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往復びんたVSお尻ぺんぺん

 翌日。

 昴は学校に行っていた。

 機械学科の授業も午前中は終了して、北斗お手製のお弁当を食べているところだった。

「刻桐さん」

「なに?」

 クラス委員長が食事中の昴に声をかけてきた。

「刻桐さんにお客さんがいるよ」

「へ?」

 クラス委員長が教室の出口を指さした。

「っ!?」

 そこにはひらひらと手を振るフレイヤの姿があった。

 昴が立ち上がる前にフレイヤは教室の中へと入ってきた。

「えっへっへ。来ちゃった♪」

「来ちゃったって……」

 機械学科と経営学科は校舎が違うし、距離的にも結構離れている。

 機械学科が第一校舎であり、経営学科は第六校舎なのだ。

 最低でもここに来るまでに五分はかかっている。

 さらに言えば、

「探しちゃったよ。一年生の六クラス全部見て回ったから結構手間取っちゃったね」

「………………」

 どうやら昼食も摂らず昴のことを探していたらしい。

 昴の前にやってきて、正面の席に腰掛ける。

「どうしたの? いきなり」

 昴は取りあえず質問をしてみる。

「んー。どうしたって訳じゃないんだけど、同じ学校だって分かったらちょっと探してみたくなっちゃった」

「……それだけ?」

 あっさりと言うフレイヤにやや呆れる昴。

 それだけの理由で昼食も摂らずに探していたというのはあまりにも考え無しすぎるのではないだろうか。

「お昼は?」

「………………」

 ぐぎゅるるる~……という返事以上の主張が昴の耳へと届いた。

「……食べる?」

 昴は自分の分のお弁当からたまごサンドを一つ取り上げて、フレイヤへと差し出す。

「え? いいよ。悪いし……」

 と言いつつよだれがじゅるり。

 言葉よりも身体の方が正直のようだ。

「あう……」

 ごしごしとハンカチで拭くフレイヤ。

 大人っぽい外見の割に仕草が子供っぽくて、微笑ましい気分になる昴だった。

「遠慮しなくていいよ。目の前でお腹を鳴らされる方が居心地悪いし。それに今から買いに行っても間に合わないだろうし」

 ヒルデガルド学院の購買は経営学科からは近いが、機械学科からは少し遠い。

 今から買いに行って戻ったとしても、食べる時間があるかどうかは少し厳しい。

「あう~。ありがと~」

 そこまで理解したフレイヤは遠慮なくたまごサンドを受け取った。

 もぐもぐと頬張る姿はとても可愛らしい。

 そうしてハムサンドやおかずも分けて貰ったフレイヤは、

「はっ!」

 と、今更のように気付いた。

「ご、ごめん! 食べ過ぎた!」

 気が付けば半分近くも戴いてしまっている。

 遠慮がないにも程がある。

 美味しかったのでついつい遠慮なく次から次へと貰ってしまったのだ。

「いいよ。そこまで美味しそうに食べて貰えるとわたしも嬉しいし」

 少しばかり呆れたのも事実だが、しかし北斗のお弁当を心底美味しそうに食べてもらえるのは昴としても嬉しかった。

「うん。すっごく美味しかったよ。刻桐さんが作ったの?」

「まさか~。わたしはまだそこまで料理上手じゃないよ。少しずつ練習はしてるけどね。これはママが作ったの」

「へえ~。料理上手なお母さんなんだね」

「うん。自慢のママなのです」

 えっへん、とささやかな胸を張る昴。

 いずれは成長すると期待したいボリュームの寂しさではあるが、しかしそれはそれできちんと需要があるので問題はない。

「それで改めて訊くけど、本当にただわたしのことを探しに来ただけ?」

 食べ終わったところでお弁当箱をしまいながら昴がフレイヤに問いかけた。

「うん。それと待ち合わせじゃなくて放課後一緒に行こうよって誘いたかったっていうのもある」

 これは今朝思いついたことらしい。

