決闘4 魔王の力を見せてやる
夏が来た。俺が前世の頃から大好きで大嫌いな季節なだけに、朝から庭の木で叫ぶ蝉共のうるさいこの上ない雑な合唱で目を覚まし……案の定俺は寝起きは最悪、寝癖もかなりこっ酷いものがいくつも付いてしまっていた。
「あ、アユム様……いつにも増して凄く顔が怖いですね。もしかして今日もあの虫の声にお怒りですか?」
「いつも悪いな、フィリア……アイツらは殺しはしないが、速やかにこの敷地内から出てってもらおう。飯が不味くなったらそろそろ裏庭を更地にしてしまいそうだからな」
「あはは……では、朝食の用意を進めちゃいますね」
「あぁ……頼む」
俺は蝉だろうが蜘蛛だろうが台所に出るアレ以外は基本殺す主義じゃないが……蝉は本当に俺の天敵かもしれん。
という事で俺は庭に出ると、木に止まっていた蝉達に目掛けて本を見ながら作った虫が嫌う成分を凝縮した煙をばら撒いた。
食事をしていた個体がいただけに、今の自分と重ねた途端に物凄く心が痛くなった。
「求愛行動は他所でやってくれ……あと、俺の庭の木の蜜を堪能したければなるべく静かにしてくれよ……」
俺は飛び去っていく蝉を見ながらそう呟くと、トマトスープのいい香りのする城の中へ戻った。
「今日はパンとトマトスープか……」
「一応ご飯も炊いてありますし、チーズもこの間街で買っておいたので、焼けば別の料理にも変えれますよ?」
「そうか……まずはパンにつけてスープ単体を楽しむとするか」
「そうしましょうか」
フィリアの作るトマトスープはかなり美味い。正直一生味わっていたくなるくらいに美味い。何なら前世から数えてもこれ程美味しい料理って無いと思う。
「相変わらず程よい酸味が癖になるな……温かいのもいいが、これからの季節は冷たくした物でもいいかもな」
「やっぱりアユム様も同じ事を思ってましたか?」
「トマト自体が夏野菜と言われるから、冷やしたスープにしても悪くない」
「なら、同じ夏野菜のナスを使ってもいいかもしれませんね!」
俺達2人はこの後もゆっくりと会話を楽しみながら朝食を楽しんだ結果……気付けば遅刻確定の時間になってしまっていた。
「あわわわ……ど、どうしましょう。転移結晶はこの間ヘスティアさんと一緒にクエストに行った際に使ってしまいましたし……」
「本当はこんな理由で仮面を被りたくは無いが……今回はやむを得ん!」
俺は制服のポケットから仮面を取り出して付けると、そのまま転移魔術を発動させて一気に学園まで移動した。
「あ、危なかったな……もう少し遅かったらせっかく目前まで来ているアリシアへの留学が遠ざかってしまう所だった」
「は、はい……ルーダさん達と約束しましたからね。さ、教室に行きましょうか」
教室へ着くと俺は早速机に突っ伏しているガルムに声をかけてみた。
「あ、アユムくん……おはよう、今日は少し遅かったね。やっぱりアユムくんもこの暑さにやられちゃったの?」
「やられてないと言えば嘘になるが……それはそうとして、事もあろうにどうして獣人族のお前がこうも体調を崩しかけているんだ?」
「ぼ、僕は基本氷の魔術を操れるでしょ?そもそもそれ以前に僕は氷狼族の血を引いてるからどうしてもこの時期は弱いんだよ……」
うん、薄々感じてはいたが……やっぱりガルムが夏に弱いのは出生の時点で避けられない事項だったか。
「あ、アユム……おそよぉ……」
ガルムはまだ分かるが、ルーダはどうしてそんな胸元を大胆に開いておいてそんな辛そうな顔をするんだ……
「ルーダ、お前って一応魔王の直属だろ?況して父は〈剛火〉なんだろ?なら何故そこまでしてもそんな不満げな顔をしてるんだ?」
「あのねぇ、いくら火の扱いに長けてるアタシでも……この夏の暑さには敵いっこないのよ」
「ならせめて制服はしっかり着ろ……目のやり場に困る」
「こうしてた方が涼しいんだもん……いいでしょ?」
俺は風紀委員では無いし、何なら女の子を色眼鏡で見る事は絶対にしないが……今のルーダの外見は明らかに倫理的に良くない路線だろ。
「サウシア大陸ってどうしてこんなに暑くなっちゃうんですかね……」
「多分、この大陸に活火山がいくつか点在している事と太陽を上手く遮れるだけの自然の少なさにあるだろうな……」
森らしい森は東にしかないし、街にある気もあくまで外観重視だから枝は少ない……屋根がある家が多いがその分熱の逃げ場が少ない……うん、暑くならない訳がない。
結局俺達生徒はその暑さに文句を言いながらも何とか午前の授業を乗り切り、昼放課になった途端に涼を取れる場所をかけてあちこちで競争が勃発した。
「うわぁ……どこも混んでるねぇ」
「この季節に日陰なんて楽園以外の何でも無いからな。皆が同じ事を考えるのも頷ける」
「あ、アユム様……あれを!」
