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第6話 〝ストーカー〟

 ——。歓声が聴こえる。


 熱狂が渦巻いたステージの上を、興奮と期待で彩られた喝采が満たしている。


 周りをぐるりと囲むのは、星のように輝いた幾千もの瞳。

 色とりどりの視線の先にあるのは、煌々とその〝魂〟を燃え上がらせる太陽——。


 少年たちはその注目を一身に集めていた。


 なのに、不思議だ。

 少年の心は妙に落ち着いていて。


 滑らかに指を踊らせて、その手に握る楽器をはじいていく。


 すると、奏でられた音が碧く輝いて世界に飛び散り、燃える瞳の煌めきと喝采が最高潮に達して——。


 ああ、楽しい。

 やっぱり、〝ロックンロール〟は最高だ。


 ……でも、どうしてだろう?

 突然、少年の手が動かなくなる。


 石像にでもなったみたいに、ぴくりともしない。


 なんで。どうして。

 おかしい、おかしい、おかしい……!


「……——? どうしたん?」


 少年の異変に、どこかから少女の声が聞こえてくる。

 だがその心配げな響きが、少年をさらに追い詰める。


 ——なんで、なんで、なんでっ……!


 だが焦れば焦るほど、両手は震え、言うことを聞いてくれない。


 ——動け、動けよ、動いてくれよ……!


 呼吸が乱れる。

 息が苦しい。

 胸が痛い。


 ——誰か、誰か、誰か、


 助けて——。


「あ……」


 しかし遂に。

 掠れた声が漏れて、少年から力が抜けていき、


「——! だ、誰か来て! ——が……!」


 床に伏した少年の意識は暗く沈んでいく。

 うわ言のように呟くのは、誰かへの謝罪か、あるいは自分への言い訳か。


 違う、違う——違うんだ、俺は……俺は——!


