時間泥棒と少女
「自由」の無い人生に、生きててなんの「意味」があるのだろう?
「欲しいですか?」
「………えっ…?」
私以外、誰も居ないと思っていた室内に、声が聞こえた。知らない、声が。
「……誰っ?!」
「おや失敬。私、“時間泥棒”という者です」
そう言って現れた人物--亀は、ニッコリと笑みを浮かべた…様に、見えた。
【自由を得た少女】
「……時間、泥棒…?」
えぇ、と頷く亀に、私はある疑問を口にする。
「喋れるんですか?」
「喋るも何も……あー…貴女、今私が何に見えます?」
「えっ?……“亀”、ですけど…」
そう答えた私に、「珍しい……」と感嘆そうに亀は呟く。
「長く感じるんですか?」
「……えっ…?」
「“時間”」
「っっ…」
息を呑んだ。誰にも…私を愛してくれる両親でさえ、言葉にしてない事を、言い当てたのだから。
生きてても、なんも、「楽しくない」のだ。
自由に身体を動かせず、1日の大半は、病室で過ごす日々。窓越しから見える“外の世界”の人達は、「現在」を楽しんでるのに、私は--
「ツマラナイ」
「!」
「そんな時間、変えたくありませんか?」
「………ッ……」
非・現実的な、問い掛けだと思った。私には、変える事の出来ない時間だから…。
(“ツマラナイ時間”は、生まれた時からの、宿命なのにね?)
「変えられますよ」
「!?…あ、あ、あアナタっ、さ、さ、ささっきから……っ!」
「?貴女にとって、“心の声”でしたか?すみません、気を遣わなくて…」
「……………嘘でしょ?」
唯でさえ、亀が喋る事自体が非現実的なのに、心の中まで覗き見れるなんて……。ってか、コレは現実?私にとって、都合の好い「夢」をみてるだけなんじゃ--
「ッ!?……イタイ…」
古典的だが、頰を抓って「現実」か如何かを確かめると、痛みが生じた。…って事は、目の前で亀が喋ってるのも、しかも心の中を覗かれてるのも、現実という「事実」。
夢じゃ、ない……!
「………何が望みですか?」
「…はい?」
「死神?それとも悪魔?」
「………オカルト系の読み過ぎです。病院に長く滞在してるのに、よく読めましたね」
「余計なお世話よッ!ってか、私の質問に答えな--」
「元“死神”です」
「……もと…?」
じゃあ今は、と出掛かった言葉を呑み込んだ。目の前の亀が、【時間泥棒】と名乗っていた事を思い出したから。
「死神と時間泥棒の違いって何ですか?」
「良い質問ですねー」
「池◯さんみたいな言い方はやめ……って突っ込むとアレだから、えーっと…」
「池◯さん?」
「いえいえコッチの話ですっ!どうぞ、続けてください」
「はあ。……死神というのは、その名の通り、死を迎える人を、迎えにくる神の使いって処です」
「……………」
神の使い、ねぇ…。なら、何でサッサと私を迎えにきてくれないのだろう?
「“生かされてる使命”を、果たしてないからでは?」
「………る、って…に」
「?」
「生かされてるって何!?人生の殆ど、病室で過ごす事が義務付けられている人生、生きててなんの意味があるのッッ?!!」
「……」
「っっ…、私は……私はッ、短い命でもイイからっ、生きてる喜びを味わいたい…病室だけでの人生なんて、送りたくない…自由になりたいッ!!!!」
悲痛な叫びが室内に響き渡り、ソレが自分の声だと認識するのに、数秒掛かった。
「っ……あっ…ごっ、御免なさい…」
「叶えましょうか?」
「………へっ……?」
「“自由な人生”、送らせましょうか?」
「……………嘘吐き、は、泥棒の始まりだよ、カメさん」
「“泥棒”ですよ、私は」
「っっ…だからッ!!!嘘吐くな、って言ってんのよ!!そんな嘘吐かれたって、全っ然嬉しくないッ!」
「“未来の貴女の時間”を奪い、ソレを全て、現在の貴女へと渡します」
「えっ…?未来?奪う?」
「そうする事で、未来の貴女は消滅しますが、代わりに、現在の貴女に、未来での貴女の健康が、全て注がれる」
「健康…!そ…それ、って……」
「入院生活とは、おさらば、という事です」
私は二つ返事で、この話に乗った。