いつもの二人と身投げ
女子高生――それは子供でも大人でもない、とってもグレーな年頃。人はその3年間に例えようのない魅力と憧れを抱き、有り余ったエネルギーを発散するかのように、人生の特別な時間を謳歌する。それは良くも悪くも人心を惑わし、一生残る傷をつけ、社会的な犯罪すら生み出す。そんな存在も十人十色。一般的と呼ばれる者もいれば、特殊と呼ばれる者もいるワケで。
「山田咲ですッ! 趣味は美青年の尻を――ゲフンゲフン、趣味は読書ですッ! 宜しくお願いしま~~ッす!」
「佐藤茜ですゥ。趣味は美少年をストー……じゃなくて、趣味はネイルアートでェす。宜しくお願いしますねェ☆」
またしても降って湧いたように現れた、ザ・不確定要素のツートップ。例によってどういった経緯でこの場に居るのかは分からないが、学校指定の制服とは違うセーラー服を纏い、教壇でにこやかに挨拶している。
(ボクって珍妙な女神に微笑まれてるのかな……?)
生徒達からは分からないよう、軽く溜息をつく蒼神先生。
「え~~、今日から皆さんとこのクラスで授業を共にする、山田さんと佐藤さんです。御二人は他校からの交流生で、約半年間ではありますが――」
と生徒達に紹介を始めた矢先。
「――はひッ!?」
急に全身を強張らせ、引きつった表情で小さな悲鳴を上げた。前の方の生徒達が何事かと訝っているが、彼等の視界には何も映っていない。当然だ。事件は教卓の陰で起きているのだから。
「ちょ、さ、咲さん……ダメですって……!」
頬をほんのり赤く染め、出来る限りの小声で隣の咲に呼びかける。
サワサワ、サワサワ……
人懐っこそうな笑顔をキープしつつ、咲の右手が蒼神先生のズボンのポケットに侵入。薄布越しに中をまさぐるという暴挙に出てる。男性諸君ならよく分かっていると思うが、コイツが意外と可動域が広く、痒い所に手が届くと言うか、前にも後ろにも指がとってもアクティブに動けちゃう。
「と、とにかく、我が校の良さを他校に知ってもらう良い機会です。皆さんも――」
グニィ……
「はうッ!?」
無抵抗をいいことに、暴挙はエスカレート。二人の間にだけ背徳でピンクな空気が。
「……先生?」
「あ、いや……大丈夫ですッ!」
さすがに最前列の生徒が声をかけてきた。と、同時に咲の手がスルッとポケットから離脱。満足そうに口元をゆるめた。
(はあァ……一体何が始まるんだろうか……?)
臨時教師、本格始動。
ピィ――――――――ッ!
笛が鳴る。四時間目の授業。少し暖かくなってきた微風が吹く中、女子はグラウンドで体力測定だ。
「50m走、1500m走、ハンドボール投げ、反復横跳び、長座体前屈、握力、立ち幅跳び。種目が多いからお喋りせず迅速にねッ!」
ジャージ姿がすっかり定着したエンプレス。クルーネックの半袖体操シャツと、ハーフパンツを着けた女子達を前に、テキパキと指示を出していく。さすがにレンジャー部隊やSPを歴任しただけあって、こういった集団行動には手慣れている。
「白藤先生ぇ~~、握力測定器が壊れちゃってま~~ッす」
数人の人だかりができている。
「ちょっとちょっと、何してんのよ。変な使い方したんじゃ――」
ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
白藤先生が吹いた。あまりの勢いに、そのままブリッジしそうなくらいだ。
「山田さん、すっごォ~~いッ! プロレスラーみたいッ!」
「絶対あり得ないってぇ~~。だって、あたしってばこんなに華奢でスマートで可愛いんだしぃ」
最大計測値90㎏のデジタル測定器が大破している。
「な、なななななななななななッ、何でアンタが居るのよッ!?」
一人だけブルマ姿の咲が立っていた。
「てへぺろ☆」
わざとらしさ百パーで返す咲。そして、グラウンドの内周を指差した。
「…………あ」
白藤先生が思わず指差した方に目をやると、全くサイズが合っていない体操着とブルマをピッチピチにさせ、ヒィヒィ言いながら1500mを走る女子の姿が。まだ半分も走ってないのに、バケツでかぶったかのような汗でビッチョリ。ウェストのお肉が愉快にプルプル揺れている。
(一体どうなってんのよ……?)
