ウィークエンドバトル
昴の誕生日から一週間後。
ようやく蒼星の操縦にも慣れてきた頃、フレイヤがこんな提案をしてきた。
「ウィークエンドバトル?」
「そう。週末にセントラルの競技場で行われるウィークエンドバトル! 一緒に参加しない?」
「うーん……」
毎日どちらかの教室に出向くと時間のロスが大きいので、ここ数日は中央広場で昼食を摂ることにした二人である。
ベンチに座って昴はお弁当を、フレイヤは売店で購入した焼きそばパンを頬張っている。
昴は口の中をもぐもぐさせながら、渡されたウィークエンドバトルのチラシを見ている。
ウィークエンドバトル。
プロ・アマ問わずのセイクリッドバトル。
勝ち抜き戦ではなく、一試合ずつの形式で、観客はそれぞれの機体に持ち金を賭けていく。
勝利した場合のみ、賭けられた金額の十パーセントをファイトマネーとして受け取る事が出来る。
敗北した場合のファイトマネーはゼロ。
維持費のかかるセイクリッド・プレイヤーにとっては貴重な収入源であり、プロ・アマ問わず参加者の多いイベントとして有名である。
「って、ギャンブルじゃんっ!」
チラシを読み終えた昴の第一声はそれだった。
「まあね~」
しかしフレイヤの反応は飄々としたものである。
中学生がギャンブルに関わることに対して少しの抵抗も感じていないらしい。
「駄目だよ! ギャンブルなんかに手を出したらママに怒られるー!」
娘を健全に育てようとしている北斗にとっては容認しがたいイベントだろう。
「大丈夫。十八歳未満は賭け手には回れないから!」
「そういう問題かなあ!?」
「そういう問題です!」
「んー。帰ってママに相談してみるよ……」
という感じでこの日は別れた。
そして帰宅後、夕食の席にて――
「いいわよ~」
と、あっさり了承の返事がもらえた。
「い、いいの?」
それはもう昴が首を傾げるぐらいにあっさりとしたものだった。
「賭け側に回るのはもちろん御法度だけど、バトルに参加する分には健全だからね~。むしろ実戦経験も積めて丁度いいんじゃないかしら?」
「なるほど。ママがそう言ってくれて安心したよ」
これで参加表明が出来る。
フレイヤがかなり乗り気だったのでここで昴が参加できないというのは心苦しかったのだ。
「ママだってあんまり堅いことを言うつもりはないけどね。総合競技大会の出場を目指してるんだったらやっぱりいきなりは不味いだろうし、それなりに実戦経験は必要かなって思って」
「やっぱり総合競技大会の出場選手は強いかな?」
「ん~。どうだろうね。ママは第一回に出たきりであとは参加してないからな~。今の選手が正直どれぐらいのレベルに育っているのかっていうのは分かんないかも」
「……ママはもう現役に戻るつもりはないの?」
「さすがにそんな歳じゃないしねぇ。ああいう拍手喝采名誉云々は若者に背負って貰わないと」
「ママは十分若いと思うよ」
刻桐北斗、二十九歳。
現役のセイクリッド・プレイヤーの最高年齢が四十三歳であることを考慮すると、十分に若い世代と言える。
昴と同じく童顔なので、外見年齢も下手をするとまだ十代後半で通じてしまうという恐ろしい有様だ。
昴は物心ついたころからこの母親が外見的に歳を取っているとうい実感がまるで湧かない。
若さの秘訣を是非知りたいという同世代はかなり多いだろう。
昴は自身の童顔は母親譲りだと確信している。
「あんまり目立つと厄介事を引き起こす可能性があるからほどほどにね」
「ん。分かってる」
「そこを理解してくれているならママから言うことは何もありません」
「えへへ」
「あ、勝ったらスイーツのお土産よろしく。ファイトマネー出るでしょ?」
「……出るねぇ」
たまにはママ孝行をしろというアピールだろうか。
まあファイトマネーが出れば断る理由もないので頷いておく。
こんな感じで昴のウィークエンドバトル参加が決まったのだった。
「んー……」
部屋に戻った昴は課題を済ませてからベッドに寝転がる。
予習復習はしない主義で、授業をしっかり聞くことによって成績を維持しているので勉強時間は比較的少ない。
それでも中の上レベルは維持しているので大したものだと言えるだろう。
普通科目の成績は平均レベルだが、シーリオの影響もあって機械系の成績は抜群に伸びている。
