44時間目 大図書館の死神
「大図書館?何だそれは?」
俺は現在何とか意識を取り戻したアヴィスのお見舞いに来ていた。
「読んで字の如し……この街でも特にデカい建物として有名な場所だよ。古い時代の読み物があれやこれやと山積みになってるらしいから、今日はそこに行くぜ」
「あ、アヴィスくん……この間大怪我したばかりなのに動いてもいいんですか?」
「心配ねぇよ……オーブこそ無いから回復速度は人間と同等だが、俺は力の源が海なんでな……ご覧の通り、一晩魔力を込めて寝でもすればちっとはマシになるって訳さ」
相変わらずアヴィスの生命力の強さは何処で培われたものかを聞いて見たくなるな……
「古い時代の文献か……何故だかワクワクしてきたよ」
「だろ?俺らがおねんねしてる間に歴史に刻まれるくらいのえらい事が起きてたかもしれねぇし、それを調べに行くんだ!」
「なるほど……確かにアユムくんやアヴィスくんがこの世から一度姿を消していた頃には何かが起きててもおかしく無いですもんね!」
男という存在はこういう時に本性が出やすくなる……古い文献、このワード1つでここまで盛り上がれるのだからな。
「ここがアリシア国立大図書館……オレも名前くらいしか知らないような場所なだけに、ただでさえ上がってきたテンションがマックスを超えちまうぜ……」
「有名な割には人が寄り付いてないような気がしますけど……」
「あまり細かい事は気にせず、ひとまず中へ入るとしよう」
この時俺達3人は知らなかった……この大図書館こそがこの街で知らぬ者のいない有名なホラースポットである事を……そしてここには魔王すら凌駕すると噂の死神が潜んでいるという事を。
「し、死神が出る図書館!?ちょっとそれどういう場所よ!」
女子寮の食堂で楽しげに会話していたルーダはアリシアで出来た友人のメルルの口から出た言葉に驚き、声を荒らげていた。
「そのままの意味よ……アリシア国立大図書館っていう所がこの学園区にあるんだけどね……そこの最奥にある〈古の書庫〉にいる守護者の見た目が完全に御伽の死神のそれなんだって」
「死神……って何ですか?私、女神ながらあまり知識は無いので……出来たら教えてもらえませんか?」
ルーダがすっかり顔を真っ青にしているその横でフィリアはきょとんとした顔で質問をした。
「死神って言うのはね……黒とか灰色のボロボロのローブで全身を覆ってて、鎌を担いで日夜彷徨う悪霊みたいな存在の事よ」
「神って付いてますけど……悪霊の類なんですね」
「うーん……冥府の神様と混同してるって場合もあるから実際は何とも言えない存在なのよ」
「違う話しようよ……アタシ怖いの無理なの」
ルーダは普段の明るさは何処へ行ったのか、かなり細い声で2人の話にピリオドを打った。
同じ頃、大図書館の地下へ続く長い階段を下っていたアユム達も薄々漂ってくる悍ましい気配に違和感を感じていた。
「何故だろう……俺達は今図書館を歩いているはずなのに……」
「肌が切られているようなこの感じは一体……」
「けど、古い文献はこの先にあるってオルカが言ってたんだ……多少変に感じたって行くしかねぇよ」
次第に3人の階段を駆け下りる音は水音が混じるようになり、更には独特の臭気すら漂うまでになってきていた。
「鼻が曲がりそうだ……なんでこんな腐敗臭が図書館の地下から漂ってきてるんだ!」
「んな事オレに聞くなぁ!って、何か靴が赤くなってんだけど!そろそろマジでヤバいぞこれ!」
「よく見たら今僕らが降りているこの階段、至る所に血が付いてますよ!」
「はぁ!?何でそんな物騒極まりないもんがこんな場所に張ってんだよ!ひぃぃっ、腰くらいまで真っ赤になってきてやがるぞ!」
まさかとは思うが……この場所はただの図書館では無いのか?だとして……この血の量、この色の具合からして……
「邪念よ、鎮まれ……〈邪霊静眠〉!」
アユムが魔術を発動すると、血の海はあっという間に靴のあたりまでに水位が減り、臭気も軽減された。
「アユムの魔術が効いたって事は……」
「この更に下に……何か良くない存在がいるって事で間違いない……ですね?」
「2人共……今すぐ飛べ!もしくは今足を乗せてる場所から離れろ!」
アユムの掛け声に合わせて他の2人がその場で軽く飛ぶと、その直後に3人のいた階段が轟音と共に崩れ、3人はそのままろくに受け身も取らせて貰えずに最奥へ落下した。
「おいおい……マジかよ……こんな予想外の形で最奥に来るなんて思いもしなかったぜ」
「待てアヴィス……何か来るぞ、注意しろ!」
『禁書に魅入られし愚か者よ……何故此処へ足を運んだ?』
俺達3人の目の前に姿を現したのは誰がどう見ても死神のような外見の存在だった。
「あれ……死神じゃないですか!?」
「にしては殺意がまるで感じられねぇ……差詰コイツは」
「この先にある部屋の守護者……とでも言うべきか」
『問いに答えぬか……ならばこちらもそれ相応の行動に出るとしよう』
死神のような存在は姿を消すなり、3人に攻撃を仕掛けたが彼らは間一髪のタイミングで何とか相殺したが、反動のあまり散開してしまった。
「一撃の重さが段違いだな……それに速さもそれなりにあると見た。こりゃ一筋縄で何とかなる相手じゃねぇぜ」
「あぁ……だが、俺達に倒せないような相手でも無さそうだな」
「そうだね……だって僕らは皆魔王なんだ!本の守り人なんかに遅れは取らないよ!」
『下らぬ意地を見せるか……去るより死を望むならばそのようにしてやろう!』
死神のような存在は再び姿を現すと今度は3人の影を操作して身動き1つ取れない状況に追い込んだ。
「如何にも死神様がやりそうな芸当だな……って、息まで苦しくなってきてんぞ!?」
「意地でも俺達を奥へ進ませないというのか!」
『禁書の力は絶大……魔王であるお前達に渡す訳にはいかん!』
「待て、話を聞いてくれ……俺達は力を求めてここへ来た訳じゃない!俺達はただ俺達の知らぬ年月の空白を埋めた出来事を知りたいだけなんだ!」
「お願いします……そこを通して下さい!」
俺とガルムは何とか相手を宥めようと声をかけてみたが、相手は一瞬動きを止めただけで直ぐに切りかかってきた。
「耳がねぇのかお前はぁ!オレらに攻撃の意思は微塵も無いのが分かんねぇのか!」
アヴィスが怒りを滲ませて銃口を引いた事で何とか俺達は切られる事なく済んだ。
『禁書の閲覧は構わん……だが、お前達の不在後の空白に起きた出来事の全てを知って絶望するかもしれんぞ』
「そんな事は来る前から覚悟していたさ……」
『好きにするが良い……』
死神のような存在はそう言い残すと姿を消し、それに合わせて奥の扉が独りでに開いたので俺達は閉まらないうちにとそこへ駆け込んだ。