思い出2 蒼海の青春
フィーネを亡くし……その絶望と喪失感だけで自国すらも捨てて正真正銘、流浪の身となった。
かつては鋼の勇者などと呼ばれていた僕だけど、今の僕にはその面影は無いと言っても過言では無いだろう。
鎧を捨て、黒き魔術が付与された程度の布に身を包み、今日も僕は各地を彷徨っていた。
「流浪の身になって……改めて僕の中で君の存在が如何に大きかったのか分かったよ、フィーネ……」
僕はあの時絶望した……けれども心まで闇に落ちる事は無かった。その時の僕に少なからず迷いがあったからだ……
流浪の旅の中で何度も魔獣が僕に襲いかかってきたが、それらは全て僕の相手が務まる強さではなく、僕の剣閃1つで軽くあしらえてしまう程弱かった。
強さの果てに辿り着いても……ひたすらに続いたのは虚無だけで、僕の心に空いた穴は今も尚、塞がる気配が無い。
「青い……ミミズク?」
北のノルス大陸とサウシア大陸を結ぶ人工の架け橋……ノルシアロードを歩いていた頃、青い光を揺らめかせながら一羽のミミズクが僕の腕に止まった事から運命が変わり始めた。
『久しぶりだな、アユム……急な用事で悪いんだけど、オレと一緒に神殿調査してくんね?生憎オレは海賊だから神殿に入れねぇからさ。な、親友を助けると思ってここは1つ、頼む アヴィス』
ノルス最南の国アリシア……その近隣の海を中心に活動している海賊団の長アヴィス。前にクラーケンを討伐する際に彼と手を組んで戦った事からこうして不定期ではあるものの交友を続けていた彼から手紙が来た。
「あまり乱用はしたくないけど……行くだけ行ってみるか……転移、アリシア」
アリシアに転移した僕は潮風が吹き付ける街を歩いてみる事にした。
「おっ、いたいた!おーいっ、こっちだー!」
青い海賊帽に青いマントを肩にかけた明るい茶髪の少年……アヴィスがこちらに向かって手を振っていた。
「神殿調査なら僕の協力は必要無いだろ?」
「あるんだなぁ、それが。ま、詳しい話は中でしようや」
僕はアヴィスに連れられ、明らかに酒場らしい店の中へと入ると、彼は早速赤ワインを飲み始めた。
「実はさ、神殿ってのは神聖度ってのが法によって定められてるらしくてさ。オレが今回調査したい神殿の神聖度はかなり高位なんだよ……そこで、お前の腰にぶら下げてるそいつの出番だ」
確かに僕の持つこの剣は聖剣に区分される代物だけど……今の僕じゃ満足にその力は発揮できない筈だ。
「僕はもう勇者なんかじゃないんだ……この聖剣の輝きもだいぶ落ちてきてるんだよ?」
「別にそいつが光ってようが光って無かろうがそんなもんは関係ない。あくまでも聖剣の神聖度が神殿の門の神聖度を超えてりゃいいってだけらしいし」
「宝探しに付き合う気は無いよ?」
「ぐっ……何処までも頑なに拒もうとすんな、お前。オレだってたまには宝探し以外の事だってやりたい時はあんだよ」
そう言ってアヴィスはまた一口ワインを飲んで軽くため息を付いた。
「宝探しじゃないなら、何だっていうんだ?」
「未だ御伽噺の類で片付けられてるっていう〈虹の神殿〉……今回オレが調べたいのはそれの全容だ!どうだ、少しは気になっただろ?」
「御伽の存在が実在する訳無いだろ……とにかく僕は今の所行く予定はないよ」
「んな事言わずに付いてきてくれよ……お前の中のモヤモヤも消えるかもしれねぇんだぞ?」
光と闇の間で迷ってる僕のそれが……消える?
