8時間目 昔から大技には代償が付き物だとよく言ったものだ
「な、何という事だ……災害級の魔物があんなにあっさり倒されるなんて……」
「心配はありませんよ、学園長。あれはただの陽動に過ぎませんから」
「となると次なる作戦でもあるのかね?」
「彼の行動は昔から知っていますからね……機が熟した時、それが彼の最期となるのです」
スーツ姿の青年は前髪に隠れた右目を赤く光らせ、怪しげな笑みを浮かべながら呟いた。
同じころ保健室では短期間で激しく消耗し、昏睡してしまったクロムや繭玉に閉じ込められていてなおかつ重症だった生徒数名が運び込まれ、それぞれ手当を受けていた。
そして教室ではクロムと組んでいた3人がそれぞれ親睦会での出来事や夏の制服などに関して話していた。
「クロム様……クラスの仲間の為になんて無茶な事を……」
「うーん……でもあそこでクロムが何もしなかったら私達もあの蜘蛛の怪物のおやつにされてたんだよね」
「……」
クロム君が使ったあの魔法……3年前に起きた大戦でも同じ物を見た……氷狼の里が過激派を名乗る連中の襲撃を受けた時も突然空に黒い稲妻を放つ魔法陣が現れて、その人達だけが消し飛んだ。
だけど、あの時僕が見たのは|魔導師のローブを纏った同い年くらいの男の子《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》だったんだ。
クロム君、君は一体……何者なんだ?
「ちょっと聞いてるの、ガルム?」
「えっ、あぁ……ごめん、ちょっとボーッとしててさ」
「そりゃそっか……クロムが凄い事するのを間近で見たんだもんね」
「それで、僕に何か用があったみたいだけど?」
「あ、えっとね……もうすぐ衣替えの時期じゃない?だからさ、アタシの服を一緒に選んでほしいと思ってね!」
「だからって、何で僕なんですか?」
「たまには男の子の意見も取り入れたくってね!ガルムなら仲もいいし、ね?」
ルーダは無邪気な笑顔でガルムに迫った。
「わ、分かったよ……ただ、あまり期待しないでね」
「ありがとっ!さ、そろそろ授業も始まる事だし教本出して準備しよ!」
「そうですね……何せ今日からは夏のカリキュラムが始まる訳ですし」
場所変わってクロムの夢の中では、3年前の自分と今の自分とが出会い、会話していた。
『お前は……魔王になる寸前の俺か』
「そうとも言えるしそうとも言えない。君の方こそ、僕のこの服装に見覚えはない?」
俺の目の前にいる少年が着ている服は俺が本来通うはずだった現実世界における俺の高校の制服だった。
『何故俺の回想に現れた?』
「あの魔術を作ったのは僕だぞ?同じ人間から生まれたとはいえ君と僕はまるきり違う存在だ……同じ魔術が使えても確かにおかしくはない。でもね、禁忌の起源術を発動する事は本来死ぬ事と大して変わらないんだよ?」
『そんな事は知っている。級友の危機に黙っていられる程俺は冷酷ではない……状況から考えれば、あの場で使わなければ共倒れになっていた』
「やっぱりそっちの世界に飛ばされたとしても、僕は僕のままなんだね……」
『あぁ……この先も俺は優しき心を持つ魔王としてこの世界に君臨し続けるさ』
「そっか……じゃあ僕はこれで。君とはまた何処かで会えそうな気がするよ」
元いた世界の俺が背を向けて何処かへと歩いていきながら消えた直後に俺の意識も医務室へと戻っていった。
『やはりここに来ていたか……起源魔術をこんな体で使えばこうなるのも無理はない……そう分かっていても、救える可能性のある命を見捨てるなど到底出来ないな』
「思ったよりもお早いお目覚めですね、クロム」
俺が保健室のベッドから起き上がった直後、すぐに違和感に気付いて怪しげな声のした方を見てみると、そこにはスーツを着た男の姿があった。
『俺の名を知っている、という事は……魔王と接点のある者だな?』
「その通りですよ、〈黒鉄〉の魔王クロム様」
『何が目的だ……』
「ククク……私の目的はたった1つ、貴方が不完全な状態のうちに葬り去る事です」
男はスーツ姿から突然禍々しいオーラを発しながら真の姿……魔導師のローブを纏った姿に変化した。
『その青白い肌とダメージローブ……まだ生きていたのか、セクシャメス!』
「えぇ、生きておりましたとも。私はそう簡単に死なない体を持っておりましてね……我ら過激派の悲願達成の為にも、貴方には早急に消えてもらいます!」
相手が杖を振りかざしてきたので俺も咄嗟に銃剣を取り出してそれに対応した。
『悪いがお前との遊びに付き合ってる暇も無いしお前達の悲願の成就もさせん!』
「威勢の良さは勇者の時から変わらないですね……ですが、ここが何処か分からぬままに武具を振り翳す事がどれだけ愚かか……身を以て知るといい!」
次の瞬間、それまで保健室だった周りが一瞬で開けた溶岩地帯に変わり果てた。
『そちらこそ、地形変化の術の腕前は落ちて無いようだな!』
「わたしが変化させたのは現実世界では御座いませんよ、クロム様」
『何……!?』
言われてみれば確かに体がいつもより軽く感じる……それと引き換え、銃剣は重く感じるせいかあまり思うように動かせん!
「私の用意した墓場で果てるがいい!」
セクメシャスはそう言うと俺に向けて幾つも赤黒い炎の柱を発生させ、それらを爆発させた。
『ぐっ……まさか……ここは精神世界か!?』
「その通りで御座いますよ、クロム様。私は貴方に負かされたあの日から今日まで修練に修練を重ね、こうして貴方を追い詰めるに至ったのです!」
『これで追い詰めた……フッ、つくづく俺を笑わせるのが得意な奴だな。魔王の恐ろしさを知って、それでいて復讐をする事の愚かさを……教えてやる!』
俺はそれまで着けていた鋼鉄の仮面を外して封じていた奥の手を解放した。