 同じ学校にいるのに目的地で待ち合わせというのは効率が悪いし、少し寂しい気がしたのだ。

「なるほどね。わたしは構わないけど、終わったら経営学科の方に向かおうか?」

「遠いから中央広場で落ち合うっていうのはどうかな?」

 ヒルデガルド学院の中庭には中央広場と呼ばれる場所があり、大きな時計台と噴水がある。

 それぞれの校舎が離れているので、学科の違う生徒同士が待ち合わせをするのに利用している場所でもある。

 それぞれの校舎は中央広場を囲むように建っているので、そこで待ち合わせをすれば、どちらにとっても移動距離は変わらず面倒が生じない。

 ちなみに校舎間の移動は上履きなので中央広場を横切ることが出来ず、場所によっては移動距離が変わってしまう、というオチである。

「おっけ~。じゃあHRが終わったら中央広場に向かうね。時計台の下でいい?」

「うん。わたしもそこにいる」

 終わる時間は多少ずれる可能性があるのでどちらかが少しだけ待つことになるだろう。

 それもヒルデガルド学院では見慣れた光景だ。

「っと、そろそろ戻らないとヤバくない?」

「へ?」

 昴が時間に気付いてフレイヤに言う。

 気が付けば昼休み終了十分前だ。

「ひゃあっ! 次は移動教室だったーっ!」

 がたんっと勢いよく立ち上がるフレイヤ。

 移動教室とはまた絶望的な。

 早い人はそろそろ移動を始めているだろうに。

「急いで急いで!」

「バリ急ぐーっ! 特急で帰るーっ!」

 しゅだだだだーっ! と廊下を駆け抜けていくフレイヤを見送りながら、昴はやれやれと溜め息をついた。

 どうやらフレイヤは思いつきや勢いだけで行動することが多く、後先はあんまり考えていないらしい。

 性格的にはどう考えてもスパイ向きではない。

 北斗が言っていたような機体情報を奪われる心配はしなくてよさそうだ。

 カーライルはともかくとして、フレイヤは計算でそういうことが出来る性格ではない。

 もちろんまだ二日の付き合いなのでフレイヤ自身が演技をしている可能性も否定できないが、しかし昴は自身の印象をとりあえず信じることにした。


 放課後。

 昴は小走りで中央広場へと向かう。

 中等部の生徒がちらほらと集まっており、時折初等部や高等部の生徒も見かける。

 ヒルデガルド学院は初等部から大学部までのエスカレーター式であり、その敷地は巨大な面積を誇る。

 学生寮付近には商業区もあり、ちょっとした学園都市にもなっている。

「まだ来てないみたい」

 昴は時計台の下までやってきたが、フレイヤの姿は見当たらない。

 恐らくまだ教室にいるのだろう。

 HRが長引いているのか、それとも掃除当番なのか。

 どちらにしてもそこまで長い時間はかからないだろう。

 昴は鞄の中から本を取り出して読み始めた。

 それはこの世に一冊しか存在しないとは思えないほど、手間とお金のかかった一冊だった。

タイトルは『シーリオ&北斗お手製・蒼星操縦マニュアル』。

 昴の愛すべき両親が専用機を手に入れた愛娘に贈る『ハウツー本』だった。

 執筆・監修・編集はシーリオと北斗であり、初心者にはもちろん中級者や上級者にも勉強になることが沢山書かれている。

 この本を作る為だけに専用の印刷機と製本機を購入し、自費製作とは思えないほどしっかりとしたハードカバー装丁の本が出来上がっている。

 ハンドメイドなのに手作り感ゼロ。品質的には一般流通している本と大差ない。

 親バカコンビここに極まれり、である。

 恥ずかしいタイトルな上にシーリオの名前も載っているので本にはブックカバーが掛けられているが、それでも人前であまり見ていいものでもない。

 もちろん昴は本を覗ける範囲に人がいないことをきちんと確認しているので、その辺りは大丈夫だと言えるのだが。

「刻桐さん、お待たせ~」

 そんな事をしているうちにフレイヤがやってきた。