将来的には蒼星のメンテナンスを自分で出来るようになり、そして自分だけのセイクリッドを組み上げてみたいというのが目標である。
もちろん蒼星は素晴らしい機体だが、それとこれとは話が別である。
昴はセイクリッドで戦うのも好きだし、セイクリッドを弄るのも大好きなのだ。
いつかはどちらかを選ばなければならないのかもしれない。
だけどその時が来るまでは欲張って両方を目指したいのだ。
だって自分は刻桐昴なのだから。
シーリオ・コンディッドと、刻桐北斗の娘なのだから。
二人がいる場所を目指したいと願うのはごく自然なことであり、それを諦めることは許容できないことなのだ。
「まあ、セイクリッド開発に関しては長い目で見るとして、まず最初の目標はママに追いつくことだよね」
昴は寝返りをうちながら北斗について思いを馳せる。
刻桐北斗。
シーリオ・コンディッドの幼馴染みであり、二十年前からセイクリッド開発に協力していた基礎設計者の一人。
僅か九歳にして世界初のセイクリッド『黒翼』の専属操縦者としてあらゆる戦いをこなしてきた最強の戦士。
巨大テロ組織の単独壊滅。
巨大質量隕石の破壊。
セイクリッド総合競技の初代覇者。
セイクリッドの軍事運用における戦技指導。
セイクリッドが公式発表され、一般に出回るようになってからの北斗は常に黒翼と共に戦い続けていた。
わずか九歳の少女が大国の軍も手出しできなかった巨大テロ組織を壊滅させ、巨大隕石を破壊して世界を救い、次々と伝説を打ち立てていった。
北斗が十五歳になる頃には名実ともに黒翼こそが世界最強と呼ばれるようになっていた。
『黒翼』の名前は世界中に知れ渡っているが、刻桐北斗の名前はそれらに関わったごく一部の者にしか知られていない。
黒翼の操縦者についてはそのまま『ブラック・ウィング』というコードネームで呼ばれている。
セイクリッドに関わる者の中で『黒翼』と『ブラック・ウィング』の名前を知らない者は一人もいないだろう。
たとえ刻桐北斗という名前を知らない者が多くとも。
現在は表舞台から姿を消し、宇宙開発の方に力を入れている。
セイクリッドは宇宙開発にも適した機体であり、現在の北斗はコロニー開拓やワープゲート安定実験などの仕事についている。
戦うことは十分に楽しんだから、次は開拓することに力を入れていきたいそうだ。
宇宙では何があるか分からないから、北斗のような熟練のセイクリッド・プレイヤーがついていてくれるのは作業者達にとってもありがたいらしい。
もちろん現在北斗が仕事で使用しているのは宇宙作業用のセイクリッドであり、黒翼は待機モードで封印中である。
トラブルが起こって黒翼を使用することになったとしても、それが黒翼だと分からないように偽装はしてあるとのこと。
黒翼の操縦者としてのブラック・ウィングは表舞台からは完全に姿を消し、今は一人の母親として、それなりに腕利きのセイクリッド・プレイヤーとして宇宙開発業務に携わっている、というのが表向きの立場なのだ。
雇い主だけは北斗が黒翼の操縦者であることもかつての世界最強であることも知っているのだが、それを承知した上で普通の仕事をしたいという願いを聞き入れたらしい。
各国の軍からもセイクリッド指導教官としてひっぱりだこだったらしいが、物騒な仕事はもうやりたくなかったらしい。
戦うよりも作り出すことに力を入れたいという気持ちは昴にも理解できる。
それは尊重されるべきものだと思うし、これからも頑張って貰いたいとも思う。
「だけど、それでも……」
それでも、昴にとって黒翼とブラック・ウィングは憧れなのだ。
追いつきたくて、追い越したくて、隣に立ちたい。
そんな風に焦がれる存在なのだ。
たとえ本人が表舞台から姿を消してしまったとしても。
もう二度と戻るつもりはなくとも。
それでも、同じ場所を目指したい。
ずっと守られて、助けられて。
幸せにしてもらえた。
だからいつか大好きな二人を守れるぐらい強くなりたい。
わたしが守ってあげるよって、胸を張って言えるようになりたい。
「だから、強くなるよ。わたしは強くなる。この蒼星と一緒に」
胸にかけられた黒い翼のペンダントをそっと撫でる。
世界なんて救えなくてもいい。
危ない世界になんて行く必要はない。
表の世界で健全に。
まっすぐに目指していけばきっと強くなれるから。
