(9)反攻.2
窓から外を覗く。地上では、甲冑で武装した大量の兵士が鉄砲を手に塔内部に流れ込んできていた。
「改めて見ると、凄い人数ですね……」
それだけで僕の心は不安に駆られていた。縋るようにトモエさんの顔を見上げると、何とも心許ない表情を浮かべている。
「ね。思ったより多いね……」
「大丈夫なんですか!?」
「まぁ、何とかするよ。――にしても、泥棒一人に大袈裟すぎないかな?大人げないなぁ」
泥棒の分際で何を言っているんだ、この人は……。
「……さてと。じゃあリオ、今から君は“人質”ね!」
「は?……えっ、何を――!」
僕はトモエさんに背後から抱き上げられた。
螺旋階段の一本道にて、泥棒は兵士達と対峙する。兵士達は壁を作るように陣形を組み、泥棒に銃口を向ける。だが、可哀想な僕の存在によって、その陣形と兵士達の表情に迷いが生じる。僕のこめかみには、ピストルの銃口が押し当てられていた。
「道を空けろ!この生意気で陰気臭いクソガキがどうなってもいいのか!?」
トモエさんは迫真の名演技で場を掻き乱す。その文言は少々気になりはするのだが……。しかし、兵士の壁は揺らげど崩れる素振りはない。するとトモエさんは僕をピストルで小突いた。僕にも何か言えっていうのか?
「……えぇ?あぁ、怖ぁい。助けてくださぁい……」
何だろう。あんなにも響めいていた兵士の壁が、一瞬にして凍り付いた気がした。銃口よりも、向けられる目線の方が遥かに痛い。
「あぁん?声が小せぇぞ、クソガキ。ほら、もっと大きな声で鳴いてみせろよ!」
この野郎、なに言いやがる……!
「……。――助けてください!僕をこの悪魔みたいな、性格が終わっているイカれ野郎から解放してください!」
まったく、これで文句ないだろう。と思っていたが、今度は却って兵士達が異様に慌てだした。僕は直感的に振り向く。トモエさんは笑っていた。確かに笑っていた。僕はそっと前を向き直した。
「――おい、クソガキ。誰が悪魔だって?誰が、性格が終わってるイカれ野郎だって?」
「いやぁ……、そのぉ……」
凍えそうなほど寒いのに汗が止まらない。
「まさか、それは私のことを言ってる訳じゃねえよなぁ?」
「……」
「なぁ?」
「……。――助けてください!!お願いします!!この人、怖いです!!一刻も早く、僕を安全な場所に隔離してください!!」
僕は心から叫んだ。心から助けを求めた。兵士の壁は今までに無いほど狼狽し響めく。だが残酷にも、トモエさんの腕は僕を逃がす気など毛頭ないようで、僕は身動き一つできないほど強く締め付けられる。
「……逃がす訳ねえだろ?それで、さっきの酷い言葉はいったい誰のことを言っていたのかなぁ?」
トモエさんは僕の顔を覗き込む。その顔には、嫌らしく微笑みながらも、瞳には純然たる怒りが含まれていた。僕は、猫に睨まれた鼠の気分だった。
「……そんなこと言ったら、トモエさんだって生意気だの陰気臭いだの散々言ってたじゃないですか……」
「それは事実でしょ。リオ生意気だし、根暗だし――」
「根暗じゃないですよ!」
「そんなことないね。根暗、根暗――!」
「根暗じゃないです!あんまりしつこいと怒りますよ!」
「いやぁ~、リオ怖~い」
「トモエさん!」
「冗談だよ。もう~、リオったら、小突いたらすぐ反応するんだから、まったく可愛いヤツだなぁ~」
トモエさんはいつの間にかすっかり機嫌を戻して、いつもの如く僕の頭をめちゃくちゃに撫でた。――ていうか、この人は何故僕が怒ると喜ぶんだ。やっぱり性格が悪いじゃないか。
「――あっ!」
「――あ……」
僕らは顔を見合わせた。それから示し合わせたように、二人揃って兵士の方を見た。兵士達は揃いも揃って目を細めて呆れ顔をしていた。
――銃声が轟く。何発も容赦なく。トモエさんは弾幕から逃げる為に窓を突き破り、僕は何故か空中に投げ出されている。
「いやぁぁあぁぁぁぁあ!!」
……死ぬ、死ぬ、死ぬ!空気が頬を掠め、地上という死が加速度的に近付いてくる。
「リオ!あの石コロを下に投げて!」
トモエさんは僕の混乱を吹き飛ばす大声でそう言った。石コロ?石コロって何だよ!石コロ……、虛空の欠片か!僕は手に握ったままの虛空の欠片を地面に向かって投げ出した。
「よくやった、リオ!」
するとトモエさんは地上に向けてピストルを発射して、気が付くと、僕らは地上に到着して、地面を転がっていた。かなりの高さから降りた筈なのに、まるで平屋の屋根から飛び降りたくらいの衝撃しか伝わらなかった。
