません。警察には任せられません」

「何故?」

「それは」

「お嬢様、それ以上は」

 咄嗟に如月が発した鋭い制止。それは書生がお嬢様に掛ける言葉としては、不似合いな程の大声だった。

「いいのよ」

「ですが」

「いいの。別に隠しておく事でもないわ」

 二人の間だけで交わされる会話。それに口を挿む事無く聖はただ待つ。

「分かりました。お嬢様に従います」

「ありがとう。如月」

 結論は付いた。凛は佇まいを整え、聖と向き合った。

「今、街を脅かしている連続少女暴行魔……」

 話し始めた凛の表情が、少しだけ苦いものに変わる。

「その犯人は多分……半年前に私を襲った男と同一人物です」

 衝撃の告白。だがその声に、緊張はあっても怯えはない。

「警察は私の身に起こった出来事を知りません。父は……いいえ私は自分の手で犯人を捕まえたいと考えています」

 きっぱりと言い切った凛に、今度は聖と紫条の瞳が驚きに見開かれた。

「私には探偵さんの他に、頼れる人がいないんです」

「……嘘だろ」

 誰にも聴かれない様に小さく呟く。聖には咄嗟に凛の話をどう扱ったらいいのかわからなかった。否、本当はわかっている。この場で聖のやるべき事は一つ。凛と如月を連れて、顔見知りのいる警察署に行けば良いのだ。天津の名だけでなく、笠原の名もあれば、警察でもそう邪険にされはしないだろう。

「協力していただけませんか?」

 しかし、にこりと微笑む凛の表情に聖と紫条は引き込まれた。

「あんた」

 二人の不躾な視線に晒されても凛の笑みは消えない。姿勢を正して、真っ直ぐに二人を見つめる。それはまさに名は体を表す凛とした態度だった。

「いや、貴女は」

 一年前までこの事務所を背負っていた義文の胸には正義の炎が燃えていた。極悪非道の犯罪者、法の目を掻い潜る悪党共。そいつら身を探し、罪を暴き出す。全てを白日の元に晒す。それが義文の考える彼の使命だった。

「そうだな。兄さん」

 そして今、この事務所を継いだ聖にも同じ正義の血が流れている。そうでなければ、それまで進んでいた平穏な人生を投げ打ってまで、今の生活を選んだりはしない。

「分かりました」

「引き受けて下さるんですかっ」

「はい」

 期待に身を乗り出す凛に、にっこりと聖は笑みを向ける。

「ご依頼、『笠原探偵事務所』が確かにお受けいたします」

「ありがとうございます」

 二人視線を合わせ微笑みあう。

 探偵という職業は他人の隠された秘密を暴き立てるという点で非常に神経を使う必要がある。だからこそ聖は、探偵になってから自分が相手に好感を持たれているか、不信感を持たれているかが分かるようになった。どうやら聖は天津凛に好かれたらしい。そして聖も又、彼女の態度に好感をもった。それは聖にとって、この仕事を引き受ける充分すぎる理由になる。


「さーて、何処から探そう」

「そうだな、まずは情報収集か」

 凛と如月が探偵社を後にすると直ぐに、聖と紫条は捜査会議を開始した。

何しろ二人はこれから警察が束になっても探し出せない犯人を、たった二人で探しださなければいけない。それは決して簡単な事ではないのだ。大体現実的に考えて、警察の捜査でも割り出せない刑事事件の犯人を、たった二人の探偵が見つけ出す事など不可能だ。所詮、人探しは人海戦術と人脈がモノを云う。そして、実を言えば、コレは今まで犬猫探し位しかした事の無かった聖が手掛ける初めての『刑事事件捜査』でもある。

「よし、やるかっ」

 しかし、今の聖には依頼を完遂する自信があった。この依頼は相手にとって不足は無い。沸き立つ闘志を胸に、聖は行動を開始した。


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