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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
4/5

(4)誘拐.3

 塔の構造はシンプルそのものだ。階数は全七階、円形の外壁に沿うように反時計回りの螺旋階段が続き、一周する毎に部屋に繋がる扉が右手側、つまり塔の内側に現れる。そんな簡素で逃げ場のない構造が故に、普段警備兵は塔の入り口にしかいない。

 だが、今日は違う。僕の告げ口によって警備兵は増員されており、地上では塔を取り囲むように兵が群がり、塔内部では計八人の兵が二人一組で巡回を行い、更に最上階にも三人の警備兵が待ち受けている。僕の部屋は三階なので、宝物が保管されている最上階まで丸々四階分登らねばならず、その間に巡回している兵に見付からない事など有り得ない。その上、先程の銃声の件で地上の警備兵が今頃塔内部に流れ込んでいる事だろう。部屋に隠れたとしても、人海戦術ですぐに見付かる。もはや奴に逃げ場はない。ーーていうか、奴はどうやってここまで登って来たんだ?ここ、地上三階なんだけど……。


 破壊音が弾けるように響く。

「ーーよーし、開いた開いた〜」

現在の僕の視覚状況を説明しよう。鍵の掛かっていた扉の手前に奴の背中、奴の手には解体屋が使うような柄の長い鉄槌、その奥の扉は開け放たれ、鍵を固定していた金具が綺麗に外れてしまっている。金具の鋭い釘の先が、虚しくランタンの明かりを反射している。

 奴は指を鳴らす。すると、鉄槌は小さなコインへと姿を変え、奴の手の内に収まる。奴はそれをスカートのポケットに入れ、振り向く。

「さぁ、行こ」

奴は朝の散歩にでも誘うように清々しくそう言った。僕は寒気を感じた。運命を覆す”何か”を探る為とはいえ、こんな人について行って本当に大丈夫なのだろうか?


 僕は部屋から一歩踏み出す。あんなにも念願だった部屋の外だと言うのに、実感はまるで湧かず大した感慨も感じない。自分でも拍子抜けだった。

「どうかした?」

立ち止まって天井やら壁やらを見渡していた僕に、奴は振り返った。

「いえ、別に……」

僕はそう返事をする。

 その時だった。階段の下の方から地響きのような音が聞こえ始める。これは、足音だ。塔の外にいた兵が螺旋階段を登ってきている。足音は曲線を描く壁に反射して、徐々に、ただ確実に迫ってくる。

「おー、すごい足音だね」

奴は暢気にそう言うと、下り階段の方にコインを飛ばした。コインは親指の爪に蹴り上げられ、縦回転をしながら放物線を描き飛んでいく。すると次の瞬間、コインは大岩に姿を変えた。いや、恐らく正しくは、どこかの大岩と入れ替わったのだろう。大岩は轟音と共に両側の壁と天井を押し退け、砂埃を立てながら下り階段に鎮座し、通路を寸断した。これでは、登って来る兵士達がこれ以上進む事はないだろう。

「で、お宝は上だよね?」

奴は何事もなかったかのように身を翻し、上り階段の方を指差した。

「……はい」

僕はすっかり呆れてしまった。

 その後二回、計四人の巡回兵と鉢合わせるも、奴は見事な身のこなしで巡回兵の懐に入り込み、手で触れると、例の妙な術で巡回兵をどこかのコインと音もなく入れ替えてしまった。成る程これでは、どれほど警備を厳重にしようと盗まれてしまう訳だ。


