罪の在り処は何処でございましょう?
某月某日東京の某所。
朝早く出勤した一人の女性が、地下一階のガス爆発が起因のビル崩落に今まさに巻き込まれていた。
そして某月某日、異世界にあるファルファーレ王国の王城。
婚約者の王子とその取り巻きに断罪され、今まさに婚約破棄を宣言された公爵令嬢がいた。
「死にたくない!」「消えてなくなりたい!」
二つの魂の叫びが重なった時、奇跡は起きた。
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「気絶の振りなどしても無駄だっ、マリリアーナ!!」
両肩を掴まれる感覚と怒鳴り声で五月葉莉々奈は正気をとりもどした。
雑居ビルの最上階にある会社に朝早く出勤し、今日の会議の資料を作り直している時だった。突き上げられる感覚に地震かと思ったが、階下から「火事だ!」「爆発だ!」という叫び声が聞こえてきたことで、とにかくビルから出ないとと焦って逃げようとした。
しかし廊下に出た時だった、体が浮く感覚に、天井が迫る様子に、ビルが崩れると察して死の恐怖から叫び声をあげたのは覚えていた。
だがここはどこだろう?
見覚えのないきらびやかな大きな部屋に、いかにもな王座に、目の前で怒鳴る金髪碧眼の王子様のコスプレをしている青年。
ここがどこで、何が起きているのかを考えたかったが、全く頭が働かなかった。
「お前がここにいるメアリーを恫喝し、制服を切り刻み、鞄を噴水に投げ入れただけでなく、ついには階段から突き落としたと言うではないか!」
「階段から落ちれば小さな怪我で済まないのは、馬鹿でもわかるお話ですよね」
「殺すつもりだったんだろう」
「怖い女だね」
目の前に立つ王子の横にいる、めがねが似合う琥珀色の目と髪のインテリキャラ。
そして莉々奈の両肩を支える体格のいい黒髪の男と、華奢だが力の強い銀髪の男。
カラフルな男たちだなあと、いかにも王子様に、宰相の息子に、騎士に魔法使いっぽいなと莉々奈は思っていた。
「まあいい、とにかく先ほども述べたように貴様との婚約は破棄する。貴様には修道院か国外追放を選ばせてやろう。メアリーに謝ればだがな。謝らなければ死刑だ」
王子は莉々奈に向かってびしっと指をさし、どや顔で宣言していた。
こんなことをする人がリアルにいるんだなと感心したところで、莉々奈は聞きたいことを聞いてみた。
「ところであなたは誰ですか? ここはどこですか? 私は誰ですか?」
「は!?」
彼女が記憶喪失者定番のセリフを発すると、4人以上の驚きの声が周りから聞こえてきた。
その声に驚いた莉々奈が見える範囲で左右を確認すると、彼らと同じ年ごろ、たぶん同じか10代後半の男女がその場にたくさんいた。
「信じがたいでしょうけど、私は、私の中身はこの少女のものじゃないわ。それどころかたぶん、私、違う世界から魂だけここに来てると思うんだけど……先ず私は誰か教えてくれる?」
4人を見比べてみて、比較的落ち着いていそうな、右肩を掴んでいる騎士君に尋ねてみた。
「貴女はアルフォント公爵の娘で、名前はマリリアーナだ」
「そう。で、ここはどこで、どういう状況なのかしら?」
「ここはファルファーレ王国の王城のボールルームで、学生たちの夜会の最中だ」
「そんなときに王子様……よね? が、婚約破棄宣言なんてしちゃって大丈夫なの?」
「それは……だが、貴女がしたことは人の道にもとる行為だ」
「??」
「道徳や倫理観から外れていると言えばわかるか?」
「なるほど。でも私はしていないというか、そういう行為をした覚えがない場合はどうすればいいのかしら?」
「どうすればと言われても」
他の誰も突っ込みを入れてこないので、少し前に読んだ小説に書いてあったセリフをそのまま告げてみた。この場の皆に聞こえるであろう通る声で。
「罪の在り処は何処でございましょう?」
その言葉に左右の男性の手から力が抜けたので、振りほどくと、居ずまいを正してすくっとたった。
体が姿勢を覚えているのか、莉々奈ではありえないとてもきれいな立ち姿を取ることができていた。
「私は五月葉莉々奈としての記憶はありますが、マリリアーナさんでしたっけ? 彼女の記憶は一切ありません。それで罪を問われても、しているかしていないか判断することができません」
「嘘をつくな!」
「詭弁です!」
「そういわれても、分からないものはわからなくて……困ったなあ。証拠があるならとりあえず見せてもらえますか?」
「証拠はメアリーの涙の訴えだ!」
「可哀想に、相当恐ろしかったようで、震えながら我々に教えてくれましたよ」
「え、それだけ?」
「十分だろう!」
「え~? この世界の司法ってどうなってるの?」
「どうと言われても……」
「証拠がなくても証言だけで断罪するって大丈夫なの?」
「そ、それは確かに……」
騎士君がそう悩んでいると魔法使いと思しき青年が「では、魔力検査器を使いましょう」と発言した。
「魔力検査器?」
「魔力は魂に宿ると言われています。そして学生はみんな魔力紋を登録しております」
「もしも今の私の魔力紋がマリリアーナのものとは違っていたら……」