 待たせてしまったことを申し訳なく感じているらしく、小走りで向かってきている。

 昴は本を閉じてから鞄に入れる。

「そんなに待ってないから大丈夫だよ」

「そっか~。思ったよりもHRが長引いちゃってね」

「じゃあもう行く?」

「行く! そして模擬戦しよう模擬戦!!」

 ガシッと拳を振り上げるフレイヤ。

 やる気満々である。

 総合競技プレイヤーを目指すだけあって、かなりのバトルジャンキーなのかもしれない。


 市民公園に到着し、セイクリッド訓練場の使用申請を行う。

 二人とも登録が完了すると、すぐにセイクリッドを展開した。

 蒼星とレーヴァテイン。

 二つの巨体が大地に降り立つ。

『やっほー。刻桐さん聞こえてるー?』

「聞こえてるー。ところでさ、フレイヤさん」

『ん? なになに?』

 機体のスピーカー越しに昴が話しかける。

 本当はもう少し早く言おうと思っていたのだが、やはり面と向かっていうのは恥ずかしかったので通信で済ませることにした。

「わたしのことは『昴』でいいよ。わたしもフレイヤって呼ぶから」

『………………』

 友達ならば名前で呼び合いたい。

 そう思って提案してみたのだが……

 返ってきた反応は沈黙だった。

「え? あれ? い、嫌? 呼び捨て嫌なの?」

 せっかく勇気を出したのに(面と向かって言えなくとも一応は勇気を出したと主張させて貰いたい)、相手の反応は芳しくない。

 何かを失敗してしまったのだろうか。

 昴は泣きそうになりながらも自分の何が悪かったのかを必死で考える。


 い、いきなり呼び捨ては馴れ馴れしかったのかな?

 で、でもでもあれから一日経ってるんだし、あんまり時間を置きすぎると照れちゃうかもしれないし……


 思考回路がループ状態になりかけたところで、

『嫌じゃないけど。ちょっとびっくりしただけ。了解だよ、昴』

 フレイヤからの通信が返ってきた。

「う、うん! うんうんうん! フレイヤ!!」

 昴は自分でもどうかと思うぐらいはしゃいだ返事をしてしまう。

 コクピットにいるのでなければ、スキップしながら踊り出してしまいそうな気分だった。

 初等部からの繰り上がりではなく、中等部からの編入である昴には、学校の友達というものがまだ存在しなかった。

 それどころか、シーリオと北斗の娘という立場が一部の人間に知られており、登下校中に誘拐されたことが何度かある。

 その所為で中等部に上がるまでは安全のため、ほとんど学校には通わずに通信教育で代用していた。

 だから明るい性格に反して昴は友達がいない。

 どうやって友達をつくればいいのか、まだよく分からないのだ。

『……お、落ち着いた?』

 ハイテンションになっている昴が落ち着くまで待つことにしたフレイヤは、レーヴァテインの中でそわそわとしていた。

「落ち着いた! もう大丈夫!」

『それは良かった。じゃあ始めていいかな?』

 レーヴァテインが白い大剣を構えながら蒼星へと対峙する。

「うん。決着はどうする?」

『出来ればゲージゼロまで!』

「……りょ、了解だよ」

 鼻息荒く主張したフレイヤに頬を引き攣らせてしまう昴。

 アスリートとしてのセイクリッド対決にはいくつかの決着方法がある。

 一つ目は初撃のみが有効打となる一本勝負。

 二つ目は剣道の試合のような三本勝負。

 そして最後はどちらかのライフゲージがゼロになるまで続ける完全デュエル。

 完全デュエルは公式戦の場合で多く採用されるが、個人的な模擬戦ではあまり好まれない。

 何故ならライフゲージをギリギリまで削られると、機体にもダメージが残ってしまうからだ。

 もちろん自己修復機能があるのでダメージを受けたところで時間と共に回復はするが、しかし自分の機体は常に最善の状態に保っておきたいというのが乗り手としての心境である。

