中嶋勇外伝⑨ 決別
前回のあらすじ
告白失敗!
2017年 4月 新宿駐屯地
結局僕は、金井に対してあれ程までに歳の差を盾にして否定しておきながら、いざその時が来たら大人らしい対応を何一つできない。
今こうしている時も、座り込んでしまった黒江君の横に座っていることしかできないのだから。
金井ならこんな状況でも、相手の気分を紛らわすような、しょうもないジョークでも言っているだろう。
けれど僕には何もできなかった。
僕の掌光病を使って、一輪のチョコレートコスモスでも創り出したらよかったのだろうか。
「中嶋さん、さっきはごめんなさい。..........急に外に呼び出して、急に語りだして、急に黙り込む.......。完全に引きましたよね。」
先に静寂を破ったのは、彼女の声だった。
........いや、僕は彼女が喋るまできっと何もできなかったであろう。
「引くだなんて、そんなことないさ。勝手に呼び出して勝手に語りだす所まではいつもの金井と一緒だ。」
きっと台詞を間違えた。
これじゃ励ますどころか、黒江君を蔑んでるとも捉えかられない。
けれど、彼女は助け舟を出すように、小さくクスッと笑ってくれた。
「そうですね。金井さんと一緒なら、いいかもしれません。」
黒江君は小さく体育座りをしている。
彼女は膝の前で組んでいる腕に顎を乗せて、ぼうっと落ちた桜の花びらを見つめていた。
「..........中嶋さんは、大切な人っています?」
彼女は花びらを見つめたまま問いかけた。
この問いへの最適解が分からなかった自分は、シンプルに、ありのままを答えることにした。
「僕には、家族が居ない。兄弟は元々いないし、両親も8年前に死んだ。二人が乗った車が交通事故でね、あっけなかった。僕が近くに居れば何か応急手当できる物でも創り出せたかもしれないけど、報告が届いたのは二人が息を引き取ってから一時間後だった。..........強いて言うなら、僕にとっての大切な人は、この国の人達だ。この国を守るために入隊もしたし、国民たちを守るためなら僕はなんでもできる。勿論、黒江君達は大切な友人だ。」
僕は他意があった訳ではないが、黒江君を「友人」とはっきり言ってしまった。
黒江君はそれに対して特段反応するでもなく、
「.....こんな私を友人でいさせてくれて、ありがとうございます。......中嶋さんはやっぱり、優しい人ですね。」
と言った。
黒江君が数分ぶりにこちらを見てくれたので、自然と目が合った。
彼女は微笑んでいたが、その笑顔はどこかぎこちなく感じる。
「...黒江君は、怖いか?」
「えっ」
「戦場に行くのが。」
「あ、あぁ、....実は、不思議とあまり怖くないんです。私が戦場に行っても、違う場所で金井さんも戦っているし、中嶋さんも本多君も日本で頑張ってると思うと、力が湧いてくる感じです。....それに、私には絶対に守りたい家族がいますからね。」
「そうか。守りたいものがあるという事は、とてもいいことだ。」
「ですね。」
僕はありきたりなことしか言えない。
自分でも大して思っていないような、その場しのぎのような言葉を発する僕は、無責任な汚い大人そのものだ。
「.....あーあ、私も向こうで活躍して、中嶋さんの”ソウゾウシン”みたいなカッコイイ称号でも貰っちゃおう。」
「称号か....」
僕は言えなかった。
戦場で称号を与えられる兵士は何を意味するか。
やっと自然になってきた彼女の笑顔を壊したくなかったから。
僕は彼女の横顔を眺める。
彼女の長い黒髪は夜闇に溶け、風に靡くと街灯の光を反射させて輝いていた。
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2日後....
「それじゃあ、行ってくるヨ。二人共元気でねぇい!!”Best wishes!!”」
金井が、相変わらずの調子でこちらに呼びかけ、手を振りながら車に進む。
「金井さんも元気でな~!絶対生きて戻ってきてくれよ~!」
「死ぬときは口を閉じて死ぬんだぞ。口を開けているお前は一層阿呆っぽい。」
金井は笑いながら車に乗り込んでいった。
僕たちの横には、まとめた荷物を持った隊員達が次から次へと歩き続けている。
中には僕たちのように友人同士で声を掛け合い、別れの挨拶を送りあう隊員達もいる。
ふと、僕と本多君の横に立ち止まった隊員が一人いた。
黒江君だ。
「私も、行ってきます。本多君は寝ぼけたまま駐屯地の電気系統に触らないように!!」
「へいへい。お前こそ驚いただけで『遮断』だすなよ~。」
「分かってます~。」
この二人は同い年という事もあって、本当に仲がいい。
この殺伐とした駐屯地には似合わない、そんな輝きを持っている。
....それでも戦争は、人と人を引き剥がす。
一通り本多君と談笑を済ませた黒江君は、僕の方にゆっくりと向き直りった。
そして静かに、けれど力強く宣言した。
「.....中嶋さん、私絶対活躍して、”ソウゾウシン”を超えるくらい有名になって見せます!!....だから、中嶋さんは、ここで待っていてくださいね?私の名前を聞くまで、私が帰ってくるまで。」
黒江君は二日前のあの夜のことを、完全に割り切ったわけではないと思う。
けれど、彼女は強い。
きっとそれすらバネにして前線へ行く決意を固めたのだと思う。
「....活躍なんかしなくていい。生きてさえいれば、必ず再び会うことができる。」
僕は、 「待っている。」 の5文字を出すことができなかった。
黒江君は一瞬、ほんの一瞬悲し気な表情を見せた気がした。
だが、それが気のせいかどうか考える間もなく黒江君はいつも通りの笑顔に戻り、
「それじゃあ二人共!また!!」
と言い残し、身を翻して車に進んだ。
本多君が大きく手を振る横で、自分は二人が乗り込んだトラックを眺めていた。
結局、歳なんて関係ないんだろうな。
そこにあるのは、心の力強さだけだ。
トラックは黒い煙を吐き出し、次第にゆっくりとタイヤを回転させ、駐屯地の外へと動き出した。
見送りを終えた隊員たちはぞろぞろと午後の作業に戻っていく。
僕はただ一人その場に残り......
なんてことはなく、その波に紛れて作業部屋へと歩みを進めた。
名残惜しそうに、もう何もなくなった玄関前に残る本多君を呼んで。
その日は、四月にしてはとても暑かったと思う。
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