「あなたの魂が、マリリアーナ嬢のものではないという証拠になりますね」
「なるほど。魔力が魂に宿るなら、記憶も魂に宿るのかなあ?」
「さあ、そこまでは……」
「何をごちゃごちゃと!」
「いいでしょう、誰か、ここに魔力検査器を持ってくるように!」
ああして周りに命じるあたり、宰相の息子って言うより、第二王子とかなのかもしれないなあと眺めながらも莉々奈は黙っていた。
しゃべるとまたなんか言われそうだったから。
少しして目の前に大きな手鏡が台に刺さったような装置が運ばれてきた。
鏡の位置には透明のガラスがはめられ、同じように丸いガラスが持ち手の真ん中あたりにもはまっていた。
「ここにある水晶に魔力を流してください」
どうやらガラスではなく水晶だったらしい。
「魔力を流すってどうやるの?」
「え……そこからですか?」
この世界には魔力があるが、莉々奈の居た世界には化学はあっても魔術は無かった。
「そうだな。ロウソクはわかるか?」
「うん」
「ロウソクに火をつけようと思って、その石を触ってみろ」
「わかった」
騎士君のヒントをもとに、持ち手の水晶に触れながらローソクに火が点くイメージを頭に浮かべてみた。
それで正解だったらしい。
「なんだ、この模様は」
騎士君の呟きを聞いて鏡の部分を見て見れば、水晶は白く淡く輝き、その中に格子模様が平織のように、縦は赤と緑、横は茶と水色の筋がまっすぐ走っていた。
「なんて美しい……火・風・水・土の魔力がきれいな綾となり、それを光が包んでいる」
「どういうことだ!」
「マリリアーナ嬢の魔力紋は火だけだったはず」
「光属性はともかく、この綺麗な格子紋は基本の4属性を持っている上に、それが一度もゆがめられていない証拠です」
「つまり、今まで魔法に触れていない魂ということか?」
「その通りですね」
彼らの会話を聞いて、今ここにいるマリリアーナは魂が異世界からきたことを証明できたようだと、莉々奈はほっとした。
「たぶんだけど、体に覚え込ませたことは覚えてるけど、頭で覚えることは一切覚えてないみたいなんですけど」
「だが!」
「それにお伺いしたいこともあるんですけど、よろしいでしょうか?」
いまも左右に居る、そして話が通じそうな騎士君と魔法使い君に、莉々奈は色々質問してみることにした。
自分の持っている小説の知識を使って、けむに巻くために。
「まずはあの女性は誰なんですか?」
「彼女はパルム男爵家のメアリー嬢だ」
「光の魔法が使える貴重な存在なんだよ」
「ふーん。なぜあなた達4人は彼女に侍っているの?」
「はべ……侍ってなどいない」
「僕と彼は王子の護衛を兼ねてるから、ついでに守ってるだけ。それに知的好奇心から観察してたのもあるよ」
「貴方たちに婚約者はいるの?」
「ああ」
「いるよ」
「婚約者にはちゃんとそのあたり説明しているの?」
「当たり前だ」
「してるよ」
「贈り物とかデートとかもちゃんとしてる?」
「……ぁぁ」
「してるよ」
騎士君の照れ具合が可愛いなと思ったが、今はそれをからかっている暇はない。
ここからは王子に、婚約者だとのたまってた男に質問しなければならなかった。
「ではそこの、元、婚約者の王子様。貴方はこのマリリアーナとデートしたり、贈り物をしたりしてた?」
「はぁっ!? なんで俺がマリリアーナなんぞと関わらないといけないんだ!」
「え? 婚約者だったのよね?」
「それに関してはわたくしが説明いたしますわ」
凛とした女性の声がその場に響いた。誰だろうと振り返ると、ハニーゴールドのストレートヘアにきつめのオレンジ色の瞳をした、全体的にゴージャス感あふれる美女がいた。
「わたくしはそこにいる、もう一人の王子の婚約者のシーリアよ。貴方とはライバルであり、友人でもあったわ」
「そうなのね。覚えていなくてごめんなさい」
「別によろしくてよ。たぶんあちらのお二方のせいだもの」
シーリアの話によれば、王子二人の婚約者候補は幼い頃にはたくさんいたが、教育を施しながらふさわしい娘を選んでいったところ、残ったのはシーリアとマリリアーナだけだった。
だが二人とも美しいものの理知的で冷静で冗談も通じないと王子たちに判断され、学園入学前に婚約が交わされたにもかかわらず、婚約者としての義務をほぼ一切されなかった。
そんなころに王子二人が出会ったのがメアリーだった。
メアリーは男爵が昔手を付けたメイドの子供で、妊娠が分かった時に男爵が家から追い出したものの、その娘が光属性を持つと判明し、14歳の時に家に引き取ったそうだ。
そして15歳で学園に入学し、貴族令嬢らしからぬ奔放さで何人もの男子学生を惑わしたものの、親や教師たちの説得や婚約者からの言葉で1年もたたずにほとんどが離れていった。が、
「3年経っても囲ってたのがあの二人ってこと?」
「その通りですわ」
なるほどと事情を呑み込めた莉々奈は、当初の目的通り二人を攻撃ならぬ口撃することにした。
「つまり貴方達二人の王子さまは、婚約者がいながら他の女に手を出すという、浮気を堂々と行っていたということですね」
「違う!これは真実の愛だ!」
