(2)誘拐.1
未来が変わる事はよくある。例えば僕が、視えた未来と違う振る舞いをすると、過去の自分が視た未来とは少し違う現在が訪れる。だがそれは、あくびの出る時間が数秒遅れたり早まったりする程度の些細な違いで、日の出の時刻が決して遅れたり早まったりしないように、既にそうなる事が確実な未来が変わる事は決してない。つまり、些細な未来は変わる事があっても、運命が覆る事など有り得ない。
ーーそう、思っていた。
その筈なんだ。運命は変わらない。逃れられない。その筈なのに、これは一体どうなっているんだ。僕が視た未来に泥棒と接触するなんて未来はなかった筈だ。物事は僕の部屋の扉一枚向こう側を過ぎ去る筈だった。その筈なのに、僕は確かに今、泥棒と目を合わせてしまっている。その事に驚いて、腰を抜かしてしまっている。そんな事って、運命が覆る事なんて、そんな事が本当に有り得るのか?
地上からの篝火の灯りで泥棒の顔は薄暗く陰り、鼻筋と輪郭程度しか分からないが、僕の部屋から漏れるランタンの僅かな明かりを泥棒の瞳は瑞々しく反射し、ギッと僕を見詰めている事だけは分かる。僕は気が動転し、兎に角逃げ出そうと藻掻くが身体は言う事を聞かず、そんな僕を見て、泥棒の口角はニタリと上がり、ずらっと生え並ぶ歯が唇の隙間から白く覗いた。僕は震え上がった。奴は怯える僕を見て楽しんでいる。そう直感した。未来視もクソもない。生存本能が悲鳴を上げた。何としてでも逃げ出さなければ。でなければ殺される。だが手足は震えて力が入らない。吐く息は水分を奪い、吸う空気は乾燥してますます口が渇く。肺は沸き立ち、心臓が僕を急かす。その癖、頭は恐怖で一杯一杯で、まるで使い物にならない。
すると泥棒は、どこからか取り出したピストルを僕に向けた。銃口と目が合った僕は咄嗟に目を閉じ、両腕で顔を覆った。殺されるーー!
だがその瞬間、僕は不思議な未来を視た。
泥棒はピストルを発砲し、発射された弾丸は鉄柵の間をすり抜け、ガラスを突き破り、そして僕に迫るその瞬間、弾丸は何と人へと姿を変えたのだ。僕はその未来を視た途端に目を開けた。僕の中で、好奇心が恐怖を上回った。
そして、その現象は実際に目の前で起きた。城内に発砲音が高々と響き、銃口の奥から一瞬の発火とともに弾丸が飛び出し、ガラスに放射状のひびを広げ、弾丸が僕に迫ったその瞬間、やはり弾丸は人へと姿を変えた。その一部始終を二度目撃して僕は理解した。弾丸が人になったのではなく、弾丸と、窓の外の泥棒の位置が入れ替わったのだ、と。いや、依然意味は全く分からないが、しかし目の前で起こった事実を忠実に言い表すとそうなるのだ。確かに入れ替わりは起きた。弾丸は突如として、先程まで泥棒がへばり付いていた窓の外に現れ、夜空に向かって赤い直線を描いて飛んでいき、そして、先程まで窓の外に居た筈の泥棒が、人は凡そ通れない鉄柵を超え、ひび割れた窓ガラスを越え、僕の目の前に現れたのだ。
何がともあれ、僕は死を悟った。何が起きたのか理解はできないが、一つだけ確かな事は、最後の砦であった鉄柵が突破され、そして僕は今から殺されるだろうという事だ。それは未来視ではなく憶測だが、それほど的中率の高い憶測はないだろうと思った。泥棒が目撃者を生かす筈がない。しかし、その憶測は外れる事になる。泥棒は手を差し伸べてきた。僕はその手に思わず顔を上げると、泥棒の姿が目に飛び込んできた。部屋に侵入した事で、ランタンの明かりが全身を照らしていた。
「え……?」
僕は自分の目が信じられなかった。泥棒は、10代後半と思われる少女だったのだ。
ーーと、現在年齢9歳の僕が言うのも変な話だとは思うのだが……。