フィリアに指摘されて目線を少し先の方にやると、何やら柄の悪そうな連中が寄って集って揉め事を起こしているような様子が目に映った。
「ガルム達は先に場所の確保を頼む。俺はあの連中をストレス発散も兼ねて少し懲らしめてくる」
真っ昼間から騒がれるのは昔から嫌いだからな……この時期はただでさえストレスが溜まりやすいから、寛大な俺でも流石に何処かで爆発させなきゃ体に毒だ。
「何をそんなに騒いでいるんだ、雑魚共」
「あぁん?お前誰に向かって口聞いてんのかオラァ?」
俺が一番騒いでいる男に向けてなるべくすぐに振り向いてもらえるような言い回しで声をかけると、すぐに俺の胸ぐらを掴んできた。
「お前とその周りのネズミ達に聞いているんだが、何か問題でもあるか?」
「へっ……死にてぇみたいだな。おいお前らぁ!さっさと結界張ってコイツの逃げ場を無くせぇ!」
俺の胸ぐらを掴んでいた生徒は周りの似たような雰囲気の生徒に向かって指示を飛ばし、俺を忽ち闘技場を模した結界の中へ閉じ込めた。
「ふむ……舐められたものだな。集団で俺を結界に閉じ込めるとは随分と馬鹿な真似をするな」
普通6人も取り巻きがいるのなら数人は結界を張りつつ、残りで俺を攻撃した方がよっぽどいいだろう……
「ハンッ、粋がってられるのも今のうちだ……一年最強と呼ばれてるこの俺デテスの力を思い知りなぁ!」
デテスと名乗った少年は自分の事を棚に上げておきながらそんな事を言いつつ、無数の電撃を飛ばした。
対する俺はそれを指鳴らし1つで簡単に無力化し、周囲の取り巻きを騒然とさせた。
「なっ、第五階位魔術を……こんな遊び感覚で打ち消しただと!?」
「第五階位魔術に5つも魔法陣を使うなんて中等部でもやらんぞ!高等部ならせいぜい2つか3つに留めろ!」
「そんな事……出来る訳無いだろ!お前の勝手で物を言うなぁ!」
「この学園から支給される教本にも載っている事を言ったまでなのだが。それとも……そんな事も知らずに最強を語ってたのか?」
「ぐ……っ!」
「分かったならもう止めにしないか?別に魔術の相手ならいつでもしてやるからさ」
俺は今、仮面を付けている訳では無いので魔術が使えない。なのでここは一つ、平和に解決するべく和平交渉に出た。
「そ、それは本気で言ってんのか?」
「俺は嘘は言わん主義だ。何なら束で来てくれるともっと嬉しいが」
「へっ……言質は取らせて貰ったからな。おいお前ら、今日のとこはずらかんぞ!」
デテスは俺の出した簡単な条件を承諾してくれたのか、すぐに俺を結界から出すとそそくさと逃げていった。
「あ、アユムー!こっちこっちー!」
遠くの屋根のある広場の下でルーダが大きく手を振っていたので、すぐにそちらの方へ走った。
「アユム様、先程担任のアードラ先生から呼び出されて、アリシア留学を許可して下さいましたよ!」
「ホント!?やったやったー!そうだ、今度の休日に水着買いに行こうよ!」
「アリシアかぁ……今から夏季休暇明けが待ち遠しくなってきました!」
あぁ……俺としてはやっぱりアリシア行きは何とも言えん気分になるなぁ。アヴィスが統治していた国という時点で既に複雑な気分になるが、アイツに制服姿を笑われるかもという変な不安がどうしても拭い切れん……
「アユム様、顔が青いですが大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……大丈夫だ。思ったのだが、アリシア留学に当たって、船とかはどうなるんだ?」
「それなら、学園が貸し切りの船を出すそうですよ?なので後は私達が準備を済ませるのと、夏季休暇が終わるのを待つだけですよ」
しょ、正気か……俺は後一月半もこのモヤモヤに苛まれ続けなきゃならんのか……
「あっ、アリシアって確か剣術大会があるって聞いた事がありますし、アユムくんと僕で優勝してみたいです!あ、個人戦だったらどうしましょう……」
「ははっ、個人戦だったらお互い手を抜かずにトロフィーをかけてぶつかり合おうじゃないか」
「そうですね……さ、そろそろ昼放課も終わりますし、教室へ戻りましょうか」
「そうね……相変わらず暑い中過ごさなきゃならないのは面倒だけど」
「後2時間だけですし、頑張って乗り切っちゃいましょう!」
俺は内心で軽く落胆しながらも移動面に関してしっかりとしていた事に安心しながらゆっくりと昼放課を過ごしたのだった。
そして普段通りに授業を終え、俺達は間もなく夏季休暇を迎えたのだった。
皆さんどうも、よなが月と申します!
今回のエピソードをもちまして本当の意味で第一部が完結となります!
41話から始まる第2部では北の大陸ノルスを舞台にアユム(クロム)の新たなる学園生活が幕を開け、新たな敵や仲間がストーリーを彩ってくれます!
お楽しみに!