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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
5/5

(5)対峙

 僕とトモエさんは足音を立てないように忍び足で階段を登り、頭だけ出してこっそりと最上階の様子を覗いた。

 そこは小規模の広間になっていて、警備の兵士は三人。未来視で視た手練れの若い男が、左右に鉄砲を持った警備兵一人ずつを従えて待ち構えている。そして、その奥には頑丈そうな両開きの扉があり、扉には片手で収まらないような大きな錠が施されている。

 様子を見終えると、トモエさんは振り返って、僕の両肩に手を置き、軽く抑え付けて自信たっぷりに片眼を一瞬だけ閉じた。ここに居ろ、という事か。僕は理解したと表情に込めて頷いた。するとトモエさんは、微笑んで僕の頭を撫でた。そんな事でいちいち褒められるほど僕は子供じゃないと思ったが、でも別にそんなに嫌な気はしなかった。


 トモエさんはスカートのポケットからコインを取り出し、警備兵が待ち受ける広間にそっとコインを転がした。コインは小さな摩擦音を立てながら警備兵に近付いていく。コインの存在に気付いた左の警備兵は、素早い動きで銃口をコインに向けるが、コインが勢いを失いくるくると倒れると、鉄砲の構えを解いた。

「どうした?」

中央の手練れの男が警備兵の異変に気付き、低く緊張感のある声で問うた。

「いえ、それが――」

問われた警備兵はコインに近付き、しゃがみ込む。

「何だこれ?なんでこんな所に小銭が……」

「ラッキーじゃん。貰っとけよ」

右側に控える警備兵が砕けた口調でそう言う。

「いや、でも、明らかに転がって来ていたような気が――」

しゃがんでいる警備兵は他二人に違和感を伝えようと振り返る。その瞬間だった。僕の目の前にいたトモエさんがコインに姿を変えた。それと同時に、コインがあった場所にトモエさんが現れる。トモエさんは振り返って背を向けていた兵士に触れて一瞬で姿を消してしまうと、息つく暇もなく右側の警備兵に急接近し、咄嗟の事で混乱している警備兵を次いで消した。トモエさんは続け様に中央の男にも触れようとするが、中央の若い男は後方に跳躍してその手を免れる。広間にはトモエさんと若い男と、コイン二枚だけが転がっている。

「あとはアンタだけだね」

トモエさんは残った男に、不敵な笑みで宣戦布告とも取れる言葉を贈った。男は険しい表情でトモエさんを見つめ、腰の鞘から両刃の大剣を引き抜いて構えた。僕は何となく、トモエさんと入れ替わった足下に落ちているコインを拾ってから、両者の睨み合いを陰から覗く。

「――今、何をした?」

若い男の声には動揺が見えたが、しかし毅然としている。

「さぁて、何でしょうねぇ?」

対するトモエさんは挑発的にそう返す。

「貴様ッ……、なぜ教えてくれない!!」

・・・・・・。

「――え?」

男はとても真剣な眼差しをしていた。トモエさんは絶句している。

「もう一度聞く!貴様は今、何をした!?答えろ!!」

「え?いや、教えるワケ……教えないでしょ、普通……」

あのトモエさんが戸惑っている。

「普通など知るか!こちらは部下が二人、コインに姿を変えられてしまったんだ!教えてもらわないと戻し方が分からないだろう!――まさか、もう戻らないのか!貴様、命を何だと――!」

「いや、待って待って。落ち着ついて。部下の人たちは生きてるよ。城の外に飛ばしただけだから、無事な筈だよ」

すると男は素直に落ち着いた。

「そうか。それなら良かった。教えてくれてどうもありがとう」

「まぁ、うん……」

真っ直ぐ頭を下げた男に、トモエさんは歯切れ悪く返す。

「――しかし!それとこれとは話が別だ!」

いきなり男は斬り掛かった。トモエさんはそれを寸分のところで避けて、一足で切っ先が届かない距離まで身を引く。

「危な……。――ちょっとアンタ!わざわざ部下の行方を教えてあげたっていうのに、いきなり斬り掛かるのは卑怯でしょ!」

僕はトモエさんの表情に怒りが宿るのを初めて見た。怒ったトモエさんは、いつもよりもかなり幼く見える。

「確かにそうかもしれぬが、しかし泥棒相手に手加減不要!」

男は更に攻撃を続ける。仮に当たれば体が真っ二つになりかねない鈍い音を響かせながら、大剣はトモエさんに迫る。恐ろしいのはその速度だ。あの若い男は一撃必殺の重い攻撃を、まるで短剣でも扱うように軽々と小回りを利かせ、かつ反撃の隙を一瞬も許さない速さで振り回す。あの男、頭の方は相当お粗末なようだが、素人目に見ても間違いなく強い。トモエさんは全力で後方に退く事しか許されない。ジリジリと追い詰められ、そしてトモエさんの背中は壁にぶち当たる。その目前に男は立ち塞がる。僕からは男の背中しか見えないが、その鍛え抜かれた背中には寸分の油断も感じられない。仮に今僕が不意打ちを仕掛けたとしても、成功する気がまるでしない。だが、この勝負はまだまだこれからである。