同じ道を歩けなくても、辿り着く場所はきっと同じ筈だから。
昴はそのまま眠りにつくのだった。
「とまあ、そんな感じで昴ちゃんってばウィークエンドバトルに参加することになっちゃったのよね」
昴が眠りについた頃、リビングでカクテルを傾けていた北斗が通信越しにそう言った。
ホログラム表示されている相手はシーリオ・コンディッド。
戸籍上は他人であっても愛すべき旦那様である。
『へぇ~。まだまだ蒼星も稼働率低そうだし、簡単には勝ち進めないだろうねぇ』
対するシーリオものんびりとした受け答えだ。
「ウィークエンドバトルは勝ち抜き戦じゃないからその辺りは大丈夫じゃないかな。最初は一戦したら満足するだろうし。初心者だっていう自覚もあるだろうから挑戦ランクも低いところから始めるだろうしねえ」
近況報告というよりは娘の成長に対する雑談のような有様だった。
『いいな~。僕も見に行きたいなぁ~』
「しーちゃんが見に来たらセントラル一帯が瓦礫になっちゃうじゃない」
『駄目?』
「マカロンがお預けになってもいいなら止めないけど」
『のーっ!』
脅迫材料はとても甘い。
甘いもので脅迫。
効果抜群だった。
世界最高の天才と称される男が手作りスイーツ一つにここまで狼狽えているというのもなかなかシュールな光景ではあるけれど。
『でも何とかして見たいなぁ。昴ちゃんのデビュー戦。ねえ北斗ちゃん、映像記録お願いしていい?』
「えー。めんどくさーい」
『……北斗ちゃんはもう少し僕に優しくしてくれてもいいと思う』
「十分優しいじゃない」
『………………』
その沈黙が何を意味するのかについて口論した場合、夫婦喧嘩に発展する可能性が高いのは言うまでもないだろう。
「とにかくしーちゃんは目立つし被害が大きくなるから外出禁止」
『うー。見たい見たい見―たーい! ……こうなったら変装してでも出てやろうかな』
「………………」
変装という言葉を聞いて、北斗がキラリと瞳を輝かせた。
『北斗ちゃんどうしたの?』
「え? 何が?」
『なんだかすんごい悪巧みを思いついたような顔をしてるよ?』
「失礼な。思いついたのはちょっとした悪戯程度のものよ?」
『………………』
その言葉が言葉通りだった例がないという事実を誰よりも理解しているシーリオだった。
「ねえ、しーちゃん。どうしても見に行きたい?」
『行きたい! ついでに久し振りに北斗ちゃんとデートもしたい! 出来れば昴ちゃんと親子三人両手に花デート希望!』
「……勢いに任せて言いたいだけのことを言ったわね」
勢いがありすぎてやや引いてしまう北斗だった。
しかし思いついた悪巧み……もとい名案は是非とも実行してみたいと考えている北斗は、にんまりと口元を吊り上げてから提案した。
「しーちゃん。変装の件、私に任せてくれるなら外出&デートを許可してもいいわよ」
『ほ、ほんと?』
「ほんとほんと。私が今までしーちゃんに嘘吐いたことなんてあった?」
『……結構あったような気がする』
過去の思い出を紐解いていくと、嘘を吐かれた回数は地味に多かったりする。
もちろん悪意のある嘘ではないのだが、北斗が大口を叩いたり安請け合いしたりすると、かなりの高確率で失敗してしまうという結果である。
嘘を吐くつもりはなくとも、結果論的に嘘となってしまう。
今回もそんな結果論的嘘になってしまいそうな可能性を考慮した上で訊き返したのだが、
「あんまり細かいことを気にしてるとハゲるよ」
『嫌なこと言わないでよ! 僕の頭はもふもふふさふさの安泰なんだから! あと二十年はハゲないと断言するねっ!』
ハゲという言葉に妙なトラウマでもあるのか、シーリオは過剰反応な言葉で返した。
「じゃあその頃にはしーちゃんの誕生日に育毛剤をプレゼントしてあげましょう」
『のーさんきゅーっ!!』
嫌すぎる未来のプレゼントだった。
世界最高の天才と世界最強のセイクリッド・プレイヤー夫婦の、これが日常会話である。
「私も日曜日はお休みだし、朝にはラボに迎えに行くから。準備は任せてね」
『嫌な予感がするけどデートの為に頑張るよ』
「そこは一応娘の晴れ舞台を見に行くためって言っておいた方がいいんじゃない?」
『おっと、僕としたことがついつい……』
「じゃあまた週末に逢いましょ」
『楽しみにしてる』
そう言って通信を切った。
