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第9話 〝新人戦〟

 紺碧の空をぼんやりと眺めていると、雲雀が鳴く声が聞こえた気がして、シオンは鳴き真似をするように口笛を吹いてみた。


 ぴゅるぴゅる、ぴゅるぴゅると抜けるような音が店の軒先に響いていく。

 目を閉じると風がバックコーラスを気取るようにふわりと前髪を持ち上げてきて、春らしい陽気さにシオンの口笛も興が乗ってくる。


 鳴き真似から曲真似へと変化させながらも、しばらくそのまま口笛を吹き続けていると、やがて店の扉が中から開き、チンリロリンとドアベルが奏でる涼やかな音色とともにルナの姿が現れる。


 ルナは口笛を吹くシオンを見て、その頬を柔らかく緩ませてきた。


「シオンってさ、口笛好きだよね。一昨日も吹いてたし」

「……ま、否定はしない。横好きだけどな」


 シオンは肩をすくめるとルナに向かって訊ねる。


「なに話してたんだ?」

「えへへ、内緒! シオンをよろしくって!」


 ひと足先に店を出たシオンとは違い、ルナはヒゲ親父から話があるとかで呼び止められていた。

 その話の内容が気になって訊ねてみたのだが、元気よく笑うだけで答えてはくれなかった。

 しかし好奇心以上に気にする理由もないので、シオンもそれ以上追求はせずに話を変えることにする。


「——で、これからどうすんだ? あの親父は本気だぜ? 本気で俺たちに賭けてくるぞ」

「きっと期待してくれたんだよ! 頑張ろうねっ!」


 ふんすっという擬音が似合う仕草で決意を表明するルナ。

 前向きというか何というか、本当にエルフとは思えないポジティブさだ。


「はぁ、お前の楽観的な性格が羨ましいよ。わかってるのか? 失敗したら俺たちはお終いなんだぞ?」


「えへへ、失敗したときのことを考えたってしょうがないよ! だって——」


 碧く澄み渡った空の下。

 背負ったギターケースを揺らしながら、ルナメルディ・ハイドランジアは歌うように宣言した。


「わたしたちは絶対——〝ロック・バイ・ニュービーズ〟で優勝するんだから!」



♪——♪——♪



「——。条件、付けさせてもらうぜェ」


 獰猛なヒゲを光らせながら、そう言って頬を持ち上げたヒゲ親父が叩きつけてきた紙には手書きではない機械的な文字が踊っていた。


「……んだよ、これ?」

「ガッハッハ、コイツァ〝ロック・バイ・ニュービーズ〟の参加申込書だ!」

「ろっくばい、にゅーびーずぅ? なぁに、それ?」


 小首を傾げて不思議そうにしているルナ。

 その名前に心当たりのあったシオンは呟く。


「……大会の名前だよ。まだロックンロールを始めたばかりのやつらが参加する大会のな」


「ガッハッハ! 要するにまァ、ロックンロールの新人戦ってやつだな!」


「え、新人戦!? そんなのあるんだ! わたしも出たいっ!」


 説明を聞いたルナはすぐさま目を輝かせて参加の意思を示す。


「ガッハッハ、嬢ちゃんならそう言うと思ったぜ!」


「それっていつあるの? 明日、それとも明後日?」


「さすがにそんな早くはねえなァ、一ヶ月後だ!」


「一ヶ月後! うぅ待ちきれないよ~!」


 拳をぎゅっと握りしめて興奮を表現しているルナ。

 シオンはその様子を見ながら思う。


 確かに〝ロック・バイ・ニュービーズ〟に限らず手近なイベントを目標にするのはいいことだ。

 少なくとも、ヘブンズ・オブ・ロッカーを目指すためには名をあげて行く必要がある。

 最近は〝RockTube〟などネットを通じて活動している者たちもいるが、やはり生の演奏が人気に占める比重は依然として大きい。


 始めて一ヶ月のガチの初心者にうってつけかは知らないが、実際、〝ロック・バイ・ニュービーズ〟は多くの著名なロックンローラーが過去に参加し、その才能を世に知らしめてきたことで有名だった。