「あらら、追い詰められちゃったよ。アンタ、馬鹿のくせに意外とやるんだね」

トモエさんは両手の平を壁に這わせ、男の迫る影を見上げた。

「勿論だ。俺は貴様のような輩を挫く為に日々鍛錬を積んでいるのだから。――貴様。今、馬鹿と言ったか?」

「うん。言ったよ。違った?」

「……確かに俺は頭が悪いが、しかし、出会ったばかりの貴様にそう言われる筋合いはないッ!」

挑発の乗り方が馬鹿だ、と個人的感想はさておき、男は大剣を大きく振り上げ、そして振り下ろした。それはまるで雷撃だった。その早業は僕の目では追いきれず、仮に捉えられたとしても、避ける事は不可能に違いない。そして、命中すればまず助からないだろう。肉も骨も関係なく断ち切られて、人体が綺麗に二つに分かれてしまいそうだ。しかし、現実にはそうはならなかった。それこそ、落雷が落ちたような体の芯にまで響く衝撃音が叩き切ったのは、トモエさんの体ではなく、コインだった。回避不可能な刃が振り下ろされたその瞬間に、トモエさんは広間に転がったコインの一つと入れ替わったのだ。男はその現象を認識すると、慌てて振り返り様に背後を薙ぎ払った。だが、大剣は空を切った。その判断は秀逸に思えたが、トモエさんは更にその先だった。発砲音、それから男の耳元すれすれをピストルの弾が通過する。弾丸はトモエさんと入れ替わり、トモエさんは男の背後に瞬間移動、先程まで追い込まれていた壁を蹴り、男に触れる――。

 その瞬間だった。若い男は驚異の反射神経でトモエさんを待ち構えていた。

「嘘だろ……」

視える未来が確定した。男は空を薙ぎ払った勢いを利用してそのまま一回転し、器用に身を捩ってトモエさんの手を避けつつ、トモエさんに攻撃を命中させられる体勢に持ち込み、既に降り終えていた筈の大剣の柄の先をトモエさんの脇腹に突き刺した。

「トモエさん――!!」

僕は思わず身を隠す事を忘れ、陰から飛び出したが、既に手遅れだった。それらの出来事は僕の伸ばした手の先で、とても追い付けない速度で過ぎ去った。

 トモエさんは聞くに堪えない呻き声を発して突き飛ばされ、激しく地面に衝突して尚勢いは死なずにしばらく床を転がり、そして止まった時にはトモエさんは気を失っていた。僕はトモエさんに駆け寄ろうと走るが、その直後には僕の首元に男の大剣が迫った。

「何者だ!」

僕は何も出来なかった。首元にチラつく死に怯えて、僕の体は固まってしまった。

「子供……?貴様は何者だ?」

男はついさっきの激しい戦闘が嘘のように息が荒れておらず、落ち着いていた。僕は、喉が縛り上げれているみたいに声が出なかった。男は僕のその様子を見て、言葉を続けた。

「刃を向けるのは申し訳ない。奴の仲間である可能性がある以上、妙な術を警戒する必要があるのだ。だが、怖がる必要はない。俺はお前が妙な動きをしない限り、決してこの刃を動かさないとここに誓う」

僕は自分が情けなくなった。僕が何も出来ない間に、物事があれよあれよと進んでいく。僕を置いて進んでいく。そのことがどうしようもなく情けない。でも、僕は何も出来ない。

「お前は、あの泥棒の仲間か?それとも、人質とかか?」

何も言えない。声が出ない。声は出ないのに、涙だけが出てくる。男は僕のその様子を見て、大剣を鞘に戻した。

「愚問だったな。手荒な真似、申し訳ない。君の身の安全は俺が保証する。もう大丈夫だ」

男はそれから僕を抱き寄せた。そして軽々持ち上げた。僕は抗わなくちゃいけなかった。

「必ず家に返してやる。よく頑張ったな」

そうじゃないんだ。男の優しさが僕を余計に惨めにする。僕は、僕はトモエさんに付いて行きたいのに、それなのに、僕は何も出来ない。たった一言、たった一動作で未来は変わるのに、それが恐ろしくて出来ない。情けない。僕は理解した。運命が覆らないのは、僕が運命に反抗しないからなのだと。


 その後、若い男はトモエさんを片腕で担ぎ上げると、僕たち二人を持ち上げたまま階段を降り、トモエさんが出現させた大岩を大剣で簡単に割って、塔から脱出した。僕は、気を失ったトモエさんの顔をずっと見ていた。男が一歩進む度に揺れる顔を、あんなにも嫌らしい笑みを浮かべていたとは思えない安らかで力の抜けた顔を眺めていた。

 塔を出るとトモエさんは手錠を掛けられた上で担架に乗せられ、どこかに運ばれていった。どこかと濁したが、間違いなく牢獄だろう。僕の身柄は対応に困っていた。どうやら、トモエさんが言っていた通り、僕の存在は隠されていたらしい。その後すぐに、たまに話を聞きに来るお偉いさんがやってきて、僕を引き取った。その辺りから眠気で記憶が曖昧になって、気が付くと、僕はいつもの部屋にいた。

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