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ハンリベ  作者: 今木照
外伝章 一撃で崩れる世界
88/101

ブロウ外伝④ 過ぎ去った『いつも』

国歴247年 7月28日


最終試験まで残り『4日』



オータム国アカデミー

医務室にて




「よ~しわかった!それじゃあ今から、いつもの競争しようじゃないか!!外周距離と景品は昨日と同じ!...今日の俺は医務室で回復して体力満タンだ、そんなニヤケ面できるのも今の内だからな!」


ブロウが張り切った鼻息を「フンっ」と鳴らしながら言い切る。

スレナも、「病み上がりになんかに負けるわけ無いじゃないですか!」と、いつも通り自信過剰な態度で乗ってきた。


もちろん、イトアトスもいつものように、余裕のある表情でその提案に_______



乗らなかった。



イトアトスはさっきまでの笑顔をピタッと止めると、急に真顔になって短く一言、「僕はやらないよ。」とだけ吐き捨てた。


三人の間に、今まで感じたことのないような変な空気が漂う。

ブロウとスレナはいつもと様子の違うイトアトスに戸惑いながらも、何かの冗談だろうと笑いながらイトアトスに話しかける。


「ど、どうしたんだよイトアトス?俺ならもうこの通り完全回復したし、いつもみたいに走れるぞ!」


スレナもどこか気まずそうに、けれどワザとおちゃらけながらイトアトスに声をかける。


「そ、そうですよ!ブロウは体の丈夫さだけが取り柄なんですから、もう大丈夫ですよ!...あ!それとももしかして、怖気づいちゃったとかですかぁ~?」


いつもなら、

いつものイトアトスなら、ここで「ハハッ、分かったよ。ただ、後で後悔するのは君達だよ?」なんて、軽く笑いながらなんだかんだ二人に合わせる。


しかし、今のブロウはいつもと何だか違う。

まるで何かに怒っているかの様にすら見える真顔のまま、彼はブロウの目を見つめて言葉を投げつけた。


「...ブロウ、何故今日がアカデミーの訓練最終日だったのか、考えたかい?僕たちの最終試験まであと4日だ。今ここで負荷の高い運動をして怪我でもしたらどうする?君はあの最終試験に、...あの”殺し合い”に、万全の状態じゃないまま臨むのかい?」


「ど、どうしたんだよ、イトアトス?いつもの君らしくないぞ...?」


ブロウはイトアトスの異変に気付き、少し臆しながらもその感情を隠すようにイトアトスに聞き返す。

しかし、相変わらずイトアトスは無機質な表情のまま、ブロウへ言葉をぶつけ続ける。


「『いつもの君』?ブロウ、もう一度言うけど、最終試験まで残り4日だ。これが『いつも』の日常だと思っているのかい?...はっきり言うけど、僕とブロウは4日後、()()()()んだ。最後までタラタラ慣れ合っている気は、僕にはないよ。」


イトアトスの少し青っぽい目が、氷の様に冷たく見えた。

ブロウはいつもと違うイトアトスのその態度に、恐怖に似た何かを憶えた。彼はそのせいで一言も言葉を発すことができぬまま、ただ自分の耳を疑う事しかできなかった。

そんな彼が何も考えられずに黒目を震わせていると、冷たいイトアトスの声が突然彼の耳に飛び込んでくる。


「ともかく、今回医務室に来たのは昼に倒れた君がどれだけ回復してるのか知りたかっただけだからさ。じゃ、またね。」


イトアトスはゆっくりとブロウから視線を外すと、ベットの側から一歩、また一歩と離れていく。


彼は本当に、このまま去ってしまうつもりなのだろうか。

ブロウは未だ、恐怖と怒りと後悔を混ぜたような感情に支配され、喉まで出ている「待ってくれ!」の言葉を吐き出せずにいた。

イトアトスの見慣れた背中が、今日は何だかとても冷たい物の様に見えた。その体に触れてしまったら最後、氷漬けにでもなってしまうかのような、そんな凍てついた背中に見えたのだ。

ブロウはただ、伸ばしたかった両手を強く握りしめ、ベットに深く押し付ける事しかできなかった。


(なんで、なんでこんな時に、そんなことを言うんだよイトアトス...!俺がおかしいのか...?ただ俺は親友を失いたくないだけなのに...!そんな俺の考えが、甘いのか...?)


イトアトスの背中が、徐々に徐々に、遠くなる。

さっきまではベットからでも彼の手を掴めたのに、もうその手は遥か彼方にあるようにすら感じてしまう。



(行かないでくれ、イトアトス_________________)











「待ってください!!」










医務室に声が響く。

それと同時に、ブロウが届かなかったイトアトスの背中を、誰かが勢いよく引き留めた。

ブロウが手を伸ばすことすら躊躇ったその手を思いっきり掴んだのは、やはりスレナだった。

彼女もブロウと同様、最初はイトアトスの異変に何も口を出せずにいた筈だが、今は果敢にも彼の右手を引いて引き留めている。


「イトアトス!キミは()()()()()ではありませんか!『三人の関係が変わることは無い』って!なのに、.......なのに、なのに何だって言うんですか今の言葉はッ!」


スレナの横顔を見ると、彼女の瞳から涙が伝っているのが見えた。

いつもお茶らけていて、ふざけていて、笑っているスレナ。

そんな彼女の涙を見たのは、一体何年ぶりだろう。


腕を引かれたイトアトスは、振り返ることなく静かに佇んでいる。ブロウが目の前の状況と言葉を上手く飲み込めずにいると、イトアトスが不意にスレナの手を振り解き、顔をこちらに向けぬまま口を開いた。


「...ふぅ、スレナは気にすることないよ。サポーター組は別に殺し合う訳じゃないんだしさ。」


イトアトスはそう言うとスタスタと医務室の扉の前まで足を運び、鉄製の扉のドアノブに手を掛けた。

スレナが「イトアトス!」と声を上げても、彼が振り向くことは無かった。


しかし扉を出て彼が去るとき、一瞬だけイトアトスは扉を閉める手を止め、ブロウの方に振り返り、真っすぐ目を合わせてきた。

ブロウは彼の凍るような視線から目線を背けたいと思ったが、視界が動くことは無かった。


そのままイトアトスは、静かに、けれど確実にブロウに届く声で、こう呟いた。



「君の首筋に僕が触れた時、『凍結』の掌力を本気で使っていたら、君は死んでいたよ。」



その言葉だけを残し、扉は無機質に「バッタン」と閉まった。医務室に残されたブロウとスレナは、声も発せぬまま、指先も動かせぬまま、ただ浅い呼吸を繰り返していた。

医務室に差していた西日も、いつの間にかとてもか細い光になっている。


ブロウの目には、はっきりと映っていた。

最後、イトアトスがブロウから視線を放した直後、彼は笑っていた。



ブロウが顔を歪める時、イトアトスは決まって笑顔を浮かべている。




最終試験まで、残り『4日』。

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