EP.1 オーゴの物語
この世界の住人は『掌力』と呼ばれる不思議な力を手の平に持っている。
そんな世界のとある国、ルート国の王子『オーゴ』は、世界を恐怖に陥れる『悪王』を討伐すべく(ついでに綺麗なお姉さんとも会うべく)仲間たちと旅に出た。
オーゴは自身の掌力『入替』や仲間達の力を借り、強大な敵や困難に立ち向かう!
これは、そんな彼らのバトルあり笑いありの珍道中である!
........しかしこの世界、何か違和感がある...
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1963年インドで手の平が発光する幼児が発見される。翌年には中国、イタリア、更にその翌年には日本を含む19カ国で手の平に何らかの異常を持った人々が発見される。世界はそれらを先天性の病気と判断し、第一発見者の症状から『掌光病』と命名する。
2014年、日本、東京。
『入替』の掌光病を持った少年『山根源』は、『消滅』の掌光病を持った一人の少女と出会う。
その出会いは運命か、はたまた混沌とした物語の序章に過ぎないのか。
二人は闘いと死に飲み込まれてゆく日本で、反乱の渦中に或る...
『ハンド・リベリオン』
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「ねぇ、やっぱりあの人を置いて行けないよ。」
僕の目の前を歩いていた女性がふと立ち止まり、俯きながらそういった。
薄暗く曇った空からは、ひたすらに雨が降りしきっている。
しかし、僕とその女性は雨を凌ごうともしないで、ただ服に水が浸み込んでゆくことを良しとしていた。
僕の目の前で俯いているこの女性の名前は....
分からない。
名前は当然のこと、彼女の顔も記憶にない。
けれどどこか懐かしい、そんな暖かな感覚だけがじんわりと身体に浸透している。
そして何より、とても綺麗な人だ。
...というか、ここはどこだ?
僕の知っている街並みではない。
いや、街並みというべきではない。
僕の知っている、『世界』ではない。
すると突然、予想外の場所から男性の声が聞こえてきた。
「....だよな。けど、どうやって助ける?」
その声が発せられた場所は、間違いなく、僕の口からだった。
突然、僕が女性に質問をしたのだ。
....いや、正確には僕が質問をしたのではない。
口が勝手に、動いた。
僕は辺りの光景に呆気にとられ、到底目の前の女性に話しかけようなどとは思っていなかった筈だ。
一方、僕の質問を受けた女性は、少し考えるような表情をした。
「う~ん、...じゃあさ、アンタの力で私を避難所に送ってよ!」
僕の力?
一体この女性は、僕の力を知っているのか?
僕の力は......
...ふと、視界が足元に向けられる。
僕の意思とは関係なく話し出したり、勝手に視界が動いたり、まるで今の僕は誰かの体の中に閉じ込められているようだ。
足元を見ると「止まれ」という白い文字が地面に大きく描かれていた。
そしてそれは、雨に濡れてテカテカと光っている。
まるで僕たちを馬鹿にするように。
「はいはい。まぁ、お前なら大丈夫か。」
また、口が勝手に動いた。
僕自身、唐突に動くこの口に驚いてしまう。
僕の言葉を聞いたその女性は、長い黒髪を艶々と輝かせながら、無邪気に頷いている。
「ただし!10秒だけだ!10秒経ったらお前もあの人もここに戻すからな!」
また、僕の口が動いた。
僕は勝手に動くこの口を制御しようとするのを諦めることにした。
目の前の女性は張り切って、ムフンと息を吐いた。
...やっぱりこの女性は、綺麗だ。
「りょーかい!じゃあ、10秒経ったら戻してね!それじゃあ!」
女性は笑顔で僕に手を振った。
まるで辺りを晴れだと錯覚させるくらいの、そんな太陽のような笑顔で。
そして、消えた。
僕の『力』で女性をあの人の元へ送ったのだろう。
僕には『あの人』が誰かもわからないが....