 それに自己修復を繰り返すほどにダメージが蓄積すると、メンテナンスの周期も短くなってくる。

 しかしそんな細かいことを気にしないのならば、完全デュエル形式は膨大な経験値を稼ぐにはもってこいの方法だ。

 機体メンテナンスもマメに行い、修理環境が整っているカーライル重工のお嬢様ならではの発想だろう。

 もちろんそれは環境が整っているからこそ言えることであり、他のセイクリッド・プレイヤーならば渋る者も多い。

 特にスポンサーの付いていないプレイヤーにとっては、セイクリッドの維持費も馬鹿にならないのだ。

 自らの財布を締めつけるような真似をするのは遠慮したいところだろう。

 そしてお嬢様ならではの世間知らずも手伝って、フレイヤはそんな事情に気付かない。

 しかし昴にはシーリオがいる。

 機体メンテナンスをマメに行ってくれるセイクリッド開発者が傍にいるのだから、それを理由に断ることもない。

 それがどれだけ異常なことか、という事実についてはお互い気付かない。

「じゃあ始めようか」

『うん』

 向かい合った二機は戦闘へと意識を切り替えていく。

『昴、武器は?』

 大剣を構えているフレイヤに対して、昴はそのまま構えている。

 武装のないセイクリッドも珍しくはないのだが、しかしそれはあくまでも機体の動かし方を熟知したハイレベルプレイヤーの戦闘スタイルであって、先日ならし起動をしたばかりの初心者が取る戦法ではない。

 攻撃にしろ防御にしろ、武器があった方が安心するというのは人間の共通心理のはずだ。

「武器はまだないんだよね。この蒼星は近接格闘特化型だから、素手(?)でやるつもり」

 セイクリッドに乗っている状態で『素手』と言うのも変な感じだが、しかし他に適切な表現も思いつかないので一応はそう言っておく。

『そりゃまた……ハードルの高いスタートラインだね……』

 機体からして近接格闘特化型とは、かなり常軌を逸している。

 昴が最初から格闘型を目指すプレイヤーだったとしても、まずは武器を持って経験を積んでからというのが一般的な道のりだというのに。

「だからフレイヤは気にしなくていいよ。どんどんその剣を使っちゃって」

『どんどんって……いいの?』

「大丈夫大丈夫。多少の損傷ならちゃんと修理できるから」

『んー。分かった。そう言ってくれるなら遠慮なくいっちゃうね』

「どんとこーいっ!」

 昴のそんな言葉と共に、フレイヤのレーヴァテインは突撃を開始した。

 右手には大剣。

 武装名は『クロノ』。

 炎属性を持つ大剣であり、その斬撃は高熱を帯びる。

 フレイヤは遠慮なくクロノで蒼星を斬りつけに行った。

 コクピットさえ狙わなければどこを攻撃したところで、中にいる人間が怪我をすることもないし、コクピットそのものは厳重に守られているのでよほどのことがない限り中の人間を傷つけたりはしない。

 だからこそフレイヤは遠慮容赦なく攻撃を開始する。

 昴を傷つけるつもりはなくとも蒼星を破壊する気は満々なのだ。

 バトルジャンキーが動き出したら誰にも止められない。

『せいっ!』

 思いっきり、炎を帯びたクロノを振り下ろす。

「はあっ!」

 しかし蒼星は、昴は簡単に斬りつけられたりしなかった。

 防ぐ盾が無くとも。

 鍔迫り合う剣が無くとも。

『なっ!? うっそおっ!?』

 受け止める両手・・・・・・・があれば、それで十分なのだから。

「ふふ。出来た……!」

 昴は静かに笑う。

 迫り来る剣を両手で挟み込み、がっしりと受け止めている。

 セイクリッドによる白刃取りは、生身のそれ以上に精密動作を要求されるハイレベルスキルだが、しかし昴はぶっつけ本番でそれをものにした。

 やってみたいと思っていたことの一つでもあった。

 ずっと、映像越しに見ていた技でもある。

 誰よりも憧れるセイクリッド・プレイヤーが使っていた技。

 そして体捌き。

 いつか追いつき、追い越したいその姿を、この一瞬に重ねる――!!