 五階〜六階間・階段ーー。

「ねぇねぇ、リオくん。お姉さんに聞きたいことはないかね?」

十段ほど先を行く奴は、実に憎たらしく得意げにそう聞いてくる。

「いえ、別に……」

僕は何だか悔しいから平然を装って受け流してみせる。

「えぇー、ないの?」

「ありません」

「そう言って、ホントはあるんでしょ?」

「ありません」

「……ふーん」

奴は残念そうに唇を尖らせた。僕は逆に得意げな気分になった。

「じゃあ、逆にお姉さんが聞いてもいい?」

「え?まぁ……」

奴はあっという間に機嫌を取り戻し、階段の上から狙い澄ますように一瞬僕の顔を覗き込む。何だろう?未来視は視覚情報しか知り得ないから、何を質問されるのかは分からない。何だか妙に怖い。

「お姉さんね、少し前から色々調べてたんだよね。目当てのお宝はどこにあって、そこにはどういうお邪魔があるのかなって。で、当然この塔の存在に行き着いて、あれこれ探ってたんだよね」

何が言いたいんだ?奴の様子がなぜか異様に真剣に見えた。

「この塔はお城の中に入りきらなかった宝物を押し込んだ“蔵”みたいなトコで、お目当ての虛空の欠片は最上階にあって、警備は割と手薄でーー。まぁ、今日はなぜか沢山いるんだけどね……」

奴はそこまで言うと、立ち止まって僕の方に体を向けた。僕もその場で立ち止まって奴の姿を見上げる。

「でもね、君の存在は分からなかったんだ。毎日ご飯を届けてるから、塔の中に誰かいるんだろうなぁとは思ってたんだけど、それ以上のことは調べても何も出てこなかった。何でリオみたいな小さな子が、こんな寂れた塔に一人で閉じ込められているのか、お姉さん少し興味が湧いたんだ。ーー君はいったい何者なのかな?」

奴の瞳が僕を捉える。

「それは……」

僕は真っ直ぐなそれに耐えられず視線を落とす。

「何か悪いことでもしたの?」

「……いえ」

「じゃあ、なんで?」

「……」

こんな奴に未来視の事を話す訳にはいかない。だが、その前提がないと僕があの部屋に居た理由は説明できない。

「言いたくないこと?それとも、言えないようなこと?」

「……」

図星を突かれて僕はまんまと黙り込む。これでは、その通りだと自白しているようなものだ。けれど、取り繕う言葉が出てこない。

 ……いや、違う。そうじゃない。僕は気付く。取り繕う言葉が出てこないのではない。そんなもの、本当は幾らでも思い浮かんでいる。では何故、口に出さない。嘘を吐くのが怖いのか?それもある。嘘を吐くのは怖い。でも、それじゃない。それではない。では何故、なぜ僕は口を噤む?答えはすぐに見付かった。いや、既にそこにあった。そうだ。いつもそこにあったのだ。でも、徹底して視界に入れなかった。そして今も目を逸らし続けている。だってそれは、きっと醜いバケモノだから。本当に恐ろしいのは、直視することだ。一度直視したら、きっと僕は飲み込まれてしまう。僕は俯く。存在を感じながら、決して視界に入れないように、僕は俯いて今日もやり過ごす。

「ーー分かった」

空白を針で突き刺すような奴の声がそう言った。僕は何が“分かった”のか、言葉の真意を求めて顔を上げた。奴は、悪人とは思えない穏やかな顔をしていた。

「じゃあ質問を変えようか。リオはここを出たい?それともここに残りたい?」

そんなの、決まっている。

「出たい!……です」

僕は自分でも滑稽だと思えるほどに、その言葉に飛び付いた。すると奴は、数段降りて近付いて、心底可笑しいといった様子で僕の頭を軽くぽんぽんと撫でた。

「そっかそっか、分かったよ。じゃあ私、お宝と一緒に君も盗んじゃおうかな?」

「え……?」

奴はそれだけ言い残して翻り、再び階段を登り始めた。僕は取り残される。奴の本気か冗談かも分からないような言葉に惑わされ、その場から動けなくなってしまう。僕は助けを求めて、数段上の奴を引き留める。

