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第1話

 空を様々な弾丸が飛びかう。

 青く輝くもの、金色の雷を放つもの、そのそれぞれが凄まじいまでの勢いで突き進む。

 当たれば致命傷となるは必定。しかし、それらをまともに食らった側は平然と立ち尽くし、あまつさえ直後に激しく動いてみせた。

 人ならざる者の有り様。それもそのはず、銃を構えるものたちの前に立ちはだかるのは、確かに異様の存在であった。

 頭が牛やライオンの形をした巨人、そして悪魔を象ったと思われる動く石像たちーー

 一昔前ならば、ファンタジーや空想という言葉で片付けられるはずの存在。

 ーーだが、そいつらはまず間違いなく俺たちの目の前にいる。

 無駄に伸びた整わない前髪が目にかかりそうな風貌の青年は、重心が長めのアサルトライフを構え直し、対象に目を凝らした。

 単純にモブと呼ばれる怪物たちは、つい三〇分前までは平和な空気に満ちていたはずの地下街に、確かに存在していた。その周囲を様々な武装で身を固めた人間たちが取り囲み、多くのものが銃器を構えている。

 |Cyrus Mk.4《 サイラスマークフォー》という名のアサルトライフルを持つ男、庵もその一人だ。間合いを調整するようにジリジリと後ずさると突然、敵が一気に動き出した。

「雷電さん、後ろ!」

 左方五メートルのところにいるはずのいかつい顔をした先輩ハンターに鋭く声をかけると同時に、銃口を素早く反転させる。

 いつのまにか敵に、こちらの背後に回り込まれていた。挟撃の形ができたところで、モブたちが一気に連動して動き始めたのだ。

 迂闊だった。知能が低いと勝手に思い込んでいた敵は、こうした戦術を駆使するほどにはむしろ頭が冴えていたのだ。

 雷電だけでなく他のハンターたちも一斉に振り向き、すぐさま迎撃しようとした。

 しかしそうすれば、今度は前にいた敵たちが襲いかかってくることになる。

 ーーやばいッ! どうしたらーー

 自分だけはあらゆる方向に注意を向けるべきだという本能にも似た感覚に従い、何もいないはずの右方向へ視線だけ向ける。

 そこにはダンボールが二つあるだけで、少なくとも敵はいないーーように見えた。

 だが、物音は上方から。

 はっとして顔を上げると、翼を広げた黒光りする石像がまさに急降下を始めたところだった。

 悲鳴を上げる間もなく、反射的に銃のトリガーを引く。

 消音消炎器サプレッサーの付いた銃口から、青い輝きをまとった弾丸が立て続けに放たれた。

 狙いあやまたず、それらは対象の額を的確に捉え続け、砕けた石像の破片が四方八方に飛び散る。

 だが、想定外のことが一つだけあった。

 ーー倒れない!

 一〇発以上の5.56mm NATO弾を食らったというのに敵は怯むことさえなく、勢いを殺さずそのまま突っ込んでくる。

 まずい、と思った時にはもう、硬質な顔をした敵はすでに眼前にいる。

 とっさに身を横にして石の腕による一撃をかわしつつ、庵は右腕を振った。

 ゴンッ、という鈍い音とともに今度こそ空飛ぶ石像は固い床に倒れ伏した。

 庵は敵の攻撃を避けつつ、銃の銃床《 ストック》の部分を利用してコンボのように扱い、相手を叩きのめしたのだ。

「銃にはこういう使い方もあるんだよ!」

 狙い通りにいったことに喜びを感じながらも、庵はすぐさま後方に向き直った。

 相棒バディである雷電らは、予想どおり明らかに苦戦していた。

「雷電さん、あんまり前に出ない方がいい!」

「分かっとる! だが、ここで押し返さないと全員やられるぞ」

「それはそうだけど……」

 この戦線において、味方は危険な水準にあった。不意打ちに近い形で襲撃を受け、ただでさえ混乱しているところに予想以上の数が来た。

 このまま押し込まれたらーーそれを思うと、雷電が無理をしてでも前に出たくなる気持ちもわからなくはなかった。

 援護すべく、庵はすぐに自分も銃を構え直した。トリガーを引き、発射時の振動をストックから感じながら弾をばらまくようにしてひたすらに撃ちまくる。

 無数にいるモブは、一人、また一人と倒れ、確実にその数を減らしていく。

 しかし、その絶対数は圧倒的だ。どんなに戦い、どんなに撃ち続けても相手を押し返すことだけはついにできなかった。

 ーーくそッ、くそッ!

 倒れているのは敵だけではない。味方もいつの間にか無事なものは少なくなり、敗色はどんどんと濃くなっていく。

 自分のすぐ横で、一人のハンターが仰向けに倒れた。小さいトカゲのようなモブが背後から来て襲いかかってきたことに気がつかなかったのだ。

 一瞬で裏に回り込まれたという事実。おそらくこの個体単独の行動だったのだろうが、後ろからも敵がやってくると思い込んだハンター側は一気に恐慌状態に陥った。

 悲鳴や呪いの言葉を吐きながら味方の戦線が崩壊していく。そこを敵が逃すはずもなかった。

 否、隊列が崩れた時点で《《全ては終わっていた》》。

 モブの群れはまだ余力を残していたのだろう。堰を切ったように一気に流れ込んできた。

 見知った仲間たちが、次々と奔流に呑み込まれていく。声をあげることすら叶わなかった彼らは、最期に何を思ったのだろう。

 庵の眼前にも狂気が訪れた。怪物の群れが波のごとく押し寄せ、一瞬で視界を奪う。

 もうだめだ。

 誰もがそう思った。

 一条の閃光が眼前を貫いたのはまさにその時だった。遠距離を飛び来ったと思われるエネルギーの塊が敵集団の中央に吸い込まれていき、直後、内側から弾けた。

 轟音とともにモブが一気に爆散し、嘘のように煙が立ち昇る。

 いおりらが呆然と見つめている横を、今度は〝何か〟が飛び越えていく。

 それは、輝く剣を持つ戦士だった。大振りの得物を大げさなほどに振りかぶり、迷わず叩きつける。

 両腕でガードしようとした巨体のモンスターは刀身が描く軌跡を真正面から受け、文字どおり両断されて光る粒子となって霧散した。

 そこからの戦いは一方的だった。〝魔法〟や〝魔法具アーティファクト〟の使い手たちが次々と参戦し、敵の集団をいとも簡単に《《消し去っていく》》。

「これが魔術師の戦い……」

「そうだ、〝持つ者たち〟の戦いだ」

 よろめきながらも起き上がる庵の横で、いつの間に来ていたのだろう、汚れ切った姿の雷電がガトリング砲を肩に担ぎながらつぶやいた。

 彼らの戦う光景は圧巻だった。さまざまな色の光が飛び交い、敵と戦うというより派手な舞台の演出に巻き込むように動き回る。

 そして照明のような輝きが収まったあとには、主人公たち以外の何も残らない。それだけだ。

 そのとき、初めて庵はモブのモンスターたちに憐れみを抱いた。

 どこまでいっても彼らの引き立て役でしかないとしたら、自分たちの存在にいったいなんの価値があるというのだろう。

 ただの引き立て役でしかないとしたら。

 強烈な無力感に襲われながら、庵は我知らず小銃アサルトライフルの銃把を誰よりも強く握りしめた。

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