『すごいね! 掌部にシールド展開しながらの白刃取り。格闘型の真髄を見た気がするよ!』

「いやあ、それほどでも~」

 実際は北斗の映像記録を繰り返し見たからこそ出来たことだ。

 今回はたまたまイメージをうまく形に出来たが、次も同じように出来る自信はない。

『でもやられっぱなしじゃいられないからそろそろ攻撃しよう、かなっ!』

「っ!」

 レーヴァテインの右足が蒼星の腹部へと叩きこまれる。

 膝蹴りの反動で昴は後ろへと退かされる。

 その際、クロノからも手を離す。

『まあ私も専門ってわけじゃないけど、一応格闘スキルを持ってるんだよ』

「え? どゆこと?」

 クロノを両手で構えているレーヴァテイン。

 格闘スキルを発揮するならば先ほどのように蹴り技を使うしかない。

 しかし先ほどの攻撃はどう考えてもスキルというよりは苦しまぎれの離脱という印象だった。

『それは喰らってからのお楽しみ~』

「喰らうの前提っ!?」

 再びクロノを振り上げてくるフレイヤ。

「だったらこっちも攻撃するもんねっ!」

 昴も格闘型としての本領を発揮すべくレーヴァテインへと向かっていく。

 今度は横薙ぎに振られるクロノをステップ移動で避け、一気に間合いを詰めた。

 そのまま左腕でレーヴァテインの首部を掴んで引き寄せる。

『んなっ!?』

「ごめんね、フレイヤ」

『何がっ!?』

 何故かとてもワクワクした声で昴が言う。

 右手が振り上げられ、そして……


 びびびびびびびびびっ!