それでもこのストーリーは一方的に進んでゆく。
......それにしても....
何故か僕の心には、ある一つの感情が常に渦巻いていた。
その女性と目が合う度に、体温が高くなり、鼓動が少し早くなる。
その名前も知らない、誰かも分からない女性と目が合う度に、胸が苦しいほどに締め付けられた。
それはまるで、自分の人生の存在理由が、すぐ目の前に在るかのような、そんな緊張感。
僕はこの感情の名前を知っている。
この感情は....
「俺、やっぱり、アイツのこと大好きなんだな...」
口が動いた。
もちろん、
勝手に。
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国歴248年 春 ルート国
「おいオーゴ、ぼーっとしてどうした?」
父が僕の名前を呼んだ。
僕はその呼びかけにハッとする。
「あ、あぁ、父さん。ちょっと今朝の夢を思い出してて。」
僕は目の前に置かれていたパンに手を伸ばす。
バターとジャムがたっぷり塗られた、僕の好物だ。
僕の返答を聞いた父は少し不思議そうな顔をした。
「夢...?なんだ、悪夢でも見たのか?」
悪夢か....
いや、悪夢なんかではなかった。
それはもっと、居心地のいい夢だった筈だ。
何より、こんな大事な時期に悪夢なんて見ていたら縁起が悪すぎる。
「いや、悪夢なんかじゃなくて..........あれ?どんな夢だったっけ...」
思い出せない。
...まぁ、忘れるくらいなら本当に大したこともなかったのだろう。
僕は気を取り直してスープを飲み干した。
野菜がたっぷりと入った、健康的なスープだ。
「なんだそれは、さっきまで考えていたのではなかったのか?...とにかく、食事中にぼーっとするんじゃない。」
僕は父さんの指摘にムッとしていると、使用人たちは朝食のデザートを持ってきた。
使用人が僕の目の前にデザートの乗った器を置き、僕は間髪入れずにそのデザートにスプーンを差す。
今日はヨーグルトか。
さっぱりしていてよろしい。
「おいおいオーゴ、もうデザートかぁ?お前はこの国の王子なんだから、もっと食ってもっと大きくなれよ。」
(う、うるせぇ~...)
父のこの指摘に、流石にイライラが限界値を迎えてしまう。
僕は一旦ヨーグルトを食べる手を止めて反論をする。
「あのね父さん、僕18歳!!成長期終わっちゃってっから!」
僕は渾身の反論を放ったが、父はそれでもヘラヘラとしている。
「いやいや!わからんぞ~。俺は20まで伸び続けた!はっはっは。」
僕は大笑いしている父を睨みつけた。
今僕の目の前で笑いながらパンをムシャムシャと食べているこの男、
つまり僕の父は、身長が180cm程だ。
母は僕が幼い頃に死んでしまったらしく、見たことがないのでどのような体格かは分からない。
けれどこの僕が160㎝(ほんとは159㎝)なところを鑑みると、きっと小柄な女性だったのだろう。
それにしても、こんなにも栄養豊富な食事を毎日食べていたのに、何故160cmなのだろうか。
神様は残酷だ。
とりあえず、お腹も膨れてきたので朝ごはんはここら辺にしておこう。
僕は近くに居た使用人に合図して食器を片付けさせる。
「そういえばオーゴ、明後日はもう出発だぞ?準備はできているのか?」
父はサラダを頬張りながら、僕の名前を強調して問いかける。
「ん?...あぁはいはい。リュックも父さんが準備してくれたし、大体のサバイバルアイテムは入れたかな。」
明後日の出発....そう、それは『悪王討伐遠征』への出発!
何を隠そう僕の人生における最重要イベント!
この悪王討伐遠征には何度も思いを馳せ、ありとあらゆる場面の想定をした上で荷造りをした。
まぁ、ドッペルゲンガーにでも鉢合わせない限り僕の命が脅かされることはないだろう。
「けど!お前の掌力なら城から必要なものなんてすぐ手元に持ってこれるしなぁ!はっは!」
(掌力か...)
