7時間目 これが世界最恐の魔王の力だ
〈学びの樹海〉に入ってから7日目の朝を迎えた。6日間で俺達が倒した怪物は大小含めて6体と自分達の中では割と好成績だった。しかもフィリアの回復術が俺の想像を遥かに超える程の高い練度を誇っていた事もあって特に激しい消耗も無くここまで来る事が出来た。
「今日が最終日ですね……」
『あぁ、そうだな……ここまでは大して強力な存在と交戦してない分、何が起きてもおかしくは無さそうだがな』
「言われてみれば確かにそうかも……昨日は大型に会いましたがそれ以外の日は中型ばかりで小型はそもそも見かけすらしなかったよね?」
怪しい……樹海に入る前には確かに強大な魔力を感じたはずだが……一体何がどうなっているんだ?
「おはよぉ……2人共早いねぇ」
翼を弱々しく羽ばたかせながら大あくびしつつ、ルーダが目を覚まして挨拶をしてきた。
「私が一番遅かったみたいですね……」
ルーダにつられるようにフィリアも起床し、目を擦っていた。
『今日で7日目、つまる所最終日だ。正直今更かと思うかもしれないが、この森にはまだまだ何か隠してあるような気がする……これまで以上に警戒して進もう』
「うん」
「オッケー!」
「分かりました!」
俺達は今現在、樹海の端に近いエリアを歩いており、遭遇する怪物の殆どが大型ばかりになっていた。
「やぁっ!」
「てぃっ!」
『ハァッ!』
妙過ぎる……学園から事前にもらったマップが正しければこの辺にはドラゴン型の魔物が彷徨いているはずだが……
「ウェアウルフ型ね……しかもこの子昨日も見たわよ?」
『あぁ……しかも3頭倒したばかりの種だな』
「本来居るはずのドラゴンもまるっきり姿が見えませんよね……危ないっ!?」
ギィンという鈍い音を立てたのは俺の直ぐ側にいたガルムが何かを感じて展開した障壁だった。
『ガルム、そこに何か居たのか?』
「う、うん……物凄く強い殺意と魔力を感じたよ。これまでのそれよりもずっと強かったです」
ガルムの障壁がここまであっさり悲鳴を上げたという事は……やはり奴がすぐ近くまで迫って来ていたという事か……!
「嫌ぁぁぁぁ、ちょっと、離しなさいってば!」
警戒態勢を取っていた俺のすぐ後ろでは見えざる何かに掴まれているのか、ルーダが苦しそうにしながら宙に浮かんでいた。
「ルーダさん……きゃぁっ!」
ルーダのみならず、フィリアまでもが何かの手にかかり、宙づり状態になってしまった。
『ギリリィ……』
俺やガルムが魔術を放つよりも早くその何かは唸り声を残して2人共々姿を消してしまった。
「どどどど、どうしましょう!フィリアさんやルーダさんが攫われちゃいましたよ!」
『そうだな……だが敵はそう遠くまでは行ってないようだし、こちらから一気に攻め込むとしよう』
「はいっ!」
俺は足元に紫の転移門を開き、ガルムと共に樹海の最奥へと一気に移動した。
最奥は俺の予想していた通り学園からもらった地形とは全く異なる異質極まりない禍々しさに満ちた巣窟と化していた。
「何で……どうして!?こんなに沢山の繭束があるんですか?」
『恐らくこれはうちの生徒達が閉じ込められているんだろうな』
「な、何でそんな事が分かるんですか!?だとしたら早く助けないと」
『狙いは……俺か』
俺は心の中で動揺を押し殺すと同時に閃光の魔術を辺り一帯に放ち、見えざる何かの正体を暴き出した。
「そんな……この魔物って……タランドラじゃないですか……特別指定魔獣、しかもその頂点である災害級の個体じゃないですか!」
『コイツで間違いなさそうだ……この樹海のマップ通りの生態系では無かったことも、数日前から次々と生徒が失踪しているという噂も全て、コイツが元凶か』
俺達の目の前で繭束に牙を差し込んで持ち帰った獲物を食べている蜘蛛と竜をかけ合わせたような異形のそれは、この国では古くから危険視されてきた存在だった。
「あ、あそこにいるのって……」
ガルムが指差す方には捕らえられたばかりのフィリアとルーダが昏睡した状態で巣に貼り付けられていた。
『このままではフィリア達もアイツらの餌食となる……だが、そうはさせない。さ、奴らを倒すぞ……ガルム!』
「はい……助けられる命は全部、僕らで助けましょう!」
俺は迷わず銃剣を取り出して発砲し、敵の注意を自分に向けさせた。
『今だガルム、無詠唱でお前が扱える最低ランクの炎の魔術を連続で放て!』
「分かりました……行けぇっ!」
ガルムの掌に展開された赤の魔法陣から無数の火の玉が絶えず放たれ、タランドラの腹部や後ろ足を中心に全て命中した。
『ギギィ……!?』
『食事の邪魔をした事は詫びよう。だが、お前は今誰を相手していると思う?そうさ、魔王とその優秀な友だ!』
俺はタランドラの脳天めがけて魔力を込めた弾丸を数発打ち込んだ。しかし相手は撃たれた頭部から青い体液を吹き出すだけで死んでなどいなかった。
「そんな……脳を破壊されたらどんな生き物も生命活動は出来ないはずだ!」
『確かにコイツらは脳天を潰したところで死にはしない』
「じゃ、じゃあどうしろって言うんだよ!」
『いいかガルム、お前は障壁をドーム状に展開する準備をしつつ巣を壊せ……俺がいいと言うまで時間を稼いでくれ』
「何か策があるんだね……」
『逆に言おう……魔王なら何の策も立てずに敵を討ったりはしない。さ、頼んだぞ!』
「はいっ!」
俺は銃剣の砲身を変形させつつ脳内でかつて俺がこの世界で一人のプレイヤーだった頃に生み出した禁断の魔術の式を組み立て、ガルムは俺の指示通りに巣を焼却しつつも繭玉に閉じ込められていた他の生徒の救出や俺の為の時間稼ぎに出た。
『フシャァァァア!』
タランドラはガルムが放つ低ランクの魔術が痒いのか、怒り散らしたが既にあらゆる部位が損傷を起こしていた為、バランスが崩れ始めていた。
「クロム君、巣の焼却は終わったよ!」
『そうか……ならコイツを使え!これでクラスの連中を樹海の入り口に転移させろ!』
「分かった!」
俺は空いている左手に持っていた水晶をガルムに投げ渡し、その上で術発動の最終段階に入った。
『シュルル……』
『ガルム、近くの茂みに退避しろ……俺のとっておきを見せてやるからな!』
「う、うん……!」
『喰らえ化け物ぉ……|黒鋼破滅《ダイト·カタストロフィ》!』
俺は幾重にも重ねた黒い稲妻を放つ黒の魔法陣から黒色の塊を放ち、眼前の怪物を存在ごと一気に消滅させた。