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カルト組織と責任の追及

       ────── 15万年後の現在・軍部某所 ──────


 

「これは非常に由々しき事態であるッ!」

 ドンッ――!

 一人の将官が怒号を上げ、壁の大型モニターに拳を叩きつけた。銀髪のオールバックで身長は180㎝前後はある女性将官だ。

「…………ッ」

 その将官の面前には円卓があり、階級章を付けた数人の軍人達が座っているが、将官の憤りを目の当たりにして全員が言葉を詰まらせている。

「我等『カルネアデスの舟板』の存在意義を、今一度貴様等に問いたい……駒草(こまくさ)二等軍曹ッ!」

 ――ガタッ

 指名された女性下士官が勢い良く立ち上がり、モニターの前に立つ将官と目を合わせる。

「我々の使命は、『エリジアム』より発生したテクノロジーの管理・運用でありますッ!」

 直立不動で答える。

「その通りだ。では、もう一つ聞こう…… 下野(しもつけ)中佐ッ!」

 ――ガタッ

 今度は男性佐官が指名され、同様に立ち上がり将校に向き直る。

「〝コレ〟は一体何だ?」

 そう言って指差した先には、大型モニターに映る形容し難き物体の姿が。ソレは人体の骨格標本を巨大化させ、半透明のゼリーで覆ったような威容だ。

「はッ、『デスペア』と呼称される生体兵器の一種でありますッ!」

 モニターで流れる映像は、軍部の監視衛星が撮影した『ポイント32』でのテロ事件の一部始終。日ノ本の領海内に位置する離島で発生し、多数の人質が死傷した一週間前の事件だ。その事件で使われた人型生体兵器は、どの国家の科学技術水準でも開発・設計できないポテンシャルを秘めており、未知のテクノロジーが衆目にさらされる結果となった。

「個体名詞などどうでもいい。問題は、この生体兵器製造に『エリジアムの遺沢』が盗用されているという事実だ。では、更に尋ねよう……ストレリチア大尉ッ!」

 ――ガタッ

 次は女性尉官の名が呼ばれ本人が立ち上がる。最早、起立した者も座ったままの者も、悪戯がバレて叱られそうになっている子供みたいに萎縮し、冷や汗で軍服を濡らしている。

「『エリジアムの遺沢』は門外不出。通常社会に出回れば、今回のように過激なバカ共に利用され、最悪の場合、世界規模のインフラの崩壊を招きかねん。それは貴様等も重々承知のハズ……にもかかわらず、この中に遺沢をリークした不埒な輩がいる。ダレだ? 貴様かッ、大尉ッ!?」

「い、いいえ、決して自分ではありませんッ!」

 相手の心根を抉ってくるような声に気圧され、大尉の喉が鳴り脚が震える。

「ほう、そうか。しかし、ワタシに隠し事はせん方がいいぞ。もし、嘘をついていると分かれば、衝動的に縊り殺してしまうかもしれん」

 そう不吉な言葉を口にしながら、将官は大尉に歩み寄り顔を近づけてきた。お互いの頬が触れるぐらいの距離……大尉の緊張感と心臓の鼓動が最高潮に達する。


「――――――――――。――――。――――――――――――。」

「…………ッ!?」


 その時、将官が大尉の耳元で何か囁いた。他の者にその内容は一切聞こえてはおらず、実にさり気無い瞬間だった。

「とにかくだ。地理的な条件から外部からのハッキング等は不可能。この中のダレかが『ルートサーバ・N』から情報を抜き出し、テロを支援したクズ野郎に横流ししたのは事実。本日の会合はここまでとするが、後日、ワタシが各自をマンツーマンで査問する……以上だ。解散ッ!」

 厳然とした言葉を残して将官がフロアから退室する。円卓に座ったままの者も、名を呼ばれてその場に立ったままの者も、血の気が引いた顔色で深く溜息をついた。各自は将官がフロアから遠ざかる足音を耳にしながら、ハンカチで汗を拭いたり軍帽の居住まいを正したりしている。

「少々宜しいでしょうか、閣下」

「何だね、大尉?」

 やっと緊張がとけてフロアを出て行こうとするメンバーの一人を、ストレリチア大尉が呼び止めた。相手はカナリ軍歴の長そうな貫禄充分の男性将官。階級は中将。

「込み入った事をお尋ねするようで大変恐縮なのですが、アザレア中将は何故、その……」

「准将である彼女にビクつき、こんな怪しげな集会で頭を下げているのは何故なのか――だろ?」

「は、はい。御教えいただけますか?」

「大尉はこの組織に加入してまだ日が浅いからな。知らんのも無理はないが、彼女は……『ストレー・シープ・ダリア』は我が国における軍部の権力者だ。軍事作戦の際は元帥閣下ですら彼女に御伺いを立てる」

「はい、それは自分も存じ上げております。現在は閉鎖されている国営企業『PFRS』も、准将の個人資産で創設、及び維持されていたものと聞いております」

「では、こんな噂を聞いた事はあるかね? ダリア准将は不老不死で、有史以前から地球上の歴史における絶対者として君臨してきたらしい」

「…………は?」

 大尉が目を丸くする。

「はッはッはッ、当然、冗談に決まっている。准将の強すぎる権力が生んだ下らん都市伝説だよ。だが、軍部の世界において〝絶対者〟なのは確かだ。事実、彼女は先進各国の軍部はもちろんのこと、第三世界のゲリラやテロリストと大差の無い軍部ともコネクションがある」