『ひゃあああああああああっ!!??』

 何故か、往復びんたを喰らっていた。

 それはもう、マンガのように鮮やかで容赦のない往復びんた百連発だった。

「ふぅ」

 きっちり百連発終えると、昴は首部から手を離してレーヴァテインを解放する。

『なななななななになになに!? なんでびんた!?』

 対するフレイヤの方は困惑気味である。

「あはは。ごめんね~。マンガとかでやってるあの往復びんたって一度やってみたくって♪」

 ものすごく達成感のある声で昴が答えた。

『そんな理由!?』

「だって生身相手だとさすがに出来ないでしょ?」

『生身でやられたら死ぬよ! 百発も顔殴られたら死ぬよ!? 生命的にじゃなくて女の子的に!』

「だよね~」

 百連発びんたを顔面にくらっては、女の子としては絶望的なダメージだ。

 特に腫れ上がった顔が。

 当分の間は人前に出られなくなってしまう。

「それにしてもすっごくすっきりするね、これ♪」

『すっきりしたのっ!?』

「そりゃあもう♪ マンガ的行動って実行に移すとすっごく気分がいいよね」

『されるほうは泣きたくなるよ!』

「まあまあ、許してね。やってみたかっただけだから♪」

『許せるかあーっ! お返し! お返ししないと気が済まないっ!』

 涙声で怒鳴るフレイヤ。

「お返しって、何するつもり?」

『昴が往復びんたならこっちはお尻ぺんぺんだーっ!』

「……またマニアックな」

『マニアック言うなーっ!』

「まあ簡単には喰らわないけどね~」

『ずぅえーったい喰らわせてやるーっ!』

 クロノを右手一本に持ち替えてからレーヴァテインが突撃してくる。

「うっわ。それって両手剣じゃなかったのっ!?」

『両手剣だよ! これは奥の手切り札ワイルドカード!』

「……そんなものをお尻ぺんぺんの為に晒すのはプロを目指すプレイヤーとしてかなりどうかと思うんだけど」

『うるさーいっ!』

 どうやらかなり怒らせてしまったようだ。

 友達としての第一歩である『名前で呼び合う』を達成した直後に地雷を踏んでしまったのだから無理もない。

『でえりゃああーっ!』

「わっ!」

 振りかぶってきたクロノをひょいと避けた蒼星はすかさず懐に這入り込む。

 手にする武器が大きいほど、攻撃が決まらなかったときの隙は大きくなる。

 昴はフットワークの軽さを利用したインファイトで攻めようとしていた。

「あっまーいっ!」

 セイクリッド・プレイヤーとしては初心者であっても、伝説にまでなった北斗の教えを受けた者として、基本動作ならば素人を圧倒する。

 セイクリッドがなくとも生身の状態での体術ならば、高等部の全国選手を相手取れるほどに昴は優れている。

『甘いのはお互い様っ!』

「へっ!?」

 レーヴァテインは懐に這入り込んだ蒼星の腕を取って、そして投げた。

「わきゃーっ!?」

 ずだあーんっ! と地面に叩きつけられる蒼星。

 そのダメージは中にいる昴にも伝わってきた。

『ふっふっふ。つっかまーえーた♪』

「………………」

 にんまりとした声で言うフレイヤ。

 投げ技を決めたまま、今度は関節技で蒼星を抑えにかかる。

「きゃうーっ!? なななな何するつもりーっ!」

 逆マウントポジションのごとく背中にのしかかられ、そして上体を押さえつけられる。

『決まってるでしょ。お尻ぺんぺん百連発! さっきのお返しだーっ!』

「いやあああああーーーっ!!」

 ぺしーん!

 ぺしーんっ!

 ぺぺぺぺーんっ!