「ガッハッハ、直近で言やァ『THE SUNSET SKY』や『ロック・オン・アイス』、あとは『ドドド・ドワーフ』なんかも過去に参加してやがんなァ」


 ヒゲ親父が挙げたように、今やヘブンズ・オブ・ロッカーの有力候補として名を馳せる若手ロックバンドたちの登竜門的大会。

 その優勝を目指し腕を磨くことは基本的な道、王道と言えるだろう。

 しかし問題がひとつある。


「待てよ親父。今年の参加募集期間はとっくの昔に終わってるはずだろ? 来年の分ってことか?」


 ロック・バイ・ニュービーズの参加申し込みは例年開催される二ヶ月前までには締め切られる。

 ゆえに今からの参加申し込みは不可能なはずだった。


「ガッハッハ、嬢ちゃんは運がいいぜェ! 常連の中にこの大会の関係者がいるんだが、前に欠員が出たってぼやいててよォ、いい奴らがいたら紹介しろって頼まれてたんだ!」


「……便利すぎだろ、酒場の親父」


「ハンッ、顔とヒゲが広くねえと商売なんてやってられねえからなァ」


 と、ヒゲ親父はニッと曲げたヒゲをルナに向けて、


「で、どうする嬢ちゃん? 嬢ちゃんが出たいってんなら伝えといてやるぜェ?」


「うん! もちろん出るよ!」


「ガッハッハ、そうこなくっちゃなァ!」


 わくわくという擬音が似合う表情を浮かべながら、ルナは「えへへ~」と腕をぶんぶん振りまわしている。


「楽しみだなぁ~! わたしとシオンと、ヒゲ爺で出るんだよね!」


「ガッハッハ、そいつァ無理だぜ嬢ちゃん。小僧はともかく、ワシは酒場のジジイだ。本職じゃねェ下手くそなジジイが出ても笑い話にもなんねェよ」


「ええーそんなことないよ! ヒゲ爺のドラム、わたしとっても綺麗だって思ったもん! 一緒にやろうよ!」


「へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」


 誇らしげにヒゲを撫でるヒゲ親父。


「だがよォ、嬢ちゃん。大樹のてっぺん——ヘブンズ・オブ・ロッカーを目指すってんなら、ワシみてえなヒゲだけが取り柄のジジイじゃ役者不足よ。ガッハッハ、それにワシの〝魂〟は酒場の神に捧げちまったからなァ! 今さら他の神に浮気するわけにはいかねえのよォ!」


「……親父の言う通りだよ、ルナ。ヘブンズ・オブ・ロッカーは化け物たちの住処だ。化け物に対抗するためには相応の覚悟がいる。ロックンロールに〝魂〟を捧げようって馬鹿やろうだけがたどり着ける場所だ。覚えとけ」


「むぅ……、わかったよ」


 渋々といった様子だがどうやら納得したようだ。

 だがそのままルナはくるりと表情を明るくさせ、


「でも、シオンは一緒に出てくれるんだよねっ!」

「……俺は」


 キラキラとした期待に彩られた翡翠色の瞳がまっすぐシオンを射抜く。

 その眩しさにシオンは視線を落として、


「……出ねえよ」

「なんで!?」

「……なんでもクソも、最初っから言ってるだろ。俺はもう、ロックンロールはやめたんだ」


 そう。何度も言っていることだ。


 確かに、ヒゲ親父の言葉に揺らいだりもした。

 なるほど、シオンの〝魂〟とやらはルナの歌声に惹きつけられているのだろう。

 その〝魂〟がロックンロールの神様とやらに捧げられていたこともあったのだろう。


 でも。


「……。とっくに錆びついちまってんだよ、俺の〝魂〟は」


 もう二年。

 その間、禄に誰かと演奏もしてこなかったシオンの〝魂〟は深海の底、月の光さえ届かない暗闇に沈んでしまったのだ。

 今さら釣り上げられたところで、とっくに錆び切っている。


 本気で〝頂上〟を目指すバンドに、そんな存在がいても足手纏いになるだけ。


 だから断る。

 それだけのこと。


 ……。なのに。


「ガッハッハ! 寝ぼけたこと抜かすな小僧! 錆びたもんってのはな、磨けば輝きを取り戻すんだよォ、たとえソイツが〝鉄〟だろうが〝宝石〟だろうが〝魂〟だろうがなァ!」


「……」


 決してシオンに諦めを許さないヒゲ親父はその太い指を一本立てて、


「とりあえず一ヶ月、〝ロック・バイ・ニュービーズ〟の期間限定でもいいさァ。嬢ちゃんと一緒に過ごして、嬢ちゃんの元気を爪の垢くれえは分けて貰えェ。んで少しはマシなツラになってみせろよォ、シオン」


 酒場の親父は獰猛な、しかし太陽の如き笑みを浮かべたのだった。

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