43時間目 時に女神は聖母となる
アヴィスに致命打を与えた上、俺にも手傷を負わせた果てに機能停止した謎の存在……アストラル。
放課後、俺はアヴィスのお見舞いの後に裏庭に隠した彼をもう一度じっくり見てみる事にした。
「目立った外傷は先程俺が障壁を展開した際に弾かれたくらいか……」
「こんな所にいたのですね、アユム様。授業終了のチャイムと同時に姿を消したから心配してたんですよ?」
「すまないな、フィリア……この少年が少し気になったから様子を見に来ていたんだ」
「気を失っているみたいですね……あ、どこへ行くんですか?」
「オルカの元へ行く。主君が怪我をしたというのを伝えておかねばと思ってな……そういう訳だからその少年は任せるぞ」
「はい……では、お気を付けて」
「夕刻までには戻るよ」
俺はフィリアに一言残すと転移門を展開し、オルカが……というかはアヴィスが根城にしている海底神殿へと向かった。
「アヴィス様が負傷したとはどういう事ですか!?それに先生も……敵は誰だったんです!?」
「落ち着けオルカ……敵は機械兵だった。俺は見ての通り肩を擦り剥いた位でそれ以外の外傷は無い。だがアヴィスは左胸を刺され、失血多量で意識不明の重体だ。オーブが無い今、全治までにはかなりの時間が掛かってしまうだろう」
「そうですか……しかし、平穏な時代に何故暗黒期の負の産物が現れたのでしょうか……」
「俺にもアヴィスにもそれは分からん……だが、奴の起動が確認された今……かの皇国の復活も時間の問題だ」
「そうですね……では、私は海の兵達を集結させ、常に動けるように準備を進めますね」
「あぁ……頼む!」
その頃学園の裏庭ではフィリアの治癒術で意識を取り戻した機械の少年が目を覚まし、彼女と会話していた。
『私は……自分がアストラルと言う固有名が存在する事以外は何も分からないんです』
「覚えてないかもしれませんが、どうしてアユム様やアヴィス様に危害を加えたりしたんですか?」
『それは……分かりません。ただ、目覚めた直後に自分の国が滅んでいたのを見て疑問に思ってしまったんです。ですが、もし貴女の言う通り私が誰かを傷付けてしまったというのなら……申し訳無い』
「ふふっ、記憶は無くてもちゃんと謝れるんですね。分かりました、貴方の記憶が一日でも早く戻るように私がお手伝いしますね」
『ありがとう御座います……ところで、貴女の名前は?』
「まだ私の名前を教えてなかったですね。私はフィリア……肩書の無い、降りたての女神です」
フィリアはアストラルに向かって一礼しながら優しい声で自己紹介をした。
『女神……フィリア……はい、確かに覚えました。では、改めてよろしくお願いします』
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
フィリアとアストラルは互いに笑顔になりながら握手をした。
そしてそれと時を同じくしてアヴィスの根城を後にしたアユムは何者かの気配に導かれるように別の神殿へと向かっていた。
「驚いたな……まさかこの大陸の海中に神殿が複数存在していたとは」
俺がこの大陸内の神殿に立ち寄るのはこれで3つ目だ。かつて勇者と呼ばれていた頃に訪れた虹の神殿、そして先程訪れたアヴィスの神殿……だがここには何があるんだ?
『いらっしゃい……レヴィの声に応えてくれてありがとう。ねぇ、早くこっちに来て』
先程アヴィスの根城を出た時に不意に聞こえた幼い声の持ち主は俺を招き入れるような事を言ってきたので俺は奥へと向かった。
「ここが最奥か……ん、あれは……」
最奥に安置されていた棺が開き、藍色のワンピース姿の少女がゆっくりと起き上がった。
「貴方が……〈黒鉄〉の魔王でいいのかしら?」
「あぁ……俺がクロムだ。今は勇者だった頃のアユムとしての姿で生活しているんだ。君は……」
「私はレヴィリア……〈聖海〉の女神よ。貴方、女神と仲良くしているみたいね」
「あぁ……城の付近で悪党に襲われていた所を俺が助けたんだ。それ以来彼女と行動を共にしているんだ」
「そうなんだ……それにしても私の事は覚えてないみたいね」
「すまないな……俺は魔王に身を堕としはしたが、君の事は勇者であった頃から知らなかったんだ」
「そう……でも、何だか私が寝ている間にこの世界はだいぶ変わったみたいね。機械兵まで目覚めたとなると……私もただ海の底で寝てばかりという訳にはいかないわね」
レヴィリアと名乗った少女はあくびをしながらそう言った。
「何故俺を呼んだのか聞いてもいいか?」
「そうね……私の声を聞いてくれた人に護衛を頼みたかった、とでも言っておくわ」
「護衛……君からはそんなものなど不要な力を感じるが……」
「貴方って実は馬鹿だったりするの?」
「なっ、初対面ながら失礼だな……」
「女神とて何年も眠り続けていたら全盛より弱体化するのは魔王でも分かる事でしょ?それとも女神は眠った所で力を失ったりしないと思った?」
「てっきり女神は力を失う事は無いと思っていたが、君がそう言うのなら護衛役は必要みたいだな」
アユムはレヴィリアの一言を受けて苦笑交じりに返した。
「という訳だけど、貴方は引き受けてくれるのかしら?」
「勿論断る理由は無いから引き受けるさ……だが、君こそ女神なのに魔王を護衛にしてもいいのかい?」
「今の貴方の姿を見ても誰も魔王とは思わないでしょう?なら、いいのよ」
レヴィリアは俺の頬に軽く触れながら耳元で囁いてきた。
「分かった……君の力が戻るまでは護衛でも何でも任せるといい。俺はこれで失礼するよ」
俺はその後、再び転移門を開くと学園へと戻った。