『掌力』。
それはこの世界に生きる人々が持っている力。
しかし、全ての人間が持っているという訳ではなく、掌力を保有していない人間も勿論いる。
そしてそれは、文字通り手の平がトリガーになって起きる力で、内容は人によって様々。
途轍もない力を持つ掌力もあれば、手から微弱な静電気を出すだけの掌力もある。
だが、世界に同じ掌力を持つ人間は二人といないという。
僕の掌力は『入替』。
一度でも手の平で触れたことのある物は、自由に場所を入れ替えることができる。
単純だが、中々に使い勝手がよく、いつも僕を助けてくれている。
因みに、掌力を使うとスタミナが失われ、使いすぎるとヘトヘトになって暫く掌力を使えなくなる。
まぁ走ってバテる時と同じような感覚だ。
父は僕の掌力の有用性を知っているから、簡単にこの力に頼ろうとする。
「父さん、あのね、僕は旅をしている最中は城に戻んないし、城の物に頼ったりしないって決めたから。」
僕は自信満々に答えるが、父は余程僕を信用していないらしい。
その証拠に「大丈夫か~?」といった顔で僕の顔を覗きこんでいる。
「大丈夫か~?...それにしても、すんなり悪王討伐遠征に応じてくれたな。王族の義務とはいえ、お前のことだからもっと面倒くさがるかと思っていた。」
「いやいや父さん、これでも僕は一国の王子だよ?この世から悪を根絶したいという志は父さんにも負けてないから!」
そう、僕はこの国の王子だ。
今までの人生、大した冒険もなく、大した興奮もなかった。
だから生きていて特段、生を実感する瞬間なんてなかった。
かと言って何か苦労することもなかったし、父は厳しかったものの、一般市民よりは充分甘い蜜を吸って生きてきた。
そんな人生を送ってきた僕が、当然褒められた人間ではないことなんて、自分の中では理解してるつもりだ。
でも、だからこそ、王族の義務という物は誠心誠意果たすつもりだし、この世界の脅威である悪王を倒したいとも思っている。
それは紛れもない本心なのだ。
とは言え、これは本心の40%、いや29%くらいかな??
何を隠そう、今回の冒険では僕にとって、悪王を討伐するのと同じくらい崇高な目的があるのだから。
それは.....!
『モテて結婚する』
........今、僕の崇高かつ高遠な目的を、「色欲にまみれた権力者」と揶揄しようとした馬鹿者は居たか?
もしそのような者が居たら、僕のペットのターザン・サンマルチーノ(ミニチュアダックスフンド)の餌として踵から食べさせるとしよう。
....王族は子孫を残すことも立派な仕事なのだ。
なのでこの悪王討伐遠征で見事悪王を討伐すれば、僕はこの国の人々(できれば女性の方々)から更にチヤホヤされるし、この世界から悪王の脅威はなくなるしで、つまりwin-winという訳だ。
以上が、僕の悪王討伐遠征に出発する主な動機である。
「フフフ....できれば黒髪ロングの年上お姉さんが...」
「おいオーゴ、さっきからどうした。これから冒険のパーティになる2人と顔合わせだろう?そろそろ準備しなさい。」
父の言葉にハッとする。
「うわっ、そうだった!!」
今日は、僕とパーティを組む2人と初対面をする予定になっている。
(パン食ってる場合じゃねぇ!)
「じゃあ僕はそろそろ出るから!父さんもパンはそこら辺にしときなよ!」
「余計なお世話だ。」
僕は駆け足で自分の部屋へと向かう。
その頃には、今朝見た夢の内容なんて完全に忘れてしまっていた。
そして、この日から始まったのだ。
運命を、
...いや、
世界を変える旅が、始まったのだ。
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