 ……そうして。

 少年は〝夢〟の世界から拒絶された。



♫——♫——♫



「——っ!!」


 バッと布団を払いのけるようにシオンはベッドから身体を起こした。

 乱れた呼吸とともに汗がじんわりとほおを流れていく。

 それから弾かれたようにその首を左右に巡らせて、ここが自分の部屋であることを実感し、


「……ちっ、久しぶりに嫌な夢を見たぜ」


 最悪な朝の目覚めだった。

 人生の中でも十指に入る嫌な目覚めに、シオンは頭を振って汗で湿った髪をかきあげる。


「……今更、あんな夢を見るなんてな」


 これも全部、あのエルフの少女——ルナのせいだ。


 ——『わたしと一緒に、もう一度、ロックンロールをやろうよ!』


 フラッシュバックする昨夜の言葉を思い出し、シオンは奥歯を噛みしめる。

 どうしようもないことを言って、どうしようもなく困らせてくる、どうしようもないくらい勝手な奴。


「……ま、もう会うこともねえだろうけどな」


 この街——ユグドラシティは広い。

 連絡もなしに知り合いとばったり会うなんてことは、過ぎ去った流れ星を手に掴むようなもの。

 神さまが気まぐれでも起こさない限りは、少女とはもう二度と会うこともないだろう。


「ふぅ、さてっと。今日はバイトか、めんどくせえー」


 必要以上に大きな独り言を呟きながらベッドから抜け出したシオンは、洗面所で顔を洗い、歯を磨いてから台所に行く。

 朝食のために買いだめしてあったシリアルに手を伸ばしかけて、


「節約、しねえとな……」


 つい最近、予定にない散財をしたばかりだったのを思い出す。

 次の給料日まで削れるところは削っていかなければ、二週間後のシオンが死ぬことになる。


「はぁ……まかないがあるのだけが救いだな」


 空腹を訴える声を水道水でごまかし、着替えを済ませたシオンは家を出た。


「——あ、おはよーシオン! 早いんだねっ!」

「…………は?」


 が。


 家を出たところで遭遇した思いもよらなかった光景に、シオンは呆然と動きを止めて間抜けな声を漏らすことになった。


「あれ? どうしたのシオン? 朝から元気ないね、お腹でも痛いの?」

「…………なんでいる?」


 思考回復までにたっぷりと時間を要して、ようやくそれだけを口にしたシオン。

 目の前で佇む異物——ルナメルディ・ハイドランジアは昨夜と変わらない出で立ちで、その整った顔を微笑ませてくる。


「えへへ、昨日言ったじゃん! 絶対諦めないって! シオンが頷いてくれるまで、わたしはふたいてん?の覚悟だよ!」


「…………なんで、俺の家を知ってる?」


「あ、それはねっ! この子が教えてくれたの!」


「……この子、だと?」


 シオンはルナが指し示した先を見る。

 すると、そこには周囲を舞うようにふわふわと握り拳くらいの大きさをした緑色の光が浮かんでいた。


「まさか……」


 その正体に気がついたシオンは驚きに目を見張る。


「〝精霊〟か……?」


「そ! わたしの友達! グリ子って言うんだよ。どう? 可愛いでしょ?」


 ふわふわと舞う光を手のひらの上でもて遊びながら得意げに頷いたルナ。

 シオンは頭がおかしくなりそうだった。

 

「……精霊が人前に姿を現す、だと? ……いやまあ、もうそれはいい」


 全然良くないが、百万歩譲って理解を呑み込む。それから冷めた視線を少女に送り、


「……んで? その精霊と、お前がここにいることになんの関係があるんだ?」


「だから教えてもらったんだよ! シオンの家の場所をね!」


「……なんでその精霊は俺の家を知ってるんだ?」


「昨日の夜こっそり付いていって貰ったの!」


 悪びれもせずに言うことじゃない。


「……そうか。つまりはストーカーってわけか」


「むぅ失礼な! わたし、ストーカーなんかじゃないよ!」


「……お前よくこの状況でそんなこと言えるな? いいか? 朝っぱらから家の前で待ち伏せするやつのことをな、この街ではストーカーって言うんだよ」


 頭痛が酷くなってきた。

 このまま警察に突き出してやろうかと真剣に考えていると、


「だ・か・らっ! ホントに違うの! ほら、これっ!」


 心外だとでも言うようにその両腕をぷんぷんと振り回したあと、ルナはスカートのポケットから何かを取り出して見せてくる。


「……? なんだよ、それ……?」


「落とし物!」


「……誰の?」


「シオンの!」


「俺の……?」


 もう一度よく目を凝らしてみる。

 何かのカードだろうか。

 確かにそのデザインには見覚えがある気はする。


「昨日シオンが立ってた場所に落ちてたから届けに来たの! ね、ストーカーじゃないでしょ?」


「……そうか。悪かったな」


 受け取ろうとしたところで、ルナはパッとその手を背後に隠す。


「……おい、どういうつもりだ?」


「ムフフ、返してほしかったらわたしのお願いを聞いてよ!」


 またベタなことを言う。

 シオンはやれやれと肩をすくめて、


「……いいぞ。ロックンロールをやれって話以外ならな」


「一緒にロックンロールをやろうよ!」


「……聞けよ」


 相変わらずの話の通じなさ。

 シオンはため息を吐いて、ルナの脇を通って歩き出す。


「あ、ちょっと! いらないの?!」


「いらねーよ」


「大切なものなんじゃないの?」


「俺がどっかの誰かが落としたどっかの会員証を集める趣味のある変態だとしたら、そうだな、確かに大切なもんだよ」


 つまりはゴミということだ。

 ひらひらと背中越しに手を振って、シオンは歩き出した。


「もー、待ってよ! どこ行くの?」


「……バイトだよ」


「バイトってなんの?」


「……カフェ」


「あ、じゃあわたしも行く!」


「…………勝手にしろ」


 どうせ付いてくんなと言っても無駄なのだろうなと、シオンは諦めのため息を吐いて歩みを進めていくのだった。

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