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因果の館

 今日はなぜか道に薄く霧がかかっていた。遠くがいまいちはっきりと見えずぼんやりしている。女の子が道端の近くで遊んでいるのがみえた。おかっぱのかわいらしい女の子だ。浴衣を着ている。よくみてみると彼女が転んでひざにあざを作り血を流していた。まわりの行き交う人々は誰も気がついていないようだった。もしくは、気が付いているかもしれないが誰も気にせず素通りしていく。

 どうして誰も助けないの?私はかけよって、彼女の足を処置してあげた。ちょうどバッグに消毒液をもっていてよかった。絆創膏もあった。

「大丈夫?歩ける?」

 私が声をかけると彼女は私ににこりと笑って頷いた。ちょうど5歳くらいの子供だ。周囲に大人がいなかったので「お父さんは?お母さんは?」と聞いたら近くの家を指さした。ここの家の子供なのだろう。

 私はそのままにしておくこともできず、家のチャイムを鳴らそうと試みた。しかし、チャイムどころか表札さえどこにもついていなかった。よくみると個人宅にしてはとても無機質な感じがする、どこかの会社のオフィスなのかもしれない。もしくはオフィスを間借りして暮らしているのかもしれない。少し奥に入ると待合室のようになっており、訪問者が腰かける長椅子が設置されていた。奥には大きな扉が一つあり、手前には呼び出し鈴が小さなテーブルの上においてある。

 私は呼び鈴を鳴らし、その子と一緒に座った。

「まだ、あかないね」私は足をゆらゆらと遊ばせている子供に声をかけた。

「家の中で遊ぶなって言われたんだ」と私の方を向いて言った。

そういえば私はどうしてこんなところにいるのだろう。私はぼんやりと周囲の壁に目を合わせた。そこには誰かが様々な落書きをしていることに気が付いた。いろんな色で、いろんな文字で、短文であるいは長文で記されていた。壁を殴るように書き込まれているものもあった。まるで、ライブハウスの入り口が無数の張り紙で埋め尽くされているみたいに。

「ふしぎだね・・」私は誰にとでもなくつぶやいた。

「ふしぎだね」となりに座った女の子もつぶやいた。

「何かの記念だろうか」というと、女の子が続けて言った。「きれいなのにね」

 綺麗?そのように言われればそうかもしれない。なにか有名な画家のアートであると言われればそのまま受け入れることができるかもしれない。

「何が足りないんだろう」

女の子は私をみて言った。何が足りない?私はもしかしたらリップをし忘れたのかもしれないと思った。


 しばらくして扉がゆっくりと開いた。

女の子がすくりと立ち上がり入っていく。私も続けて入った。部屋はカウンター・バーのような作りになっており、客が20人は座れそうな広さだった。中央には藍色のスーツを着て蝶ネクタイをした男が立っていた。男は丸形の眼鏡をして、口ひげを生やしていた。

「どうも、うちの子がケガしていたのを助けていただいたようで」

男はゆっくりと頭を下げてお礼を言った。

「いえ、大事にならなくてよかったです」と私が答えて帰ろうとすると男は私に言った。

「ここにはあなたが一番求めているものがあります」

 私は振り返って男の顔をみた。あいかわらず私を見ているのか、それとも私を通り越して後ろの壁をみているのか分からなかった。

「どういうことでしょうか?」と私は言った。

「ここは『因果の館』、私は館の管理人と申します」

 男は言ってから、席に座るように促した。因果の館、館の管理人?なにか特殊なサービスを施してくれるようだった。なにか新しい詐欺なのかもしれない、と私は身構えた。

 それから奇妙な説明を受けることになった。私は机の上に伏せておかれた11枚のカードをじっとみつめていた。あなたがいま一番気にしているのは、あなたの人生を共に歩んでくれるパートナーができるかどうかですねと聞かれた。まさにその通りだった。管理人と称したこの男は私の心が読めたりするのだろうか、と思いすぐに首を振った。心が読めなくても私の醸し出す雰囲気で誰もが察しがついているかもしれない。私は35歳。もうすでに結婚適齢期を過ぎている。