ホログラム表示の消えた空間を眺めながら、北斗は含み笑いをする。
「んふふ。楽しみね~」
週末のデートが楽しみなのか。
昴のデビュー戦が楽しみなのか。
それとも別の何かが楽しみでたまらないのか。
北斗は一人笑い続けるのだった。
そして時間はめまぐるしく過ぎていき、あっという間に週末になるのだった。
昴とフレイヤはセントラルに向かうべく電車に揺られている。
「という訳で、一緒に参加できるね」
「お金がかかっているし、厳しい親だったら参加禁止するところもあるっていうからちょっと心配してたんだよね。でも良かった良かった」
電車は景色をめまぐるしく変化させながら進んでいく。
二人はそんな景色を気にすることなく雑談を続ける。
アサギの中心部はセントラルと呼ばれており、その名の通り都市機能の中枢部としての役割を果たしている。
市庁舎だけではなくショッピングエリアも充実しており、休日のセントラルはかなりの人で賑わっている。
昴達の参加するウィークエンドバトルはセイクリッド専用の円形闘技場で行われる賭博である。
かつての競馬や競輪はすっかりなりを潜めている。
馬券や車券を握り締めるギャンブラーだった者は、今や機券を握り締めて熱い声援を送っている。
『機券』はもちろんセイクリッドを表すチケットである。
週末は観客で賑わう円形闘技場は、今日も満席で賑わいまくっている。
観客側が機券を購入する際にはお金を払う必要があるし、それ以外にも入場料を払わなければならない。
バトル参加者のみ費用ゼロで戦う事が出来る。
そして勝利した場合は掛けられた金額に応じたファイトマネーが手に入る。
ウィークエンドバトルのルール説明はおおよそこんなところで、物語はようやく次へと進む。
入り口で参加登録を済ませた昴とフレイヤは、出番までまだ時間があるので他のバトルを見学しようということになった。
賭けるのとは別に、バトル参加者は無料で見学することが出来る。
「最初のバトルって誰が戦うんだっけ?」
昴がジュースの自販機にカードを押し当てながらフレイヤに問いかける。
電子マネーでの購入だ。
「ええとね……『バリウス』VS『ランジェッド』って書いてあるよ」
ホログラム掲示板を確認したフレイヤが答える。
掲示板には次の戦いの参加者が表示されるのだ。
「知らない名前だねぇ」
「まあ、私らも初参加だしね。無名って意味じゃあ変わらないんじゃない?」
「それもそうか」
「そうそう」
飲み物のカップを傾けながら、昴たちは観客席へと向かう。
その途中、
「昴ちゃ~ん♪」
「へ?」
聞き覚えのある声が耳に届いた。
昴は慌てて振り返る。
「ママ!?」
なんと、そこにいたのは北斗だった。
「ちゃお~。昴ちゃんのデビュー戦を見物しに来たママなのです~」
「………………」
そこにいたのは確かに北斗なのだが、しかし北斗は一人ではなかった。
見知らぬ女性と腕を組んでいるのだ。
隣にいるのは銀髪碧眼の美人さんであり、どうも見覚えがあるような気がするのだが、しかしやはり初対面であることに間違いはなく、昴は首を傾げてしまう。
女性は気まずそうに視線を逸らしている。
昴と視線を合わせることを拒絶しているかの如く。
その視線はあさっての方向へ向いて、ふらふらと泳いでいる。
「………………」
はて、何か嫌われるようなことをしただろうかと昴は考えるのだが、しかし心当たりは全くない。
「す、昴ちゃん……」
「………………」
しかし絞り出すようなその声を聞いた瞬間、昴は持っていた飲み物を取り落としてしまった。
飲んでいる最中でなかったのは幸いだろう。
間違いなく噴き出している。
「パ……っ!」
パパ! と言おうとして昴は慌てて口を塞いだ。
銀髪碧眼の美人さん。
フリルの付いた可愛らしいワンピースに身を包んだ絶妙な姿。
偽物の胸がたゆんたゆんと揺れており、ナイスバディ(偽)と表現するに相応しい、つまりはどこからどう見ても素晴らしき美人さんでしかない今のシーリオを相手に『パパ』と叫ぶのは空気を読まないにも程がある。
それ以前としてコレを公衆の面前で『パパ』とは呼びたくない。
あとはせっかく変装してきているのに、どこの誰が監視しているか分からない状況でシーリオの正体をバラすような危険は冒せない。
などなど、様々な理由から昴は口を噤むのだった。
