ブロウ外伝③ 友と友
国歴247年 7月28日
オータム国 アカデミー内
最終試験まで、残り『4日』
時刻は夕方になった頃。ブロウが暇そうに横になっていたのは、西日の差し込む静かな医務室だった。
突然、そんな静寂を破るような効果音が、部屋に飛び込んでくる。
コンコンコンッ!
それは誰かが医務室の扉を元気にノックした音だ。
ベットの上で寝ていたブロウは上半身を起こし、誰が来たのか耳を澄ませる。
看護師の女性が椅子から立ち上がり、「は~い、入っていいですよ~。」と扉の奥に向かって声をかけたのが聞こえた。
すると、看護師の女性がまだ話している途中だと言うのに、その扉は「ガラガラッ!」と勢いよく開いた。
そして直後に医務室に響く、「失礼します!!!」というやかましい女の子の声と、それに続く様に聞こえる、「スレナ、声がでかいよ。」というこれまた聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
即座に、誰と誰が来たのかが分かった。
ブロウは上半身を乗り出し口を大きく開けて、カーテンの向こう側に居るスレナとイトアトスに自分の居場所と無事を伝えようとした。
しかしブロウは、「おーい!」と声を発する直前、慌てて口を閉ざした。
彼の脳裏に天才的な悪戯が横切ったからだ。
さっきまで熱中症だったブロウの頭脳は、こう考えた。
(......俺がまだ体調悪いフリをしてたら、あの二人超心配するんじゃ?)
そんな少しの好奇心と大部分の悪戯心から生み出されたこのアイデアを、ブロウは即決で採用した。
そうと決まれば、後は二人がベットに来る前に体調不良を演出するだけ。
ブロウは慌てて布団に潜り、うなされているような表情を浮かべて瞼を閉じていた。
少し遠くから聞えた、ベットの場所を教える看護師の声と、看護師に感謝を述べた二人の声。
そしてズンズンと徐々に近づいてくる、あの二人の不規則な足音。
3秒後、足元のカーテンが「シャッ」と開けられた。
瞼越しでも眩い光が差し込んだのがわかった。
(ほら!俺はまだ寝込んでるぞ!親友ならもちろん心配するよなぁ!!)
ブロウは狸寝入りを決め込みながら、沈黙の中で二人が話し出すのを待った。
......しかし、ベットの横で立っているであろう二人から一向に声が聞こえてこない。
スレナがこの部屋に入ってきた時はやかましいくらいだったのに。
(...なんだ?寝たきりの俺を見てしまって余程ショックなのか?まぁ俺が心配なのも分かるけど、声に出して悲しんでくれないと面白くないなぁ...)
ブロウは、自分を眺めているであろうスレナとイトアトスが一向に会話を始めないことに不満を覚えながらも、仕方がなく寝たふりを続行する。
...すると、その時。
ブロウの首筋に、『何か』が当たった。
直後、その何かはブロウの背筋を大きく震わした。
そう、その何かが、とんでもなく、途轍もなく冷たかったのだ。
ブロウは、「オッヒャアォッ!」と奇天烈な叫び声を上げながら脊椎反射的に飛び上がり、早まる胸の鼓動を手で押さえながら、目をかっ開いた。
寝たふりなんてとっくに忘れ、何が起こったのか分からないような顔で、ブロウは自分の周りを怯えたように必死に見まわした。
直後、医務室に二人の大笑いが響き渡った。
「...プッ、ハハハハハ!今の!今の聞きましたかイトアトス!?ブロウが、『オッヒャアォッ!』ですって!!何ですかその寝耳に氷水みたいな声!!ひー!ひー!...駄目です!笑いすぎて、ひーっ!息ができません!!あっはっは!!」
「プププッ...ぶ、ブロウ、そんな慌てなくても、...フフッ、大丈夫だから...!今のは僕の『手の平』だよ。ププッ...!」
ブロウは腹を抱えて笑う二人の顔をキョトンと眺めた。
しかし、次第に彼の顔は、恥じらいと少しの怒りが混ざったような赤面になっていく。
途轍もなく冷たかったその『何か』の正体が分かったからだ。
ブロウはイトアトスの右手を勢い良く掴むと、未だに笑い続けてる二人に向かって荒々しく声を上げた。
「これが君達の親友に対する労い方なのか!?こんなイトアトスの掌力、『凍結』で俺に寝起きドッキリとか、まるで思いやりを感じないな!!...というか!本当に俺が寝込んでたらどうするつもりだったんだ!!」
ブロウはさっきまで二人に対して悪戯を仕掛けていたという事実を棚の一番上に置き、顔を赤くしてスレナとイトアトスに叱責する。
しかし、叱責を受けても尚ヘラヘラしているスレナは、ニヤケ口のままブロウの言葉を否定する。
「『俺が本当に体調悪かったら』?...ププッ!あのですねぇ、多分キミ自身気づいていませんが、ブロウは私達がこのベットに来た瞬間から、ずっと口元がニヤついてたんですよ~!要は、私達は一瞬でキミが狸寝入りしていることに気づいていたワケです!!」
そして追い打ちをかけるように、イトアトスが小馬鹿にするように口を開ける。
ブロウが顔を歪める時、イトアトスは決まって笑顔を浮かべている。
「よっぽど僕たちが来たことが嬉しかったんだ。そんな顔に出ちゃうほどにね~。」
ブロウは更に顔を紅潮させた。
しかし、今度の赤面の理由は怒りではない。
恥じらいだ。
「あ~もう!!二人共、俺をからかうのがそんなに楽しいのか!?」
すると間髪入れずに、スレナとイトアトスは「もちろん」とでもいうように首を縦に振った。
ブロウは目を細めて二人を交互に睨みつけ、医務室に響き渡るくらい元気な声を上げた。
「よ~しわかった!それじゃあ今から、いつもの競争しようじゃないか!!外周距離と景品は昨日と同じ!...今日の俺は医務室で回復して体力満タンだ、そんなニヤケ面できるのも今の内だからな!」
ブロウが張り切った鼻息を「フンっ」と鳴らしながら言い切ると、スレナは「病み上がりに負けるわけ無いじゃないですか!」といつも通り、自信過剰な態度で乗ってきた。
もちろん、イトアトスもいつものように、余裕のある表情でブロウの提案に_______
乗らなかった。
「僕はやらないよ。」
その短い一言が、いつもの調子で浮かれていたブロウとスレナの動きを止める。
そしてその時、ブロウは何かの違和感を覚えた。
イトアトスのいつもの優し気な瞳の奥に、暗い何かを感じたのだ。
そう、それはまるで、『怒り』のような何かを。
続く。