「おっ、少しは食い付いてくれたか……なら決まりだな、よし!今すぐ行くぞ!」
「今からって……何の準備も無しに行くなんて無謀過ぎやしないかい?」
「細かい事は気にすんな!オレらはあのクラーケンを倒した二人組なんだぜ?一騎当千が2倍なんだ……負け無しで怖い物無しだって!」
相変わらずこの子の脳内辞書には不可能と現実という言葉は載ってないか……
「分かった。僕も行くよ……ただし、僕はあくまでも君の護衛として付いていくからね」
「っへへ!そう来なくっちゃなぁ!」
僕が何回年を取ったとしても、姿形を変えて別の世界へ行ったとしても……結局僕は|最後までノーとは言い切れない《・・・・・・・・・・・・・・》んだなぁ……
「ここが神殿への入り口でっせ、アヴィスの兄ィ!」
「わざわざ船を出させちまって悪かったな。こっからはオレらで行ってくるけど、いい土産があったら持ってきてやるよ」
「分かりやした、それではくれぐれもお気を付けて」
僕はアヴィスに〈海中遊戯〉の魔術をかけてもらい、そのまま海の中へと入っていった。
「どうだ、水は気持ちいいのに海ん中で息出来てるって感覚は?」
「改めて口頭で言われるとますます不思議な気分になるよ……でも、神殿らしい構造物はまだ何処にも無いね」
「確かもうすぐ見えてくるはずだぜ……」
正直泳ぎは得意では無いが、かと言って苦手でも無い分……スイスイ泳げたのだが、本来ならば水圧で体がおかしくなる頃合いになって僕らの目に見えてきたのは酷く崩れた神殿らしき建造物だった。
「ほぉら見ろ!やっぱり御伽の存在なんかじゃなかったんだよ!ささっ、早く上陸しちゃおうぜ!」
「そんなに急かすなよ……」
泡のような結界を何事も無く潜り抜け、僕達は結局横入り無く神殿に入る事が出来た。
「妙だなおい……今に至るまで海獣らしい海獣の邪魔が一切無かったな。何つーか、オレらを意図的に迎え入れてる感じがするぜ」
「確かに……そろそろ襲撃があったっていい筈なのに」
しばらく道なりに歩いていると、不思議な壁画の描かれた行き止まりに来た。
「なんてこった……あれもこれもうまく行ってたのは全部これがあっての事だったのかよ!」
「ただの行き止まりって訳じゃ無さそうだよ……」
元々いた世界でいくつもRPGを完全攻略してきたから分かる……この壁画に何か仕掛けがあるんだ。
「何か壁画に書いてあんぞ。どれどれ……“光と影に迷いし者よ、我に触れ、奥へ進め。さすれば答は導き出されん”……」
「要するにこの壁に触れれば奥に進めるって事だろ?なら、早く行こうか」
「何かお前急にやる気出しやがったな。まぁいい……お宝……あ、いや……調査も佳境ってか!」
僕ももっとアヴィスみたいに明るく振る舞えたらどれだけ良かったか……いや、今はこの不信感全開の神殿の秘密に少しでも迫る事だけ考えろ!
僕とアヴィスで同時に壁画に触れると、刻まれていた文字が指していた通りに轟音を響かせながら道が広がった。
「光と影に迷ってる奴って……お前の事を指してんのかもな、アユム」
「どういう事だ?」
「今のお前、何か絶妙に曇ってんぞ?」
「参考までにそう思った理由について聞いてもいいか?」
「簡単な話だよ……クラーケンを打ちのめした後、それまで届いてた手紙が一切届かなくなった……その時点で既にオレはお前に何かあったと悟ったんだよ」
全く……こんな時に限ってそんな風に思ってくれてた事を打ち明けるなんて……
「アヴィスって裏表が無い分、少しずるい気がするよ……でも、そうやって僕の事を心配してくれた事、純粋に嬉しかったよ」
「オレらはあの日からずっとダチでいるって約束したろ?闇になんか堕とさせやしねぇよ」
アヴィスは僕をじっと見つめながら肩を軽く叩きつつ、笑いながらそう言った。
「アヴィス……僕はやっぱり、魔王になるよ」
「前に一度だけくれた手紙にもそう書いてあったな……でも何で?」
「この世界で神に次いで高い権力を行使できる存在って、魔王くらいでしょ?別に闇に堕ちようなんて思ってないよ」
「そうか……ってなると、前からオレに手紙を渡さなかったのは自分なりに答えを出そうともがいてたからなんだな」
「そう……だね……」
「なら、オレもお前と同じ道を歩いてやるよ。オレも魔王になる……海だけ支配したって世界はほんの少ししか変わりゃしねぇ……なら、オレもオレで魔王として海ごと世界をド派手に変えてやるよ」
君はいつもそうやって僕に寄り添って……
「ありがとう、アヴィス……お陰で迷いを振り切る事が出来たよ」
「そっか……って、何か揺れてねぇか?」
「揺れてる……というか、上に登っていってるような気がしなくもないよ……」
しばらく揺れと轟音が続いた後、ザバーンという豪快な水しぶきが上がった。
「お、おい……アユム、目ぇ開けてみろ!」
「ん……何……こ、これって……」
僕らは神殿ごと海上に浮かんでいて、しかも僕らの目の前にはとてもハッキリと虹が見えた。
「〈虹の神殿〉って心に何かを抱えちまった奴が思いを打ち明けたその先で待ってるご褒美みたいな物だったんだな……」
「そうだね……こんな風に友達と綺麗な景色が見れるって……本当に凄い事なんだね」
「虹に誓った夢が物騒過ぎるけど、それでもこうして俺達は晴れた顔で互いを見て、世界を見れたんだ……オレは今日を忘れねぇよ、一生な」
「僕も忘れないよ……世界を変えると決意した今日を……最高の友達と約束を交わした日を」
2人は虹が消えるまで周りの景色を楽しんむのだった。