半分以上は悲しすぎる理由だったが、ごく一部は切実な理由だった。
「……何やってんの?」
昴は取り落とした飲み物を拾って片づけながら、盛大な溜め息と共に両親へと問いかける。
「いやぁ~。昴ちゃんのデビュー戦をどうしても生で見たいって言うから変装させて連れてきちゃった♪」
北斗が茶目っ気たっぷりに言う。
その表情は悪戯を成功させた子供そのものだ。
「……確かに変装すればオッケーかなって思ったけど、まさか女装させられるとは思わなかったよ」
がっくりと肩を落とすシーリオ。
気持ちはとても良く分かる、と言いたいところなのだが……
「いいじゃない。すっごく似合ってるわよ♪」
すっごく楽しそうに言う北斗。
そして、
「ママと同意見。ドン引きするぐらい似合ってるよ」
昴まで追い討ちをかけた。
「っ!」
シーリオが泣きそうになったのは言うまでもない。
ノリノリで女装させた北斗だけではなく、愛娘にまで女装が似合うと言われたのだから父親としての立場が形なし過ぎる。
これからは『ママその2』とか呼ばれるかもしれない。
しかし似合うと言いたくなる気持ちは分かる。
元々が中性的な顔立ちのため、女装が恐ろしく似合うのだ。
今のシーリオを見て女装した男だと思う人はいないはずだ。
一緒にいたフレイヤでさえ、
「あの~……、昴? この人達、一体誰?」
親子三人で盛り上がっていたところ、一人取り残されたフレイヤが気まずそうに話しかけてくる。
話しかけるタイミングを窺っていたようだ。
「え? ええと……えっとね……」
昴の方は冷や汗をダラダラ流しながら返答に迷った。
まさか両親です! と正直に答えるわけにもいかない。
何故ならシーリオが女装しているから。
しつこいようだが女装しているから!!
コレを父親だとは言いたくない、というのもある。
そうやって昴が返答に窮していると……
「初めまして~。フレイヤ・カーライルちゃんよね? 私は刻桐北斗です。昴ちゃんのママですよ~♪」
北斗の方が勝手に自己紹介を始めてしまった。
「あ、初めまして。フレイヤ・カーライルです。よろしくお願いします」
フレイヤは礼儀正しくぺこりと頭を下げるのだが、
「で、こっちが昴ちゃんのパパのしーちゃんです♪」
「よ、よろしく……」
「………………」
ぎこちない返事と共によろしくと言ったシーリオを見て、フレイヤが硬直した。
ビシッというひび割れた効果音が聞こえてきそうな硬直具合だった。
ギギギギ……という擬音と共に振り返るフレイヤは、可哀想なほど何かを我慢している表情になっていた。
「……お父さん?」
辛うじて絞り出した声は、耳を澄ますことでようやく聞き取れるレベルのものだった。
「あー……うん。パパだね、一応……」
「そ、そうなんだ……」
声はすっかり乾いてしまっている。
「そうなんだよ……あはは……」
昴の声はすっかり萎んでしまっている。
「しーちゃんってばすっかり嫌われちゃったかな?」
「嫌だあああ! 昴ちゃんに嫌われるぐらいなら今すぐやめてやるうううっ!」
涙声で取り乱すシーリオ。
気持ちは分かるが今の状況で変装を解除させるわけにもいかない。
仕方なく昴はシーリオに歩み寄る。
「に、似合ってるよ、パパ」
棒読みだったのはご愛敬。
「ほ、ほんとに?」
しかし親バカもといバカ親であるシーリオにはそれで十分だった。
声色よりも言葉が重要なのである。
「う、うん。すっごく美人さんだし」
ちなみにこれは本当。
今のシーリオはどこからどう見ても完全無欠の美女だ。
一人で放置すれば高確率で声をかけられてしまうぐらいに。
……自分の父親が見知らぬ男にナンパされている光景など見たくもないのだが。
「美人だって。照れるな~。褒められちゃった♪」
「よかったわね~」
マジ照れしているバカによしよしと頭を撫でている北斗。
何とかと天才は紙一重というのは事実らしい。
「昴ちゃんの出番っていつ?」
北斗が問いかけてくる。
元々昴の活躍を見るためにやってきたのだから、これは当然の質問だろう。
「えっとね……フレイヤの次だから、あと一時間後ぐらいかな。第六戦のはず」
フレイヤが第五戦、そして昴が第六戦である。
お互いに初心者なので組み合わせの考慮は行われず、挑戦ランクに合わせてあてがっていくというものだ。
新顔の扱いなどそんなものである。
