第13話 〝奢ってください〟
「さて、これでギターにベース、そしてドラムが揃ったわけだが」
何度か演奏を合わせた後、スタジオ近くの喫茶店に場所を移したシオンたち。
注文を終え、大方の品が運ばれてきたところでシオンは話を切り出した。
「もう分かってると思うが、ロック・バイ・ニュービーズの優勝を目指す上で、俺たちには無視できない致命的な弱点がある」
カジュアルなBGMが流れる店内。
シオンはいちごのショートケーキに舌鼓を打っているエルフを指して、
「——。こいつのギターが破滅的に下手くそだってことだ」
「むふふ〜美味しい! やっぱりこっちを選んで正解だったよ!」
「失礼。拙者の抹茶パフェがまだ届いておらぬようだ。忙しい身とは思うが拙者のために用意してくれると有難いでござる」
「……聞けよ、お前ら」
好き勝手やっている二人。
ルナは上機嫌でスプーンを口に運び続け、ウィルはウィルでまだやってこない注文品を店員に麗かな声で催促している。
なぜ自分が一番やる気のある奴みたいになっているのか。
「いや、待てよ? 考えてみればその通りじゃねえか?」
ロック・バイ・ニュービーズに懸ける想いはそれぞれだ。
ルナはちょうどいいから参加してみようかという程度だし、言うまでもなくウィルはただの助っ人だ。
優勝に時給二倍とヒゲ親父の約束がかかっているシオンこそが、いちばん大会に懸ける想いが大きいのかもしれない。
「ふむ、しかしシオンよ」
と、ようやく運ばれてきた抹茶パフェをひと口分だけ匙で掬い取りながらウィルは言う。
「ロック・バイ・ニュービーズまであとひと月余りであろう? ルナ殿の技量を考えるに、優勝を目指すのはいささか無謀ではござらんか?」
ルナが全くの初心者であることはすでにウィルにも露呈している。
意味深な言動でハードルを上げてやった割には淡々と受け入れていた。
おそらく興味ないのだろう。どこまで行っても所詮は助っ人なのだから。
「……ま、普通に考えればな。だが可能性はあると俺は思ってる。ウィルは知ってるか? 大会の詳しいルール」
「否。先も言ったように拙者は参加したことがないゆえ、詳しい規定は知らぬでござるよ」
「ならちょうどいい。今から説明するから、ルナと一緒に聞いてくれ。ルナもいいな?」
「むふふ、いちごは最後に取っておくのがわたし的ルール! むしろいちごこそが本体だよ!」
「よし。ルナも大丈夫そうだな」
「……拙者にはそうは見えぬでござるが?」
大丈夫、こう見えても結構聞いてるのがルナだ。
シオンはコーヒーで喉を潤してから話し始める。
「まず基本的なことだが——」
ロック・バイ・ニュービーズには例年二十組程度のバンドが参加する。
審査は予選と決勝に分かれており、予選は採点方式で順位が争われ、その上位十組が決勝へと駒を進める。
予選、決勝ともに各バンドが演奏できるのは一曲のみ。
オリジナルの曲が基本だが、指定された十曲の中から選ぶことも可能となっている。
「つまり予選と決勝を合わせても演奏するのは二曲。その二曲だけでも無難に演奏できるようになっておけば、優勝も不可能じゃないってわけだ。相手も新人ばかりのはずだからな」
とは言ってもロック・バイ・ニュービーズの参加規定には〝結成三年未満かつメンバー内にひとりでも本大会の参加歴のない者がいるバンド〟という事項があるだけ。
シオンたちのように個人個人として見れば新人らしからぬ技量を持った猛者は何人かいることだろうがな。
「ふむ、二曲でござるか。ならば技量を誤魔化すことは可能でござろうな。みな完成度を高めてくるがゆえに、差がついたとしても百点満点の点数で言えばせいぜい十点前後。そしてロックンロールは演奏だけが全てではござらん」
「ああ。演奏での差がわずかとなると、勝敗を分けるのは——」
「歌次第、ということでござるか」
「そういうことだ」
シオンは首肯すると、傍でニコニコと頬張り続けるルナの頭に手をやって、
「そして〝演奏〟ではなく〝歌〟という観点から見た場合、こいつの評価は逆転する。俺たちにとっての致命的な弱点が、最強のストロングポイントになるんだ」
「ふむ……理屈はわかるでござるがな……」
ウィルはパフェのクリームに突き刺さっていたチョコクッキーを取ってポリポリと咀嚼しながら、
「拙者はまだルナ殿がどんな歌を紡ぐのかをまったく知らぬでござる。が……それでも優勝を目的とするのならば、それこそ拙者が探し求める歌い手レベルになるやもしれぬ。それほどまでの力がルナ殿にあるのでござるか?」
半信半疑といったふうに首を傾げるウィル。
その指摘もわからなくはないが、
「お前がどんなボーカルを評価するのか俺は知らない。だが少なくとも、ルナの歌を評価しているのは俺以外にももうひとりいる」
酒場の親父からの評価にどれほどの価値があるのか定かではないが、それでも長年ユグドラシティで商売を続けてきた男だ。
信頼してもいいんじゃないだろうか。
「亀の甲よりも年の功、でござるか。ふむ……しかし結局のところ、実際に聴いてみないことには分からぬでござるな。百聞は一見に如かず。他人の評価を鵜呑みにするほど拙者も落ちぶれてはいないゆえ」
「ああ、わかってるよ。この後はルナに歌ってもらう」
「——え、歌っていいの?!」
いちごを堪能しながらも、ちゃんと話を聞いていたらしいルナはその言葉に翡翠色の瞳を輝かせる。
「……。ああ、全力でな。お前の歌でウィルを月まで飛ばしてやれ」
「全力! 月まで! わぁ! なんだかすっごくワクワクしてきた!」
ルナは頬を綻ばせる。
「なら早く行こうよ! わたしとっても歌いたい気分!」
「うむ。拙者も大願を果たすために犬馬の労を厭わない主君を探し続ける立場ゆえ、ルナ殿の歌を聴くのも楽しみでござるよ」
「むぅ、また難しい言葉遣いだ。ウィルは変わり者だよー」
「フッ、拙者が変わり者なればエルフの身でロックンロールを志すそなたも変わり者でござるよ、ルナ殿」
「えへへ、確かに! 一緒だね! 変わり者仲間!」
笑い合う二人を尻目にシオンはコーヒーを飲んで、
「……。ま、ひとつだけ言っておくが、ウィル」
「なんでござるか? シオンの分は奢らぬでござるよ?」
「……それは奢ってください」
スタジオに列車代。
もう財布は限界だった。
「フッ、拙者の気分次第でござるな。ひとまずここは拙者が支払うでござるが、ルナ殿の歌声が拙者の期待にそぐわぬ場合、シオンの分は返してもらうでござるよ」
「……。なら、お前は奢ることになるよ」
シオンはもう一度コーヒーを流し込むと、エルフの少女に視線をやって、
「——こいつは〝怪物〟だからな」