 と、きっちり百連発のお尻ぺんぺんを喰らってしまう蒼星なのだった。

 因果応報。

 悪戯心の報いはきちんと受けることになる昴だった。

 まあ生身でやられなかっただけマシと言えるだろう。

 生身ならばスカートをめくり下着も排除された状態でぺしんぺしんとやられたはずだ。

 子供のお仕置きである『お尻ぺんぺん』は生尻でやるのが基本ルールである。

 まあ、公共の場で生尻晒されてお尻ぺんぺんなどという晒し者状態になったら、個人的お仕置きよりも警察のお説教を受けることになるだろうけれど。


「あう~……まだお尻がヒリヒリする~……」

『何? 昴ってナーブリンクをオンにしてるの?』

「うん。その方が反応速度がいいから」

 ナーブリンクとはそのままの意味で神経接続を表すが、この場合は機体との痛覚共有という意味合いになる。

 機体ダメージが操縦者にもフィードバックするようになるということだが、実際に怪我をしたり損傷があるわけではないのでそこまでの危険性はない。

 基本仕様としてセイクリッドにはナーブリンクのオン・オフ機能があり、多くの操縦者達はオフにして使用している。

 セイクリッドに乗って戦うということは、自らが受けるダメージを機体が肩代わりしてくれるということであり、わざわざ共有することのメリットは少ない。

 ほんの数パーセントほどシンクロ率が上昇するだけであり、反応速度がわずかに上がる程度である。

 僅かな効果上昇の為にわざわざ痛い思いをするのは、その僅かな可能性に価値を見出している実力者か、痛みを喜ぶドM気質のどちらかである。

 昴がナーブリンクをオンにしているのは、機体とのシンクロ率上昇による反応速度を上げるという目的もあるのだが、やはり北斗の影響が大きい。

 北斗も最初からずっとナーブリンクをオンにして戦っていたと聞いてから、昴も真似をすると決めていた。

 蒼星とのシンクロ率を少しでも上げることにより、『セイクリッド・ビート』に辿り着きたいという思惑ももちろんある。


『ふーん。反応速度ってそこまで違うの?』

「違うってほどじゃないかな。わたしのはあくまでも趣味だから」

 機体とのシンクロ率を引き上げたいというのは、もう昴の趣味である。

 多少の痛みなど気にしないで、とにかくシンクロ率と反応速度を重視する。

 目に見えるほどの変化はなくとも、気分だけでも満足感を味わうことが出来る。

 セイクリッド馬鹿らしい『趣味』である。

『私もやってみようかなぁ……』

 負けず嫌いのフレイヤらしい発想である。

 先ほどの往復びんた百連発の時は衝撃こそ伝わってきたし、ライフゲージが小規模ながらもどんどん減っていくのを目にしていたが、痛みは全く伝わらなかった。

 ナーブリンクを切っているのだから当然だ。

 しかし昴がそこに拘るというのなら、フレイヤも拘ることを選びたい。

 友達として。

 そしてライバルとして同じ位置に立っていたいのだ。

「止めた方がいいと思うけど」

『なんでさっ!』

 決意を新たにしようとしたところで水を差されたフレイヤは思わず怒鳴ってしまう。

「痛覚だけで肉体の損傷はないけど、それでもショック症状が残ることはあるんだよ。大ダメージの場合は日常生活でも幻痛が引き起こされる場合があるって言ってた」

 これはシーリオからの受け売りである。

 幻痛が起こったとしても、もちろん現実の肉体が傷つくということではないので危険性は少ないのだが、しかし日常生活においていきなり痛覚を刺激されるというのは穏やかではない話だ。