昴達の挑戦ランクはもちろん一番下のDである。
ランクは一番上がS、その下にA・B・C・Dという順番である。
Sは名前が知れ渡っている有名どころが多く、Dは駆け出しの新人が越えるべき一番最初の壁である。
「よし! 第六戦ね! さあしーちゃん早速昴ちゃんに賭けに行きましょっ!」
「そうだね北斗ちゃん! 僕は全財産を昴ちゃんにつぎ込むよ!」
「やめーっ!」
自分に賭けてくれるのは嬉しいのだが、しかし全財産はやりすぎだ。
昴だって初参加なのだから勝利できるとは限らないし、どちらかというと負ける可能性も高い。
負けるつもりはなくとも、経験不足で力及ばずという可能性は十分あるのだ。
「こ、子供の前でギャンブルは良くないと思うなあ!」
と、真っ当なことを言ってみたり。
「大人はギャンブルが生き甲斐だからノープロブレムよ」
「嫌な生き甲斐だーっ!」
大人とは都合の良い言い訳を次から次へと思いつくものである。
北斗も本気で言っている訳ではなく、適当に言い訳をしているだけなのだ。
そしてそれを見抜けない昴は本気で脱力してしまう。
「それにしても全財産はやりすぎだよ!」
「大丈夫だよ。全財産といっても手持ちの全財産だから! 貯金は別!」
「そういう問題じゃないよ!」
シーリオが親指をぐっと立てながら言うのだが、言葉通りそういう問題ではない。
「大体、全財産擦っちゃったら帰りの交通費とかどうするのさ!?」
「えーと、クレジットカード?」
「身元バレるじゃん!?」
「偽造身分だから問題ナッシング!」
またもや親指を立てるシーリオ。
子供の前で偽造とか堂々と口にしないでもらいたい。
「ばかーっ!」
ごつんっ、とシーリオに拳骨をする昴。
「っ!」
シーリオは頭を押さえながら北斗に泣きついた。
女装姿でそういう仕草をするとただひたすらに可愛らしいのが昴としてはかなり複雑だ。
「昴ちゃんがぶったーっ!」
「よしよし~。じゃあ全財産じゃなくて半分だけ賭けようね。それなら帰りの交通費も問題ないでしょ?」
「あ、そうだね。じゃあ半分だけにしよう!」
という訳で半分だけ賭けることにしたらしい。
「……ちなみに、半分ってどれぐらいの金額なの?」
「えっとね、二百五十万ぐらいかな」
あっけらかんと言ってのけるシーリオ。
つまり電子マネーとは言え、現在のシーリオは五百万円を平気で持ち歩いているらしい。
呆れ果てる昴だが、天才の金銭感覚などそんなものかもしれない。
一度の外出に五百万円のマネーストック。
我が父親ながら理解できない感性だった。
「……好きにしてよもう」
再び殴る気力も湧かず(更には美女に扮しているシーリオを殴るのは精神的にダメージが大きく)、昴は脱力しながらそう言った。
それから二人は久し振りのデートを楽しむべく腕を組んでどこかへ行ってしまった。
恐らくは機券売り場に行ったのだろう。
デートと言っても片方は女装であり、女同士で楽しんでいるようにしか見えないのがアレである。
そんな二人を見送りながら、
「……すごいお父さんだね」
と、フレイヤが一言。
どうやらずっと我慢していたらしい。
「……ノーコメントで」
昴はげんなりしながら答える。
「あ……でも美人さんだと思うよ! すっごく似合ってたし!」
「………………」
フォローのつもりだろうが、昴は複雑になる一方だった。
確かに恐ろしく似合っていたし、美人だと思う。
しかしよりにもよって友達の前で声をかけなくてもいいではないか、と責めたい気持ちもある。
「まあ、あれだけ似合ってればアリだよね、うん。趣味は人それぞれだし」
「あはは……」
趣味ではなく恐らくは必要に迫られてやっているのだろうが、しかしこの状況ならば趣味だと認めてしまった方が安全だ。
……自分の父親が女装趣味の持ち主なのですという誤解を認めるのには、かなりの精神力が必要になったが。
「そ、それよりも見学しようよ見学! 見ているだけでもかなり勉強になるだろうしっ!」
「そ、そうだね。そうしようか!」
気まずそうな空気を変えるべく昴が提案すると、フレイヤも同じ心境だったのかすかさず応じてくれた。
お互いにもう忘れてしまいたいのかもしれない。
そうして自分の出番までは他のバトルを見学し、二人は別の意味で盛り上がることとなった。
「凄かったねぇ!」
