36時間目 本当に愚かなのは繰り返す事であって
「しゃおらぁぁ!そこのけそこのけ、アヴィス様と愉快な海賊共のお通りだぞ、巨人共ぉ!」
「ヨーホーッ!」
北の国ではアヴィスが率いる海賊団が港の周辺に現れた巨兵達と戦闘を繰り広げていた。
「アヴィスの兄ィ、中々やるじゃねぇかよ。えぇ?」
「へっ、これでも元は海賊だったんだ。お前らを仕切るのは大得意なもんでね……さぁて、船に乗ってる野郎はあるだけ大砲をぶっ放せぇ!何があっても奴らを港より奥に揚げるんじゃねぇぞ!」
「ヨォーッホォー!」
アヴィスは船長の着ているようなマントをバサリと翻しながら派手に宙を舞いつつ、魔術を込めた弾を乱射して巨兵達を翻弄した。
「へへっ、水と土のクリスタルの破片で作った巨兵なら俺の弾丸がアホみてぇに効くみたいだなぁ……おぉっ!?」
アヴィスは何処からか飛んできた尻尾のような物体に叩かれ、勢いよく地面に叩きつけられた。
「んぁもう!腹立たしいばっかだなぁクソが!オレは魔王だぞ!その気になればお前らなんか一瞬で……ぶっ潰せんだよおおお!」
アヴィスは自分を襲った痛みなどそっちのけで怒りが頂点に到達した事もあり、懐から六角形の石……魔界石を取り出し、右の方へ突き出した。
すると魔界石から紺色の魔法陣と共に水が渦巻き、彼の姿を元の魔王の姿へと戻した。
『海の魔王がなんでこんなド辺境の港にいるかって?それはな……オレが単に退屈を凌ぎたいだけなんだよぉ!』
アヴィスは無詠唱で水の上位魔術である〈裂水〉を連発し、その圧倒的な力で次々と巨兵を薙ぎ倒していった。
「兄ィ、大砲の弾が尽きちまいました……」
『おう、マジか……弾が尽きたなら東の大門へ向かって安全航路を確保しつつ下がれ!帰る余力もねぇなら今すぐこの街の第3漁港に向かえ!勝手に船落とされたらお前ら全員オレがもっぺん海に沈めるからなぁ!』
(やれやれ……転生前に捨てたはずの海賊魂に火が付いちまったよ。海を楽しむ者って意味では今も昔も変わらねぇけどさ)
その頃シャギアはエリスを追っているうちにうっかりバルビアの学園に来てしまっていた。
『グルルルル……』
「あわわわ……な、何でこんな化け物がうちの学園にいるのよ!」
「こら、シェパーン!女の子を怖がらせるんじゃない!あ……ごめんね、ボクはシャギア……見ての通り〈裂風〉の魔王だよ!」
ルーダは自分の目の前で未だに威嚇の唸り声を出し続けている魔獣とその横でその魔獣を愛撫している少年を見るなり口を開けて放心状態になった。
「あ、はい……えっと、うちに何か用ですか?」
「あぁ、えっと……クロムを探してるんだけど……間違えて転移門をここに開いちゃったんだ。すぐ帰るから……あれっ」
シャギアと名乗った少年は足が縺れてみっともなく倒れてそのまま意識を失ってしまった。
「あ、起きたみたいですね……シャギア様。私は女神のフィリアと申します」
「わざわざ膝枕をしてくれたなんて……ありがとう、お陰でここまで溜まった疲れが取れたよ。フィリア……あ、君って確かクロムに助けられたっていうあの女神の!?」
シャギアはしばらくフィリアの膝枕で寝た後、ゆっくりと起き上がって彼女の身元を確認し、少しばかり驚いていた。
「は、はい……そうですが」
「今まさにそのクロムを探してるんだけど……何処にいるのか分かんなくて……」
サウシア大陸の魔王の中でも屈指の強さを誇るシャギアの決定的かつ致命的な弱点、それは……方向音痴であるという事だ。
「あの……アユ……あ、いえ……クロムくんなら中央都市ルヴィリスに向かったと思いますよ?」
フィリアとの会話を聞いていたのか、噴水広場にやってきたガルムはシャギアに優しく教えた。
「本当!?それならすぐにでも行かなきゃ!」
「あぁっ、待って下さい!僕も……ご一緒してもいいですか?今の僕なら……クロムくんと一緒に戦えるだけの力があるから……」
ガルムは首飾りの魔界石を強く握りしめながらシャギアに懇願した。
「うん……いいよ。君のその目を見てると、ノーとは言えないよ……アイツ、いい友達を持ったんじゃないかな」
シャギアは何処か不満げな顔付きになりながらもガルムの頼みを了承し、彼を魔獣シェパーンの背に乗せた。
「ガルム、アンタ本気でアユムを助けに行くの……?」
「ごめんね、ルーダさん……僕はもう、魔王なんだ。支配している土地が無くても、この首飾りの石が……その証明だよ」
「そっか……アンタもアユムも、ほんっと自分勝手もいいとこよ。ほら、さっさと行きなさい……もちろん、2人揃って帰ってきなさい!」
「うん……必ず戻るよ!」
「話も済んだみたいだし……そろそろ行こうか」
シャギアは緑色の転移門を開くと一瞬でその場から姿を消した。
「さっきはあんな風に約束してたみたいだけど、正直今回の戦いは魔王が何人揃ったところでどうにかなるような相手じゃないんだ。今ならまだ引き返す事も出来たかもしれないんだよ?」
「行かせてほしいんだ……恥ずかしいけど、僕は小さい頃から自分の力で世界を救ってみたかったんだ」
「魔王に身を落としてもその気持ちは変わらない……って事かな?」
「うん。魔王でも世界は救えるって僕は信じてるんだ……アユムくんがそれを教えてくれたから」
(世界を救えるのは勇者だけに限った話じゃない。誰だって出来るんだ……ほんの少しの勇気と、正しい心構えさえあればな)
「アイツがそんな事を……ふふっ、確かにアイツは魔王の中でも飛び抜けておかしな奴だったけど、1武人として見れば誰もが憧れる存在かもしれないね」
待っていて下さい、アユムくん……僕らでこの大陸を守りましょう!
「さぁ、そろそろ転移先に着くよ……敵からの不意打ちに気を付けてね!」
「はい!」
ガルムは剣を構えて大きく深呼吸した。