廃墟のポスター
高校時代。先輩に連れられて、肝試しに行った時の話だ。ラブホテルの廃墟であるそこは青白い女が出るという噂で。
「全然何もいないじゃん」
古ぼけて埃だらけ、壁も誰かのいたずらで落書きされているが、すでに時刻は0時を回っているため、暗くてよく見えない。先輩は懐中電灯でラブホテルの壁や床、天井を照らしながら、そう愚痴る。
「いたら困りますよ。俺怖いの苦手なんですから」
「幽霊なんていないんだって。子供かお前は」
ずんずんと進んでいく先輩について奥へ、奥へと進んでいく。確か、女は一番奥の部屋に出るそうだが。
「……やっぱりいないわ」
部屋の中は荒れ果てており、ベッドも穴だらけだ。
「やっぱ噂は噂だな」
「不気味なんでもう帰りましょうよ」
「ほんっとビビりだなお前」
そう言って笑う先輩は部屋の中を懐中電灯で照らす。私も手に持っている懐中電灯で部屋を照らすと、一枚の壁に貼ってあるポスターが目に入る。
「うわ、びっくりした」
そこには、何のポスターだろうか。女性の後ろ姿が映ったポスターがある。
「ビビりすぎ。ただのポスターじゃん」
「いや、分かってますよ。急に見えたから驚いたんですって」
ポスターの後ろ姿は見ているだけで不気味で、どうしてこんなのがあるんだと考えてしまう。
「ほかの部屋行こうぜ。2階あったよな」
「ええ……もう帰りましょうって」
部屋を出ようと廊下に向き直った直後。
「ん?」
後ろから何かが落ちる音。部屋の中を振り返ると。
「……!」
「うわ!?」
先輩の背中を押し、
「早く逃げましょう!」
「はぁ!?」
先輩を置いて駆けだす。
「おい、待てって!」
そのままホテルの外に出る。先輩も続いて出てくる。
「何なんだよ……」
「帰りましょう、早く!」
自転車に乗ろうとするが。
「あ、あれ?」
後輪が動かない。それもそのはずで、鍵がかかっていた。
「俺、鍵なんてしてなかったのに」
「何やってんだよ……うわ、俺のもじゃん」
先輩も同様だ。
「鍵……ないんですけど」
元々かけてなかったので、刺したままだったのだ。
「俺もだ。まじかよ、予備のカギ家なんだけど」
ここは町はずれにあるので歩いて帰れないこともないが……少し距離があるのと、家を抜け出してきているので自転車を置いて帰るのはまずい。
「誰かが持ってったんですかね?」
「そうとしか思えないだろ。あーあ、担いで帰るか」
ホテルを振り返る。
「この中に落としたとかありますかね?」
「いや誰かが鍵かけたって話なのに何でそうなるんだよ」
「で、ですよね」
漫画や映画の見過ぎかもしれない。結局自転車を担いで帰った時には、2時を回っていた。
「じゃ、俺帰るわ。今日は付き合わせて悪いな」
「いえ、先輩も気を付けて帰ってください」
先輩と別れる間際。
「あ、そうだ。自転車の事で聞きそびれてたけど……お前、急に何で走り出したんだよ」
「あ……ああ、あれはですね」
あの時の事を思い出す。
「部屋を出る前に部屋の中で音がしたんです。それで振り返ったら…ポスターの女が、こっちを見てたんです」
「こっちって……背中向けてたろ、あれ」
「だから驚いたんですって! 女は青白い顔で、こっちを見て笑ってたんです」
「青白い女……そいつが噂の女だったのか……くそ、早く言えよな、見れなかったじゃねえか」
先輩は見れなかったことを悔しがっているようで。
「いや悔しがらないでくださいよ! 怖かったんですから!」
こうは言うが、こんな時だから、先輩のこういうところは頼もしく感じる。
「まぁまた今度行けばいいか。じゃあまたな」
「俺はもう行きませんからね」
先輩と別れ、家に入ろうとした時。
「……?」
視線を感じ、先輩が帰った方を見る。数十メートル先で、先輩は何やらこっちを見ている。
「どうしたんだろう?」
大声を出そうにも、この時間だ。スマホで電話をする。先輩はすぐに通話に出て。
「もしも」
『絶対に振り返るなよ』
「え?」
『前を見ろ! 家に入れ。絶対に、後ろ見るなよ』
尋常ではない様子に、スマホを持つ手が震える。
『お前の後ろに、青白い女がぴったりくっついてる』
「………」
『どうすればいいのか分からないけど、振り返ったらだめだ』
手が震えて、スマホを落としてしまう。すぐに拾い上げるが、間違えて画面上のビデオ通話機能をオンにしてしまい、インカメラが作動して自分の顔が映る。そして、肩の後ろに、青白い女の顔が、あった。ポスターと同じ、あの女の顔が。
ー----------------------------------------
あの後は、よく覚えていないけど、先輩曰く、私は突然倒れて、がくがくと痙攣していたらしい。先輩はすぐに救急車を呼んでくれ、目が覚めたのも病室だった。原因は分からないが、異常はないとのことですぐに家に帰された。家族にはかなり怒られ、先輩も非行に誘ったと停学処分を食らってしまった。私は被害者だからと処分は受けなかったが、先輩は私の心配をしてくれて、自分の事を顧みず救急車を呼んでくれたのは本当に感謝している。やがて私はあることを確認するべく、昼間にあのホテルへ一人向かった。そして、一番奥の部屋に入る。
「……あった」
そこには、あのポスターと、その下には私と先輩の自転車のカギ。どうしてここにあるのかは分からないが、そんな事よりも。私は壁に張られたポスターに手をかけ……剥がした。それを丁寧に持ってきた鞄に入れ、家に持ち帰る。
「……ふふ」
現在も、あのポスターは私の部屋に飾ってある。
完