 北斗も何度か幻痛に悩まされることがあったが、しかし繰り返していくうちに意識から追い出すことに成功している。

 幻痛無視の訓練は今後、昴がダメージを受けたときに北斗から受ける予定である。

 しかしフレイヤにそんなことを教えてくれる人はいない。

 運が悪ければ幻痛に悩まされる友人をそばで見ることになるのだ。

 さすがに止めたくもなってくる。

『うぐ。でも昴はやるんでしょ?』

「そりゃまあ、わたしはそっちに対応すべく訓練を受けることが出来るから……」

『私も受けるーっ!』

「あ、無理」

『なんでさっ!』

「訓練を担当してくれる人が訳ありで紹介できないっていうのと、同じ事をしているプレイヤーの数が少ないから自力でそれを見つけるのは難しいっていうのが理由かな」

『うぐ……』

 刻桐北斗を刻桐昴の母親として紹介することは出来るが、しかし刻桐北斗をセイクリッド・プレイヤーとして紹介することは出来ないのだ。

『黒翼』の専属操縦者という立場は厄介事を引き寄せる種でしかない。

 特に、カーライル重工の関係者にとっては。

「そうなるとフレイヤがもしもセイクリッド戦で大ダメージを受けた場合、日常生活に支障が出る可能性がある。さすがに勧められないよ」

『う~……』

 フレイヤは悔しそうに歯軋りする。

 環境の違いによる嫉妬も含まれているだろう。

 しかしそれを言うならフレイヤだって最高の環境にいるのだ。

 カーライル重工というスポンサーがついており、機体の損傷やメンテナンス費用を気にすることなく訓練や実戦を行うことが出来るというのは大きなアドバンテージだ。

 他にもセイクリッド製造を行う企業がスポンサーについているプレイヤーはいるが、それでも実戦で機体の損傷を繰り返せば企業側から契約を切られる可能性もある。

 それにこのレーヴァテインは専用機であるため、フレイヤが望めば各種カスタムも自由自在に行える。

 企業が開発した新型武装を契約プレイヤーが試すのではなく、フレイヤ自身が望んだ武装を新しく開発して貰うことも出来るのだ。

 セイクリッド運用に対する制限がほとんど存在せず、尚かつ機体強化に関する費用効果も考えなくて済むのだから、それはもう『恵まれ過ぎている』と言っても過言ではない。

 それを現状では効果の薄いナーブリンク機能をオンにすることによる弊害と、その対策訓練を施してもらえるという昴の環境を羨ましがる資格など無い。

 ……もちろんこれはフレイヤ自身の考えであり、実際のところは昴の方が恵まれた環境に立っている。

 セイクリッドの基礎設計者であるシーリオの機体。

 損傷に対する修理やメンテナンスは勿論、昴が望めば自在に強化してもらえるだろう。

 そして世界最強のセイクリッド・プレイヤーである刻桐北斗が直々に教える技術の数々。

 最高の機体と最強の教師。

 その二つを、刻桐昴は持っている。

 そんな事情をまったく知らないフレイヤは、嫉妬しかけた自分を酷く恥じた。

『………………』

 しかし器の小ささを恥じたとしても、上を望む心意気まで恥じるつもりはない。

 よく考えてみれば必要な環境はあるのだ。

 昴ほど恵まれていなくとも、多少はグレードが下がるとしても、フレイヤにもナーブリンクをオンにしていける条件が整っているのだ。

『じゃあ昴が教えてよ』

「……はい?」

『昴が教えて貰った方法を、今度は私に教えてよ。そうすれば私も昴と同じようにナーブリンクをオンに出来るでしょ?』

「………………」

『あ、もちろんタダでとは言わないよ。その蒼星のメンテナンスや修理とか、ウチで引き受けるっていうのはどうかな? 費用も馬鹿にならないし、悪い提案じゃないと思うんだけど』

「………………」

 普通なら頷いているところだが、しかしここでうんとは言えない。

 蒼星をカーライル重工に託すなど、あってはならないことだ。

 そんなことをすれば機体情報をどれだけ盗まれることか。

 もちろん個人製作のセイクリッドならばその程度のリスクは受け入れて然るべきなのかもしれないが、しかし蒼星だけは話が別だ。

 シーリオ・コンディッドの第八世代型を他の誰かに触らせるわけにはいかない。

「気持ちはありがたいけど、それも無理」

『……でもメンテナンスとかどうするの?』

「そっちはアテがあるから大丈夫」

『相変わらず謎なコネだねぇ。マナー違反だって分かってるけど気になるよ~』

「あはは。その代わり幻痛の遮断訓練は引き受けるよ。人に教えたことがないから上手くできるかどうかは保証しないけど」

『ほんと!?』

「ほんと。だからわたしのセイクリッドその他諸々に関する詮索は禁止ってことで」

『おっけー』

 友達相手に壁一枚隔てた付き合いになってしまう心苦しさはあるのだが、しかしこれだけははっきりしておかなければならない。

 昴の為にも。

 そしてフレイヤの為にも。

「じゃあ続きやろっか。まだお互いライフゲージには余裕があるし」

『賛成! どちらかがゼロになるまでやっちゃるっ!』

 と、お互いに燃えたのだが、しかしこの日の模擬戦は何故か『往復びんた』と『お尻ぺんぺん』の応酬になってしまった。

 どうやら二人とも嵌ってしまったらしい。

「……嵌ったって言うより、もう執念?」

『そもそも第二ラウンドで昴が往復びんたを繰り出したのが原因だと思うんだけど』

「だってぇ。もう一度やってみたかったんだもん」

『だったら私だってお尻ぺんぺんで仕返ししたくなるよ』

「不毛だねぇ……」

『不毛だね』

「でも楽しいね」

『楽しいね!』

 もちろん攻撃は多種多様だったのだが、しかし決め技が往復びんたとお尻ぺんぺんではやはり締まらないというのが現状だった。

 結果として、お互いのライフゲージがゼロになる前に門限時刻となり、二人は解散することとなった。

 ちなみにライフゲージの残量は昴が二十五パーセント、フレイヤが二十三パーセントで今日のところは昴の勝ちだった。

 どうやらお尻ぺんぺんよりも往復びんたの方が僅かに威力が高かったらしい。

「くーやーしーいーっ!」

 地団駄を踏むフレイヤを横目に、昴はほくほく顔だった。

 ぐだぐだの低次元バトルになってしまったとは言え、初勝負が白星というのはとても嬉しいものだ。

「えっへっへ~」

 もちろん蒼星の機体性能に助けられたというのが大きいだろうが、それでも白星は白星である。

「次は勝つもんね!」

「次も負けないね!」

 バチバチ……と二人の間で火花が散っていた。

 友達のはずが、結構険悪な目付きになっている。

「帰ろっか」

「帰ろうか」

 しかし元に戻るのも一瞬で、二人は仲良く訓練場から出て行くのだった。

 子供の気分は女心よりも移ろいやすく単純だ。


巨大ロボットで何やってるんでしょうねこの二人は(T_T)


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