EP.35 あの日の夜へ
悪王討伐遠征7日目 夜...
晩御飯を食べ終え、後片付けも全て終えた僕達五人は、それぞれの寝袋に入り、今日一日で失われたエネルギーを取り返そうと、各々が泥の様に眠っていた。
...しかし、そんな中で、未だ僕はただ一人すぐに寝付くことができなかった。
寝袋の中から星空を見上げ、瞼が重くなるその時を静かに待つ。
...正直、今僕が眠れない理由はとてもシンプルだ。
それは、先程のブロウの言葉を聞いてしまったからだろう。
ブロウは確かに、こう言い放った。
『最終試験は、要は、”最後の殺し合い”だよ。』
彼の言葉が、今耳元で囁かれたかのように脳裏で再生される。
彼の言葉の真偽は分からないが、アリウムの表情やブロウの声色から見ても、とてもふざけて言ったようには思えなかった。
だからこそ、彼のその言葉を聞いた直後は、僕もクレマも動きを止めて、何も言葉を返せなかったのだ。
雰囲気を察したアリウムが、明日の動きについての話を始めてくれなければ、あのままどうしようもない濁った沈黙に包みこまれていた事だろう。
夕飯から時間が経った今でも、こうして気持ちの悪い疑問が胸の奥につっかえていて、感情の置き場所に困ってしまう。
(もし、ブロウ言っていた”殺し合い”とやらが本当だとして、オータム国が悪王討伐遠征のパーティーを決める時は、毎回殺し合いをしているとでもいうのか?...そんなの、到底、受け入れられない。ルート国では、当たり前のように成績上位者が悪王討伐パーティーに任命されていた。...僕が気づいていなかっただけで、ルート国は世界的に平和な国だったりするのだろうか。)
なんて、僕は頭の中でグルグルと考えながら、すでに何度目かも分からぬ寝返りを打った。
その時だった。
背中の方から、声がしたのは。
「さっきからずっと寝返りを打っているな、オーゴ。要は、眠れないってことだろう?」
「ブロウ...」
眠れぬ僕の背中に声をかけた人物は、僕の不眠の原因を作った張本人であった。
僕は上半身だけ寝袋から起こすと、少し肌寒い夜風を頬に感じながら、顔をブロウの方に向ける。
ブロウは寝ころんだまま、綺麗な丸い眼だけをこちらに向けていた。
(今素直に、ブロウの言っていた”殺し合い”が本当のことなのか聞いてみるべきか...)
僕はこの疑問をこのまま胸の内で渦巻かせている事が嫌になり、若干の気まずさに視線を泳がせながらも、ブロウに向かってあの時の言葉の意味を尋ねてみることにした。
「あのさ、ブロウ。さっき言ってた、オータム国の最終試験...つまり、”殺し合い”は、本当の事?...あっ、もちろん話したくないような事だったら話さなくていいんだけど...!」
ブロウは僕からの質問を聞くと、返事もせずに、視線を僕より遠いどこかへと流した。
そして彼はそのまま顔を星空の方に向け、両腕を自分の頭の後ろに回した。
そしてブロウはゆっくりと口を開く。
「これは決して楽しい話じゃないし、聞いて得られるものなんて何もない話だよ。それでも、この話を聞きたいのかい?」
ブロウは眩い夜空をその黒眼に反射させながら、僕の顔を見ることなく問いかけた。
しかし、ここで食い下がったら、僕は明日一日を極度の睡眠不足で過ごすことになるだろう。
...それに、これでも僕は一国の王子だ。外の国の話を聞けるこんな貴重な機会を、日和って無下にするなんてあってはならないだろう。
僕は意を決して、ブロウにオータム国の話を聞いてみることにした。
「ブロウ、僕はルート国の王子、つまり、いずれ国を背負っていかなくちゃいけない人間なんだ。だから、聞かせて欲しい。外にどんな国があって、それはどんな国なのか。僕は知らないといけないんだ。」