とっても体力不足な茜を視界に収め、白藤先生が深い溜息をついてしまった。
「合同捜査? いや、しかし……」
<赴任して一ヶ月近く経つのに、目新しい情報が得られていない。このまま何もつかめませんでしたでは、臨時予算を組んでいただいた首相に顔向けできんのだよ>
昼休み。放送部が流す生徒からのリクエスト曲をBGMに、皆が弁当や学食の食事を楽しんでいる頃、グラウンドの隅で通話する蒼神先生の姿が。すぐ側には腕組みしてブスッとしたエンプレスが立ち、咲と茜の両名を見張っている。通話の相手は内務庁の錦木庁長だ。
「そもそも、どうやって彼女達を?」
<捜し出すのはそれほど難しくなかった。連中、自分達がエリジアムの元住人だという自覚が皆無でな。都内の電気街で普通にバイトしていたのだよ>
「…………」
返す言葉が無いというより、返す気にもならない。
<とにかく、相手は称号者。〝同郷〟なら独特の臭いを嗅ぎ分けられるやもしれん。二人には君の指示通りに動くよう、交渉してある。しっかり使ってやってくれたまえ>
「交渉って……ギャラの郵便振り込みですか?」
<ああ、そうだ>
「因みに幾らです?」
<家賃半年分と国産牛肉10㎏。そして、米一俵>
相変わらずギャラの内訳がいじましい。
――ピッ
蒼神先生はケータイを切り、すぐ後ろで立っている咲と茜に向き直る。
「しかし、御二人とも学校生活なんて初めてですよね? 支障は無いんですか?」
彼の懸念はもっともだった。咲と茜の過去に関しては不明な点がまだ多いが、本土で一般的な人生を謳歌する人々とは、全く異なった生き様だったのは確かだ。学校と学生という特有の環境に適応できるのだろうか?
「心配ご無用ッ! こんなこともあろうかと、普段から調査とシミュレーションを繰り返し、今ではプロの女子高生なのだあッ!」
鼻息を荒くして無い胸を張りまくる咲。
「……どうやって?」
信頼度ゼロな感じの目でエンプレスが問う。
「2チャンと学園恋愛系ゲームで」
やっぱりだよ。そして、ガッカリだよ。
「でさあ、体育の時間に『白藤先生』って呼ばれてたけど、コードネーム変えたの?」
咲が絡む。
「コードネームもなにも、本名を使って潜伏してんのよ。私の名前は『白藤エリカ』」
「白藤……エリカ? ――――プッWWW」
頬を膨らませ、失敬な感じで軽く吹きやがった。
「何よ……?」
白藤先生がジト目で睨みつける。
「ちょっと聞いてくださるぅ。お隣の高橋さんたら、上流階級のオ嬢サマにでもなったつもりみたいよぉ」
「まあ、ふてぶてしい。AV観てる最中に、早送りボタンが壊れるリモコンくらいふてぶてしいわァ」
咲と茜が顔を突き合わせ、遠くの方でヒソヒソ話。白藤って本名出したのに、またしてもダレだか知らない高橋さんにされた。そんなムダに和やかなノリの中で、白藤先生の視界にほんのわずかな〝違和感〟が生じた。
「蒼神先生ッ、アレッ!」
彼女が焦燥した声を発し、一点を指差した。
「――――――ッ!?」
見上げた蒼神先生が息を詰まらせる。新校舎の屋上に男子生徒が一人。夢遊病患者の如く歩を進め、ゆっくりとフェンスをよじ登り始めた。
「ダメだッ、君ッ! そこから動いちゃいけないッ!」
彼の大声で、近くに居た生徒達が何事かと同じ方向に視線をやる。
(今から走って行ったんじゃ間に合わない……)
以前、彼がPFRSの本部ビルから投身自殺しようとした映像が、脳裏でフラッシュバックされる。
「汐華ァァァァァァァァァァァァァッ!」
現場で経験を積んだ者の以心伝心。白藤先生が素早く両手を組み合わせ、地に片膝をついて咲を呼ぶ。
「応ッ!」
空気を読みきった咲が目を細め、駆け、踏み込み――――発射。
ブオンッ――――!
白藤先生の組み合わせた両手を踏み台に、咲の体が宙を舞った。
フッ……
男子生徒は全く躊躇する様子を見せず、おもむろに体を傾け、吸い込まれるようにその身を投げ出した。
(くぅ……!)
時間にして数秒の出来事。が、状況を目の当たりにしている蒼神先生や、異変に気付いた生徒達にとっては、もどかしく長い時間。ほんの一瞬、皆の心から声にならない声が発せられた。
タ ノ ム 、 マ ニ ア ッ テ ク レ
――――グンッ!
空気抵抗をものともせず、男子生徒の体を空中でフライングキャッチ。そのままの勢いで――
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!
生物準備室の窓ガラスを派手に破り、抱き合うような体勢で床の上を転がった。どんどん転がる → 更に転がる → 勢いは衰えず → ゴンッ。
「おふゥ~~(泣)」
咲の後頭部が支柱の角にぶつかって止まった。ダイナミックな救出劇の直後に流れる、少しの沈黙と静寂。
(やれやれ……予習でやった恋愛ゲームに、身投げなんてイベントは無かったんだけどな)
軽く溜息をつき、ガラスの破片を払いながら立ち上がる咲。ブチ破った窓からグラウンドを見下ろせば、案の定、多くの目撃者と次第に増えてく野次馬でざわめいていた。そして、彼女の背後から届く声。
「ぼ、僕が死んでも……僕が生きてた事実は、変わらない……」
「ん?」
男子の口から漏れる弱々しい声。彼はそう言い残してカクッと気絶してしまった。