「置換……」
僕は思わず呟く。地上に着くと、トモエさんは僕を解放した。
「ナイスだよ、リオ!」
「あ……、はい……」
本来なら文句の一つも言ってやらないと気が済まない案件だが、僕は正気ではなく、口答えする気力もなかった。一方のトモエさんも、異常に上機嫌な様子だった。
「さぁ、リオは早く虛空の欠片を拾って!こうなったら、逃げ足勝負だよ!」
「分かりました!」
僕は言われるがまま、地面に落ちている虛空の欠片を拾うと、先に走り出していたトモエさんの背中を追った。足は筋肉痛で痛み重かったが、無我夢中で必死に足を動かした。後方からは、地上で待機していた兵士達が走って追ってくる。兵士達は満足に走れない僕にあっという間に追い付き、あと少しで伸ばされた手に掴まれるその直前、僕の頬の傍を弾丸が通り抜け、そして兵士は突然後方に突き飛ばされた。
「リオ、足遅いね」
気が付くと、僕の後ろにはトモエさんが立っていた。
「トモエさん……!」
「リオ!あっちの方に裏門があるから、そこまで走って!私はこの兵士達を片付けてからすぐ追い付く!」
トモエさんは僕の行く先を指差した。
「分かりました……!」
僕は息も絶え絶えの返事をすると、背中をトモエさんに任せて足を動かした。
デッパリア城は城下町を見渡せる小高い丘の上に建ち、周囲を高い城壁で覆われている。トモエさんの置換があれば造作もない壁だが、それが制限されている今、この障害を突破する道は限られる。
それが城門である。僕も詳しい事は分からないが、城の正面は南側に向いており、正門も南側にある。一方、城内の北側、正面から見れば本城に隠れる位置に建つ物置の塔から一番近い城門は、北側に位置する裏門、らしい。未来視が使えないからどんな場所かは分からないが……。
僕はトモエさんが示した方向に向かって走った。白い石が積み重ねられた精巧で豪華な装飾の建築物の間を縫い、陰っている小さな庭園を抜けると、僕の視界には門が現れた。この城の規模から考えると質素にも思える、されど造りのしっかりとした城門だ。恐らくあれが裏門に違いない。僕は裏門へと続く石畳の広い通路に出て、真っ直ぐ裏門に向かって走った。裏門というだけあって、門番以外に人の気配はない。
「おい、君、どうしたんだ?」
「何かあったのか?」
門番の二人の兵士が僕の尋常じゃない様子を見て駆け寄る。僕は返事ができる状態ではなかった。息が上がって、今すぐにでも倒れ込みたかった。でも、僕はここまで来られればいいのだ。肩から力が抜け、代わりに些細な達成感が湧き上がる。
「おぉ、君は――」
その時だった。背後から男の声が聞こえた。必要以上に真剣な声色の男の声、振り向くとそこには、昨日トモエさんを破った若い男がいた。
「君は昨日の子じゃないか」
まずい……。これからここにトモエさんも来るっていうのに……。
「ラルレイン少佐、この子供とお知り合いで?」
門番達はラルレインと呼ばれた男に揃って敬礼した。
「あぁ、知り合いという程ではないが、顔見知りだ」
ラルレインは門番達にそう謎説明をすると、僕の傍にしゃがんだ。
「何故君はここにいるのだ?」
息が上がる。感じる世界が縮み上がる。
「……!」
頭が真っ白になる。何を為べきか、どう為べきか、何も分からない。
「まぁいい。それより今は早く逃げろ。君を人質に取った泥棒が脱走したらしい。俺は泥棒をここで向かい撃つ」
何故、こいつは何故ここにトモエさんが来ると知っているんだ。当てずっぽう……いや、少佐って言われていた人だ。そんな無茶苦茶な動きはしない筈だ。もしかして、信じがたいが本当は頭がいいのか?
「えっ……?今からここに例の泥棒が来るのでありますか?」
門番の一人がラルレインにそう聞いた。
「――来る。……多分」
やっぱり当てずっぽうだったのか。門番達も呆然としている。しかし、当てずっぽうが当たっているのだから恐ろしい。
「安心しろ。泥棒は必ず俺が捕まえる」
ラルレインはそう言い切ると、門番達は再び尊敬の眼差しをラルレインに送った。
その時、ラルレインは唐突に立ち上がった。
「来たか……」
ラルレインは振り返った。ラルレインが視線を送った先には、挑戦的で危機的な笑顔を見せるトモエさんの姿があった。
「アンタ、何でここにいるのよ」
「お前を再び捕まえる為だ」
互いの視線が激しく突き刺し合うのを、僕は目の当たりにした。