多分、今この瞬間が、僕が旅に出てから一番王子としての自覚をもって行動した瞬間だったと思う。
ブロウは僕の言葉を寝ころんだまま聞くと、「フッ」と口角を上げ、爽やかな笑顔のまま、「流石王子様だね。」と溢した。
満更でもない僕は、照れ隠しの為に彼から顔を逸らしたが、ブロウは続けてこう呟いた。
「できれば、この話はシモにも聞いてほしかったんだ。」
僕はブロウの口から出てきたその予想外の名前に、反射的に「え、シモに?」と返してしまう。
するとブロウは首を右に倒し、焚き火の向こう側で涎を垂らしながら爆睡しているシモの方を眺め始めた。そのままブロウは、呟くように口を細く開いた。
「彼の眼は、本当の『”底”』を知っている眼だった。あの時の俺と一緒、......いや、今も同じかもしれないな。だから、僕の話を聞いた彼が、なんと言うか気になったんだ。」
そう言うとブロウは、現在ではないどこかに思いを馳せているような表情で再び満天の星空を見上げた。
そんな彼の横顔に、僕は怪訝な顔つきで問いかける。
「あ、あの~、シモの眼から感じ取ったって言う、その、『”底”』って何?正直、僕はあのちっこい戦闘狂の眼からは、狂気しか汲み取れないんだけど...」
今までシモと共に旅をしてきた僕からすれば、彼がブロウの言う『底』なんて物を知っているような人間だとは思えなかった。
しかし、ブロウはどこか達観した様子でシモについて語る。
「『”底”』が何かは人によって違うさ。...けど、オーゴが知っておくべきなのは、『”底”』そのものじゃない。今君がパーティーのリーダーとして知っておくべきことは、シモは、君とクレマが思っている以上に強い何かに突き動かされているという事さ。」
「僕達が思っている以上に、強い何か?」
ブロウは目を瞑ったままコクリと頷くと、僕の疑問に付け加える。
「それは彼の力の源でもあるし、彼が綻ぶ原因にもなる。だから、君達はシモの事を制御しなければならない。」
僕は背筋を伸ばして、数メートル先で「クカー、クカー、」といびきをかくシモの綺麗な寝顔を眺めた。
思えばアイツのする戦い方は、いつも死に急ぐような戦い方だった。
成功すれば大金星、失敗すれば確実な死。そんな一か八かのような戦い方を、シモは常にしてきた。
そして彼は今まで、その殆どを天才的な戦闘センスと『爆破』の掌力で成功させてきた。
(...けど、今朝のゴリラ型悪獣の時みたいに、この先敵が強くなればシモのワンマンプレーも通用しなくなる。思い返せば、クレマはシモを制御しようとしていたが、僕はなんだかんだシモの圧倒的な”個”の力に頼ってきていた。...シモは確かに強いけど、それだけじゃ悪王には勝てないんだ...)
と、僕がすっかりシモの寝顔を見つめながら物思いに耽ってると、ブロウが現実に引き戻してくれるように声をかけてきた。
「...いや~、悪いね!すっかり最初の話から話題が逸れちゃってたよ。それで、君はオータム国の話を聞きたいんだったね。僕ももうしばらく寝付けそうにないし、こんな若造の思い出話でよければ幾らでも聞かせてあげるよ。」
僕はシモから視線を外し、ブロウの横顔を眺めた。
そして意を決し、大きくコクリと頷いた。
ブロウもこの話をすることに対して、きっと複雑な思いがあるのだろう。彼の喉仏が、一回だけゴクリと上下したのが見えた。
最初に、「どこから話そうか...」と呟くと、彼は淡々とオータム国で過ごした日々について話し始めてくれた。
...そして、その話は、驚くほどに残酷で、それ以上に悲劇的な、ブロウがオータム国のアカデミー生だった頃の話だった。
ブロウの黒眼には、幾つもの星々が眩しい程に反射していた。
次回、ブロウ外伝