「ーーあの、それって……?」

すると奴は振り返り、何が分からないのかが分からないといったような表情を浮かべたあと、何が分からないのかが分かったというような顔を一瞬して、それから悪戯っぽく微笑み、視線と共に銃口に模した人差し指で僕を捉えた。

「だから、お姉さんが可愛いリオくんを誘拐しちゃうぞ、ってことだよ。ちょっと難しかったかな?」

子供扱いが少々鼻に付くのはさておき、奴から放たれた言葉の弾丸は僕の心をいとも容易く撃ち抜いた。その一撃だけで僕の乾き凝り固まった心は硝子のように粉々に砕け、花弁のように舞い上がる。

「本当ですか!?」

「ホントだよ〜」

「でもなんで、そんなこと……?」

僕はもう必死で見上げる。目の前に垂れる蜘蛛の糸が本当に僕を救い得るのかを確かめるように、実に滑稽に見上げる。すると彼女は先程登った数段を足跡を立てて再び降り、見上げる僕を抑え付けるように頭にぽんと手を置いた。

「だって、あんなトコじゃ退屈でしょ?リオがどんな事情を抱えているのかは知らないけど、関わったからにはほっとけないもん。でもその代わり、道案内はちゃんとしてもらうからね〜」

「……は、はい!頑張ります!」

僕は顎で釘が打てそうなくらい必死に頷いた。すると彼女は膝を付き、表情を蕩けさせて僕の頭をわしゃわしゃ撫でた。

「そうかそうか〜。頑張ってくれ給えよ〜」

「や、やめてください……!」

何だろう、この感じ、まるでペット扱いで釈然としない。が、彼女の蕩けた笑顔を見ると、別にいいかという気も湧いてくる。全然釈然とはしないが……。

 でも分かった事がある。あの部屋での未来が視えなくなった理由、それは、この人が僕を助け出してくれるからだ。だから、この人と出会った事で視える運命が変わったのだろう。だが、まだ納得いかない事は山ほどある。まず何故この人に出会えたのか。その直前まで出会う未来など全く視えなかったのに、何故それが突然破られたのか。そして、これからの未来の事だ。今まででは有り得ないほど運命が不明瞭で、あらゆる未来が現れては消え、絶えず景色を変えていく。それ故か遠くの未来まで未来視が辿り着かず、今はせいぜい小一時間程度先しか視えない。僕の未来視の力が弱まっているのか、若しくは何か他に原因があるのか、その辺りは皆目見当も付かないが、兎に角、今はこの人についていこう。そうしたら、僕は本当にあの惨憺たる運命から逃れられるかもしれない。自由になれるかもしれない。こんな千載一遇のチャンス、絶対に逃す訳にはいかない。

「ーーあの、トモエさん!」

「ん?」

僕がいきなり話を切り出して、彼女は意外そうに撫でる手を止めた。

「この先、最上階の扉の前に手練れが一人います。勝敗は五分五分程度かと思われます。トモエさん、どうかお気を付けてください!」

未来視で視えた事を告げ口するなんて、そんな事していいのか分からないけど、これを伝える事で運命が少しでも良い方向に揺らいではくれないかと、僕はその可能性に賭けた。

「そっかー。うん、分かった。教えてくれてありがとね」

彼女は立ち上がり、振り返り際に僕の頭を再度軽く撫でた。

「リオに情報提供を受けた手前、情けないトコは見せられないもんね。その手練れとやらをパパッとやっつけて、華麗にお宝を頂戴しちゃいますか〜」

彼女は組んだ両手を天に伸ばしたあと、チラリと僅かだけこちらを振り向いた。例の試すような嫌らしい目だった。

「ーーね?可愛らしいお宝さん?」

「……!何なんですか、それ……?」

「揶揄って遊んでるんだよ〜」

そう言い残し先を行く彼女の背中は心底楽しそうで、僕はやはり悪魔的だと思った。女神などでは決してない。そう思いつつ、僕は彼女の背中を追って階段を駆け上がった。

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