「しかし不思議ですね。あなたはとても端正な顔立ちをされている。すこし童顔にも見て取れる。もてたことでしょう?」

「いえ、あまり出会いはなかったんです。職場ではおじさんばかりに囲まれているし・・」

「私の友達がいい男と出会い結婚したんです。今は一人子供を産んで、もう一人を妊娠中です。それを聞いて、私はつくづく運がないんだな、と」

「それはそれは」と管理人がゆっくり頷きながら答えた。

それから引き続き男の説明を聞いた。どうやらカードをめくるごとにカードに書かれた男が現れて、パートナーになるチャンスが生まれるらしかった。

「お代ですか?いりませんよ。ただそのかわり・・・」

「そのかわり・・・?」私は管理人に問い直した。

管理人は淡々と私に説明をした。「1枚めくると次にめくれるのは1年後です」

10枚あり、その10枚を使い切るともうパートナーになるチャンスはなくなること、そして、最後の1枚については説明されなかった。これはなにかと問うとこれは現段階においてはあまり意味のないものであるとの説明もうけた。

まぁ、いいか。いままで全くそんな機会がなかったのだ。お金も取られないらしいし、だまされたつもりでやってみてもいいかもしれないと私は思った。

 一枚目をめくってみた。カードの裏には彼のステータスと顔写真が記されていた。それはとても平凡な男にみえた。

「どうなんでしょうか?」と私は管理人に尋ねてみた。

管理人は静かに、ゆっくりと私にこたえた。「私がどうすべきか、という問いに答えることはできません。私が答えることができるのはルールについて質問のみです」

私はそこで目が覚めた。どうやら夢をみていたようだった。『因果の館』だとか言っていた。


 次の日、すぐに普通の夢ではないことに気が付いた。私はカードに記された男との出会いがあった。友達に呼ばれていった居酒屋でその男が同席していたのだ。やはり可もなく不可もなくといった印象だ。彼は私の事が気にいったらしく、電話やメールを何度もよこした。しかし私は結局この男を選ぶことをしなかった。なぜなら、まだ9枚もカードが残されているからだ。もっとよい男と巡り合える可能性があるからだ。


 1年がたって同じ日に私はまた夢をみた。奇妙な家の奇妙な男の前に座っていた。男は因果の館の管理人。私のとなりには怪我を手当してあげた子もいた。熱心に本を読んでいる。表紙には「おやゆびひめ」と書かれている。

「ねぇ、おねえさん。変な男の人ばかりだったんだよ」

「え?」

私のことを言っているのかな。

「それでも、男をとっかえひっかえして、おやゆび姫は結局、花の国の王子様と結ばれたんだよ。すごいよね」

なんだ、絵本の内容の話だったのか。

「さぁ、次のカードを選んでください」と管理人は言った。だがすぐに思い出したように付け加えた。「あ、そうそう、言い忘れました。実は異性のパートナーとうまくいく確率も分かるんですよ。このカード」

そういいながらカードの右下を指さした。並べられたカード毎にさまざまな数値が表記されている。基本的には、数値が低いほど、ランクの高い相手だということをご理解ください、と付け足した。私は迷った挙句、一番数値の低いカードを選択した。


 2枚目もうまくはいかなかった。3回目に(男の部屋)に訪れたときのことだ。奥の方にもう一人だれかがいるようだった。とても人当たりの好さそうな、それでいてとても理知的にみえる女性だった。