「それはそうと……中将は今回の件をどう御考えですか?」

「正直なところ、今回の会合の召集理由を聞いた時は、准将の抜き打ち訓練か何かだと考えていたんだが、どうやらリークは本当のようだ。だが、信じられん……我々は准将から直接抜擢され加入を許された。不届き者が紛れているとは……」

「外部からのハッキングは本当に不可能なのですか?」

「ああ、無理だ。ここは水深200mを航行するオハイオ級原子力潜水艦の中。スパイウェアの類いを侵入させるには、何だかの外部記憶装置をサーバーに直接つなぐ必要がある。だが、乗艦の際に厳重な身体検査を受けるため、持ち込みはまず不可能。可能な手段としては、原潜内の端末を不正操作してサーバーから情報を接収するのが確実。だがそうなると、この会合に呼ばれる人間が犯人だと限定される。サーバーに近づけるのはこの組織のメンバーだけだからな」

「仮に我々の中に犯人がいるとして、その輩の目的は何でしょうか?」

「……大尉、まさかとは思うが、私を疑っとるのかね?」

「い、いえッ、滅相もありませんッ! 不愉快に思われたのでしたらどうか御許しを……」

 大尉が恐縮して固まった。

「いや、構わんよ。我等が管理する物の重要性を考慮すれば、上官をも疑うくらいの気概が必要だ」

 中将は自嘲気味に鼻で笑った。

「実際のところ、『エリジアムの遺沢』とはどのようなモノなのでしょう? 自分はまだ准将から閲覧の許可を一度もいただけず……」

「ま、閲覧したところで普通の軍人には支離滅裂な内容だ。入手してもそれ相応の資金と設備、人材がなければ活用できんモノばかり。単純に情報として闇市場で売り捌くという手もあるが、遺沢にはダリア准将の所有権を示すコードが入力されている。正規の軍部や大企業にとってはこの上ないハイリスクだ」

「しかし、現実にデスペアと呼称される生体兵器はテロで運用され、世界各国の衛星がその現場映像を記録しております。テロの実行部隊をバックアップした黒幕の居所は未だ捜索中ですが、遺沢の一部……もしくは全てが具現化された場合、一体どれ程の被害が?」

「……考えたくもないな」

 そう言って神妙な顔つきになった中将は席を立ち、フロアを後にした。フロアに残るは大尉ただ一人。彼女は俯き加減になり、無言でしばらくじっとしていた。やがて――

「で、どうだった?」

 フロアに戻ってきたダリア准将が、円卓に着席したままの大尉と目を合わせる。彼女は向かい側の席に腰を下ろし、軍服のポケットからシガレットケースを取り出した。

「准将、この原潜内は――」

「心配するな。煙など出ん」

 ケースから摘まみ出したのはタバコではなく、一本のスティックシュガー。端を千切って口の中にサラサラと流し込み、卵を呑み込む蛇の如くゴクリと一気に飲み下した。

「先程の命令通り探りを入れてみましたが、中将からは特に変わった情報は……自分には何かを隠しているようには見受けられませんでした」

「だろうな」

「は……?」

「このフロアにワタシが到着した時、各自の肩や背中を手で触れていったのを覚えているか」

「は、はい。しかし、それが何か?」

「その時点で組織のメンバーに嘘つきがいない事は判明していた。ダレも遺沢をリークなどしておらん。だから困っているのだ」

(…………?)

 大尉が怪訝とした顔になる。

「説明してやってもいいが、どうせ理解はできまい。それより、他のメンバーにもそれとなく探りを入れて欲しい。連絡は――」

「閣下、どうか自分にも遺沢の閲覧許可を」

 大尉はその場に立ち上がり、直立姿勢で毅然と言い切った。

「好奇心は己の身の丈に合わせた方がいいぞ。このタイミングで堂々とそんな頼み事とは……自分が犯人だと主張しているようなものだな」

「しかし、先程、閣下はメンバーに嘘つきはいないと仰られました。自分は閣下の判断力を信じております。どうかサーバーにアクセスする許可を――」

 グッ……

「――――ッ!?」

 大尉の背後に湧いて出た気配と、喉元に押し当てられる冷たい感触。黒塗りのナイフが彼女の呼吸を制した。

「あまりしつこくしない方がいいですぜ」

 音もなく突如として現れた無精ヒゲの中年男。身なりは確かに軍人のものだが、正規軍の支給品は全く身に着けておらず、声には明らかな殺気が纏われている。

「もういい。放してやれ、ファゴット」

「あいあいさ~~」

『ファゴット』と呼ばれた男は悪戯な笑みを浮かべ、大尉の髪を手で弄びながら静かに距離をとった。

「准将、コレは一体ッ!?」

 解放された大尉は冷や汗で額を濡らし、懇願するように応えを求めた。

「気にするな。タダの悪ガキだ。それより、メンバーへの探察は頼んだぞ」

 単純な事務仕事でも言いつけるかのように指示を出し、彼女は無精ヒゲの男を引き連れてフロアを去って行った。

(あれがダリア准将……そして、これが『カルネアデスの舟板』……)

 ドッ――

 ストレリチア大尉は全身が虚脱し、床の上に尻餅をついたまま動けなくなってしまった。



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