放課後1 鍛錬は無理のないように
〈紅〉のクリスタルが奪われた事から起きた一連の騒動〈紅の崩御〉から早一月……俺は以前と同じくガルムやルーダと仲良くなって学園生活を楽しんでいた。
「アユムってホント凄いわよね。この間の1学期末試験も断トツの1位通過だもん」
「正直今回は危なかったな。中間考査の範囲からも出題とは聞いていたが、あれはもう実質中間考査以降の範囲だけから出題してると言っても過言ではなかったよ」
「確かに中間考査の範囲なんて終盤の用語の穴埋め問題以外は出てなかったよね」
「でも、アユム様が分かりやすく教えてくれたお陰で私達は皆赤点を回避できたじゃないですか」
ガルムがまさか学業においてからっきし同然とは思わなかった……お陰で専用の指南書を作る羽目になったのは正直疲れた。
「これで思いっ切り夏を楽しめるね!この4人で2学期からのアリシア留学とか立候補しようよ!」
一度この世界はリセットされているから今はまだ世間的には6月終わりといった所だ。
俺が元いた世界では学期末試験はだいたい夏の終わりと冬の終わり、そして学年末の3回実施されるが、どうやらこの世界ではこの感じだと5回くらいは実施しそうだな。
「アリシア留学……って、俺は初耳なんだが」
「そういえばアユム様はテスト結果の発表日当日は高熱で寝込んでしまってましたね。今度、私達のクラスから代表で4名がアリシアに留学できるっていう企画があるんです」
あそこはアヴィスの領地なだけに、俺が軽々しく入る訳にはいかないが、学生として行くぶんにはお咎めも大して無いだろう。
「なるほどな……よし、分かった。来週の月曜にでも頼みに行こう。ルーダやガルムも、一緒にな」
「北の国って事は、これからの時期は凄く快適に過ごせそうですから……それだけで楽しみですね!」
「海も綺麗だっていうし……絶対この4人でアリシアに行こうね!」
何だろう……ルーダの言い方だと明らかに留学よりも別の方向で楽しみたいのだろうな。まぁ、バカンスするにはもってこいの地としても有名なだけに……仕方ないか。
その日の放課後、修剣場からガルムらしき人物の掛け声が聞こえてきたので、俺は寮に向かう予定を変更し、そちらへ向かった。
「こんな夕暮れに何をしてるかと思ったら……剣の鍛錬とは驚いたな」
「アユムくん……って、君だって剣を持ってきてるじゃないか!」
「アリシアはお前も知ってると思うが、アヴィスの領地だからな。敵対していないとはいえ、アイツに遅れを取るなんて事は避けたいんだ」
「なら、僕も魔王としてもっと強くならないとね!そうだ、僕の相手をしてくれない?」
「あぁ……いいだろう。どれだけ強くなったか見せてくれ」
俺は腰の愛剣を引き抜きつつ階段を降りると、彼の前で構えた。
「それじゃあ……いくよっ!」
「何処からでも来いっ!」
相変わらずガルムの初撃の重さは別格だな……剣の数のみならず、そこに付け加える形で振りによる重さがその強さの秘密だな。
剣を教えたのは俺だが、こいつの成長速度は恐ろしく高い……崩壊前の決戦時といい、短期間で一騎当千も同然までに己の力を昇華させるとは……!
「あれから僕だって様々な技を自分で作り出して磨いたんだよ!アユムくんがもう一度この世界に戻ってきた時に驚いてもらえるくらいにね!」
「魔王に覚醒したお前は俺と同じく崩壊前の記憶を持っている以上、こうして強くなったからには驚かせてくれよ!」
バチンという重い音が何度も響き、それに比例して何度も互いの攻撃は相殺された。
「2対1なのに僕とここまで渡り合えるなんて、やっぱりアユムくんは強いね……」
「双剣使いとは何度もやり合ってきたが、お前のような単発技を断続的に繋げてくる輩は少なかったし、お前はその中でも特に強いな。だが、お前ではまだまだ俺には及ばん!」
俺は素早く身を縮めつつ、自分の足をガルムの足に引っ掛けて転倒させた。
「わっ……!?いきなり何するの!?」
「気が変わった……悪いが、本気でやらせてもらう!」
「こ、これで本気じゃないって……よぉし、臨む所だよ!」
「俺の剣舞は少々荒いが……これでも一度は国を救った身だからな。息が切れても文句は言うなよ?」
「分かってるよ!」
その後俺達は魔術を絡めた戦闘に突入し、たちまち周囲に氷や鋼で出来た柱がいくつも出現し、足元まで大きく変化し始めた。
「魔術に関しては劣ってしまうが、お前の術を上書きするくらいなら造作もない!」
「魔剣術……だっけ?僕の戦闘スタイルと中々合ってる気がするよ!」
確かにガルムにとって魔術と双剣を組み合わせたスタイルは合っているが、ここまで俺を追い込んでくれるとは……アヴィス以来だな、俺から冷や汗が流れるのは。
「ならば……極上の技を見せてやろう。俺がかつて鋼の勇者と呼ばれ、民から憧れを抱かれた頃に編み出した……始まりの一閃をなぁ!」
俺は自身の剣に黒いエネルギーを収束させつつ、大きく息を吸い込むと未だにコンディションの悪い地を強く蹴り、ギリギリまでガルムに迫りつつ切っ先を彼に向かって突き出した。
「ぐっ……うっ……わぁっ!?」
〈鋼牙一突〉……これが、俺の人間として編み出した最初で最後の秘奥義だ。
「おぉ……気絶しているとはいえ、俺のこの技をも相殺してくるか……っ!」
俺はガルムがそんな大技を相殺した事に驚きながらも自身に来た跳ね返りで意識を失った。