第二話(2/4)
私のその提案に、男は怪訝な顔を見せた。
「ポーション? 俺は調香師だって言ってんだろ。薬なんて作れねえよ。そういうのは薬屋で言え」
「ふっふっふ。その点はだいじょーぶ! なんて言っても私は薬師だからね! それも上級!」
「あぁ? お前が?」
「そう! ほら、これが証拠!」
私は下げていた首飾りを見せる。
上級薬師の試験に合格したとき、王宮より下賜された正真正銘の本物。
煌びやかで繊細な金装飾の一品で、私にぴったりともっぱらの評判だ(本人談)。
男は顔を近づけて睨むように見つめている。
いつの間にか近づいてしまっていた距離に、不覚にもドキリとしてしまった。
……悔しいけどなんか良い匂いするし!
「偽物じゃ……ねえみたいだな」
「でしょ!? ほら、近い近い。見たんならさっさと離れる!」
私がぐいと男を押しやると、素直に離れた。
「お前が上級薬師……ねえ?」
男の含むような物言いに、私は口を尖らせる。
「なによ? 何か文句あるの?」
「いや? なんでも? ――で、その上級薬師様がなんで俺なんかに薬作りなんて頼むんだよ?」
「実は――」
私は事のあらましを話した。
薬作りは好きだが、においに耐えられなくなってきたこと。
使う人にとっても、臭くないほうがいいに決まっているということ。
私のモテる云々に関しては言わなかった。絶対馬鹿にされるし。
まだほんのちょっとしか関わってないけど、なんとなくわかる。
一通り聞き終わった後、男は無精ひげを撫でながら言う。
「確かに上級のポーションは臭えって聞いたことあるな。嗅いだことはねえけど。それをどうにかしたい、か……」
「そう! あ、なんなら実際に嗅いでみる? これから一緒に作るんだから、その方がいいよね! ちょっと待ってて。持ってくるから!」
私はタッと駆けだすと、その勢いのまま扉を出て店を飛び出した。
「あ、おい! 俺はまだ協力するなんて一言も――」
背後からそんな声が聞こえた気がするけれど、パタンと閉じられた扉に遮られて、途中からちっとも聞こえなかった。
知ーらないっと。
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「ライラック!」
突然職場に戻ってきた私に、ライラックがビクリと肩を震わせた。
「うわっ! びっくりした……。フェリシア、あんた帰ったんじゃなかったの?」
「そんなことよりさ、もしかしたら解決するかも!」
「解決って何が?」
「においだよ。よさそうな人、見つけたんだよね~」
「はあ?」
言いながら、納品予定のポーションから一つだけ拝借する。
「よし。じゃあまた行ってくる! ごめん、これからしばらくの間、ここ空けること多くなるかも。もし店長に何か訊かれたら、いい感じに誤魔化しといて! 絶ぜ~っ対、還元するから! じゃあ、よろしく~」
「え? あ、ち、ちょっと待って! ねえ! もっとちゃんと説明してよ! フェリシア!」
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「たっだいまー!」
元気よく店に戻ってきた私は、手近にあった椅子に腰かけた。
「ふーっ。暑い暑い。ねえ、悪いんだけどさ、飲み物あったりしない? 走ってきたら喉乾いちゃった」
手で仰ぎながら言うと、男は呆れ顔を見せる。
「お前、本当に自由だな。……まあいい。ちょっと待ってろ」
店の奥に消えた男はしばらく経って戻ってきた。
手には水差しとコップが握られている。
そして「ほら」と私にコップを渡してきた。
「ありがと。……あっ! これ美味しい」
男から受け取った水を口に含んだ瞬間、抜けるような清涼感とともに仄かな甘みを感じた。
運動後の疲れた身体に染みわたっていくようだ。
私は一気に飲み干して、コップを空にする。
それを見た男はまたなみなみと注いでくれた。
「ねえねえ、このお水、何が入ってるの?」
「まあ、詳しくは言えねえが、いろいろなハーブや果物から抽出した香料だ。そこにも売ってるが、それを数滴垂らすとこうなる……ってそんなことより、ほら、ポーション持ってきたんだろ? さっさと見せろ」
「あ、そうだったそうだった」
私は小瓶に入ったポーションを男に手渡す。
受け取った男は、腕を伸ばして瓶を体から離してから慎重そうに蓋を開けると、扇ぐようにしてにおいを嗅いだ。
「うわ臭っ! 騎士様たちはこんなもん飲んでんのか。……拷問かよ」
「でしょでしょ!? 信じられないくらい臭いよね! これでも私のはまだマシって評判なんだよ!」
「これでかよ……」
男は呆然として天井を見上げた。
それを見た私は、自然と笑顔になる。
共有できるのって嬉しいよね!
「だからね、是非協力してほしいの! 私の輝かしい未来のためにも!」
「ああ、まあ……どうせ何言っても訊きやしねえんだろ?」
「うん!」
「笑顔で言うことかよ……。わかった、協力する。ただし、報酬は弾めよ?」
「やったぁ! 任せて! もし上手くいけば、うちの店の売り上げ激増するはずだから! 店長に言えば絶対出してくれるはず!」
飛び跳ねて喜ぶ私に、男は初めて笑顔を見せた。
「ほーぅ? そうなったらお前は出世間違いなしだな。確かに、輝かしい未来だ」
「ん? なんのこと?」
「輝かしい未来ってあれだろ? お前が臭くないポーションの開発者として薬師界隈で名声を得る、みたいな」
「えーあー、そうじゃなくて……」
「あん? 歯切れ悪いな。はっきり言え、はっきり」
い、言いたくない。
つい口を滑らせてしまったのが悪手だった。
でももう誤魔化せない。
さっき否定しなければよかった……!
私は躊躇しながら口を開き、ぼそぼそと言う。
「えっと、その……臭くないポーション作りが出来るようになれば、私ももう少しモテるようになるかなーって……」
言った瞬間、男は時が止まったかのように静止した。
口がぽかーんと開いている。
そして二、三秒ほど経って、だんだんとその肩が震え出した。
「だーっはっはっは! なんだそりゃ! そんな動機かよ!」
「わ、笑わないでよ! 乙女にとっては死活問題なんだから!」
私は精一杯力を篭めて睨みつけるが、男の笑いは止まらない。
ひーっ、ひーっとお腹を抱えている。
熱い。きっと今、私の顔は真っ赤になっている。
というか、いつまで笑ってんだこいつ。
だんだん腹が立ってきた。
私は横から軽く「ていっ」と蹴りを入れる。
すると男は「悪い、悪い」と言いながら、ようやく笑うのをやめた。
でもよく見ると、まだ目端には涙が浮かんでいる。くっそぉ……。
「いやー、久しぶりに笑わせてもらったわ。わかった。お前の輝かしい未来のためにも、是非協力させてくれ」
そう言って差し出された手を、不承不承で取り、握手を交わす。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は調香師のガザニアだ。これからよろしく」
「私は薬師のフェリシア。よろしくね」
なんだかんだ言って良いヤツなのかもしれない。
そう思ったけど、また「うぷぷ」と吹きだしそうなのを堪えだしたので、今度はもう少し力を篭めて、もう一度蹴りを入れておいた。