「そうだ!私たちの想いは本物だ!」
「この世界の王族は愛情で伴侶を選ぶのですか?」
「いやそれは」
王子たちが言いよどんでいると、シーリアから援護射撃が入った。
「王族だけでなく伯爵以上の貴族の婚約は家と家との契約であり、申し出を王家と貴族院で政治的経済的バランスを考慮したうえで王命としてその可否を伝えられるようになっておりますわ」
「じゃあこの王子様は浮気したうえに、契約破棄を勝手にして、王命に反した三重苦って事?」
「…………そうなりますわね」
「そんなのが王子様でこの国大丈夫なの?」
「わたくしも不安ですわ」
「それにそっちの彼女。メリーさんだっけ?」
「メアリーよ!」
「あなたが王命に反する行為を王子様たちにさせたってことは、王家への謀反の首謀者ってことになるんじゃないの?」
「はぁっ!?なんでよ!」
「え、さっきまでの話を聞いてたら分かるはずよね?」
「他人の話なんて聞かないお嬢さんだからさあ」
「聞いてなかったと思うぞ」
魔法使い君と騎士君が教えてくれたことに莉々奈とシーリアは溜息をついた。
「とにかく、あなたは謀反の罪で裁かれると思うよ?」
「よくて謀反の教唆罪でしょうけど、王位継承権一位二位の王子をそそのかしたことで、死罪は免れないと思いますわよ」
「その通りだな」
良く響くイケオジボイスがいきなり聞こえてきたことと、二人の王子とメアリーが目の前で拘束されたことに、莉々奈は驚いた。
いつの間にか王座に国王らしきおじさまが座っており、それを見た瞬間莉々奈は自然に最上礼を取っていた。
その後は国王主体で閉会の宣言がされ、王家からの発表があるまで何が起きたかは沈黙を守るようにと命じられ、口止め料と思しきお土産も渡された。
そして当事者でもある騎士君、魔法使い君、シーリア、そしてマリリアーナの体に入った莉々奈は数日間王宮に留め置かれることになった。
その間、莉々奈は他の三人からこの国の常識や文化、知るべき知識、魔法のことなどを教えてもらっていた。
その休憩中、莉々奈はふと気になったことを口にした。
「私が死にたくないって思った時に、消えてなくなりたいって声が聞こえたの。この声で」
「まあ、それは……」
「うん、マリリアーナの叫びだったんだと思う」
「マリリアーナさまは高潔な方だったので、あの状況は死にたくなるほどの屈辱だったと推測できますわ」
「そっか……死んでないといいな」
そのつぶやきが異世界の神に届いたのか、その頃事故現場では、被災者の一人五月葉莉々奈が1日半ぶりに救出されていた。
だが、目を覚ました彼女は一切の記憶を無くしていた。
しかし迎えに来た家族が彼女をやさしく受け入れ、田舎へと帰っていったと会社の同僚に伝えられていた。
マリリアーナは記憶をなくすことで自分の存在を消したが、異世界で莉々奈として新しく生き始めるのだった。
※誤字を修正しました。誤字報告ありがとうございます^^
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
リアクションの方もよろしくお願いします!
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
異世界転生の場合、思い出した時に異世界での記憶も思い出せるけど、魂が転移した場合はどうなるのかな?
記憶って引き継がれなかったらどうなるんだろう?
……って疑問に思ったのがきっかけで書きました。
まあ、元凶の三人は廃嫡の上で断罪されたと思っておいてください。
そこまで書くと後味悪くなりそうだったので省きました。
普段はぽちぽちと「乙女ゲームをもとにした異世界で悪役令嬢が主人公」のうんちく長編を書いております。
もしよろしければ、そちらものぞきに来てくださいね♪
どうかよろしくお願いいたします。
「ドラゴンの使者・ドラコメサ伯爵家物語 ドラゴンの聖女は本日も運命にあらがいます!」
https://ncode.syosetu.com/n4604ho/
※短編を思いついたのでこちらを先に吐き出しておりました!次はまた竜ダリの世界に戻ります♪
=====(10月22日追記)=====
作品がランクインしておりました。
異世界転生/転移〔恋愛〕枠でのランクインの最高が
[日間]短編 10 位
[日間]すべて 20 位
[週間]短編 17 位
[週間]すべて 35 位
[四半期]短編 150 位
そしてなんと総合でも、
[日間]すべて1 40 位
[日間]短編 82 位
日間とは言えランクインしておりました゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜
四半期のランキングに入ったのも初めてです!
これも☆やブックマークで評価を下さった皆様のおかげです。
ありがとうございます゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜
ついでに過去作品もランクインしていて驚きつつも、とぉぉぉぉぉっても嬉しかったです!!
本当にありがとうございます!