「うん! 熱くなった!」
生で見るセイクリッド・バトルはやはり大迫力だ。
昴もフレイヤもやや興奮している。
「あ、次は私の出番だ」
フレイヤが時間を確認して立ち上がる。
「そうなんだ。じゃあここで応援してるね」
「勝ってくる!」
拳を振り上げてフレイヤがそう言った。
勝つ気満々である。
こういう勝ち気な性格が少しだけ羨ましいと思う昴だった。
円形闘技場はそれなりの盛り上がりを見せている。
次は新顔同士のバトルなので、賭ける観客はそこまで多くない。
勝率が全く分からないので様子見に徹する観客が多いようだ。
しかしそんな中でも司会者は己の仕事を十全に果たす。
『さてさてお次のバトルはニューフェイス同士! 片やバリバリの砲撃型『ラーゼリオ』! 片や近接型の剣士『レーヴァテイン』! 全くタイプの違うセイクリッド同士の戦いが始まります! 勝利の女神は一体どちらに微笑むのかーっ!?』
ウィークエンドバトルは参加者の名前を公表しない仕組みになっている。
もちろん参加登録の際には本名で登録する必要があるので、運営側は本名を把握しているのだが、 しかし観客には機体名称のみが公表される。
機券にも参加者の名前ではなく、機体名が書かれている。
『今のところはラーゼリオとレーヴァテインで六:四の割合で賭けられています。やはり砲撃型ということでややラーゼリオが有利なようですっ!』
「む」
レーヴァテインのコクピットでフレイヤがむっと頬を膨らませた。
確かに新顔だから勝率が分からないというのもある。
しかしやはり相手の方が強いと思われているのが面白くない。
負けず嫌いここに健在。
しかし近接型に較べて砲撃型が有利なのは確かだ。
近接型は接近して相手を攻撃しなければならないが、砲撃型ならば離れた状態で、つまり相手の間合いに入らないまま攻撃を続けることが出来る。
うまくいけば相手に攻撃を許さないままいたぶることが出来るのだから、実際のところ砲撃型の人気は高い。
しかしフレイヤは砲撃型を選ばなかった。
選べなかったとも言うが。
フレイヤは自らの機体レーヴァテインを製作して貰う際に、いくつかの適性検査を受けることになった。
専用機になるのだから、適性に合ったものを作ろうというのは当然だろう。
その際、近接戦闘の適性は高かったものの、射撃適性は恐ろしく低かった。
ぶっちゃけて言うならばノーコンなのだ。
的を狙って撃つ、ということが出来ない。
ことごとく外す。
フレイヤ自身は近接型希望だったのでそれで構わないのだが、しかしやはり適性が低い部分があるというのはある種のコンプレックスでもあった。
『やらない』と『出来ない』の間にはとても深い隔たりがあるのだ。
『いよいよ両者のバトルが始まります!』
カウント五からゼロへと向かう。
そして『ビー!』という開始音と共に両者が動いた。
まずはフレイヤがクロノを構えながらラーゼリオに突撃していく。
「先手必勝―っ!」
砲撃型のペースに呑み込まれたら間違いなく不利だ。
ここは多少の無茶をしてでも相手の懐に入らなければならない。
フレイヤもそれが解っているからこそ開始直後に突撃をかけたのだ。
しかしラーゼリオもそれは理解していたらしく、すぐに砲撃で牽制をかけてくる。
『おっと! 開始と同時にラーゼリオに突撃したレーヴァテインですが、レーザー砲撃の牽制により勢いを削がれてしまいました! 咄嗟に避けるものの、ライフゲージが徐々に削られています。レーヴァテイン不利かっ!?』
司会者が律儀に実況してくれるのだが、しかし不利と言われたフレイヤとしては不愉快極まりない。
「だーっ! 不利じゃないしっ! 今から逆転するしっ!」
器用にクロノでレーザー砲撃を防ぎながら、フレイヤは近づくチャンスを窺っている。
大剣『クロノ』は攻撃だけではなく盾の役割も果たす。
刃の面積を大きくしてあるのはその為だ。
『レーヴァテイン器用に剣で防いでいる! しかしラーゼリオの砲撃は止まらない!』
「うー。どうしようかな……」
やはり砲撃型は厄介だ。
懐に這入り込むほどの反応速度が無い以上、どうにかして防ぎながら近づく必要がある。
クロノでも完全に防ぐことは出来ず、ライフゲージは半分ほど削られている。
このままだとジリ貧になるのは確実だ。
勝つどころか嬲られている。