「こんばんは。お困りのようですね?」

「はぁ」

「私はカード選択のアドバイザーなのです。よかったらわたしにたくしてみませんか?もちろん、何も強制はしません。」

女はそういって、持論をとなえはじめる。

「一番大事なのは自分らしさを追求することよ」

自分らしさ・・・ですか。

「いままでとてもあなたは頑張ってこられたのよ。もちろんある程度の妥協は必要なこともあるけれど。あなたの自由よ。どう?妥協する?」

私はパートナー選びで妥協することを考えたことは一切なかった。今考えを変えることはいままでの自分を否定することに繋がってしまう。

「妥協できないです」


10年がたった。

目の前には管理人が立っていた。奥の席にはあの女もいる。だれもなにも声を発しない。私の目の前にはカードが1枚もなかった。役に立たないといわれたカードを除いて。

「どうして・・・」

最後の男は最初の男だった。彼はこの年月でパートナーとしてはとてもランクの高い男になっていた。だが、カード右下に記された数値は0.01となっていた。どんだけ低くてももうここにかけるしかなかった。彼は私のことを思い出せないようだった。仕事先で偶然話し合う機会があったのだ。

「どこかでお会いしましたか?なんだか見覚えがあるような・・」

「今何をなさっているのですか?」そして世間話をする。彼には妻がおり、8才の息子と4才の娘がいた。それは私が思い描いていたような幸せな家族像であった。これが、0.01%ということ?こんなものは0%も同義ではないか。


私はグラスに注がれた水を飲む。

「どうして私はこれほどに運がないのだろう」と力なくつぶやいた。

私は最後のカードに手を伸ばす。

「そのカードの説明はまだしておりません」管理人が落ち着いた声で言った。まるで高級レストランで客を案内するサービスマンのようにおだやかな声だった。

「この最後のカードは振り出しに戻すことのできるカード。この館にいらっしゃった時からです」

「つまり、やり直せるってこと?」

「やり直せる、という言い方もできるかもしれません。ただほとんど全ての方は同じことを繰り返します。そのため永遠にその因果から抜け出ることはできなくなります。ご利用をお勧めしません」

同じことが繰り返されこんな思いをしなくてはいけないのか?私は怒りがふつふつと湧いてきた。なぜこうもうまくいかないのか、あの女のせいではなかったか。

「それについて私はアドバイスできないわ。それに・・・パートナーのいない人生だって今や普通。幸せになれるのよ?」

彼女はそう言って、バックを肩にかけて外に出て行った。

「ちょっと待って、最後まで協力してくれないの?」

私は外にでる。女はどこにいったのか。まだ近くに彼女はいた。女のとなりには男がいた。薬指に指輪が光った。

「ごめんなさいね。ここからはプライベートなので」

あっけにとられる私をよそに、女は男と手をつなぎ霧の向こうに消えていく。


「なんなんですかあの人。私をだまそうとしていたのではないですか?なんのために!?」

「私どもとは一切関係ございません。分かりません」

なんということだ。彼女は『因果の館』とは何も関係ないという。では一体なんのために・。だが彼女が誰だろうとこの状況は何も変わらないようだった。私は最後のカードをじっとみつめた。

 女の子が私の隣に座ってジュースを飲んでいた。そしてふいに私に顔を向けて言った。

「そのカード。ずっと同じことを繰り返す魂の袋小路に迷い込んでしまう。そうするとあなたの魂は袋小路に迷い込んでしまう。でもそうならない方法もある」

「どういうこと?」私はわけがわらなくなって尋ねた。

「ここまでしかいえない。この前に助けてくれたお礼。でもあなたなら正しい選択できる。私にはわかる」女の子はにこりと笑ってみせた。

女の子はそれ以上なにも言ってくれなかった。

その事について管理人に尋ねた。「私が発言できるのは、ただこの屋敷のルールだけです」といって私の質問にはこたえてくれなかった。どうやら自分で考えるしかないようだった。


 どれほどの時間がたっただろうか。

私はふいにあることを思い出したのだ。私は席を立ち、館のドアを開いた。そこには小さな空間があり、壁にはたくさんの落書きがあった。

これだ、と私は確信した。

ここに書いておけば、おそらくは、自分へのメッセージになるんだ。それはまったく確証のある話ではなく、私の直観であった。

一体何をかけばいいのか。私はよく考えて、そこには私が10年前に座ったときに絶対目のはいるであろう位置に大きく書き込んだ。


「まずは一緒になってみること。その先どうなるかはあなた次第」


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