「ちくしょー……」
自分から昴を誘っておいて、ここで負けるのは格好悪すぎる。
どうにかして勝機を見つけなければならない。
とにかくあの砲撃を何とかして止めなければならないのは分かっている。
その為にある程度は喰らわなければならないことも。
問題はその後だ。
後先考えないほどライフゲージを削られて、その後に決定打を喰らわせればフレイヤにも勝機が訪れる。
だからその決定打をどうやって喰らわせるかだ。
「……ま、このままだと負けるしかない訳だし、一か八かの賭けに出るのも悪くないかな」
負けず嫌いと言っても、失うものがあるわけではないのだ。
だったら思い切りよく挑戦するのがフレイヤのやり方だ。
「だりゃーっ!」
クロノを前面に押し出しながら再び突撃。
砲撃の嵐は容赦なくレーヴァテインのライフゲージを削っていくが、それでもフレイヤは止まらなかった。
『おーっとぉ! 無謀な突撃かと思われたがレーヴァテイン、ついにラーゼリオの懐に入ることに成功しました! ここで反撃に出るのかっ!?』
もちろん出るに決まっている。
「く・ら・えーっ!」
フレイヤはクロノの先端をラーゼリオの砲撃武器へと突っ込ませる。
砲口さえ塞いでしまえば恐れる必要はない。
この状況で攻撃しようとすれば砲身が爆発してしまう恐れがある。
ラーゼリオは慌ててクロノを引き抜こうとするが、勿論それを許すほどフレイヤは甘くない。
捉えた武器を無効化するべく、そのまま右足で蹴り上げる。
『蹴ったーっ! レーヴァテイン、ラーゼリオの武装を蹴り上げることで無効化しました! 武器を失ったラーゼリオピンチですっ! 一転してレーヴァテインが有利になりました!』
司会者も興奮気味に実況中。
予想外の展開に盛り上がりまくりらしい。
それでこそショーバトルだ。
「とどめーっ!」
フレイヤはクロノでラーゼリオに斬りかかる。
武器を失った砲撃型など恐るるに足りない。
しかしここでしぶといのがセイクリッド・プレイヤーというものだ。
ラーゼリオはシールド展開でクロノの斬撃を防いでいる。
今まで砲撃に回していた分のエネルギーを防御に費やしている。
近接戦闘に弱い分、砲撃型のシールド防御は出力が高く設定されている。
だが、それもレーヴァテインの前では無意味だ。
「ふんっ!」
無意味だと言うことを今、教えてやる!
「シールドブレイク発動!」
大剣武装クロノに組み込まれた特殊プログラム、シールドブレイクを発動させる。
『なっ!? レーヴァテインの斬撃をシールドで防いでいたラーゼリオですが、なんとそのシールドごと破壊しました! 恐らくレーヴァテインの特殊技なのでしょうが、これは驚きだーっ!』
『シールドブレイク』。
シールド装備用に設計された破壊プログラムであり、クロノで斬りつけた部分からシールドの特性を解析し、破壊プログラムを生成、浸透させるものである。
力業ではなく、あくまでも技術の結晶であり、カーライル重工が誇るシールド破壊商品でもある。
今はレーヴァテインに実装しているだけだが、カーライル重工の競技用セイクリッドの開発がラインに乗れば標準装備となるかもしれない。
これを防ぐにはシールド防御を展開しながら、ブレイクプログラムに対する防御ワクチンも生成しなければならないので、大変な困難が伴うこととなる。
少なくともシールド防御に頼っている機体にとっては鬼門の装備だろう。
そしてこの瞬間、レーヴァテインの勝利が確定する。
シールドを破壊して攻撃出力全開にしたクロノを、フレイヤはラーゼリオの心臓部へと突き立てる。
これでライフゲージはゼロだ。
「はあ。つ、疲れた……」
辛うじて勝利を得たフレイヤは剣を掲げた。
『勝―利っ! 初参加のレーヴァテイン、砲撃型のラーゼリオに見事勝利しましたーっ!』
「いえーいっ!」
フレイヤは聞こえないと分かっていてコクピットの中でそう言って見せた。
しかし闘技場に響き渡る歓声に応えるべく右手を振り上げてひらひらとさせる。
勝者のサービスという奴だろう。
まさかの女装パパ!
と、こんな感じでさなぎ節が出てきましたにゃ~。
け、健全を目標にしてるんですよ!
バリ健全!
アルファポリスドリーム大賞参加中。
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